注意してくださいませ。
こっちはキラ出てますよ。
いつも通り長いよ、ゆっくりと読んでくださいませ。
理解不能の話を聞いた時の、人の反応とはどのようなものだろうか。
怒るか、嘆くか。呆れるか。
もしくは理解したくない、認められないと否定をするか。あるいは相手を攻撃して無かった事とするか。
良いか悪いかは別として、目を背けるのも選択肢の一つになるだろう。
しかし、受け入れざるを得ない程の実績を示されればどうか。その相手が、危機的な現状で最も頼りにするべき相手であればどうなのか。
内容が自分の命に関わる事で、おまけにすぐ先の事だとすれば、いったいどうすればいいのだろうか。
本当に全く経験のない状況に放り込まれた時、自分の理解が及ばない現実にぶつかった時。
そんな時は多分こうなるのだろうという見本があった。いや、居るのだ。自分だ。鏡に映っている自分の顔がまさしくそれだ。
背中を訳の分からない寒気が襲ってくる。
何を話されようとも黙っている自信はあった。聞こえませんでしたと言っていればいいのである。
これでもそこそこの軍歴だ。余計な事を見聞きしてしまったのは一度や二度ではない。
要は自分に関係ないと、そっぽを向いていれば済む話なのだ。
しかし、予言やら予知の類は初めてだ。
加えてその中身のヤバさたるや。
地球軌道での敵襲。第8艦隊が壊滅、ハルバートン准将の戦死。降下失敗により敵勢力圏への降下。
戦場でよくあるくだらない噂、とは笑っていられる物ではない。
耐えきれずに、思わず口を挟んでしまった。
不吉過ぎる。縁起でもない。何故そんな事を言えるんだ。どうして断定できるのか。
知っているのか。どうして分かるのか……まさか、本気で未来が見える、のか? と。
「お、お前……ヤマト……おまえ、は」
「上等兵。黙っていろ」
言ったはずだぞ、機密を知りたくなければ出ていろと。 くそ真面目な少尉から、そんな言葉を投げつけられる。
いや、待ってくれ。聞いていない。
機密を知る事になるかもとは言われたが。これは聞いていない。
敵はまた来る。この艦は敗北すると、言われたんだぞ。
それを可能性ではなく、確定した事のように言っているのは何故なのか、おかしいと思わないのか。
何でそんな事を断定して話しているのか。何故、起きるだろうという前提で話を進めているんだ。
この少尉は、何でそれを当たり前のように聞いて確認していやがるんだ。
こいつらは、さっきから《何を》話しているんだ。
自分は安全性を考えて、彼らを二人きりにさせないようにここに居座ったが。
結論としては、出ていればよかったと激しく後悔した。
最悪なのは説得力があるという事だ。まるで見てきたように喋りやがる。
その生々しさときたら。
救援が丸ごと壊滅して、またもや地獄へ突っ込む事になる等という、悪夢のような話を聞かされる事になるとは。
二人が静かに話をしているのが恐ろしい。
狂っていると一目で分かれば虚言で済ませられるのに。
それとも狂っているのは俺なのか? 俺がおかしくなっているのか?
