機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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煽られた者達 1

 デブリベルト深部。その一角。

 

 途方もない数の物体……滞留物が漂っているこの空間だが、不意に、大きく開けた場所が存在している。

 

 ユニウスセブン宙域と呼ばれる場所だ。

 

 連合による核攻撃。

 それによって多くの人間が命を失った農業プラントの、現座標を表す言葉とも言える。

 残骸と言うには形を保ちすぎているが、人の営みを受け入れるには不可能な程、破壊された宇宙コロニー……その成れの果て。

 

 宇宙に拠点を構えるコーディネーター達、プラントの逆鱗と言える極めてデリケートな空間。

 寂しい、とすら言える程に動きがない……それがこの宙域だった。

 

 ただ、普段は正にそうなのだが、今は違う様相を見せている。

 多くの人間が存在し、モビルスーツや作業ポットが飛び回っていた。

 雑多な交信が飛び交い、人の熱が幾つも存在している。騒がしさがあるのだ。

 

 ユニウスセブンに眠る者達の同胞……プラントの武力組織、ザフトである。

 

 ここに居るのは3隻の艦艇、ローラシア級と呼称される船と、それを展開拠点とする部隊だった。

 辺り一帯には機動兵器であるモビルスーツが30機、散らばって展開をしている。

 入念な索敵。探索、通信。

 

 艦艇の数に比べて多量の搭載機が展開しているが、それには理由があった。

 

 ユニウスセブンに来訪中、行方不明になった民間の慰霊船シルバーウィンド……その乗員達の捜索をしている最中だったのだ。

 捜索を主導しているのは2機のジン・ハイマニューバ。

 機体の色が標準色の灰色ではなく、変更を加えられている事からエース格と分かる。

 

《ジェイデンスキーより各員へ。こちらはシルバーウィンド周辺を捜索中。

 未だ生存者は発見できず。引き続き捜索を行う》

 

《こちらはアンブラーだ。……打ち合わせ通り、ユニウスセブン周辺で緊急避難シェルターになりそうな所を探している。

 ……誰も見つからん。生存者がいても、こっち側には流れて来ていないと思える》

 

 声を発したのは、ラコーニ隊、ポルト隊という部隊において副官を務める2名だった。

 

 二人から通達される進捗状況が、周辺に展開していたモビルスーツ群……ノーマルジン、ハイマニューバ、ジン偵察型等のパイロット達に伝わり、新しい反応を返させる。

 

《確認したい。シルバーウィンドの内部には誰も……?》

 

《クルーゼ隊の連中が中心になって調べている。

 区画を一つずつ調べているが、生存者はまだ見つからんらしい……酷い状態の遺体ばかりだとよ》

 

《クルーゼ隊……ザラ委員長の息子がいるんだったな、クライン嬢の婚約者の》

 

《配置としちゃ当然だろうな。それより追悼慰霊団の方だ。脱出挺が何機出たのかも特定できないのか? 緊急用のポットは?》

 

《……言っただろ。モビルアーマーが、シルバーウィンドの船体に突き刺さってるんだよ、何機もな。

 体当たりの衝撃と爆発の破壊とで、船体の外も中もめちゃくちゃだ。

 船体が一部損失している。判別が難しいんだよ》

 

 彼らが探していた民間船……シルバーウィンド自体は、かなり早い内に見つかっていた。

 ただし、大破した状態でだ。

 

 しかも船体には、連合の機動兵器であるモビルアーマーが損壊しながら突き刺さっていたのである。

 何が行われたのかがハッキリと分かる光景。自爆を前提とした体当たり攻撃の跡だった。

 

 こんな事をすれば中のパイロットは無事に済む訳が無いのだが、機体が潰れるのを躊躇わずに突っ込んだであろう勢いの損傷具合だった。

 パイロット達が果たして正常であったのかどうかを調べる手段はない。

 何より、ザフトである彼らは連合のパイロットの事よりも、シルバーウィンドの方が重要だった。

 

 救援に来たのに一人も生存者が見つからない。彼らの焦りは強かった。

 

《……ナチュラルどもめ! 民間船に体当たりなどと!》

 

《救難信号は……? 一つも捉えられんのか》

 

《駄目だ、捉えられん。この宙域は障害物が多すぎる。

 出ているのかどうかも分からん。

 分析班がモビルアーマーから映像データを取り出せないか試してるが、芳しくないな……》

 

《もしかして……いや何でもない。捜索を続ける》

 

