機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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長いですよ。でもいつもの通りあんまり進んでないよ。ゆっくり読んでくださいね。


指揮官達の苦悩 2

「少尉。銃をお預かりいたします」

 

 淡々と言ってくる兵士……保安部員の言葉はひたすらに機械的だった。

 

 それを聞きながら、ナタル・バジルールは相手を睨みつける。

 保安部員が構えるライフル……その《銃口》が、自分を向いているのを理解して、だ。

 

「貴様……何の真似だ」

 

 意識的に平静を装う。

 威圧をしようとする彼女だが、精神的な衝撃はかなりの物だった。

 

 自分は士官であるという意地が、愕然とした感情を表に出さないようにしてくれる。

 そのようにやっているつもりではあるが、それを上手くできているかは分からなかった。

 

 

 

 

 ナタルは酷く迷っている状態のまま、早々に医務室近くへと来ていた。

 

 来ていた……という表現には少し、違っている物がある。

 軍人として鍛えられている彼女の足は速い。おかげで、考えが纏まる間もなく到着してしまった……というのが実際のところだ。

 心の奥では、まだ到着しなくてもよかったとすら感じているのである。

 そんな風に迷いを抱えている理由は一つだ。

 

 キラと、何をどう話せばいいのか。それが全てである。

 

 そもそも話の切り出し方からして悩んでいる状態だ。

 これまでのキラへの処遇、こちら側の態度……結果はどうなったか。

 諸々を考えてみれば、どう見ても良い部類の物ではない。

 考えるまでもないのだ。

 

 キラはストライクで戦ってはくれたが、現在の彼の心情、推測できるこちらへの信用度合……そういった全てが悪化しているのは想像に難くない。

 威嚇とは言え、自分は発砲までしているのである。

 

 あれだけの強硬姿勢を取ってみせても、まだ友好的に話しをする事は可能だろう……そんな期待をする程ナタルは恥知らずではない。

 

 キラの心情はどう変わったか。

 悪化している。その筈だ。間違いなく。

 

 自分の帰還拠点を確保するために艦を防御した、ただそれだけ。そういった冷たい物に変化していてもおかしくはない。

 正直なところ、再度の対話、交渉に関して明るい材料がほとんど見えないのである。

 投げたくなるのが本音だった。

 

 愚痴だ。

 分かっている。分かっているのだ、ただの愚痴だ、こんな物は。

 いや、愚痴ですらない。自分への遠回しな慰めに近いのだ。

 仕方がなかったのだと、言い訳を探したい自分への。

 これ以上目を背ける訳にはいかない……それも分かっているのである。

 分かっているのだ。

 

 だが、いつの間にか足が止まっている。

 ナタルは放り出したくなる気持ちを押し潰し、静かに息を整えた。

 

 このままでは本当に会えなくなる。

 考える前に、とにかくも顔を会わせてしまおうと自分を叱咤した。

 ようやく医務室へ入ろうと歩みを再開させる。

 

 ところがだ。

 

 医務室に入るべく、その入り口へと近づいてきたナタル……彼女に対して一人の兵士が。保安部員が、待ったをかけてきたのである。

 ナタルが、その不自然な動きに眉を潜めるのにも構わず、彼が言い放ってきた言葉。

 

 その時の言葉がそれだ。

 

「銃を、お預かりします」と。

 

 

 ナタルはその対応に面食らった。保安部員の対応はあり得ない物だからだ。

 本能的に相手を睨みつける。

 

 どこの馬鹿かと思って顔をよく見れば、キラに付けた二人……その内の一人だった。

 パイロット連中、特にキラとはかなり良好な関係を持ちつつある、例の二人。その一人である。

 

 ナタルはそれを思い出すと目線を鋭くさせた。警戒心が強まる。

 知らずの内に、言葉に力が込もった。

 

「銃を預けろだと……私の物をと言ったのか? 上等兵」

 

「はい、少尉。ここで銃をお預かりします」

 

 聞き間違いで済ませてやろうか……そういう意味を含めた《確認をしてやった》ナタルに対して、保安部員は今度も明確に言ってくる。

 つまりは医務室に入りたければ銃を置いていけ……そういう事だった。間違えようのない明瞭な発言。

 彼の目には冷たさがある。

 

 ナタル・バジルールという上官を見る目が冷たいのだ。

 

 言葉遣いこそ丁寧ではあるが、顔つきと目つき、そして要求してきた事柄は将校に対する物ではない。

 そもそも、そんな事をできる権限を与えていない。

 懲罰どころの話ではなかった。

 

 というか、立ち位置からして既におかしい。

 この保安部員は完全に医務室の入り口に立ち塞がっている……しかもよく見ると、あろう事か。

 

 あろう事か、《実弾》を装填している銃に、手をかけながら、だ。

 

 保安部員が手に持っている小銃。

 それに装填されている弾倉……そこにはゴムスタン弾の色ではなく、実弾を表す印と色が付いているのである。

 

 当たり前だが実弾の使用許可など、今は与えていない。

 

 反乱。

 ナタルはそんな言葉を思い浮かべて背中に冷たい物を感じた。

 それでも平静を装い、一呼吸を置いて保安部員を詰問する。

 どういうつもりかと。

 

「……貴様、何の真似だ」

 

「はい。ヤマト准尉を警戒、護衛及び可能な範囲においてのみ支援せよ、と命令されております」

 

