機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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長くなってしまった……。



その名はガンダム 後編

 

 現在、人類には二つの大別がなされている。

 地球に住む者達と宇宙に住む者達の二つだ。

 

 少し前までの平時においては、どちらに住むとしても所属をそれほど問われる事はなかった。

 差別は少なく無いものの、苛烈と思えるものは極一部。 居場所は住所であり所属とは見なされなかった。

 

 戦争状態にある今はどちらで生活を営んでいるのか……それは所属を、ナチュラルの地球連合派か、コーディネーターのプラント派か。そう判じられるに足る根拠のひとつになっていた。

 

《遺伝子を操作した人類ではない生物》というコーディネーターに対する差別から始まった、プラントの独立戦争。

 それが今、世界で起きている戦争だった。

 

 

 コーディネーター達の作った自警団が発祥であり、プラントの軍組織にあたるのがザフト、という組織だ。

 そのザフトが運用する艦にナスカ級と呼ばれる高速艦がある。

 それが1隻、ヘリオポリスの外にいた。

 

 このナスカ級に付けられた名前はヴェサリウス。

 試作モビルスーツ奪取作戦を指揮する、ラウ・ル・クルーゼが乗る艦だ。

 白い指揮官服を着こなし、指揮官としてもパイロットとしても一流の腕を持つ男。

 ゴーグルのようなマスクで目元を隠すという特徴もあって、敵味方に名の通った指揮官だった。

 

 クルーゼはブリッジクルーとともに良い報告と悪い報告を聞いて、わずかに笑みを浮かべていた。

 確認した5機のモビルスーツの内、4機の奪取に成功した……その少し後に、オペレーターから面倒な報告を受けたのだ。

 

「オロール機大破、緊急帰投します。消火班はBデッキへ」

 

「オロールが大破だと? こんな戦闘で!」

 

 艦長のアデスが顔をしかめる。

 楽な任務のはずが搭載モビルスーツの1機が大破。思わずコストを計算してしまう。

 潜入部隊の陽動で、守備隊を適当に撹乱してこいと送り出したのだが……それほどヘリオポリスの守備隊は強力だったか?

 アデスの疑問に答えるのはクルーゼだ。

 

「どうやら、いささか五月蠅い蠅が一匹飛んでいるようだぞ」

 

「はっ? ……左様ですか」

 

 そりゃ敵だろう、同士討ちをやらかす奴はこの部隊にはいない。なら敵しかいない。

 

 問題は、敵の数が多かったのか、腕の良い相手がいたかのどちらかだが。

 クルーゼ隊長はなぜ、相手が1機と判断できるのだろうか?

 そこまで考えるとアデスは思い付いた、隊長のいつもの勘かと。

 

 この指揮官様は今のように、よく勘で物を言うのだが不思議とこれが当たるのだ。

 最初は戸惑ったが、慣れてしまえば頼りになるのは違いなかった。

 アデスは頭を切り替える。

 隊長が言うのだ、自分は従うのみである。

 

 では、その相手に対して戦力を振り分けますか? と、進言しかけたアデスを追加の報告が遮った。

 

「ミゲル・アイマンよりレーザービーコンを受信。エマージェンシーです!」

 

 ブリッジに少なくない衝撃が走った。

 モビルスーツパイロットからのエマージェンシー。それは機体のロストと、脱出を意味した。

《魔弾》の異名を持つミゲルが撃破されたという意味である。

 モビルスーツ奪取部隊の援護に向かわせたミゲルがだ。

 

 アデスはふと考えてしまう。

 まさか連合のモビルスーツか?