 脱出艇や脱出ポッドの何機かが出ていたとしても、通信の類が非常に困難な、デブリの超密集帯方向へ流れてしまっていたら……との懸念は全員の不安だが、誰も口には出せなかった。

 

《……あー、隊長達はどこ行ったんだ? しばらく前から指示が飛んでこねえ……》

 

《聞いてなかったのか。隊長達はデブリベルトの外縁部に出てんだよ。

 本国からの緊急電だとさ。厄介事らしい。

 聞きたい事があるなら、ラコーニ隊とポルト隊の副官連中に確認しろ。近くにいるはずだ》

 

《この数じゃモビルスーツの収容ができんぞ……ああ、それで代わりにシャトルが何機か展開しているのか》

 

《さすがに10隻も入ってこれんからな。補給は交代、人員の休息も交代制だ。

 それなら中継艦の3隻と、シャトルで回るだろう?》

 

《馬車馬のごとく、だな》

 

 少し気落ちしそうな流れになりつつあった通信……それを何とかするべく、一人のパイロットが既に分かっている事を再度確認する。

 精一杯の話題の転換だ。

 

 ただ、場を気遣う会話のような内容では良し悪しもある。職務に徹していた者の感情を、発露させやすい空気を呼んでしまうのも事実だ。

 

《ちっ……生ぬるいんだよ。

 厄介事だろうがなんだろうが構わないがよ。とにかく、ナチュラル共に一撃加えなくては気が収まらん》

 

《同感だ。その為の戦力だろうしな》

 

《おい、焦るな。まずは捜索を……》

 

《てめえは仇を取る気がねえのか……!? ユニウスセブンでまたやられたんだぞっ!》

 

 思うように進まない捜索活動に、パイロット達の怒りが表面化してくる。

 

 ユニウスセブンには、未だに埋葬されない多くの亡骸が眠っていた。

 彼らの遺体は時間と人手の制約から、現状では放置されているとしか言えない状態だ。

 

 そんな中を、もしかすればシルバーウィンド乗員達が逃げ込んでいそうな所……空気や水を持って籠れそうな、緊急のシェルター代わりになりそうな場所を探しているのだが。

 そういった所を探していくと言う事は、つまりそういった者達の亡骸と遭遇する事にもなる。

 

 家族、友人をここで亡くした者は少なくない。

 

 有志の志願者により結成されているのがザフトという組織だ。

 その隊員達を強烈に怒らせる光景が、そこかしこに散見しているのは当然の話であり。

 怒りを露にした者に同調する者は多かった。

 怒る者を諌める者もまた、同じように怒りを抱えているのだから始末は悪かった。

 

 何か手がかりはないのか……パイロット達が苛々しながら辺りを探し回っていると、分析班から手がかりが見つかりそうだと連絡が回ってくる。

 

 モビルアーマーやシルバーウィンドから回収できたデータの一部が、復元できそうだと言うのだ。

 ようやく。やっと少しは前向きになれる報告が来た。

 何か進展が欲しい……全員がそんな期待を込めて耳を澄ます。

 

 しかし、分析班からは思いもよらない内容が伝わる事になった。

 

《残存データの解析が進んだ。少しだが、映像が取り出せそうだ。これで何か手がかりが……待て、こいつは……何だ、こいつは?》

 

《……何だ? どうした?》

 

《赤いモビルスーツ……いや白基調に赤いパーツって言うのか? そいつが映っている……ザフト機じゃないぞ》

 

《頭部はへリオポリスの……X105に、似ているか? なら連合機なのか、こいつは。それともオーブが》

 

 現時点で、彼らには知る由も無い事だが、映像を分析した者が目にしていたのは《レッドフレーム》と呼ばれる機体だった。

 へリオポリスにて偶然アークエンジェルに接収されたグレーフレーム。現時点で運用も成されているそれと《元を同じくする》機体である。

 それが映っていたのだ。

 

 とあるジャンク屋の人間がそれを運用している状態にあるのだが、細かい経緯を知らない者からすれば、足つき……つまりアークエンジェルのX105ストライクや、ザフトが奪い取ったG……《オーブと連合が作ったそれ》に似ているモビルスーツ。としか言いようがない状況なのである。

 

 似ているのだ。

 そして彼らにとってはそれで十分すぎた。

 

《そりゃ、どういう……オーブの機体が、連合と共同で慰霊団を攻撃した、って言うのか……?》

 

《映像が途切れ途切れではっきりしない。

 ……連合と敵対……しているようにも見えるが。少なくとも無関係ではないだろう》

 