 保安部員は、上官からの怒気が混じった詰問に平然と返してきた。躊躇う素振りもない。

 事実、彼の言う命令はその通りだ。確かにそういう命令を下されている。しかし、それを命令したのは。

 

「……それを命令したのは、私だと認識しているつもりだが?」

 

「はい、少尉。医務室に御用があるのでしたら銃をお預かりします。予備をお持ちでしたら、そちらもご提出ください。

 刃物、殴打武器の類いも、全てお願いいたします」

 

 ついさっき、ナタルが命令したのだ。キラに付けと。

 ナタルが、命令をしたのだ。

 

 だと言うのに、この兵士の態度は何か。

 この男は明らかに《命令》を盾に、勝手な判断をしている。しかも実弾まで用意しながらだ。

 

 命令の実行を十分に……というのにしては度が過ぎている。

 独自判断か。それともフラガやマリューに指示されての事か。

 

「……私の銃を取り上げるのは誰からの指示か。

 実弾の使用は認めていない。何故勝手に持ち出したのか? どういうつもりなのか、答えろ上等兵」

 

「銃を、お預りします。少尉どの、ご提出を」

 

 更に一段冷たさを増す保安部員の目。

 こちらからの詰問には応えず、武装解除せよの一点張りだ。

 

 ナタルの脳裏には思わず《銃殺》の2文字が浮かぶのだが、相手は既に備えていた。

 動いてもこっちの方が遅い。そういう状況だ。

 そういう状況に、なっているのである。

 

 兵士の指は引き金にかかっている。

 銃口も既にナタルを向いている。そういう状況だった。

 撃ち合いになれば、こちらだけが死ぬ。

 

 本気か……?

 冷たい殺気を感じながらナタルは、ふと理解した。

 

 つまりは、ナタル・バジルールとキラ・ヤマト……この兵士は、現状でどちらを優先すべきかを独自判断したのだろう。

 生き延びるために。

 

 艦船内の歩兵という者達は。

 彼らが対艦・対モビルスーツ戦闘でやれる事はほとんどないと言っていい。

 ダメージコントロールに走り回るか、退艦のために走り回るか。

 極端な話、味方が勝ってくれる事を祈るしかない事がほとんどだ。

 

 回避運動や直撃弾に揺れる艦内で、詳細な戦況は知らされず、味方が勝ってくれるのをただ耐えて待つ。

 その恐怖と緊張は、幾多の将兵を追い詰めてきた。

 

 頼れる物に頼るのが兵士の現実だ。孤立した苦境にあれば尚更。

 建前が通用しない最前線になればなるほど、教範は何処かへ吹っ飛ぶ、突き詰めれば最後に残るのは一つしかないのだ。

 

 追い詰められた彼らにとって必要なのは、優秀で生真面目だがしかし融通の利かない新米士官、ではなく。

 疑わしかろうが何だろうが、それこそスパイだろうが、致命的な状況でも命を救ってくれる相手……戦況を引っくり返す程の強さを持つ、生きて還してくれる存在である。

 

 綺麗事だけで生きていけるのなら、そもそも戦争など起きる訳がないのだ。

 

 だから、おそらく彼は撃つだろう。

 

 死にたくないから、生きて帰りたいから。

 生きて帰るための、手段があるから。

 

 だから新米の将校ではなく、絶対的な力を持つエースパイロットを守ると。

 

 実際、目の前の保安部員には怒りも憎しみもない。そんな表情はしていないのだ。

 ナタルが武装解除に応じるか否か、キラの所へ通していいのか悪いのか。それだけを確認している。

 覚悟の決まった態度。

 押し通ろうとすれば、撃ってくる。そう思える位には目線が冷たい。

 

 小銃の銃口はもうナタルの腹部に向いている。

 彼は本気だ。脅しで分かりやすくなる顔に向けて来ていない。

 確実にダメージを与えられる腹を狙っているのだ。反動に備えて両手で保持……必要ならば、止まるまで撃ち込む態勢だった。

 

 ナタルはそれらを、相手のそういう感情を分かってしまうと、少しの間だけ沈黙した。

 わずかな睨み合い。

 

 静かに息を吐いたのは、士官の方だった。

 ナタルは諦めたように銃を差し出す。

 

「…………これでいいのか」

 

 妙な誤解を生んでしまわないように、指先でつまんでゆっくりと、だ。

 

 こんな所で相討ち覚悟で撃っている場合ではない。

 

 どの道、今はこれを使うつもりがないのだ。

 キラにそういう対応をするつもりは、もうない……そんなつもり《だけ》は、もうないのである。

 

 それを言ってみたところで、信じてもらえないとも分かるから、黙って差し出す事にしただけだ。

 時間の無駄だ。

 

「……はい、お預かりいたします。今、中に連絡を入れロックを解除させますのでお待ちください」

 

 士官の特権を当たり前のように取り上げた兵卒。

 彼はナタルの銃……その本体と弾倉をさっさと分けてしまい、無感情に、事務的な態度で手続きを始める。

 

 あげくの果てには女性士官であるにも関わらず、当然のようにボディチェックまでされてしまった。

 いい加減に殴ってやろうかと思ったナタルだが、兵士の顔には情欲の類が一切なく、完全にプロの顔になっているのを見れば黙るしかない。

 

