機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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5年ぶりなので初投稿です(待ってくれてる方はもうほとんど居ないでしょうがマジですいません土下座)


歴史の生け贄たる者 1

 

「ねえ、ヤマト准尉ってさ……不思議な人だよね」

 

 そんな言葉をぽつりと漏らしたのはアサギだった。

 

 モビルスーツの運動戦に関するマニュアルを片手に、アークエンジェル格納庫の壁に寄りかかりながら、ぽつりと漏らしたのだ。

 

 すぐ側で、格納庫の隅に設置されたシミュレーションマシンに集中していたトールに向けての呟きである。

 

「キラが? あいつがどうしたんだよ」

 

 トールは高難易度の射撃プログラムの難しさに四苦八苦しながら、アサギの言葉にわずかに眉を潜めた。

 彼の機嫌が少し悪化したのをアサギは察する。

 

「睨まないでよ。ただ、凄い人だなあ……って」

 

 アサギは弁明するかのように相手をなだめた。

 彼の友人を侮辱しようと思った訳ではないのだ。

 

 トールは少しだけ食いぎみにアサギのその言葉に反応した。画面に視線を戻しながら「あいつは」と口を開く。

 

「あいつは俺たちと変わらない普通の人間だよ。ただちょっと、モビルスーツの操縦とかが凄すぎるだけだ」

 

 軍用兵器の操縦などが凄すぎるただの人間とは、いかにも矛盾するような表現そのものだ。

 だがトールは分かってて言っている。

 彼の中の意地が、そう言わせたのだ。

 

 キラは自分の友達だ、単なる自分の友人なのだ。それでいいではないか。

 そうだ、何もおかしな事など無い―――そう言い張りたい思いからの態度である。

 

 アサギにもそれは分かった。

 

 トールの今の言葉は、キラという人間に対する周囲の目が急速に変化している中で、彼の心情を思っての発言なのだと。

 ただ……特殊性を受け入れるのと、目を背けるのは違うのではないか……アサギとしては、そう思ってしまうのも確かだった。

 

 トールが動かす画面上では、続々と増えてくる目標からの攻撃により、自機が撃破判定を食らってしまっていた。

 やられたら交代である。

 トールはアサギに顔を向けるが、その表情はまだ少し険しかった。

 

「だから怒らないでよ。ヤマトさんを悪く言ってる訳じゃないってば」

 

「別に怒っちゃいないよ、交代だぜ」

 

 怒ってるじゃん。という言葉をアサギは飲み込みシミュレーションの席に座る。

 喧嘩したいとは思ってないのだ。

 

 この二人は、昨日の初陣での結果を苦い物として受け止めていた事からの、自発的な訓練の最中だった。

 あまりいい働きができなかった事に……いや、本人達からすれば、ろくな働きができなかった事に悔しさを覚えての行動である。

 

 自分は多少はやれるのではないか、ひょっとしたらもう相当な腕を持っていたりするのではないか。

 そういう若さ溢れる思い上がりは、完全に消し飛んでしまっていた。

 

 それどころか危機感が増したとすら言える。

 

 帰還して艦内でぐったりしてる姿のお互いを見つけて、無事を喜び合い、そして無言になり……どちらからともなく落ち込んだ。これでは駄目だと。

 だからこその自主訓練なのである。

 

 トールは純粋に自分の力不足を改善したい、という真っ 直ぐな思いから。

 アサギも力不足を恥じる面が強く、自主訓練は望むところだった。

 

 だがその一方で、オーブ軍のテストパイロットであるアサギとしては、正直言って相当に深刻な思いだった。

 

 オーブで最も進んだパイロット教育と技術を学んでいるはずの自分が、対ザフト戦・空間戦闘においてはまだまだ足りていなかったという現実をはっきりと思い知らされたのだ。

 完全な力不足。

 仮に、これが対連合となっていた場合でもそれは同じだったろう。

 

 つまりアサギは、現在の情勢下で自国を防御できる能力が自分にないことを理解させられてしまったのだ。

 

 物量の連合、質のザフト。

 そのどちらにも対抗できない自分。

 