 未だ詳細は不明。

 連合機なのか、オーブ機なのか。それともまた別の勢力なのか。細かい状況を含めそれらは全くの不明だった。

 

 ただし《何かを知っていそうな敵らしき相手》の姿は、彼らの中で形を変えだした。

 不明瞭な怒りから明確な敵意へ。

 捜索に当たっていた者達は、急速に闘志を燃え上がらせていく。

 

《……艦隊司令部に送れ。追悼慰霊団は明確に攻撃を受け死者多数。まず、連合による物なのは確定した。

 証拠の映像が手に入った》

 

《報復だな。それしかないだろう》

 

《このまま月へ突っ込もうぜ。ボアズ側との協同作戦だ。……降下装備もあるんだろう? 何ならオーブ本国でも叩き潰すか》

 

《カーペンタリア基地と協同なら、一撃を加えられるだろう。俺はその案を支持する》

 

《オーブめ……何がコーディネーターとの共存だ。所詮は連合側につくのか》

 

《構わんさ。そうだと言うなら、連合もろとも片付けるだけだ》

 

 

 

 ザフト・ナスカ級高速艦艇、アーヴィンタルス。

 

 複数の部隊を一時的にまとめた追悼慰霊団救援隊……本隊10隻、別動隊4隻からなる救援部隊の、その旗艦をやる事になった船である。

 

 艦隊司令のレイ・ユウキが乗る船だった。

 

 そのアーヴィンタルスのブリッジでは怒号が響いている所だった。

 しかし、それはブリッジクルーの物でもユウキの物でもなく、モニターに映る他部隊の指揮官クラスの者達。彼らによる物が主である。

 

 他部隊の隊長、艦長。あるいはモビルスーツ隊指揮官といった複数の顔が、メインスクリーンに並んでいるのだ。

 デブリベルト内部に残してきた3隻と、アーヴィンタルスを除くそれ以外の全ての艦……6隻分の責任者クラスが並べば、スクリーンに映る人数はかなりの数になる。

 

 彼らと司令であるユウキとの間で、今後の行動方針を打ち合わせている所だった、のだが。

 

 ユウキは、今作戦に限り部下になった彼らの感情……激発しつつあるそれに危機感を強め、そして状況の不味さに苦心を覚えている所だった。

 

《……再配置だと? 一当てもせずに戦力の大半をか? 冗談じゃないぞ!》

 

《おいおい。追悼慰霊団は攻撃を受けたんだぞ。

 艦隊司令殿は今回の任務、重要性を理解しておられるのか? ……ユウキよぉ、正気の判断とは思えんな》

 

 猛然と反発してきたのは部隊長ラコーニ。

 皮肉げな口調で、意見を変えろと匂わせてきたのは部隊長のポルトだ。

 

 どちらも艦艇乗り、部隊指揮官として実力、実績のある男性指揮官だった。

 実戦に鍛えられており、かなりの風格がある。

 中年の半ばをすぎているが、顔付き体つきに弛みは一切ない。

 モビルスーツを動かしても、平均値を超す成績を出してみせる、間違いなく有能と断言できる二名である。

 

 一方、救援部隊の総指揮官であるユウキとて、真の意味でエリートと言える男だった。

 前線、後方を選ばず活躍できる人間であり、戦果、功績著しい者が任命される特務隊……FAITH(フェイス)という立場にある重役。

 

 戦術レベルにおいて独立した権限を持つ個人という、軍事組織内では反則に近い許可を手にしているのが彼だ。

 

 まだ若い武力組織であるザフトにおいて、最も分かりやすい戦果……個人の撃墜数によって、前線武官系のある意味では最高位と言ってもいい役職に立った人物である。

 

 ユウキに問答無用で命令を下せるのは、それこそプラントのトップである評議会議長、軍事系の統率者最高位である国防委員長くらいしかいない。

 ザフトで最も敵機を撃墜している男……そう言われる程の経歴を持つのがレイ・ユウキだった。

 

 そのユウキにしてみれば、今さらベテランで迫力のある二人が相手だとて顔色を変える事もない。

 むしろ、前線指揮官からの怒鳴り声は久しぶりだ……等と少し不謹慎な感想を抱きつつ、頭を動かしていた。

 

 とは言え、そんな呑気な事を考えている場合ではないのも事実。

 ユウキは自分を戒めつつ、あくまでも冷静に、しっかりとした口調で説得にかかった。

 聞いてもらわねば困る状況だ。

 

「間違えないでほしい。我々の任務は救援と捜索だ。それ以前に、本国と周辺宙域の防御がある。

 ここにこれほどの戦力を集めておく必要はない。また、そんな余裕もない。分かるだろう」

 

《ここから手を引くならそれは敗北と言うんだよ! 分かっているのか? ユニウスセブンだぞ!