 調べてくる最中にも、銃の引き金に指がかかっているのを見れば黙るしかなかったのである。

 

 ナタルは、また特大の面倒事を見つけてしまいため息を堪えた。こんな好き勝手をさせる羽目になるとは。

 何より酷い話なのは、これに対する自分自身の感情だ。

 

 正直、《この程度》の問題に時間を取られてたまるか……等という、とんでもない考え方をし始めている自分、その事実にも愕然とする。

 部下の反乱じみた態度、それを後回しにするのを許容する自身の変化。

 

 何よりも優先するべき問題があるとはいえ、こんな無茶を見逃すとは、と。

 

 チェックを終えると保安部員は彫像のように入り口の横に立ち戻る。

 上官に対する無礼には一言もなかった。

 

 ナタルは彼を横目に黙って医務室に入る。既に疲労感と苦悩を覚えているのだ。

 こっちから余計な面倒事を増やしたくない。

 

 どの道、特大の面倒事がすぐ目の前にあるのだ。

 狂人と切り捨てた相手との再度の対話が。凄まじく信憑性の上がってしまった妄言について。

 

 既に見切られているかもしれないと思いつつ、だ。

 

 

 ナタルがここに来ると伝えられたのだろう、キラがすぐに目線を向けてくる。

 

「バジルール少尉……」

 

 医務室に入った彼女の目に、キラがベッドに座っている姿が入ってきた。

 向かい合うように医務官の姿がある。

 診察と合わせて、傷への処置について説明を受けているようだった。

 

 挨拶のつもりか、キラは軽く頭を下げてきた。ナタルは立ち上がりかけたキラを手をわずかに振って制する。

 こちらは後でいい、と。

 

 起き上がれる程度には意識がはっきりしているようだ、喜ばしい事だろう。

 だが、問題なのはキラの顔。左目が無くなったその顔だ。

 

 顔面左側にかけて大きく包帯が巻かれた少年の顔……どうあっても視界に入ってくるそれは、ナタルの胸にずきりとした物をもたらす。

 自分の、アークエンジェルの指揮官級である自分の責任だ。

 

 ナタルがキラの顔を何となしに見つめてしまうと、キラが緊張から身を固くするのが分かる。

 怯えているのではない。

 どう話をすればいいのかを、迷っている表情だと感じた。

 だから分かる、分かった。それはナタルの方も同じなのだ。

 向こうには話をする意志があると、まだ、その可能性をくれるらしいと。

 キラの方もまだ、話し合いをしたがっていると、そう感じられたからだ。

 

 複雑な罪悪感と共に、わずかな安堵が出てきた。

 ただ、その安堵も、ナタルには罪の意識をもたらしてくる物だったのだが。

 

 

 

 フラガは疲れを押し殺して、ガンバレルストライクを操り続けていた。

 

 武器であり推力器でもあるガンバレルを2基失った現状……戦闘力、運動性能の両方が低下している状態だ。

 それでもアークエンジェルで稼働している兵器の中では、最上に位置するコンディション……だと言うのが、何とも心細い物と言えた。

 

 アサギの乗るジン、そして先遣隊の生き残ったモビルアーマー乗り達と共に、生存者の救助を……更には、使えそうな物資、機材の回収を行っている最中だった。

 パーツや兵器として状態の良いザフト機は丸ごと、それこそ片端から回収している。

 

 大破したザフト艦の残骸周辺からも、何か見つけられないかと根こそぎだ。

 その位に物資の残量が危険域だった。

 特に艦船用の弾薬欠乏が著しい。

 既にアークエンジェルの機銃、副砲、宇宙用対空ミサイルは大げさではなく空っぽと言ってよかった。

 

 唯一生き残った……表現としては少しおかしいのだが、助けに来た中で一艦だけ生き残ったモントゴメリ……その艦でも負傷者が出てしまっている。

 

 小さなコンテナ一つでも、医薬品や飲料水の類ならば大歓迎の状況だ。

 分艦隊の旗艦だったモントゴメリには、アークエンジェル用の補給物資をあまり積み込んでいなかったらしく、それも不幸な状況に一役を買ってしまっている。

 彼ら自身、補修資材や武装、弾薬の補給、そして予備人員の補充が必要になっている状況だった。

 

 それらを伝えられたフラガは、もうため息も出なかった。

 正直な話、まず疲労がつらい。

 デブリベルトから続いたスクランブル待機。連続した戦闘。

 それによる過労が、もう無視できないレベルで表面化しつつあった。

 

 宇宙を漂流してしまっている友軍兵士の救助、彼らをモビルスーツの手で掴みにいくのは酷く神経を使う。

 機体の動作に、万全な調整を施せていないと分かっている今は、特に。

 キラに微調整を頼めないのだ、時間的にも状況的にも。

 

 どうしようもないとは言え、手を抜けず、かと言ってミスも許されない細やかな作業の連続……それはフラガを苛立たせるのに十分だった。

 先程の敗北寸前まで追い込まれた戦闘による影響も、やはり拍車をかけている。

 

 フラガは大きく息をつきながら首を動かした。

 

 凝っている肩をほぐしながら味方のジンに目を配る……ワイヤーロープを使って、慎重に物資の回収をしている鹵獲ジンの姿がモニターに映った。

 