誰か、俺はまともだと言ってくれ。
もし俺が狂っているなら、俺が狂っていると感じるこいつらがまともだという事になってしまう。
未来を予言できるコーディネーター……そんな奴から、味方が全滅する宣告なんて聞きたくない。
ナタルは、狼狽する保安部員を他人事のように眺めた。 彼に残ってもいいと選択肢を与えたのは正解だったかもしれない。
他者が自分以上に狼狽えるのを見ると、自分は比べて冷静になれるものだなと、そう思ったからだ。
最も、だから自分は冷静を保っているなどとは言い難い。
ただ、キラに《次》を聞くと、覚悟を決めていただけだ。
何を言われようとも、とにかくまず、次は、どうなるのかを聞こうと。
割りきったとはとても言えないだろう。優先順位を考えただけと言える程度だ。
だが、いよいよ追い詰められつつある現状は紛れもない事実。例え虚偽の情報を混ぜ混まれたとしても、ある程度は腹を括るしかない。
もう、キラの話を当てにするしか動きようが無いのだ。
ぽつりぽつりと、キラから返ってきた答えは地球降下の失敗。
第8艦隊の壊滅。そして避難民にも被害が出てしまうという苦吟する内容だった。
以前にもある程度は聞いたが、より詳しい話を聞くと気分が滅入ってくる。
衝撃を受けている最中の保安部員を見ているとよく分かる。自分もそうだったのだろう。
信じたくなかったのだ。
虚言であってくれれば、どれだけいいか。
ナタルは、そこまで聞いたところで一旦話を止めさせる。直近で必要な事はひとまず了解できた。
その上で、今はこれ以上を聞いても意味がないと思い始めたのだ。思ったよりも時間は無い。
目前に迫る件に対応するべきと判断した。
キラの話を全部聞き取るには、どれだけ必要になるか分からない……兵がいる前で、それ以上を喋らせるのも、よくはないだろうという点もある。
上官に反抗してまでキラを護衛しようとする者が、今さら余計な話を漏らすとも思えないが、それでも聞かせていい物には限度があると思えたのだ。
今はこれで十分だ。
ナタルにとって、医務室の静かな環境は考え事をするのに有り難かった。
聞いた上で、やはり言いたい事は色々と出てきてしまうのだが……後回しにできる事は、全て後に回すしかないだろう。
最も大切な点を確認するに留める。日時だ。
「第8艦隊との合流後、地球への降下準備中に敵襲……それが71年の2月。13日から15日前後。間違いは、ないんだな?」
疑うのではなく、あくまでも確認。念押しをするようなナタルのその言葉に、キラは少し急いたように答える。
「はい……でも、あのっ。何か、何か違っていて。さっきのザフトも本当は、アスランが……あのナスカ級が来るはずだった。そのはずなんです。
なのに、僕の話とは違ってしまっていて、もしかするとまた……日時も合っているかどうか」
「それは私も分かっている。最初に聞いた話と違っているというのは。
判断はこちらでする。君は私の問いに答えてくれればいい……今度は、黙れと言うつもりはない。落ち着け」
キラの話は先を急ぎがちで、そして必死さが前面に出ていた。
それも、当然だろうとナタルは思う。
多分、撃ち殺される前に伝えておくつもりなのだろうと。
自分は実際に撃ったのだ。対話を一度、相手の殺害という形で断ち切ろうとしたのはこちらだ。
だから、ここで終わるのであれば、その前に全てを伝えておこう……おきたいという事だろう。
しかし。
「全てを詳細に聞いておきたいが、時間的な余裕がない。 自分のきお……話と違う所があると言うのなら、今すぐの敵襲がない、とは言えないだろう」
ナタルは、キラの記憶と言わずに、話と言い換えた。
さすがに未来から戻ってきた、記憶がある云々を保安部員に聞かせる気にはならない。
はっきり言ってしまうのと、まだ誤魔化せる余地を残すに留めるのは、わずかに見えても大きな差だ。