 一兵士の立場で言っていい事ではないが、オーブは手段を選んでいる場合ではないとの意識は高まりつつある。

 そのためにも。

 そのためにもこのアークエンジェルでの経験とデータは、絶対に本国へと持ち帰らなくてはならない。

 この艦で経験し、提供されたモノは膨大だった。

 

 まだ確定した話ではないが、オーブ避難民とモルゲンレーテ技術者は地球大気圏外からシャトルで本国に降下、帰還するという話になっている、とは聞かされていた。

 オーブ軍人も共にそのタイミングで、と。

 

 アークエンジェルには申し訳ないが、自分の役目はそこまでだろうと、アサギは考えていた。

 そんな思考の最中、トールから改めて声がかかる。

 

「それで、あいつがどうしたんだよ」

 

「うん……」

 

 さっきの話の続きを促される。

 

 アサギはその言葉に応えるかのように、視線をよそへ向ける―――視線の先には、騒音の激しい格納庫内で最も忙しいであろう人間の一人―――キラ・ヤマトの姿があった。

 各機体の間を行き来しながら複数の端末を次々と操り、フラガやマードック、何人もの整備員とやり取りを行い、そして頭を悩ませている『ほぼ同世代』の少年。

 

 ほぼ同世代。

 年は確かに近いが、アサギからすればキラは異次元の存在だ。

 

 パイロットとしての職責を果たしながら、機動兵器の運用にも責任を負う、という離れ業をやってのけている相手。

 彼はつい数時間前、アークエンジェル搭載のモビルスーツに対してほぼ全権限の行使を許可されたらしく、怪我の処置から大して時間も経っていないのに、額に汗を浮かべながら仕事をしていた。

 

 出撃前の『事故』により片目を失ったというが、それでも実戦を勝利で切り抜けたというのだから、どれだけの難事であったかは想像もつかない。

 頭部の白い包帯がどうしても目立つその顔色は、端から見ても良くはなかった。

 麻酔が抜けきっていないのもあるのだろう。

 

 それでも彼の手元は止まらずに動いている……集中している彼の目には、真剣さが……というよりも、もはや必死さが浮かんでいた。

 

 大戦果に浮かれるどころか、格納庫内部にはキラを中心としてビリビリとした緊張感が漂っていた。

 殺気だっている訳ではない、しかし恐ろしく存在感がある、とでも言えばいいのだろうか。

 

 あれがエースパイロットの風格ってやつ? 等と思ってしまう程。

 アサギは、鬼気迫る雰囲気を漂わせるキラから目線を外し、自分の手元にある二つの記録媒体を眺める。

 

 ついさっき、そのキラ本人から預かった代物だった。

 

 

 

 

「ウズミ元首へ……ですか?」

 

 アサギは首を傾げてみせた。

 そして素知らぬ顔のまま、警戒心を1段階上げる。

 

 キラから、預かってほしい物がある―――そしてそれをある人物に渡して欲しい、と言われたからだ。

 

 渡してほしい相手とは自らの国の元首。

 オーブ代表、ウズミ・ナラ・アスハだと言うのである。

 

「中に何が入っているのか、お聞きしたいのですが?」

 

 アサギは、キラが差し出してきた物を受け取る前にそれを尋ねた。

 

 彼が渡そうとしてきたのは記録媒体だった。見た目は、記録媒体そのものにしか見えない。

 ただ、中身が何かは分からず、偽装した危険物の可能性を否定できない。

 安易に受け取る事などアサギには許されなかった。

 

 現在、アークエンジェル乗員の間では人や状況に関した様々な噂が飛び交っていた。

 善意、悪意、あるいは現実逃避や歪んだ認識……それらを端とする朗報や悲報、荒唐無稽な内容の物まで。

 民間、軍を問わず、様々な話が流れている。

 

 その中でも多いのは、キラ・ヤマトというコーディネイターに関する事だ。

 

 プラント和平派からの連合への協力姿勢を示す使者。

 強硬派内の派閥争いにより追い落とされ復権を狙う者。

 あるいはプラント中枢の一人。

 極秘作戦中のザフト特殊部隊トップエース。

 

 反対に、連合側の隠し球という話や、はたまた国籍を置く所属国であるオーブの情報部出身、ではないかという話すらもある。

 