 最初に出撃させたジンが戦闘で小破したために、キラが使っていたジン……それを、わざわざOSの変更をさせてまで出しているのである。

 パイロットを乗り換えさせて再度の発進だった。

 心身を酷使するパイロットにはハードな待遇だ。新米への扱いとしては強烈に荒っぽい。

 

 本来なら初陣であんな目に合わせてしまったパイロットは休ませてやりたいのだ。

 しかし彼女を、まだまだ若い少女を動かさなくては本当に手が足りない。

 状況を考えれば、フラガは「動け」と言わなくてはならなかった。

 

「……アサギ、大丈夫か? 悪いな。トールと一緒に休ませてやれなくて」

 

 時間が勝負の救助作業に、モビルスーツを使わないのは勿体ない。

 わざわざ来てくれた友軍への義理もある。だからフラガが救助に当たっているのだ。

 彼女……アサギを物資の回収に当たらせて。

 

《いえっ、大丈夫ですっ! これでもあたしは元から軍人ですから!》

 

 トールの分まで頑張りますよぉ! と、アサギは同僚となった少年を庇ってみせる。

 疲れは感じさせるが、それでも気を張っているであろう元気な声が、通信機ごしに返ってきた。

 

 フラガに強がり、トールを庇って見せたのはアサギ。

 オーブ軍・モビルスーツパイロットのアサギ・コードウェルだ。

 

 ワイヤーロープで纏めたザフトの機体や、銃砲、弾薬の類。それらをかき集めてはアークエンジェルに戻り、また集めに出るという疲れる仕事を黙々とこなしていた。

 

 似たような作業はデブリベルト内で何度もやらされた事が幸いだったのだろう、単独でも何とか動けている。

 戦果こそ挙げられなかったとは言え、修羅場を潜った事で多少は自信も付いたのかもしれない。

 

 本人にしてみればオーブ軍人としての意地がある。ここで泣き言をいっていられなかった。

 

 それでもフラガから見れば、アサギの操るジンはふらついている。技量未熟による物を言っているのではない。

 動き自体が緩慢になっているのだ。

 当たり前だが彼女も疲れているのである。ついさっき、過酷な初陣を終えたばかりだ。

 モビルアーマーでの経験があるフラガとは地力が違う。

 

 フラガはまだまだ頼りない新米の挙動を見て、すまん、と内心で詫びつつ、アサギに軽く檄を飛ばした。

 

「疲れているだろうが、頼むぞ。あと少ししたら休ませてやる。それとな……動きが雑になってるぞ! しっかりしろ!」

 

 フラガはいつも以上に厳しい声を出して念を押した。  敵モビルスーツは沈黙していても、中のパイロットが生きていてまだ反撃を考えている可能性もある。

 だから、油断をしないように、と。

 

《は、はいっ! すみません、気を付けます!》

 

 キラが撃破したのだ。敵機のほとんどが大破爆散したか、またはコックピットを撃ち抜かれているとんでもない光景は把握している。

 討ち漏らしはない……とは思う。だとしても、油断するかどうかは別だ。

 今さら、事故を起こして死にましたでは、悔やむ訳にもいかない。

 

 新米の疲れている動きを見ながら、フラガは自身も気合を入れ直す。あと少し、あと少しだ。

 そう自分に言い聞かせながら、慎重に機体を操り直した。

 

 救助作業を続けるフラガ機に、友軍から通信が入ってくる。

 それらは先程から何度も伝わってくる類の物だ。

 相手は救助した人員や作業ポッドの操縦士達。その内容は彼らによる感謝、称賛の言葉だ。

 

 ただ、中には勘違いされている事がある。

 フラガはそれに対して応えつつも、丁重に誤解を解いていった。

 貴官らを助けたのは自分ではなく、協力者であるコーディネーターの少年の力が大きい、と。

 

 型式番号、兵装こそ違えど、同じ《ストライク》を操っているから誤解をされているのである。

 大戦果を叩き出し、モントゴメリを救ったのがムウ・ラ・フラガだと。

 

 キラの声を聞いたブリッジオペレーター達、それ以外の連中には、思っているよりもまだ伝わっていないようだ。

 

 フラガはひたすら慎重に、しかしはっきり間違いだと言うしかなかった。

 普段とはうって変わって生真面目かつ、相手を刺激しないように丁寧に説明をおこなったのである。

 コーディネーターに殺されかけた彼らに、コーディネーターが助けに行ったのだと伝えるのは、やはり気を使う。

 

 コープマンという指揮官は隠そうとしているのか、それとも伝えていないだけなのかは知らないが、それはフラガの知った事ではない。

 

 あれ程に必死で闘い、そして傷ついた人間、キラ・ヤマト。その手柄を横取りするような流れは、死んでも御免だったのである。

 

 自分にとっても恩人であるキラ……彼が受けるべき称賛の横取り等というそんな真似は、幾らなんでもやる訳にはいかない。

 既にキラには多大な借りがある。返さなくてはならないのだ。

 

 しかし、フラガの口から《事実》を伝えられた相手。彼らの反応は様々だ。

 

 衝撃を受けて固まる。悪趣味なジョークだとの笑い声、それらはまだマシな反応だと言える部類だ。

 不快混じりの疑念やら、あるいは信じられぬとの感情を混ぜた、複雑そうな返答が少なくない。

 