それを察したのか、キラは「はい」と頷く。
ナタルは、キラを大したものだと一瞬場違いな評価をしてしまった。
負傷の度合いにしては落ち着いて話せている。
精神的な磨耗があると診察されているはずだが……何がこの少年を支えているのだろうか。
それも強化されたコーディネイトによるものだろうか、と思い浮かべてしまい、内心で己を叱り付けた。
キラ個人に対して、失礼すぎる考え方だと。
彼女は、本筋に話を戻すべく大きく息をついて、思考を切り替えた。
厄介なところは、記憶頼りというのは、やはり怖い部分が存在する。という点だろう。
日時や敵の規模がはっきりせず、加えて本人の経験・記憶と違う可能性があり得る、と言うのは迷い所だ。
仮に、話の中で最も早い2月13日に艦隊合流、ザフトによる敵襲があるのならば、あと70時間を切っている事になる。
丸3日もないのだ。
できれば、できれば15日が望ましい。15日なら、クルーの休息に、半日程度の時間が取れるかもしれない。
理想は、敵襲などない事だが……おそらくは、来るのだろう。
「……切り抜けられるか?」
ナタルからのその問いに、キラはわずかに目を伏せた。
彼女はアークエンジェル、そして第8艦隊の話をしている。それと同時に、キラの事も言っているのだ。
今回も戦うのだろう? と。
酷な話だった。
あまりにも酷い話だ。ナタルは自覚をして言っている。
キラが見せた戦闘能力。あれがあれば、切り抜けられるのではないか。
可能性はあると思えたのだ。
いや。逆だ。
正直に言えば、その条件でしか達成の見込みはないと思っているのである。
キラが戦う事が必須だろうと。
それはキラに凄まじい負担をかける事を意味している。
あれほどの能力を持つに至ったパイロットが、一度は失敗したのだという戦場に、再度立たせるという事だ。
ましてや、話の上では奪われた《G》が、ラウ・ル・クルーゼの部隊が来ると言う。
今回は違ったようだが、次も違ってくれるだろうと楽観視する気にはなれない。
それを、それでもやってくれるかと、ナタルは聞いているのだ。
ただ、この少年は。キラは、おそらく断らないだろうという確信が、ナタルにはあった。
それどころか戦う事を強く望むのではないかと。
だから、今回も動いてもらうつもりで言ったのだ。
非道だと罵られようとも、後々どんな罰を科されようとも、キラを利用するつもりだ。
民間人を何としても無事に帰さねばならない。ましてや犠牲になるなど。
それだけは防がなくてはいけないのだ。
キラは無言だ。
拒否をしているのではない。ナタルから問い掛けられた事に対して、記憶を思い起こしていた。
第8艦隊との合流時に起きた戦闘。
どうだろうか。出来るだろうか?
ナタルは黙ってこちらの答を待っている……意見を聞いてくれるという事だろう。
ありがたい、とキラは思った。
言うまでもない事だが、キラには黙って見ている等という選択肢はなかった。
むしろ自分は戦うのが当然だと考えている位である。
ナタルの言い様は、自分にも戦わせてくれるという事だと理解をしていた。
やっと和らいできた頭痛に少し眉を潜めながら、記憶を掘り起こしていく。
やはり、最も重要な点はヘリオポリス避難民だろう。
これ以上彼らを連れ回す事はできない。大人ですら参ってしまっているのだ。
子供に至っては、完全に身体や精神に不調が出始めている。一刻も早く帰してあげたかった。
方法はどうなるのか。
バジルール少尉の話では、艦隊と合流次第、地球軌道からのシャトル降下による帰国になる。
同じだ。
それはキラを激しく不安にさせる。
彼らが無事に降下を終えるまで、こちらは地球軌道を動けない事を意味するのだ。
だからあんな結果になってしまったのだろう。
目の前で一機のシャトルが破壊され燃えていったあの光景は、今も自分の脳裏に焼き付いている。
自由には動けず、必ず守らねばならず、そして逃げる事もできない。