 奪取してきた機体の搭乗者からは、性能はともかく、現状で使い物になるレベルではないと聞いているが……。

 

 数秒の間だけ考え込むアデスに、後ろから声がかけられた。

 クルーゼがブリッジを出ていく姿が見える。

 

「ミゲルが機体を失うほどに動いているとなれば……そのままにはしておけん。私が出よう」

 

 

 

 キラは友人達と再会して無事を確かめ会うと、思わず涙ぐんでしまっていた。キラにとってトールは、生き生きとしすぎていたからだ。

 涙を見せたキラを友人達は心配半分と驚き半分で迎えた、彼らはそれを怖かったのだろうと納得した。

 

 話していてもキラを除く学生達はまだ混乱していたようだったが、工業カレッジの学生らしく機械への興味から落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 

「なあキラ~っ、ハッチ開けてくれよ。見るだけだからさあ」

 

「ちょっと覗くくらいなら良いんじゃないの? なんでダメなの?」

 

 トールとカズイはストライクに興味津々で、あちこち眺めたり触ってみたりしている。

 

「だめだってばトール、カズイも。マリューさん……あの女の人が起きたら怒られるよ」

 

「だってどうせ動かしちゃったんだろ? 壊そうってんじゃないんだから大丈夫だよ」

 

 キラは、二人がコックピットに入れないようハッチをロックしていたが、触るくらいは好きにさせていた。

 過去に戻ってしまったという状況に、まだ混乱していた事もあったし、トールとまた生きて会えた事に、胸が一杯だった影響もあった。

 

 あまり変わった行動をして、変な目で見られるかもと、警戒したのもある。

 どちらにせよ、サイは止めに入ってくれている。そう困った事は起きないだろうと考えていた。

 

 それよりもこれからの事を考えねばならなかった。

 

 まず、サイ達の事だ。

 次にマリューの事、アークエンジェルの事。

 そして、戦争の事……フレイ・アルスターの事が頭をよぎったが、今は努めて無視する。感情を押さえ付ける。

 

 サイ達を避難させなくてはならない。だが、よく考えてみると選択肢があまりない。

 逃げる場所がなかったから、ここに居るのである。

 時間がないから、これから姿を現す軍艦、アークエンジェルに乗ることになったのだ。

 そして戦争の当事者になる。

 

 キラは追い詰められて不安定になり、周りを傷つけ、トールはそんなキラを守って命を落とした。二度とあんな思いはしたくない。

 その為には、最初から巻き込まないのが最も安全なのだが。

 

 キラは彼らをアークエンジェルに乗せるべきではないと考える。

 しかし逃げ込むシェルターがないのではどうするか……。

 

 記憶ではヘリオポリスは崩壊するのだ。

 周辺のシェルターの空きは残っていないかもしれないのに、このままここに置いていく事などできない。

 

 それに、この時点でのヘリオポリスの損傷も記憶より進んでいる感じがした。

 風が出てきている……空気の流出も始まっているようだった。

 トールやカズイは気づいているのかいないのか、まだストライクにくっついていた。サイが注意している。

 

「なあキラ~っ! ハッチ開けてくれよ~っ!」

 

「止めろって……! それ軍のもんだろ? 触らない方がいいって!」

 

 友人達の呑気さに少し戸惑う。彼らはこんなに幼かっただろうか?

 これから何が起きるかを知らないのだから当然とも言えるが、なにか自分だけ年を取ってしまった気がする。

 キラは頭を振った。そんな事よりも、だ。

 

「……やっぱり、アークエンジェルしか逃げる場所がない……」

 

 しかしそれでは、友人達を巻き込む事がほとんど確定してしまう。せっかく過去に戻れたと言うのに。

 キラが悩んでいるとミリアリアから声がかかった。気を失ったままのマリューの顔色が悪いらしい。

 

「よく分かんないけど……早く手当てしてあげないと、ここじゃ応急手当てぐらいしか出来ないし……」

 

 ミリアリアは不安そうだった。

 確かにマリューの顔色が悪い。腕だけではなく、あちこちに出血が見られる。それもキラを悩ませる原因だった。

 アークエンジェルまで運ぶか、呼んでくるか。

 ストライクで運んでしまえば速いが、マリューの体には負担だろう。

 

 地面が軽く振動した。

 かなり遠いが、爆発による振動だと直感する。やはり記憶より損傷は進んでいるようだった。

 それにもうすぐ新手と、頼れる兄貴分が来るはずだ。

 時間に余裕がない。

 

 ストライクのオプションパックを取りに行っておいた方がいい……キラはそう判断した。

 

 待つよりは、動くべきだろう。

 キラは友人達とアークエンジェルに向かう決心をした。 ストライクのバッテリーと武装オプションを確保してから、合流するつもりだった。

 