 厄介な場合は、何故そんな嘘をつくのかという恨み事を返してくる者や、馬鹿にしているのかとフラガに食ってかかかる者まで出てくる羽目にになる。

 

 事実を伝えない訳にはいかないのだが、参ってくる。

 難渋してしまう。

 仲間をザフトに殺されたばかりの彼らに、「地球連合にも志願するコーディネーターはいるだろう」そういう事実だけを突き付けても意味がなかった。

 

 だが。そうやってキラの話を繰り返す内に、同時に思い起こされる物がある。

 あの技量だ。

 

 まさに桁外れと評するしかない戦闘能力。

 しかも片目を突然失っておいて、である。

 

 ナチュラル、コーディネーター云々の話ではない。

 戦闘向きの特別なデザインをされていると言っていたが、どう考えても異常過ぎる。

 

 加えて、戦闘中に伝わってきた妙な感覚……そこからフラガはある可能性に思い至っていた。

 

「……キラにも俺と似たような勘があるってのか?」

 

 フラガはそんな思い付きを呟いた。

 

 キラ機の反応速度自体は。他は、まずともかくとして反応速度、それだけは何とか自分にも《理解がついていける》レベルの能力だと感じたのだ。

 

 何の事かと言えば、フラガは自分なりにキラの知識、力に対して、幾つかの説明が付くのではと。

 未来から戻ってきた……未来を知っているという事を含めた諸々に、納得する取っ掛かりを感じられたのである。

 

 空間認識能力。

 一瞬先を読む……と評される事もある特殊な能力だが、CE71年の現在では実在が確認されている、歴とした技能だ。

 理論が発表された時には眉唾物だった物。しかし、別に超能力や魔法の類いではない。

 人間に本来備わっている能力、その一部が極めて発達、または顕現したと言うだけの話である。

 

 無論、明確に解明・理解されているとは言い難い。備わっているとされる本人ですら説明は難しい代物だ。

 ましてや世間に正しく広まっているかは怪しい。

 

 だが、《有る》のである。存在するのだ。

 

 ならば、コーディネーターとしてそれを発現させるような遺伝子のデザイン。

 そういった物を試みる事は有り得るのではないか。

 中でも《異常な成功例》があったとして、それがキラだという事なのではと、フラガは彼なりに、キラの存在に納得しようとしていたのだ。

 

 理由が欲しいのである。

 

 キラの力には説明がつく、納得がいく。事実を話してくれていた、のではないか、と。

 

 ただ、そう考えた場合でも、《あれ》はもはや異次元過ぎるのも事実だ。

 

 空間認識能力が備わっているのだと仮定しても、あの技量は凄まじい。

 もしかすると、より、先鋭化されている物が備わっているのかも知れないが……。

 

「いずれにせよ、民間人ってのは……もう、あり得ないよなあ」

 

 キラのこれからを考えると気が滅入ってくる。

 どうやって彼の立場を弁護してやればいいのか……悩むフラガにまたもや通信が入った。

 アークエンジェル保安部に所属する下士官の一人からだった。

 

『バジルール少尉がヤマト准尉に面会するため、医務室に向かっているが、よろしいか?』そういう確認の通信だった。

 

 いつもキラに付いていたあの二人……彼らに感化されたのか、この下士官もかなりキラに甘くなりつつある人間の一人だ。

 だからフラガに確認を入れてきたのだろう。大丈夫か? と。

 

 フラガは悩んだ。

 

 キラと話をするべきだ。もう一度、それも速やかに。

 こちらから話を打ち切っておいて勝手すぎるとは思う。だが、少なくとも同じ失敗はやるべきではない。

 話をするべきだ。聞くべきなのだ。

 今度は後回しにせずに、正面から受け止めるつもりで……いや、受け止めてみせねばならない。

 

 まず、助けてもらった事に感謝を伝えて、扱いの酷さに詫びを入れ、負傷について正式に謝罪をして、もう一度。 キラが、それを受け入れてくれるのかどうかは別になってしまうが。

 そんな時間があるのかどうかも別として、とにかく。詫びを入れてもう一度だ。

 

 しかし、ナタルでは……バジルール少尉で大丈夫か?

 保安部員がついているとは言え、ラミアス艦長を同席させるべきではないのか?

 

「……あー、ラミアス艦長は? 来れそうか?」

 

 聞きながらフラガは自分をバカかと思う。

 来れる訳がない。

 

 オーブ避難民への対応に、アークエンジェルの、艦のトップを出さねばならなかったのだ。納得させるために。

 先遣隊からの指揮官、更にはよく分からん官僚の相手もある。

 押し付ける形で申し訳ないが、マリューはアークエンジェルの艦長として、今しばらくはキラの所へ来る暇などないだろう。

 

 最優先にするべき話をキラは持っている可能性がある、だが、だからと言って他を蔑ろにしていいという事にはならないのが、世間の難しい所だ。

 

 他に2、3人将校が居れば……。

 

 フラガはそんな事を考えて、ふと思い出す。キラがその一人だったのだ。仮とは言えど准尉待遇の。

 だから避難民の一部は何とか落ち着いていたのだろう。

 

 そして気付いて頭を抱えた。

 

 コーディネーターでも士官をやっているから。

 表向き、連合がコーディネーターと何とか協力している姿があったから。

 それがあったから、それが姿を見せなくなったから、どこへ行ったのかと不安を余計に煽ったのではないか。

 