困難極まる局面だ。
ただ、それでも何とか、おそらくは……おそらくは、切り抜けられるのではないか、と、キラは考える。
傲慢と取られるだろうが根拠はあるのだ。
自分の戦闘能力だ。
自分の身に起きた、感覚が鋭さを増すようなあの現象。
この71年に戻ってくる前にも、同じような経験は何度もある。大戦の後半からは、ほぼ自在に使いこなしていたような物だ。
端的に言ってしまえば、自分の集中度を一段引き上げるだけの、気合のようなモノだが……先程、自らの身に起きたそれは明らかに違っていた。
異常な程の鋭さがあったのだ。
あれは何だったのだろうか。
現状、あの鋭敏さは落ち着いているが、原因が分からない。
戦闘の興奮状態による、ただの心理的な物だろうか。
しかし、敵意や殺気、断末魔の意識といった類まで感じ取れたような気がしたのは何故だろうか。
幻聴や幻覚の類かと思わないでもないが、あの生々しい息遣いや人の暖かさ、そういったモノが弾けていく感触は、本物だと思える。
伝わってきたから分かるなど。そんな訳の分からない話は自分でもあり得ないとは思うが、だが分かってしまったのだ。
あれが、間違いや思い込みでないのなら。自分は700人以上は殺めたはずだ。
モビルスーツを落とした時、2隻のナスカ級を沈めた時に、感じた波。
人々の憎悪と絶望が織り混ざったような、人の感情の奔流……おぞましい不快感のような衝撃は、生涯忘れる事がないだろう。
無意識の内に手が震えてしまう。
恐ろしい感覚だ。正直、あまり良いものとは思えない。
だがあれを、あの《感覚》を使いこなす事ができれば。
今度は、もっと何か出来るのではないか。
フレイのお父さんを助ける事が出来たようにだ。
だから言ったのだ。
「……できると思います」
キラは視線をナタルへと向ける。
その目が如実に語っていた。やってみせる、と。
その視線を受け止めたナタルはわずかに目を細めた。
右目だけになったキラの顔。
わずかに赤色の滲む包帯ごしのガーゼ……左目の部分に痛ましい物を感じてしまったのだ。自己嫌悪と共に。
自分はこれから《更に》酷い話をしようとしている。
しかし、それも一瞬の事だ。
「そうか。分かった……必要な物は何かあるか? 休息を取らせるようにと言われている。艦隊との合流まで休んでいても構わない。
ただ、私としては、今すぐにモビルスーツの修理整備にかかってほしい。可能であれば、そのままスクランブル待機もだ」
静かに答えたキラに、ナタルは頷きながら酷な事をはっきりと言い放った。
戦術指揮官としての判断と言えるが、負傷した相手に対して伝える言葉ではない。
互いにそのつもりとは言えども、言われた方は手術直後の相手である。
麻酔がまだ抜けきっていないどころか、安静にしているのが当たり前な状態だ。
端から見れば、罪人でももう少しはマシな扱いをしてもらえるであろう待遇と言える。
狼狽しながらも、さすがに状況へ多少の慣れを見せた保安部員が、一瞬絶句する。
直後に、感情を爆発させながら、ナタルに食って掛かったのは当然だと言えた。
「……いい加減に、しろよ……!
他に言う事はねえのかよ? こいつが居なけりゃこの艦とっくに沈んでんだぞ! 撃ち殺そうとした詫びはどうなってんだよ!? なあ、おい!」
彼は、座ったままのナタルの襟元を掴みにかかった。
この少尉は、指揮官として全く尊敬できない言動をしやがったのだ。
苦境に、兵士を使い捨てて、打開を計ろうとしている。
これでは手柄は指揮官の物、部下の方は戦死で二階級特進で終了だ。
やる方は良いだろう。指揮官なのだからの理屈で全てに言い訳が立つ。
しかし、それをやらされる方は堪ったものではない。
キラは命懸けで証を立てた。
次に義理を果たすのは彼女の方だろう。
内通者の疑いがあるとはいえ、キラは戦時徴兵扱いの軍属。控えめに見ても民間協力者……友軍である。