 

 地球連合軍の士官、マリュー・ラミアス大尉は体を揺すられる振動でうっすらと意識を取り戻した。

 背中が痛い。自分は金属の上に横になっているのか。

 横から少女の声が聞こえた。

 

「……気がつきました? キラー! この人目を覚ましたわよ!」

 

 マリューが体をおこしてみると、そこは空だった。地表ではない。

 景色がゆっくり流れていく。周りに少年少女がいてマリューをほっとした顔で見ていた。

 

「まだ寝てた方がいいですよ、怪我ひどいですから」

 

 眼鏡をかけた少年、サイにそう言われてマリューは戸惑いながら辺りを見回した。

 モビルスーツの手……どうやらストライクの手のひらの上らしいと見てとれる。移動中のようだ。

 サイとミリアリア、マリューが落ちたりしないように、ストライクのもう片方の手で囲いができている。

 

 ずいぶんと器用な真似だ。

 マリューが今まで寝ていられた程度には振動も穏やかだ。

 

……器用どころか、人を手に乗せて歩行しつつ振動をこの程度に抑えているのは、むしろ驚異的な機体制御技術だった。

 機体の腕や手首を細かく上下させて振動自体を和らげているらしい。

 マリューが今まで寝ていられた程度には。

 オート制御にそのレベルの式はまだ用意できていないはずだ。

 

 それに気付いてマリューは、誰が操っているのかとコックピットに目を向ける。

 居たのは先程の少年だった。

 キラがいて、マリューを見ていた。その周りにトール、カズイがくっついてはしゃいでいる。

 

「まだ動かない方がいいですよ……振り回して、すみませんでした。

 今はモルゲンレーテの方に向かってます。他に誰か居るかも知れないし……」

 

「貴方……さっきの……あっ!? そ、その機体から離れなさい!」

 

 マリューはキラと言葉を交わすと弾かれたように銃を抜き放った。操縦席に座るキラに向けて構える。

 

「えっ!?」

 

「ち、ちょっと!」

 

 サイとミリアリアがあわてて間に入ろうとするが、銃口を向けられておとなしくなる。

 キラは素直にトール、カズイと一緒にコックピットから出た。

 

「……勝手に動かしたのはすみませんでした。けど、安全な場所を探そうと思って。

 モルゲンレーテなら緊急用のノーマルスーツとか……モビルスーツなら目立つので誰かに見つけてさもらえるかと」

 

 害意はない。

 だから銃を向けるのを止めて欲しいというキラの説明は、マリューに遮られる。

 

「助けてもらったことは感謝します。でもこれは軍の重要機密よ、民間人が無闇に触れていい物ではないわ」

 

 その堅苦しい物言いにトールが不満を漏らすが無視された。

 マリューは全員に名前と職業を名乗らせると、これからの対応を説明し始めた。

 

「私はマリュー・ラミアス。地球連合軍の将校です。

 申し訳ないけど、あなた達をこのまま解散させるわけにはいかなくなりました」

 

 キラを除いた少年達は目が点になる。

 

「事情はどうあれ軍の重要機密を見てしまったあなた方は、然るべき所と連絡が取れ、処置が決定するまで、私と行動を共にしていただかざるを得ません」

 

 軍人の強権を発動させたそんな物言いに「分かりました、お願いします」と即答するのはキラだ。

 聞いていた少年達も、言ったマリューもキラの返事に驚いた。

 

「そんな! 何言ってんだよキラ!」

 

「冗談じゃねぇよ! なんだよそりゃ!」

 

「みんな落ち着いて。このままじゃ逃げる場所がないでしょ? 今は警戒レベル8だよ。本当に危ないんだ。

 マリ……この人と一緒なら、まだどこかあるんじゃないかな」

 

「いや、そうかも知れないけどよ!」「だからってそんな」

 

 キラは困った。

 サイ達が話を聞いてくれない。いろいろ混乱するのは分かるが、とにかく今はマリューと一緒に行くしか手がないのだ。

 運良く残っているシェルターに逃げ込めたとしても、それが無事に脱出して、空気が尽きる前に救助してもらえるかは分からない。

《戦後》に聞いてショックを受ける話だが、ヘリオポリスの住人は、全員は助からなかったのだ。

 