 スパイが、ついに逃げようとしたのだと《思われて》しまったのではないかと、気が付いた。

 始めからキラを自由にさせておけば、姿が見えない事に不安を煽られなかったのではないか、と。

 

 フラガは、数人で固まって漂流している者達の信号を新たにキャッチする。

 彼らに接近しながら眉をしかめた。

 

「参ったな、やっぱりこっちのせいか……」

 

 やはり詫びをいれなきゃならない。その後は……いや、それは後回しだ。

 自分のようなパイロットが、考えるべき事ではない事まで悩むのは性に合わない。

 いずれにせよ今は、だ。

 

 とにかくも気を取り直したフラガは、待たせてしまっていた通信に指示を返した。

 

「……分かった。バジルール少尉に任せる。……ただし、銃は取り上げ……あー、いや……預かって、からだ。

 それと、キラと二人にはさせ……」

 

 どうするか。そんな言葉を流石に飲み込む。

 

 フラガの指示はあまり明確ではなかった。

 キラとナタルの話は間違いなく面倒な物になる……機密を漏らすまいとすれば、他者を近くに置く訳にはいかないだろう、との微妙な判断からだ。

 なのだが、では二人にするのは? それはどうなのか……当然、それも良くはないだろうという思いがある。

 

 加えて、パイロットである自分が、あまり艦内の事を仕切り出すべきではないとの考えもあった。

 マリューやナタルの立場にも気を配らねばならない。

 緊急時に、兵士達がこっちの指示がないと動けないようになられても困るのだ。

 

 アサギもそろそろ限界だ。

 自分だって手早く救助を終え、物資回収に移り、更にその後は周囲の警戒だってしなければならない。

 というか疲れている、さすがに少し休みたいのだ。

 艦内の事を次から次にこっちに聞かれても困る。手に余るのだ。

 

「……任せる。とにかく、適当にやれ。なるべく穏便な方法でだ。いいな?」

 

 軍人として適切、かつ、妥当にやれ。

 疲労が苛立ちを呼ぶレベルにあるフラガとしては、相手を怒鳴り散らす前にそう指示を下すしかなかった。

 

 話は終わったな? と、アークエンジェル保安部との通信を切ろうとしたフラガだが、《それと、もう一つご報告が……》と遠慮がちに言われ、ついに怒りが表面化する。

 

「……何だ! まだ何かあるのかっ!」

 

《は……その、実は……》

 

 いよいよ怒鳴り始めた上官に保安部員は迷いを見せたようだが、結局は、伝えてきた事がある。

 

 キラ・ヤマトに殴りかかったのは、コーディネーターの男性だった、と。

 

 家族と離ればなれの避難になってしまい、相当にストレスが溜まっていたらしい。

 護身用の殴打武器を元々、懐に持っていたようだと報告され、フラガは空いた口が塞がらなかった。

 

「……ブルー、コスモス……じゃないだろうな?」

 

《過激派のデータリストには登録されておりませんでした》

 

 とりあえずのざっとした調査には引っ掛かる人物ではないようだ。

 しかし、保安部員の言いようでは、過去に、過激派として登録はされていない、という事しか確定はしていない。

 隠れたシンパだとしたら最早どうしようもない話だ。

 

《持っていた物は凶器というよりは、護身用程度とは言えましたが……》

 

 本職の人間から見れば玩具のような物。

 それでも、そんな物を持ち歩く人間が少なくない……それが常態化しているのが今という時代だった。

 ヘリオポリスでもそういった事に無縁とはいかなかったらしい。

 

 数百名の民間人……彼らの荷物確認を、心情への配慮と時間的余裕の欠乏から怠っていた結果だった。

 

《現在、隔離して監視中です。如何しますか?》

 

 危険人物として、拘束まで行うべきでしょうか? と、問われたフラガは天を仰ぐ。

 同時に、他の避難民の手荷物を改めて検査するべきか、とすら聞かれて目眩を覚えた。

 

 暴行犯として拘束だ? ……できる訳がない。

 それをやればオーブ避難民の感情を逆撫でするだけだ。今ですら、暴動寸前だと言うのに。

 辛うじてでも統制を取れている相手を、わざわざ暴発させるつもりは全くないのだ。

 

「……あー、くそっ……! ……相手は民間人だ、どうせもうすぐ地球に着く。降下点ポイントですぐに下船させてそれでおしまいだ。何もしなくていい。

 監視だけ付けて、静かにしておいてもらえ」

 

《室内に謹慎……いえ、待機程度でよろしいのですね?》

 

「民間人相手って言ってるだろうが!」

 

 フラガは、とにかくこれ以上オーブ避難民を追い詰められないと怒鳴り、乱暴に通信を切った。

 今更、手荷物の詳細な検査などと……そんな事を言い出せば、次の暴行を疑っていますと言うような物だ。

 

 さっきは酷いながらも混乱状態……ギリギリその程度で治まった。

 今の段階で《暴動》が起きれば、次は死人が出る。

 

 もう気分は最悪だ。

 キラの怪我はこちらの責任だと、自分を責める感情しか湧かなかった。

 

 

 

 キラへの診察と自身の状態について説明が終わった後。

 ナタルは医務官からキラの状態について、ざっと説明を受けていた。

 