最低限の義理は果たすべきだ。それを、このド新米の、くそ少尉は。
さっきとは逆に、兵士の目に怒気が宿り始める。
ナタルは抵抗する気も見せずに黙って兵士を見て……横から制止する声が上がった。キラだ。
「待ってください……! 元々は、僕の責任です」
「……何、言ってんだ……!? お前の? んな訳ねえだろうが!」
一言二言では止まらずに、罵詈雑言が激しくなりそうな勢いをキラが割って入り、止める。
立ちながら、バジルール少尉の責任ではないと彼女を庇ったのだ。
それに戸惑いを見せた保安部員に、キラは精一杯の言葉を重ねていく。
「僕が、この艦を色々と混乱させてしまっているんです。 誰が悪いとか、ではなくて。いえ、誰が悪いのかって言われれば……僕が、悪いと言えると思います。だからバジルール少尉のせいではないんです。
上手くは言えませんけれど、でも本当にそうなんです」
むしろ助けてもらっているのは自分の方だと。
キラは、はっきりとナタルを庇った。
嘘ではない、心からの言葉である。
自分への責めを当然だと受け止めるナタル……背筋を伸ばして座る彼女の顔を見れば分かるのだ。
疲労が顔に出ているのである。
それでも将校たらんとする姿勢、責任を果たそうと努める人の顔だ。
自分が知らないだけで、彼女は沢山の苦労を背負ってくれているはずなのだ。
そしてその中には、自分のせいで、キラ・ヤマトのせいで、背負う事になった物もあるに違いないのである。
キラにとって、周りはどれだけの苦労をしているのか、それがほんの少し分かるようになった事が大きい。
彼女もこの大戦で命を終えた内の一人だ。だが今度は、この人にも生きて欲しいと思う。どうか。
キラは本当に本心からそう願っていた。
だからその為には、今は、力が要るのだ。
「このまま格納庫へ行きます……すぐに、ストライクを何とかしないと。自分で動くのは、まだちょっと大変そうなので、肩を貸してくれませんか?」
お願いします、と頭を下げるキラを、顔馴染みになった彼は、ひたすら渋い顔をして見やった。
キラは怒っていいはずだ。こんな扱いをされたら、それが当たり前のはずなのだ。
だが、理不尽な目に合っている当の本人がそう言ってくるのであれば、代わりに勝手に怒っている自分はただの邪魔者である。
「……くそっ。お前がその女を庇うんなら、俺がただのバカみてえじゃねえか。バカ野郎……!
わかったよっ! 黙りゃあいいんだろ!
少尉……ヤマトを格納庫へ連れて行きます。モビルスーツを触らせますよ、それでいいんですね?」
ため息混じりの怒声と共に、保安部員はナタルに許可を求めてきた。同時に特大の舌打ちを忘れてはいないが。
ナタルは離してもらった襟元を整えながら無表情に頷く。
「頼む」
返事は一言だけだった。しかし、それを聞いたキラは明確に安堵する。
一度は彼女に撃たれる寸前まで疑われたのだ。
そこからしてみれば、本当に手を付けていいのかという話だ。動いてもいいと言われたのだ。モビルスーツに触っても良いと。
願ってもない話である。
もっと話したいのだが、確かに時間はあまり無い。
ならば、と、この話を終わった物として、急いで格納庫へ向かおうとする。
保安部の彼はキラを多少持ち上げるようにして肩を抱えた。
麻酔が抜けていないキラを支える形よりは、彼がキラを持ちあげるに近い形の方が、話が早い。
「痛かったらちゃんと言えよ? 倒れたりしてみろ。速攻で医務室に逆戻りだからな」
「助かります……あの、バジルール少尉。格納庫に行ってきます何かあったら」
すぐに呼んで下さい、と話を結んで医務室を出ようとしたキラを、ナタルが呼び止めた。
はい、と、キラが振り向き直すと、彼女は頭を下げてきていた。
ナタルが、立ち上がって頭を下げていたのだ。