 しかし、正直に言ってくだらない噂である。根拠など何一つないただの話なのだ。

 戦場ではよくこういう噂が生まれる……アサギもそのような事例を軍教育により教わっているから、信憑性など皆無である事はよく理解していた。

 

 混乱や恐怖、緊張、集団心理などにより生み出される、根も葉もない噂話なのである。

 

 ただ、キラに関する噂は割合として見るとやはり多い。

 それは注目度が高いためであり、そして、その中には本人の言動を元にした物も混じるため、妙に説得力のある物も存在しまうのも事実だった。

 噂が噂を呼んでいる、とでも言えるだろうか。

 

 そして艦内の人間関係からそれらを耳にしてしまうアサギとしては、噂の類であっても彼に対する警戒心が高まるのは否定できないのも確かだった。

 

「オーブの情報部に所属する方だとの噂があるんですけど、それは事実なんですか?」

 

 どのみち本職の人間なら腹芸で敵うはずもないが、本人の口から肯定ないし否定を確認する事は大切だろう。

 アサギにも仲間意識はあるのだ。

 もし、それが事実ならば。味方だと説明してくれれば。

 

 しかし彼女の「貴方は友軍なのか?」という問いに対し、キラは違うと答えた。

 はっきりとした否定……オーブ軍の所属ではないと。そう応えてきたのである。

 

 では、と、アサギはさらに続けた。

 

「オーブに友好的な第三国や、それに準ずる組織に所属する方なんですか?」

 

 その問いにも、キラは首を横にふった。

 

 アサギはわずかに苛立ってくる。

 それでは、その答えでは、味方と判断する訳にはいかないではないか、と。

 

 嘘をつきたくないと考えているのは分かる。短い付き合いだが、何となくそのくらいは分かってきた。

 とは言え、少しはこっちを信用させてほしいのだ。

 まったくこの人は……。

 

 アサギは渋い顔をしながら口を開く。

 

「……貴方が只者ではない事は分かります。OSやモビルスーツの運用データ提供にも、とても感謝しています。

 けど、だからといってこういう物は簡単には預かれないですし、渡します、なんて言う事はできません」

 

 彼女はオーブ軍人だ。怪しげな代物を軽々しく受け取る訳にはいかない。

 ましてや、物品を国家元首に何とか渡して欲しいなどと言われればなおさらだ。

 まず、テロや暗殺を想定するべき立場の人間なのである。

 むしろ、そのような事を言ってきたキラの事を報告して、本国にも警戒を促さなくてはいけない立場だ。

 

 アサギはキラを睨むように観察する……その一方で、せっかく仲間として情が湧いてきているのに、なんでこういう事をするのかなー、などという思考にもなった。

 そもそも同じオーブ国民だ。同郷なのである。仲間意識があるのは自然と言える。

 だというのにこれだ。

 

 なんというか……このどーしようもない不器用な感じ。

 これは誰かに似てるなー、と、不意に自分が仕えるべき相手の顔が思い浮かんできた。

 そこで気が付く。

 

 そうか、この人、あの人に……カガリ様にちょっと似てるんだ、と。

 

 気質というか、何だろうか、この根本的にどーしようもない不器用なところとかが? うん。

 似てる、かもしれない。

 

 アサギは、そこまで考えてしまってから苦虫を噛み潰した顔をする。

 カガリ様に似てるのか、と。

 

 

 カガリ・ユラ・アスハ。

 オーブ国家元首・ウズミ代表の娘。

 

 単純な立場としては、だいぶ上に位置する相手だ。

 一人の軍人であるアサギでは、面識を持つのに難しい相手である。

 個人としての性格・気質を語る事は本来ありえない。

 

 しかし、ちょっとした事情からアサギは、おそれ多くもウズミ代表のご息女であるカガリ・ユラ・アスハと、偶然ながら多少の縁を結んでいる人間だった。

 歳の近さと、そしてテストパイロットという立場による物で……正直言って、それなりに気安い関係を結んでいる、と言える程度には。

 

 ただ、それはあくまでも個人的な感情だ。公的な立場であれば別としなくてはらない話である。

 別物としなくてならない。

 だから、こういう場合にその縁を使う気は全くない。

 そもそも自分が会えるかどうかは……いや、おそらくは会えないだろうと、アサギは考える。

 