・左目は結局、摘出に至った。その際に麻酔を使わざるを得なかった事。

 

・肉体的にはかなりの疲労が溜まっている。

 睡眠不足の兆候が強く出ているが、コーディネーター特有の頑健さかどうか、致命的なレベルでの悪影響はまだ、見られない。

 ただし、頭部への打傷についてはより慎重な判断が求められ、はっきりとした事は口にできる段階ではない。

 

・精神的には、ここ最近で最も落ち着いた面が感じられる。ただし消耗自体は進んでいるように見受けられ、まとまった休息が必要だと判断できる事。

 

・異常な戦闘能力については、本人にも原因が不明で見当がついていない……正確には、心当たりはあるが、ここまでの能力の発揮は自分でも想定外だと。

 

「……ただ、個人的には極めて強力な空間認識能力の一種、ではないか、と思われますが……」

 

 医務官は、つまるところキラの体機能データの不足で詳細不明と、そう話を結ぶと退室していった。

 暗に人体実験レベルの調査をしなければ、詳細は分からないのだろうとナタルは解釈する。

 そんな時間や機材、余裕などはどこにもない。

 民間人にも多数の怪我人が出ており、そちらの対応だってしなければならないのだ。

 

 軍人を優先して治療している……軍人しか、治療していないなどの噂が立てば、また厄介な感情が生まれてしまう。

 避難民への対応も速やかに方針を決定しなくてはならなかった。

 

「モントゴメリに移艦させるべきか……」

 

 ナタルは、いっその事オーブ避難民をモントゴメリへ移艦させるかとも考えてみる。

 一旦アークエンジェルから離れる事で、とりあえず気分を落ち着けられるのでは、と。

 しかしながら、すぐに思い直した。

 

 アークエンジェルが一番設備が新しく、最もスペースに余剰があり、そして結局の所ダメージは少ないのである。

 細かい損傷は数あれど、高レベル損傷は少ないのだ。

 

 新鋭艦から、救助艦とは言え損傷艦へ。悪く言えば旧式の艦へ移される精神的に不安定な集団……とても試す気にはなれない案だ。

 ナタルは自分の考えをばっさりと切り捨てる。妙な勘違いをされれば堪ったものではない。

 

 大体それこそコープマン中佐とラミアス艦長で決めるべき事だろう。

 そういった話がこちらへ伝わってこないという事は、現状ではやらない、という事だ。

 今はアークエンジェルで抱えているしかない。

 

 また増えた問題に苦悩するナタルだが、医務官の退室により空気は変わってしまっている。

 キラが、こちらを見て待っていた。

 他の事で悩むのもこれまでだ……最も大事な話を始めなくてはならない。

 

 ナタルは、ここまでキラとほとんど目を合わせていなかった……意識的に、である。顔は見ていても、目を合わせるのを避けていた。

 時間を少しでも求めていた、とも言える。

 気まずいのと、迷っているのと。そして恐怖に近い感情があったのだ。

 

 非難は覚悟している。

 怖れているのは、この艦はもう要らないと言われる事だ。

 

 壁にもたれ掛かっていたナタルが、意を決し、一歩だけ前に進む。

 ところが、口を開こうとしたタイミングでまたも、兵士が一人立ちふさがった。

 キラに付けた保安部員……その、もう一人の方だ。

 

 ナタルがちらりと視線を落とすと、構えた小銃の弾倉には実弾の証である印。しかも引き金には指がかかっている。

 

 こいつもか……。

 ナタルは肩を落としそうになったが、何とか堪える事に成功した。

 士官としての振る舞い、立場がある。

 

 ただ、兵士がこちらを士官として認めないのであれば、その場合にどうすればいいのか、ナタルには分からない。

 兵卒の顔色を伺うのは士官ではないが、さりとて、支持してもらえないのなら士官として在ることはできない。

 

 自分は間違っているのだろうか。それとも自分だけが間違っているのか。

 

 今回も、キラの事を自分に任せられる形になったのは仕方ない面が強い……にしても、前と同じでは駄目なのだろう。と、ナタルは考えている。

 前回と違って、自分はこれからキラと、本当に正面から向き合わねばならない。

 

 アークエンジェルはまだキラの力を必要としている状態だ。

 ここまで滅茶苦茶になっている艦内だが、せめてもの仁義……軍人としての意地を通さなくてはならない。

 

 オーブ避難民達を全員無事に帰国させる。それはアークエンジェル乗員の責務だった。

 負傷者を多数出しておいてと自嘲したくもなるが、もう、その位は意地を通さなくては、連合軍人としてあまりにも情けないのだ。

 

「……そこを」

 

 キラを害する意思は無い……だから、そこから退け、退いてくれ。退室しろと、ナタルは保安部員にそう言うつもりだった。

 

 もはや色々な事に目をつむり、最大限、ナタルは下手に出ようとした。

 自分の責任を痛感しているからこそ……だから、様々な理不尽や不合理を黙って飲み込み、まずキラに頭を下げようとした彼女がそこには在った。

 

 同時に。

 彼女のやり場のなかった薄暗い感情……これまで溜まりに溜まってしまった《何か》に対するドス黒い物が、そういった良くない何かが、耐えきれずに形を持って生まれそうにもなる。

 

 知らずに拳を握り締めていた。

 