 国防委員長からは攻撃命令も出ているだろうが!》

 

 モニターの向こうでデスクを殴りつけるラコーニ。

 

 自分達は何の為にここに居るのか。

 彼の怒鳴る声、内容には同意を示す表情の者が多い。

 むしろモニターに映る者の中では、ユウキに賛意を示す者が見受けられない。

 黙って話を聞いている各艦の艦長クラスも、軒並みこの宙域からの離脱……再配置を面白く感じていない雰囲気だった。

 

 ユウキの直接の部下で固めてあるアーヴィンタルスのブリッジクルーですら、攻撃に動くべきなのでは? と言う表情の者が多いのだ。

 

 厄介な。それがユウキの正直な所だった。

 

 彼らの間で問答が起きているのは、本国から送られてきた緊急電と命令がきっかけだった。

 ボアズ側から来る手筈になっていた救援隊の別動隊。それが敵と遭遇、撃破されたと言うのだ。

 被害甚大により撤収。合流不可能という内容である。

 

 艦艇2隻にモビルスーツ22機が全損。部隊が二つ、ほぼ全滅したと言う通信だ。

 

 今作戦の為に増強した質を誇る部隊が、2隻の船を残して壊滅。しかも戦力比では勝っていた数の相手に負けたという。

 

 これは、連合に質で戦いを挑んでいるプラントにしてみれば、とんでもない事であり、実際に本国の上層部ではショックと混乱が渦巻いているらしかった。

 

 緊急電を受けたユウキも、まさかという思いが無いではない程の事態。

 ただ、今は彼がこの部隊の最上級指揮官である。

 起きた事態に対して、この部隊の戦力を適切に運用しなければならない。

 

 ボアズ周辺で戦力がごっそりと抜け落ち、哨戒網に穴が開きかねなくなった今の状況。

 これを踏まえて動かねばならなかった。

 

 プラントは開戦直後の出来事から、一つの教訓といった物を暗黙の了解としていた。

 連合に先手を取らせない、である。

 核のような一撃。大量破壊兵器による再度の奇襲を許したくないが為に、過剰なほど神経を尖らせていると言ってもいい。

 

 だからこそ、重い負担になるのを承知の上で、常に1~2隻単位の小隊を、広範囲に散らばせて哨戒網を敷いているのだ。

 もう一度隠れて接近してくるかもしれない連合、そいつらを狩り出す為に。

 

 その為の広域哨戒網であり、その網には余程の事がない限り、穴を開けるべきではない。

 だから、ここに過剰に集まっている自分達が散らばるのが適切だと。

 過剰に集結した艦と搭載兵器。これを幾つかに振り分けて一部哨戒網の強化、充実を計る。

 

 ここには2隻ほど残して、本来の任務に立ち戻らせるべき……そう言っているのがユウキだった。

 

《捜索》にこれほど使わなくてもいい。状況が変わった。 だから再配置を行う、と。

 そう言っている所だったのだ。

 

 ユウキの意見はプラントに住むコーディネーターとして全うな物だ。

 普段ならばまず賛意を示される位には基本的な物。

 穴が開くかもしれないから固めようと、シンプルかつ明解な決定。

 

 ただ、今回に限り部下となった二人。

 強硬派には属するものの、どちらかと言えば良識があるはずの指揮官。ラコーニ、ポルトの両名。

 その二人がユウキの決定に激しく反発をしてくる今の状況。それがプラント、ザフトの面倒な所を表していた。

 

 質で負けた状況が発生したかもしれない。

 連合を調子づかせたくないと感じる彼らの、前線指揮官としての危機感は強かったと言える。

 更にはデブリベルト内に配置した捜索部隊。

 彼らから送られてきた映像データが、部下達の感情を刺激してしまっていた。

 

《ユウキィ……さっきから言っているがよ! 

 別働隊が撃破されたと言うなら、むしろ敵討ちに出るべきだろうが! FAITHともあろう者が何を考えてやがる!》

 

《見つかった物と言えば、ナチュラル共のアーマーが突き刺さったシルバーウィンドの残骸。半数にも満たない同胞の亡骸。

 生存者は見つからず、クライン嬢に至っては脱出したのかどうかも不明。行方も分からない。……これで本国へ帰還する部隊を出せと? 無理だろう》

 

《ユウキ殿。まさかと思うが、ウチの部隊を帰らせるつもりではないでしょうな?