 正確には、会う訳にはいかないのだ。

 

 そういった縁を利用しようする輩が寄ってきた事は十、二十では収まらない。

 文官達や側仕えの者からも徹底的に言われている。迂闊に誰かと物事を仲介させられる事のないように、と。

 自分は……アサギ・コードウェルは、カガリに心底お願いすれば多分、会えてしまうのだ、

 ウズミ代表に。

 だから、だからこそ絶対に迂闊な事はできない。

 

 しかし……。

 

「中身の確認と、その説明と。なぜ、ご自分で渡さないのかを聞かせてもらってもいいですか?」

 

 アサギの表情は厳しいままだった。

 短い間とは言え、キラと共に訓練し共に戦った気安さはそこにはない。

 

 しかし、カガリ様に似てるなー、と一瞬でも思えてしまった以上、ほったらかしにする選択は何故かアサギにはとれなかった。

 この件は叱責では済まないだろうな、とは思うが、あの困った性格のお嬢様は今は何をしていらっしゃるのか……。

 そんな風にキラとカガリが重なって見えてはもう、という思考になってしまう。

 ダメだとは思いつつも。それでもだ。

 

 カガリへの情をキラに覚えるのは違う事だとは思うが、彼がオーブへ提供してくれた物はとてつもなく大きい。

 それを考えれば、話くらいは聞いても良いだろうと、アサギは自分に言い訳を立ててしまった。

 

 彼女が渋々ながらも同意の色を見せると、キラは疲れを見せる顔色でかすかに笑う。

 片目になったその顔で静かに口を開いた。

 

「オーブが、連合に攻められてしまうような事態になった時の備えをお願いする内容です。ウズミ代表に、アカツキの開発はそのまま進めておいてください、と伝えれば、何とか話を聞いてもらえると思います」

 

 数週間から数ヵ月以内に、地球を本拠地とする連合から、対プラント同盟への参加要請が来る。

 軍事力の行使を要求される。

 その時に、侵攻を伴った強烈な圧力をかけられる可能性が高い。そしてそれを。

 それを拒否する時のために。

 そのための備え……備えに使えそうな物を、と。

 

 縁を利用してしまい申し訳ないが、双子の一人キラ・ヤマトがそう言っていたと伝えてください、と……彼はそう言った。

 

 訳が分からないのはアサギである。

 思った以上にスケールの大きい話が来たのだ。

 

「連合からの圧力……。それに、あかつき、ですか? アカツキ? 双子の一人……? それだけですか? それでいいんですか?」と何の話やら分からないアサギに、キラは続けた。

 

 それで十分だと。

 

 そう言えば、そう伝えてくれれば、ウズミ代表はきっと受け取って、そして色々考えて、動いてくれるだろうと、キラはアサギに言ったのだ。

 

 アサギとしては暗号そのものの伝言には不快感や不信も出てくる。

 しかし「僕なりにオーブの事を考えての事なんです、どうか」と、疲労と憔悴に彩られた表情で頭を下げられれば、アサギは「……一応伝える努力はしてみますけど、まず私が中身を確認します」等と、言うしかなかった。

 

 

 そんなやり取りがつい先程の事。

 

 思い返したアサギはため息をつく……気が滅入るような長い息だった。

 それにつられたかのようにトールがアサギの手の中にある記録媒体の事を尋ねる。

 

「……それ、キラから?」

 

「ごめん……悪いけど、それは言葉にできない」

 

 端から見れば丸分かりの事だとしても、言葉にする訳にいかない。そういう事である。

 

 不承不承ながらも預かると決めた代物……アサギがその中身をざっと確認したところ、そこには機密情報どころか、あり得ないレベルの情報がこれでもかと詰め込まれていた。

 

 オーブで開発中の国産モビルスーツ・M1。その完成形と改修例。

 更にそれを元にした可変空戦仕様の発展後継機の案。

 水中戦仕様のモビルスーツ、モビルアーマーの案。

 