 生まれから出る正義感、学んだ歴史から来る義憤、幼少教育から来る公正さ。成人をした一人の人間としての価値観。

 士官教育から来る連合軍人としての在り方、植え付けられたプラント、ザフト……コーディネーターへの潜在的な敵意識。

 

 理想と現実との余りに酷い落差。

 

 何故こんな事になってしまっているのか。

 連合軍人としての責務を果たすために頑張っているつもりだ……少なくとも、こんな思いをするために軍人になった訳ではないのに。

 コーディネーターの子供に散々に助けられている。彼らは《敵》なのではなかったのか。

 

 話が違うではないか。

 

 良くないとは思いつつも、複雑に絡んだ物が黒い感情として噴き出しそうになる。

 気がつく間もなく、もはや何を口走るか分からない位に頭に血が昇っていた。

 不味い、と思う事もできない。

 

 呼応するように保安部員の目が細まる。

 危険と感じたのだ。

 彼は、ナタルが……この新米少尉殿がキラに実力を振るう動きを取り始めた、と思えたのである。

 引き金が絞られ始める。

 

 彼の方……保安部員の方はナタルを撃ち殺そうとまでは思っていなかった。

 この新米士官は馬鹿でも横暴でもないと評価していた、固物だが、まあ悪くない部類だと。

 相棒が通してきたのだ。まだ《見込み》があるんだろうと。

 でなければもう、とっくに撃っている。

 ライフルを向けてまだ撃たないのはそういう事―――こっちはまだ我慢してやるから、そっちもそろそろ融通を利かせろ―――そういう機微が通じそうだと、その位には評価をしていたのだ。

 

 ただ、《駄目》らしい。どうやらこの上官殿は《駄目》なようだ。そう判断をする。

 しょうがないか……と、感情が消え去った。

 後は生き延びる為にやるべき事をやるだけだ。と、そんな意識が彼の指に乗る。

 すぐに撃てる状態、動いてくるのを待つだけだ。

 

 味方同士では許されないはずのレベルで、空気が冷たく固く張り詰めていく。

 取り返しのつかない一線をどちらからともなく超え、《流れ弾による》戦死者が発生しようかという瞬間……いや、そのギリギリ一歩手前。

 そこで両者の熱を、飲み込んだ者がいた。

 場を押し留めたのはコーディネーターの少年。キラだ。

 

 声をあげたのである。

 バジルール少尉と、二人にしていただけませんか? と。

 ナタルという士官が、兵卒に頭を下げ切る前に、そう言って割って入ったのだ。

 止める為に割って入ったのか、知らずにやったのかは微妙なところだが。

 

「……話さなきゃいけない事があるんです。バジルール少尉と」

 

 そう言いながら二人の間に入ってくる姿……さりげに銃口を遮るように立つ小さな背中を見たナタルは確信する。

 庇われたと。

 

 ナタルは己の最後を半ば予想していた。

 ああ、撃たれるかもしれないと。

 

 望んでなどいないが、ここまで反旗を翻されるのならば、もう好きにすればいいのだと。

 銃口を二度も向けられ捨て鉢になりかけていた。

 言い訳のような謝罪をするよりは、と。

 

 だからキラが割って入ってきた時には、邪魔をされたのか助けられたのか分からなかった。

 余計な事を、とすら感じる部分がある。

 自分の感情すら自分で分からない程に、暗く冷たい何かが胸中を渦巻いていたのだ。

 

 だが、振り向いたキラと顔が合い、目線が合って、ナタルは息を呑む。

 片目を失ったキラの追い詰められた顔つきを見たのだ。

 彼は、まだ全く気を抜いていない事がはっきりと分かってしまった。

 

 嫌な予想……否、確信する。

 敵が来る。恐らく、間違いなく。

 

 投げやりになっている場合ではない。

 ナタルはキラから聞いた話を思い返した……第8艦隊との合流時、それを考えねばならない。

 捨て鉢になっている場合ではないのだ。落ち着け。

 息をはく。ゆっくり、大きくと。

 

 話をしに来たのだ……それだけだ。

 

 保安部員の方を向き声を出す。大丈夫だ、いつものようにできる。

 

「……上等兵、退室するかどうかは任せる。不満があるのなら、いや、懸念があるのなら貴様の好きにしろ。

 私はこれからヤマト准尉と話さねばならない事がある」

 

 ただし、ヤマト准尉の護衛に残るつもりなら、機密を知る覚悟はしておけ、等と言葉を続ける。

 

 軍人にあるまじき自由判断の許可……そんなとんでもない事を開き直ったように指示すると、ナタルはさっさと椅子に腰かけてしまう。

 キラにはベッドに戻れと促した。

 

 話は長くなるだろう。これからナタルは、この口下手な少年から上手く話を聞き出さねばならないのだ。

 

 この状況を何とかするために。

 

 






物凄いお待たせしました。
既に忘れられた方もいらっしゃるでしょう。
本当に申し訳ありません。

ナタルが医務室にたどり着くのに10ヵ月かかりました。
アークエンジェル内部は大陸だったんでしょうか……過酷な冒険を潜ってきたナタルさんは腹をくくってしまいました(意味不明)

私はフラフラなので寝ます。
もし感想が頂けてもしばらく読む事もできないので、感想のお返しはゆっくりお待ちくださいませ。
ああ、疲れた……。

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