「君を工作員と疑った事を謝罪はしない。私は今もその可能性を疑っている。否定する明確な証拠は何も無いからだ。それは今後もだ。
だが、艦内の混乱を抑えてくれた事。艦を守ってくれた事は本当に心からお礼を申し上げる……怪我の事は私の責任だ。艦内の監督を怠った。本当に済まなかった」
「い、いえ、そんな……あ、あの、頭を上げて下さい。バジルール少尉が謝る事じゃ」
キラは目上の者に頭を下げられて対応に困った。本当に彼女のせいとは思っていないのである。心苦しい。
と言うか……一度、確か自分も言われた事がある気がするのだが、階級の高い者は簡単に謝ってはいけないのではなかったか。
カガリの一族係累として、オーブ軍に王族待遇で特任された時に、そんな事を言われたような気がする、のだが。
あの時期は、精神的に衰弱が激しかった時のため、朧気な記憶しかない。
軍人としての職務など、名前だけでほとんどやっていないのだ。
しかし、困る、などという反応では済まないのは、キラの体を支える保安部員の方だった。
有り得ない物を見ているのだ。
本来、士官が人前で頭を下げ、そして謝罪をするなどまずあり得ない。
無論、キラがはっきり覚えていないだけで、確かにキラもそう言われているのである。
士官とは将校教育を受けた者の事だ。
それは、国家が軍権を行使させるに足ると判断した人物であり。
極端な話、指揮権を行使する者とは、その国家の代表。 下した判断はその国の公的な立場、判断として見られる場合があるという事だ。
だから有り得ないのである。
士官が軍服を身に纏った状態で、兵士が見ている前で、戦時中に、敵国のスパイの疑いがある人間に頭を下げ、謝罪をするという、この光景が。
謝れ、と言った保安部の彼も、まさか将校が本気で頭を下げてくるとは想像していなかった。
出世コースから外されるとかそういうレベルの案件ではない。
これが表に出れば彼女は軍人としてほぼ終わりだ。
少なくとも、大西洋での栄立は一生望めまい。
人によっては、たかが頭を下げた位でと言うかもしれないが……だが彼女は他にやりようも言い方も知らなかった。
ナタルは自分のこの行為を、後悔しない決意があってやっている。
包帯を顔面に巻いた少年の姿を見て、謝罪のひとつもできない人間になるつもりはなかったのだ。
ナタルは頭をあげ、そして言葉を続けてきた。
「……ヤマト、お前はオーブには帰れないかもしれん」
多数の人間の前で内通者だと言い放つのは、実は極めて危険な行為だ。
利益をもたらしたのならまだしも、現状、キラは「敵を呼んでしまった」と言っているのである。
社会的に排除されかねない行いだ。
あの場は治まったが……同じ国の人間を相手に言ってしまった事は、彼の今後の立場を酷く危うくする。
下手をすれば家族にも害が及びかねない。
だからせめて、キラとその家族がオーブに居られなくなった場合でも、ナタルは彼らの居場所を用意する責任を果たするつもりだった。
「君とご家族が、オーブに居られなくなる状況になった時は、私が何とかする。功績は不足しないはずだ。
叙勲の申請を合わせてすれば、まず間違いなく大西洋に市民権が用意されるだろう。弁明や擁護は私がやる」
キラ・ヤマト個人の、大西洋における名誉と権利は保証して見せる、と。
ナタルはキラにそう言った。
キラはさすがに事を理解する。
彼女は、いざとなれば泥を被ってでも、こちらを擁護する気なのだと。
「バジルール少尉、それは……」
「回収した物資の流用は自由にやってくれて構わない。編成や装備はフラガ大尉と。
ラミアス艦長と話して、第8艦隊司令部へ可能な限り君の意見を伝えておく。ハルバートン准将と話す機会があった時の事を、考えておいた方がいいだろう。
地球降下までは、居住区画にあまり近づかないようにしておけ。心苦しいが君に遠慮してもらう方が確実だ。
艦内の移動時は保安部員を伴う事、一人にはならないように……以上だ。