 地球連合で開発中とされている量産型モビルスーツの性能、装備。

 オーブが事を構える時には、それがどの程度の規模で侵攻があるかの予測値。

 連合パイロット達の練度と戦術の傾向。

 上陸された場合の被害予測。

 国民の避難誘導、避難場所の用意、事前の国外脱出に使える時間的な限界と日時について。

 

 連合の特殊機体……その性能及び、パイロットの特殊性と危険性について、等々。

 

 それらを目にしたアサギが受けた衝撃は半端なものではなかった。

 

 特に、M1のOSの完成形とされるデータが詰め込まれていたのを把握した時には、アサギは唖然としながらキラの顔を凝視してしまったものである。

 

 誰であろうキラが用意してきた物なのだ。

 現状でグレーフレームの動きを見れば、彼の作った物には一定の信用があるのは明白。

 となれば、これは本当に『完成品』の可能性が高い。

 

「それを組み込めば現状でも動かせるはずです。アークエンジェルでの実戦データと一緒に持ち返って微調整してください」との言葉と共に、キラはアサギに再度頭を下げてきた。

 

 ザフトどころか連合、さらにはオーブの機密までもがこれでもかと抜かれているのである。

 それどころか改善・改良案まで寄越して来る始末だ。

 

 あなたは本当にうちの情報部の人間じゃないんですか? 等と聞きたくなっても仕方がないだろう。

 ザフト相手に実戦データを収集するためアークエンジェルに潜入しているオーブ工作員、という噂を本気で信じかけた程である。

 

 と言うか、いったいどうすればまだ開発中のはずの機体の、さらに発展後継機なんて図案が用意できるのか。

 

 連合の量産型モビルスーツにしてもそうだ。

 その運用方針やパイロットの練度なんて、まだ試験段階の話のはずなのだ。

 百歩譲って、試験運用のデータ程度ならまだ分からないでもない。

 だが、なにゆえ他国侵攻時の規模推定や部隊編成、稼働時間や搭載火力等のデータ群まで存在するのか。

 M1が運用予定の武装により敵モビルスーツは『撃破可能』との太鼓判まであるのだ。

 そんな物は現時点で存在する訳がないのである。

 

 にも関わらず、キラはそれを出してきたのだ。

 虚偽の物だろうと笑い飛ばすには、あまりにも具体性がありすぎるその数値群。

 

 自分はヤバい物に目を通している。

 読み進めるにつれて冷や汗をかきはじめたアサギだが、その次の項目―――連合の非人道実験―――を見た瞬間、ついに途中で確認する事を放棄した。

 

 未成年に対する薬物と洗脳、催眠による感覚強化パイロット兵―――強化人間。

 

 アサギも噂には聞いた事のある『身寄りのない子供』の人身売買及び少年兵への転用……一説には、親から捨てられた子供を専門に扱う組織すらあると言われているような、そんな部類の救いようのない話。

 

 そのデータ群。

 

 そんな超ド級にヤバすぎる物のデータなんぞを、何故に一パイロットの自分が目を通さねばならないのか。

 どう考えても、一般人が知ってはいけない案件の情報がそこには載っていた。

 

 自分は今、間違いなく機密を目にしている。

 知りすぎて死にたくない。

 これは偉い人に、そうウズミ代表とかにお任せするべき物だ、そーだそーしよう。

 アサギは思考を放棄して、そんな風にあっさり流す事に決めてしまった。

 

 もちろん懸念はある。

 この情報を、自分が持って帰る行為こそが、開戦のきっかけになるのではないのか? そんな事を考えなくもないが、どのみち今のオーブには自国を防御する力がないのだ。

 であるならば、せめて国防に役立ちそうな物を持ち帰る。そう決めた。

 

 

 

 それが、先程の事だったのである。

 だからアサギは深いため息を堪えられなかったのだ。

 

「……ほんとに何者なんだろうね、ヤマト准尉って」

 

 アサギにはキラは、キラ・ヤマトは、本当に未来が見えているのではないかと感じてしまうような、どうか味方であってくれと畏怖するような存在に思えてきてしまっていた。

 もちろん同国人としての仲間意識はある。

 共に戦った戦友としての情も。

 好意的な感情は確かに存在する。

 

 ただ、それでも、それらの好意的な感情とは別として『私とは違う次元の人』という……無意識の差別、とでも言えるような感情の生まれも、否定はできなかった。

 