 ヘリオポリスを破壊しない為に全力を尽くすつもりだが、保証はない。

 

 さらに説得しようとすると発砲音が響いた。

 マリューが上空に向けて威嚇射撃を行ったのだ。いきなりの銃声に少年達は黙った。

 

「従ってもらいます!」

 

 今度はキラが返事をする前に、サイ達が答える。

 

「待って下さい! 僕たちはヘリオポリスの民間人ですよ、中立です! 軍とかなんとか、そんなの何の関係もないんです!」

 

「そうだよ! 大体なんで地球軍がヘリオポリスに居る訳さ! そっからしておかしいじゃねぇかよ!」

 

「そうだよ! だからこんなことになったんだろ!?」

 

 その通りだとキラは思った。今の彼らにとってはそれが現実だからだ。

 ただ、残念ながらキラは学んでしまっている。逃げた先で争いの方から寄ってくる事もあるのだと。

 自分が知らない内に、自分のせいで誰かが死んでいる事もあるのだと。

 

 たくさんの恨みがこもった視線を思い出す。

 時間としては未来だが、体感としてはついさっきの出来事だ。

 恨みで殺されて、後悔とともに目を覚ましたら、また戦争になっている。

 人生を奪ってしまった少年を思い出す。家族の敵と言われて恨みをぶつけられた事を思い出した。

 

 もう一度銃声が響いた。

 

「黙りなさい……! 何も知らない子供が!

 中立だと、関係ないと言ってさえいれば、今でもまだ無関係でいられる。まさか本当にそう思っている訳じゃないでしょう?

 ここに地球軍の重要機密があり、あなた達はそれを見た。それが今のあなた達の現実です」

 

「……そんな乱暴な」とはサイだ。

 彼はマリューが本気だと分かった。

 それでも反論したのは、良くも悪くも彼の善良さからだった。

 

「乱暴でもなんでも、戦争をしているんです!

 プラントと地球、コーディネーターとナチュラル。あなた方の外の世界はね」

 

 一度聞いてよく分かっているはずのその台詞は、キラの心をえぐった。

 

 

 

 地球連合軍大尉ムウ・ラ・フラガはモビルアーマー乗りのエースだった。

 

 アーマーとは、誤解を恐れずに言えば、大気圏及び宇宙空間に置ける、非人型の連合製機動兵器だ。

 自由度では人型のモビルスーツにまず劣る。さらに言えば装備する武装でも劣っていた。

 国力がはるかに勝る連合がザフトに苦戦しているのは、ナチュラルとコーディネーターの能力差と、モビルアーマーとモビルスーツの性能差からだった。

 

 ただ、そんな中でもやはり優れた者はいる。

 連合で数少ない、モビルスーツにチームで勝利する者達。それより更に数が少ない、個人でモビルスーツに勝利する猛者。

 フラガはその数少ない、個人でモビルスーツと戦えるエースだった。

 

 フラガが操るメビウス・ゼロはヘリオポリスの外壁付近で移動中だった。

 このヘリオポリスにある試作モビルスーツと、そのパイロットの護衛が彼の任務だった。

 任務は失敗だった。

 

 奇襲に対応をし、何とかジンを撃退はしたが、自分以外はやられてしまっていた。

 内部の方も、モビルスーツを奪われ苦戦中との情報があったきりだ。

 電波撹乱があって、その後がまったく不明。

 せめて援護に行かなければ、そう判断していた。

 

 その彼の持つ勘、フラガ自身でもよく分からない……第六感……とでも言うべき何かが、強敵が接近してきた事を教えていた。

 ザフトの指揮官用モビルスーツ・シグーが接近してきた。

 直感で乗っている相手を理解する。

 

「ラウ・ル・クルーゼかっ!」

 

 手強い、嫌な相手だった。

 

 フラガはメビウス・ゼロを振り回す。

 特殊武装のガンバレルを活用して攪乱戦を仕掛けるが、五分とは言い難い。

 高速戦闘の末に、メビウス・ゼロは被弾してしまう。

 掠めていくぐらいのごく軽い軽傷、しかし態勢を崩すには十分だった。

 追撃をかわす為に全力回避。しかしシグーはその隙にヘリオポリス内部へ移動していく。

 