上等兵、彼を格納庫へ」
きびきびとした指示、通達を纏め終えると彼女は退室を促してきた。
話は終わった。そっちは、任せると。
他は後でもできる。まずは避難民を地球に降ろす事。それに全力を尽くすべきだ。
そこにあったのは地球連合軍少尉、ナタル・バジルールの生真面目な顔だった。
キラは黙って頭を下げ、医務室を出た。
その通りだ。話は後でもできる。今のように、話は後でもできるのだ。
キラが保安部員に連れられて医務室を出て扉が閉まったところで、ナタルはため息をこぼした。
肩を落として椅子に座り込む。
酷い真似をするものだと自分を激しく軽蔑していた。
負傷した子供を、まだ戦わせようとしている。
キラ・ヤマトが真実未来から戻って来たのだとして、それが超常なる存在の手による物だとしたら……もし、神という物が存在するのだとしたら。
「私はまともな死に方をしないだろうな……」と、そう思った。
バジルール少尉から少しだけでも信じてもらえるようになったのだろうか……等と、キラはちょっとだけ嬉しく思えていた。
やはり、少しずつでも事態は好転してるはず、と、そう思えたのだ。
だから何があっても諦めるつもりなどは無かった。とにかく全力を尽くすだけだと。
格納庫へ向かう途中、複数の兵士や、ちらほらと戻り始めていた避難民からの、疑惑や憎悪の視線を受けてもその思いには揺らぎは無かった。
何人かの兵士から酷い罵倒を受けても、それでも黙って受け止めていた。
悲しくはあったが、当然の事だと黙って受け止めたのだ。自分を護衛してくれる保安部員を宥めて、流血沙汰を防いだのは至極当然の話だ。
ただ……怪物を見るような、恐怖と嫌悪の混ざった視線は衝撃だった。
他ならぬ自分がそう思えているのだ。
自分を見てくる他者の目に、そういう色を見て取ってしまった時は言葉をなくしてしまった。
キラの身を案じてくれた者はもちろん居る、称賛してくれた者だってちゃんと居た。
友人達と無事を確かめあった時は温かい物を感じたのは間違いなく確かだ。
だがキラに刺さる視線で最も多かった物は、多種多様な、恐怖と嫌悪だった。
一瞬、ほんの一瞬。
本当に、本当にたったの一瞬だけ。
本当にごくごくわずかな、刹那とも言える、気の迷いとすら言えないような間だけだが。
自分の心が折れかけた音をキラは聞いた気がした。
CE71 2月
後に低軌道会戦と称される戦いが始まろうとしていた。
歴史上において、この戦いはかなりの広範な分野に渡って議論の対象となる事になる。
あくまでも局所的なこの戦いが、注目の対象となり続けるのには明確な理由が存在する。
ある人物がその名前を広範に知らしめる、最初の戦いだからだと言えるだろう。
軍事史において、本名よりも異名の方が有名な人物である。
彼に付けられた異名は複数存在したと言われており、有名な物としては
艦隊殺し。予言能力者。エースキラー、等。
個人に付けられる物としては、最高峰としてなんら不足がないとされる物、そしてそれに相応しい実力者だとされている。
その中で最も有名な物をあげるとすれば以下になるはずである。
白い悪魔。
個人名はキラ・ヤマト。伝説とまで言われたパイロット。その第一歩となる戦いだからだ。
本当に本当にお待たせしてすみませんでした。
やっと消えていく光。の後始末が終わりました感じです。
更新ぜんぜん無いのに、お叱りどころか、応援やら感想やら評価やらを送ってくださる方ばかりで本当に感謝の言葉しかございません。
本当に本当にありがとうございます。
何とかやっと更新をできました。
いつも通りのナイトメアモードです。
書いてて何でこんな事になってんだろうと、自分で頭を疑いました。
もっと描写したかった場面がありましたが、さすがに自重しました。
自粛自粛で家に居て時間はできてますが、これを仕上げるのに精神を使い果たしました。
おやすみなさい。