 ナチュラルとコーディネーターの違いであるとか、そういったレベルの話ではない。

 もっと、なんというか……根本的な違いとかそういったものを感じ取ってしまう事による、隔絶感とも言える物に近いのかもしれない。

 

 トールは、アサギのそういった色々なモノが含まれるであろうその言葉に、反発するかのように無言でキラに視線を向けた。

 

 そこには大人達に囲まれながら、軽んじられる事もなくむしろ頼りにされるかの如く、存在感を発揮している友の姿があった。

 

 複雑、と言えばいいのだろうか。

 

 自分には想像もつかなかった過酷な世界で、プロと呼ばれる者達を圧倒する力を持っていた友。

 ひどい傷を負いながらも、それでも自分達の乗る船を守り通した強大な力。

 

 それに比べて自分は……? 

 

 民間人からの暴行により負傷していたというキラの姿に、トールは衝撃を受けていた。

 

 あんな状態で戦ったのか。気絶するまで気力を振り絞って。

 目覚めてからは負傷した自分の事よりも、未熟なまま出撃する事になってしまったこっちの身を案じてくる始末だ。

 そんなキラの姿を見てトールは分かってしまった。

 自分は友の負担になっていると。

 

 キラはあんな目に合ってもこの艦を守り通した。友達とか、民間人とか、そういった色んな物を守るために力を尽くした。

 今もそうするために必死なのだ。

 

 比べて自分はどうか。

 自分はただ守られただけだ、守られるだけ。へリオポリスでのザフト襲撃からずっと。

 これでいいのだろうか。

 何のために志願したのか。

 

「このままじゃ、駄目だよな……」

 

 戦争とは、自分には関係のない遠い世界の出来事などではなかった。

 自分達にも関係のある非常事態なのだ。

 何もしなければ大切な者が失われていく、余りにも理不尽な世界。

 このままでは。

 このままでは自分は、何もできないまま。

 

 友を思う純粋な心配と、そして、傷ついた友の力になってやれない自分の無力さへの苛立ち。

 トールの目には焦りと、そして覚悟が浮かんでいた。

 

 このままでは、駄目だ、と。

 

 

 

 

 

「隠す……包帯をですか?」

 

「そ」

 

「……だからバンダナを、ですか」

 

「そーいうこった。ほら、こっち来てちょっと座れよ、休憩だ休憩。ほらほら」

 

 格納庫でのキラとフラガのやり取りである。

 パイロット同士の気安い会話に思えるが、実のところ周囲の人間は緊張感を漂わせていた。

 

 エースパイロットの負傷。

 周囲への影響力が大きい人物の不調である。

 

 それも分かりやすく目に見える形、頭部に巻いた包帯の白さが目立つ事この上ない。

 不安を感じる者、動揺を覚える者が少なくないのだ。

 周りの人間の士気に悪影響が出ているという非常によろしくない案件。

 

 要は、キラの包帯を巻いた姿はどうにかならないのか? という話だった。

 

 そんな話が保安部から出て、それを何かで隠してしまう訳にはいかないのか、いや隠すべきだ、との話が持ち上がった経緯があり……つまるところ、キラにバンダナを巻くだのフードを被せるべきだのといったやり取りが格納庫で発生したのである。

 だからフラガがキラの事を椅子に座らせているのだが。

 

「おっ、良いじゃないの。包帯よりもよっぽど雰囲気出たじゃねえか、ほら鏡見てみろよ」

 

 フラガにバンダナを巻き付けられたキラが、鏡を見ながら口を尖らせる。

 

「……ムウさん、これ、必要なんですか? こんな高そうな物」

 

 白い包帯を覆い隠すべく、フラガが用意してきたという布、それは言ってしまえば装飾品。

 バンダナの類だ。

 

 ただ、それは何というか、ゴシック的と言うのか、それともペルシャ生地的と言うのが近いのか……いずれにせよ、デザイン性が妙に高い、やたら凝った装飾をした中々の高級品らしき代物だったのである。

 そんな代物を、フラガはニヤリとしながらキラに巻き付けてきているのだ。

 妙に時間をかけて。

 