 言っておきますが、それでは部下達は納得しません》

 

《我が艦は再配置を拒否します。まだ何の仕事もしていない。何の為にここに来たのか》

 

 ラコーニ、ポルトの反発。

 

 加えて両名の部下である各艦の艦長達が、その意見に同調してくる。

 それぞれのブリッジクルー達も、ほとんどが隊長の意見に賛同しているようだった。

 暇を持て余していた為に、ブリッジに詰めかけたモビルスーツパイロット達も明らかに怒りが収まらない様子。

 

 司令であるユウキの命令が利かない。

 反発を持って迎えられ撤回を要求される。

 

 参った物だ。

 ユウキは表情を変えずに歯噛みして、ため息をつきそうになり、堪える。

 

 通常の軍組織ではあってはならない事態なのだが、ザフトは正確には軍ではない。

 人員管理と統率運用において誤魔化してきた部分……そのデメリットが表面に出てきていた。

 

 ザフトにおける戦力運用は、各部隊の指揮官クラスに任される権限が強い形になっている。

 元々が自警団のような物、ただでさえ個人の能力が高いコーディネーターの集まりだ。

 簡単には人の命令に従わない下地が出来上がっている。この2名とその部下達は特にその傾向が強めだ。

 

 ザフトでは複数の部隊が集まると、余程上からの命令があってですら、こういう面倒事が起きるのは珍しくなかった。

 

 ましてや、この《救援》部隊は人員も兵器も多すぎる。

 どう考えても戦力過剰なのである。

 デブリベルト内へ送る班に溢れた連中は、仕事がないのだ。

 本隊防御と言えば聞こえはいいが、要は待機である。

 交代に融通の効くパイロットはまだしも、艦艇のクルーはさらにやることがない。

 この状態で、本国や周辺宙域への再配置を聞き入れてもらうのは酷く困難だった。 

 

「もう一度言うが。この陣容で捜索を行い続けるのは」

 

 粘り強く説得を続けようとするユウキを、ラコーニが遮った。

 

《だったら攻撃に参加させればよかろうがよ! いつまでぐだぐだと言ってるつもりだ。

 哨戒網の穴だと? いっそ月を攻略してしまえば問題はなくなるだろうが!!》

 

《モビルスーツパイロットは半分近く。艦のクルーはほとんど仕事をしていない連中が多い。

 デブリベルトに入れず、外縁部にひたすら待機だ。

 ユウキ。うちのクルーの説得はお前がやってくれるのか?》

 

 敵が邪魔なら連合の宇宙拠点……月を叩いてしまえなどと言う暴論が出始める。

 それらの意見に、ついにユウキも苛立ちを見せ始めた。

 

 自分が率いている部隊の雰囲気。

 直接の部下達だけではなく、臨時に指揮を取る事になった部隊全ての、その異常な士気と闘争心の高さに手が付けられないのである。

 

 ベテランもそうだが若手は特に酷い。彼らの戦闘意欲は強烈だ。

 モニターの向こう側にいる数名のベテラン達や、各隊それぞれのエース格も露骨に不満を見せている。

 

 ここまで積極策を推し進める背景には、彼らが《救援》に来た部隊であり、そして未だ《何の成果も出せていない》という事にも起因していた。

 

 プラント首都・アプリリウスにおいて急遽編成されたこの部隊だが。出港時、《何故か》多くの市民の激励、並びに各種報道による応援、大量の市民の後押しを受けながら、出てくる羽目になったのだ。

 

 艦艇10隻、モビルスーツ54機という規模で出撃するその陣容は、ザフトでは恥じる事無く大艦隊と言えるレベルの物。

 現状で本国から動かせる数としては、限界に近いと言っていい。

 

 そこにボアズ要塞からも、4隻と22機が加わる事になっていたのだ。

 用意できる物としては最高の物を揃えたと、ザフト上層部が胸を張るレベル。

 

 特に艦隊司令として部隊を率いる者の詳細、それが伝えられたのが報道を加熱させる最初のきっかけだった。

 

 誰もが知るトップエリートの証《FAITH》の任命を受けた者が率い、名のあるエース達が惜しげもなく投入され、歌姫の婚約者である若きトップガンが直接助けに行く……と、そう民間に対して知らされてからは、ある種の異様な雰囲気が漂ったと言っていい。

 

 プラントの各メディアは《どこから情報を手に入れたのか》不明なのだが、ラクス・クラインを《助け》に行く注目の的であるこの部隊に対して、出撃前から詳細な報道合戦を開始していた。