「やばいっ! ヘリオポリスの中にっ!」

 

 フラガはシグーの後を追う。狙いを悟った。

 モビルスーツを叩く気だ。

 内部の状況が分からないからこそ、せめてクルーゼを押さえておかねばならなかった。

 

 

 

 マリューは、敵がとりあえずいない事と、モルゲンレーテが近くにあったために落ち着きを取り戻していた。

 

 発砲までしておいて情けない話ではあるが、学生達に協力をしてもらっている。

 キラにはストライクで友軍との連絡を試みてもらい、サイ達にはストライクのオプションパックを載せてあるトレーラーを取りに行ってもらっていた。

 

 その際にキラは、モルゲンレーテのシェルター区画へ友人達を送れないか? 安全な避難場所や通信設備は? と聞いてきたが、マリューは否定した。

 

 内部は襲撃により破壊されていて爆発、火災の危険がある。隔壁の解除も簡単にはされない。

 だから外側にある搬入区画に立ち入るのが精一杯だと。

 

 そう言われるとキラは肩を落として引き下がった。

 ただ、すぐに通信を試み始めるその姿に、妙に冷静な子だとマリューは違和感を感じた。

 

 ストライクのオプションパックは既に艦艇へ登載した分と、整備品としての予備がある。

 マリューは安堵した、近くで幸いだった。

 三種類あるパックの内、一つでもストライクに装備できれば武装とエネルギーはとりあえず確保できる。

 

 後は通信を確保してから、友軍が来るまで近くの無事な建物にでも隠れているつもりだった。

 少しして、サイとミリアリアが乗って来たのはナンバー5と書かれたコンテナトレーラーだった。

 

 サイは不機嫌そうだった。銃を向けられて指示されるというのは好む人間の方が少ない。

 キラが彼らを取りなしたから、マリューに手を貸しているのだ。

 

「ナンバー5のトレーラー……あれでいいんですよね?」

 

「ええそう……ありがとう。一応聞きたいんだけど、他のナンバーは無かったかしら?」

 

「ありましたよ。でも瓦礫に埋まってたりで、動かせそうにありませんでした。

 ていうか、ナンバー5の書かれたコンテナが二つありましたから、どっちか迷いましたよ。両方持ってくる事にしましたけど」

 

「……二つ? ナンバー5のコンテナが? 搬入区画に?」

 

「ええ、ついでに4のコンテナトレーラーもありましたから、使えるかと思って持ってくる事にしました。良かったですか?」

 

 マリューは首を傾げた。

 オプションパックはそれぞれ二つのはずだ。艦艇搭載分と予備分。もう一つは聞いていない。

 ここにあるのは三種類の予備分、一つずつのはずだが。

 

「それは確かにストライクの? ……あ、いえ、なんでもないわ、忘れてちょうだい」

 

 サイ達に詳しく型式番号を尋ねても分かる訳がない。

 マリューは取り敢えずコンテナを今運んでくるのかを聞いた。まだ、姿が見えないのだ。

 

「ええ。今トールとカズイで乗ってきます。ちょっと大きいんでゆっくり来るそうです。……ホンとに運転許可と通行許可は出してくれるんですよね?

 後で訴えられるとか冗談じゃないんですけど」

 

「緊急時ですから、私が許可をします。

 貴方達は協力してくれたという形でね……それに聞かれるまでは、黙っていれば誰も分からないでしょう。……二つ、ねぇ」

 

 よく分からないが、サイ達はコンテナの番号を何かと見間違えたのだろう。判断がつかないから両方と、ついでに似た番号の物も持ってくると。

 結構な話だ、手元にある方が良い。どれかはストライクの装備なのだから。

 

 そう納得したマリューは、ごくろうさま、とサイとミリアリアを労った。

 

 ナンバー5のコンテナは、ランチャーパックと呼ばれるオプションだ。

 対艦戦闘に使うような射撃兵装で構成されるオプションで、コロニー内で使うのは避けたい代物だった。

 できれば他の装備が欲しい所だ。

 トールとカズイを待ってみたいところだが、贅沢は言っていられない。

 時間がないのだ。

 とにかくストライクのバッテリーだけでも、回復させておかなければならない。

 