 どうせ付けるんなら良いものをな、とフラガは口を開く。その手つきはゆっくりとした物だ。

 

「エースパイロットってのは格好つけるのも仕事の内なんだよ、ほら前向いてな。おいおい、端末を弄るなって」

 

 仕事の手を止められているせいか、キラの言葉や表情には苛立ちが、そして焦りが滲んでいた。

 隠しきれない疲労も同時に。

 

 それを完全に察しているフラガは、キラの抗議じみた不満を軽く受け流し、彼の頭に布を巻いては外しを繰り返している。

 角度や巻き方に時間をかけて微調整をしていた。

 楽しそうにする事を意識しながら、である。

 

 キラの方も、フラガがここまで強引に言ってくるからもう仕方ないとばかりに座っている状態だった。

 ただ、本格的に座った事で、押し隠していた疲労が目に見える程溢れてきている。

 疲れたような深い息が自然と出ていた。

 

 それを聴いたフラガの顔には陰鬱そうな雰囲気が一瞬だけ浮かんで、そして即座に笑顔で塗り潰される。

 意識して軽い調子を演じながら口を開いた。

 

「結局、お前にばっかり負担押し付けちまってるな」

 

 すまない、悪い、申し訳ない。

 そんな言葉を口にしただけで済む段階はもうとっくに過ぎ去っている。頭を下げた位でどうにかなる段階もとうの昔。

 口にして慰められるのは言った方だけだ。

 だからフラガは口にしない。己を楽にするだけの言葉を吐くのはもはやキラに対し不誠実であると感じるのだ。

 

「やりたくてやってる事ですから。ムウさんこそ休んでるはずでしょう? 顔色悪いですよ」

 

 キラは疲れた苦笑いを浮かべてほんのりと振り返る。

 僕にバンダナを巻いて遊んでないで早く寝てくださいよ、等と言外に言っていた。

 

 フラガは傷だらけのこの少年をひたすら追い詰めているのが自分にも原因があるのだとわかっていた。

 自己嫌悪だ。

 それでも、頼る他ない……この恩はなんとしても返さないとならない。

 

「……っのやろー生意気な。こちとら連合のエース様だぞ? このくらいどってこねーよ。それよりお前のお洒落の方が大事なんだよ。格好つけて地球で女の子誘うぞ、遊ぶぞ。付き合えよおい?」

 

「……行きませんよ」

 

 馬鹿馬鹿しいやり取りに軽い笑い声。

 膨大な量の仕事をこなす合間、気安いパイロット同士のじゃれあい。

 本来パイロットには認められるはずのない洒落っけ。

 それらが許可された理由。

 一見すると和やかな雰囲気での一幕でしかないのだが、その実、かなり深刻な事態の結果が、このやり取りだった。

 

 端的に言えば。

 バジルール少尉から機動兵器に対するほぼ全面的な許可を得たキラは、格納庫に来るなり仕事を開始した。

 フラガは物資の回収や要救助者の救出をこなし、さすがに限界とばかりに休息に入った。

 それが理由である。

 

 もう少し詳しく記すならば。

 負傷をし、包帯をしたままのキラが搭載兵器の全てを何とかするべく駆け回り始め。

 フラガはキラに負傷の責を認め公式に謝罪した上で、今後、可能な限りの協力と助力を約束、その上で顔色の悪さからキラの気遣いによって休んでほしいという出来事があった。

 という経緯。

 

 更に詳しく事態を説明するのならば。

 

 片目を包帯で隠された事でなんというか、雰囲気や存在感が出たキラが必死の表情で戦力の再建を始めたのが、全ての発端である。

 

 元々ラミアス艦長からは好意的に見られており、その判断のほぼ全てを尊重されていた。

 機動兵器部隊の実質的な隊長と扱われていたフラガからは、半ば自由行動を黙認されていた状態。

 さらにはこの度、バジルール副長からモビルスーツに関しての全面的な権限行使の許可をもらったキラ・ヤマト。

 その彼が、である。

 

 ザフト艦4隻分もの戦力をほとんど一人で正面から叩き潰す程の恐るべき実力……そんな人間が、負傷をしたままの雰囲気たっぷりの姿のままで、必死の表情になって戦力の再建をこなそうとしているのである。