 

 この戦力がいかに強力な存在か。

 地球連合の艦隊幾つに勝ち得る程か。

 それを構成する各艦の艦長クラスはいかに優秀かを、繰り返し繰り返し褒めちぎった。

 選抜されたモビルスーツパイロット達は、それこそ1名残らず顔写真付きで詳しく紹介される程であり。

 見た目のよい者や、これまでに敵撃破記録の著しい者は、個人宛にファンレターや激励のメッセージが司令部に送られて来るような騒ぎにまでなる程。

 

 市民注目の的だから……と《これも異例》ながら公開された軍港のロビー部分には、集まったプラント市民達の応援で強烈な熱気が溢れていた。

 大人気のアイドルや、国民的なスポーツ選手に対してのそれを数倍させた、と言えば近いと言っていい。

 

 そんな所から送り出されてきた艦隊である。

 

 ある者は単純に誇らしい気持ちになり、ある者は恥ずかしそうにしながらも応援に応え、ある者は決意を新たに任務に赴き、ある者は純粋に闘志を燃やした。

 

 誰もが《手ぶらでは帰る訳にはいかない》と明確な手柄を欲して、出撃してきたのだ。

 特にこれが初陣になる者と、これまで本国勤務だった幾つかの者は気合の入りようが半端ではなく、誰が見ても結果を残したいとの欲が透けて見える程。

 

 嫉妬や称賛、激励。

 市民に、上官に、同僚にそうやって送り出されているのである。

 

 合流前の別動隊が、とは言え敗北の二文字が付いてしまった《だけ》の今の状況は、酷くプライドが傷ついていた。

 自分達は、まだ何もしていないのだ。

 

 負けてきました、生存者は居ませんでした。等とは口が裂けても言いたくないのである。

 この部隊は《捜索》部隊である。という正論はもう意味がない。

 

 派手に応援されて送り出されておいて。

 手柄を立てて凱旋する同僚や、立派に戦って敬意と共に迎えられる同胞。

 その陰に隠れて、脇道を静かに俯いて帰還するなど死んでも受け入れられないのである。

 

 それを、彼らのその気持ちをよく分かっているユウキだが、だとしても諦める訳にいかないのだ。

 刺激せずに、かといって弱腰にならずに、納得させるのは不可能に近いと分かっていてもだ。

 

「聞け! 別動隊を率いていたのはボアズのマッカランとクーザーだぞ! 彼らが全滅をする状況だ、何かある。

 伏兵の可能性も捨てきれ……」

 

《だァから!! だからこの戦力で持って! 敵を討ってこいという事だろうが!! 伏兵がいるならもろともに叩き潰せばいいんだよ!」

 

《ユウキ……少し、弱腰が過ぎるんじゃないのか。

 たかがナチュラルに、そこまでの慎重さは不必要に感じる。せめて仇を討たねば帰れんだろうに》

 

《我が艦は帰還命令も再配置も拒否する。

 どうしても帰還しろと言うならば、権限により自分の指揮権を復活させるだけだ。単独行動を取らせてもらう

 月に向かっているんだろう? その足つきとやらは。それとも地球か?》

 

《クルーゼよぉ。貴様の所で中破させたと、言ってただろう。ザラ委員長の息子が追い込んだそうじゃねえか。

 どうなんだ? その足つきと、ストライクってのは》

 

 別動隊を撃破したという相手。

 その話題は、これまで不自然に沈黙を守っていた仮面の男。

 艦隊副司令であるラウ・ル・クルーゼへの詰問に、話の流れを変えていく。

 

《……ふむ。どうか、と来たか……》

 

 この中で足つき……アークエンジェル及びそれに搭載されているX105、ストライクと直接交戦したのはクルーゼ隊だけだった。

 と言うか本来、奪取または破壊しておく目標の一つだったはずだ。

 

 逃がしてしまったその相手に、屈辱を被る羽目になっている。

 

 クルーゼに話を向けた指揮官クラスの一人は、言外に、逃がしたのは貴様らだろう、と責める感情があった。

 画面に映るクルーゼは涼しい顔だが、その横に座るフレドリック・アデスという艦長は酷く居心地が悪そうな顔をしている。

 

 クルーゼはアデスをほんの僅かに横目で見てから、彼らの詰問に答えた。

 

《逃がしたのは私の責任だ、申し訳ないの一言に尽きる。としか言えんな》

 

 堂々と言ってのけるクルーゼの言いように、ユウキは顔をしかめた。

 悪手だ。その言い方では……相手を刺激してしまう。

 だが、反射的に口を挟もうとしたユウキよりも早く、クルーゼが再度口を開いた。

 

 君達の経歴と、ザフトの歴史に泥を塗ってしまった事は恥ずかしく思っている、と。

 

《自らの失態は自分で取り返す他にあるまい。我が隊は足つき追撃をする考えだ。

 無論……司令から許可を貰えれば、の話になるのだが》

 

 仇を討ち、汚名をそそぐ。

 クルーゼが薄く笑いながら、単独でも攻撃をやる構えだ、とそのように言ってしまえば、他の連中は沸き立つしかない。

 

《よぉし決まりだ! 足つきを沈めるぞ。追悼慰霊団と別動隊の仇討ちにかかる!》

 

《我が艦はクルーゼ隊に付き合おう、よろしいですな? ラコーニ隊長》

 

《我が艦は、じゃない。我が隊は、だ。

 ラコーニ隊は全艦、足つき攻撃を行う。デブリベルト内の連中を呼び戻せ》

 

 ユウキを無視して動き始めようとしている。いや、動き出してしまった。

 不味い流れだ……ユウキの背筋が凍り始める。

 いよいよ独自行動を取る構えを見せ始めた連中は、もう収まりがつかないだろう。

 

 ユウキは自分に次ぐ役職に付いている男……艦隊副司令であるクルーゼの発言に期待はしていなかった。

 煽りさえしてくれなければいいと。それだけを思っていたのに。

 強硬派の中でも特に過激な集団、ザラ派の中心部にいるような人物である。

 有能だが胡散臭い男だと感じてはいた。いたのだが……見事に煽ってくれた。

 救援に来た、と言う良識すら無いのか。

 

 それともシルバーウィンド乗員に全滅判定を下す気か。

 

 ユウキはクルーゼを怒鳴りつけそうになるが、すんでの所で堪えた。

 司令と副司令が口喧嘩など。できる訳がない。

 既に空気は変わってしまっている。手遅れだ。

 

 肩を落としそうになるユウキを放って、強硬派の者達は勇ましげな言葉を連ね出した。

 

《別動隊が負けたのも、つまりはそう言う事だな。

 初見の相手に性能で負けた……同レベルの機体で、油断なく行けばいいだけだ。

 強敵だというなら、うちのジェイデンスキー辺りにアスランを援護させるさ》

 

 何の問題がある? とのラコーニの意見に続々と賛成が集まった。

 

《奪った機体は4機が実働しているのだろう? 躊躇う事はない。勝てる戦いだ、ユウキ。決断してくれ》

 

《貴方はFAITHでしょう。それとも……司令殿はこちらに残られると? それならそれで構いませんが》

 

《国防委員長に感謝だな。捜索部隊とは思えん戦力に何事かと思っていたが。

 こういった事態を見越していたのだろうよ。流石だ》

 

《ナスカ級が2隻。ローラシア級が8隻……モビルスーツに至っては54機だ。月攻撃だとて可能だろう》

 

《むしろ、これだけの戦力を持ってきておいて、何も結果を出せていないのでは。……やはり攻撃は正しい》

 

《現状で、連合に報復攻撃をかけている部隊の中では我々が最も有力なんだぞ?

 このまま帰る気か、ユウキ。しっかりしろよ》

 

 手綱を離してしまっていいレベルの戦力ではなかった。

 艦隊司令であるはずのユウキだが、折れるよりない。

 これ以上ザラ派に、強硬派に好き勝手をさせられないのだ。

 少しずつ、対話や交渉による和平を考えて始めているユウキ……クライン派の誰かが付いていなければ、彼らが何を始めるか。

 どこまでやってしまうか。

 

 非人道的な行いをさせれば、後から因果が帰ってくる。

 プラントに逃げ道を用意しておかねば、和平どころではなくなる。

 

「……いいだろう。艦隊は、攻撃に方針を変える。

 ただし、捜索を引き継ぐ部隊を用意してもらわねばならん。彼らが来るまでは我々が捜索を、引き続き行う」

 

 ユウキはひたすらに苦い物を飲み込んで、そう言うしかなかった。

 和平派閥に属する自分が、辛うじてでも統制を取っておかなければならない。

 

 思わず表情を暗くした艦隊司令。

 一方で望む通りの《命令》を引き出した者達は、おおいに活気づく。

 