 

 キラの影響力と発言力がここに来て一気に巨大になったのだ。

 

 いや、巨大になりすぎてしまった、と言っていい。

 地球連合での戦力に換算すれば、宇宙艦隊2個から3個にも匹敵するような戦力……それを叩き潰したのがキラなのである。

 

 現代戦を少しでも知るものであればあるほど、その脅威度は感じる。

 トールが少し離れたところから見て感じていた印象―――大人達の中でも存在感を発揮している、などというレベルではない。

 

 もはや感嘆や衝撃……恐怖などを通り越しており、畏怖や畏敬が生まれはじめていたのだ。

 繰り返すが負傷した外見と相まって、研ぎ澄まされた刃のような風格すら出てきている始末。

 

 そんなエースパイロットが、必死の形相で作業をしているのである。

 

 希に見る大戦果を挙げた当人が浮かれる事もなく、むしろ追い詰められたような顔で必死に仕事をこなしていて、迫力まで周りに溢れさせるような顔をしているとあれば、もう他の連中はたまったものではない。

 

 休ませようにも、キラに正面から物を言える人間はアークエンジェルには現状ほとんど居ない。

 

 辛うじて、整備班長のマードックや保安部の顔馴染みの二人が、それとなくキラに一時休息や食事休憩を促してみたのだ。

 しかし、それに対してキラは「先にこれを」「でもやっておかないと」等と口を開く度に、追い詰められつつあるような表情に変わっていくのを見れば、周りは黙るしかなくなる。

 

 事実上キラの専用機と化しているX105―――ストライクの現状。

 それをマードックから知らされれば知らされるほど、キラの顔が焦燥感を増していったのも大きい。

 

 あとはもうキラが血眼になるのに時間はかからなかった。

 回収したザフト機や乏しいながらも輸送されてきた補給物資、似た機体であるグレーフレームからの流用できそうな部品を少しでも見つけるべく必死の形相になり始めたのである。

 

 周りの空気も含めて、これはヤバいと感じた保安部の顔馴染みの二人が、キラを止められそうな上官―――フラガを慌てて呼びに行き、疲労困憊で休息していたフラガが状況を聞くなり駆け付けてきて今に至る。

 

 キラに休憩をとらせるという建前を用意して、艦内の取引用資材から良さげな物をかっぱらってきたのである。

 

 格納庫に入ってから食事どころか水分も飲まずに十数時間以上ぶっ続けでモビルスーツ群を弄るキラを少しでも休ませる為に、だ。

 

 

 キラは追い詰められていると言っていい状態だった。

 

 格納庫に向かってくる前に出会った避難民の一部。

 自分に厳しい目と言葉を投げかけてきて人たち。

 その影に、怯えたような不安そうな顔をした小さな女の子の姿を見たのだ。

 

 忘れようにも忘れられない―――忘れる訳にはいかない姿。

 大人達の足元に隠れた小さな姿はキラの記憶を掘り起こし、心を抉り抜いていた。

 居てほしい、無事な姿を確認したいと願いながらも、心の奥底では、今度はアークエンジェルに居てほしくないと願っていた相手。

 こんな状況の最中に居てほしくない、もっと無事に避難していてほしかった子供。

 

 キラは追い詰められていたのだ。

 

 このままだと、皆を、友達を。フレイを。必死で助けたその父親を。

 

 そして、あの少女を―――あの低軌道会戦の直前に、シャトルに乗り込む直前に折り紙の花をくれた幼い女の子を、あの子を守りきれない、と。

 

 今度こそ追撃に来るであろうクルーゼ隊の者達を。

 アスランを、殺す事になるのかもしれないと。

 追い詰められていた。

 

 




マジですいません。
本当にすいません。
真剣に謝るしかできません。

更新もない中それでも読んでくれた方、誤字脱字報告くれた方、感想や評価をくれた方。
本当にありがとうございます。
何とかようやく更新できました。
色々と不足なところもある本作ですが
いつも通りのナイトメアモードをお届けします(クリスマスに何書いてんだろう俺は)

たぶん今年中にあと何話か上げられると思います。

読んでくれる方本当にありがとうございます。
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