《ボアズから出た月への攻撃部隊が、直前に連合の艦隊が出撃したのを確認している。

 1個から2個艦隊の規模らしい。

 航路はデブリベルトと地球の間……こいつらは、足つきとの合流を計る気だろう》

 

《そこを追えば叩けるな。……打撃を受けているはずだ、無傷とは思えん。やれるだろう》

 

《だったらついでに、合流しているであろう艦隊も沈めてしまいましょう。2個艦隊。結構ではないですか。

 死者への手向けだ……ここは》

 

 ユウキは堪らず音声のみをカットする。

 

 やられた。

 ザラ国防委員長。そしてクルーゼ……これが狙いだったのか。手回しが良すぎるとは思ったのだ。

 

 まさかプラント市民を煽る事で、間接的にこの救援隊を煽ってくるとは。

 

 少なくとも冷静なはずのこちら側の人間でさえ、手柄を残したいとの欲が出てきている。

 ましてや、強硬派の人間を《捜索》に回せば何が起きるか……ユニウスセブンへ回すのは自分達クライン派の隊からしかあり得ない。

 こちらが振り回される間に、彼らは存分に態勢を整えるだろう。

 

 クライン議長は慰霊団への危機管理、監督、護衛の不首尾で責任を追求されている。

 まさか、民間船への攻撃を、政治利用するほど手段を選らばないとは。……ここは自分がやらねばならない。

 何としてもザラ派に主導権は渡せないのだ。

 しかし。

 

「ここにきて艦隊一つを沈めるのは、ナチュラルを刺激するだけだろうに……分からないのか、それが……」

 

 さりとて攻めねば、プラント市民が納得しない。

 ユウキは、プラントが嵌まりつつある沼が、泥沼から底無し沼に変わっていく感覚に襲われた。 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジに立つクルーゼ。彼はこの艦隊の戦力リストを眺めていた。

 それを眺める酷薄な笑みは、隣に座るアデスですら見えなかった。

 

 

 

 

※追悼慰霊団救援艦隊

 

 艦隊司令 レイ・ユウキ

  (モビルスーツ戦闘隊長を兼務)

 

 艦隊副司令 ラウ・ル・クルーゼ

  (モビルスーツ戦闘副長を兼務)

 

 ※所属部隊

 

・ユウキ隊

 ナスカ級×1 ローラシア級×2

 

 ゲイツ初期型×1

 シグー×2

 ジン・ハイマニューバ×3

 ジン×9

 ジン強行偵察型×3

 

・クルーゼ隊

 ナスカ級×1 ローラシア級×2

 

 ゲイツ初期型×1

 イージス

 デュエル・アサルトシュラウド

 バスター

 ブリッツ

 ジン・ハイマニューバ(ミゲル専用)

 ジン×8

 

・ラコーニ隊

 ローラシア級×2

 

 シグー×1

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×6

 ジン強行偵察型×3

 

・ポルト隊

 ローラシア級×2

 

 シグー×1

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×6

 ジン強行偵察型×3

 

 

・ボアズより派遣の部隊。※壊滅により撤退

 

・クーザー隊

 ナスカ級×2

 

 シグー×1

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×8

 ジン強行偵察型×1

 

・マッカラン隊

 ナスカ級×2

 

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×9

 ジン強行偵察型×1

 

 計14隻、モビルスーツ76機

 

 

※余剰スペースには大気圏突入用装備、要塞攻略装備及び補給物資。地上用モビルスーツ(ディン、バクゥ、ザウード)を搭載。

 

 

 





※ゲイツは試作機だとしても早いのでは? とのご指摘を頂きました。後で機体を変更するかもしれません

※2/16修正、ゲイツはXナンバーの技術を入れる前のタイプです。
 同じく、クルーゼ用の機体プロトドラグーンを削除。さすがに早すぎました。

アスランと、ザフト側をと言ったな。あれは嘘だ。

(すみません、丁寧に書こうと思ったらこうなりました。次こそアスランを書きたいです……まとめると2万文字を超えそうでして分ける事にしました)

お待たせしてすみませんでした。
ここのところ、前の2話で急速に上がった評価とお気に入り数にびびってました。
人気なのはSEEDであって、私の力じゃないと思えたら力が抜けてやっと楽になれました。
頑張って好きに書く事にします。

遅くなりましたが評価や感想、ご意見、ご指摘ありがとうございました。
全部読んでおります。励みになっています。
キツいのもありましたが、ご批判もちゃんと読んでおります。
今後ともよろしくお願いいたします。

早くアスランとキラを書きたいなあ。
ナタルとかハルバートンとか。

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