「それで、この後は僕たちはどうすればいいんです?」

 

「もちろん保護します。

 安全なところへ行ってからの話だけれど、ご家族にはなるべく早く連絡をつけれるようにするわ。申し訳ないけれど、今は我慢してもらうしかないの」

 

 サイとミリアリアはため息をついた。さっさと家に帰りたいのだ。

 

 マリューはそれを横目にキラに声をかける。パックの装備と通信の継続だ。

 ただ、キラはストライクを操りながらも、ランチャーパックに難色を示した。

 

「これ……他にありませんか? こんな大きい武器。危ないですよね?」

 

 キラはメイン武器の大砲《アグニ》を見て複雑そうな顔をする。無理もないとマリューは思った。

 320mm超高インパルス砲《アグニ》……これは火力支援型の武装で、戦艦を貫ける威力の重火器だ。

 宇宙に住む人間が、コロニー内で手にするのに躊躇いを覚えるのに、十分すぎる見た目だろう。

 

 撃ったら大惨事だ。

 マリューは、撃たせるつもりはないから安心してほしいとキラをなだめる。

 

「別に撃つ必要はないわ。でもこのオプションパックを付けてもらわないと、身動きが取れないの。急いで」

 

 別装備は今のところ確保できていない、と言われると、キラは怒ったような怯えているかのような表情をして、しかし無言で装備の装着を始めた。

 

 マリューは本当に不思議だと思った。

 このキラという少年の協力的な態度が腑に落ちない。

 どこか、マリューを信頼してくれているのが分かるのだ。

 非協力的なら分かるが、協力的だというのには戸惑いを覚えてしまう。

 今だって嫌がりはしたが、手は止めていない。むしろ仕事が早かった。

 

 最初は緊急時だから軍人に頼りを覚えているのかと思ったら、そうでもないようだ……理由が分からない。

 無論、敵対的なよりはずっと有り難いが。

 

 それに彼の能力も疑問だった。

 未完成だったストライクをあっという間に調整し、動けるようにしたあの知識、対応力。

 ジンを圧倒してみせる操縦技能。

 

 薄々と浮かんでくる可能性を考える。

 

(……この子、もしかして)

 

 考え始めたマリューに声がかかった。

 

「マリューさん! 装備しますよ? 離れてください! 良いですね?」

 

「あ、え、ええ! やってちょうだい!

 武器とバッテリーパックは一体になっているから! このまま装備して!」

 

 そう言えば換装の手順を……と思う間もなかった。

 テストパイロットによる試験稼働中は、あれほどもたついていた換装があっさりと終了する。

 見事な物だった。

 

 次の瞬間。

 内壁の一部が爆発して振動が伝わってきたかと思えば、黒煙の中からモビルスーツが現れた。

 

 ラウ・ル・クルーゼのシグーが、壁を破壊して飛び出してきたのだった。

 後ろから追撃してきていたメビウス・ゼロの射撃、それを回避しながら、シグーはストライクをあっさり見つける。

 

 仮面の男の目が細まった。

 

「あれか……今の内に沈んでもらう」

 

 クルーゼは鼻で笑うと強烈な勢いで接近をかけた。

 命令は全機の奪取だが、強敵なら加減などできない。必要とあらば落とすのみだ。

 

 

 ムウ・ラ・フラガは焦った。

 何故なら黒煙から飛び出した彼の目に入って来たのは、コロニー内部で地上に突っ込んでいくシグーと、その先にいる白いモビルスーツのストライク。

 そして出遅れたと分かる自分、という状況だったからだ。

 

「最後の一機か! くっそぉ!」

 

 奪われずに残っていたのだろうが、クルーゼに見つかってしまった。

 何とか逃がさないと……そう思うフラガだが半ば諦めが襲ってくる。

 彼が護衛していたモビルスーツのテストパイロット達は、言わばひよっこだった。

 それでも専属のパイロットなのだが、その彼らの操縦により動く連合製のモビルスーツは、悲しくなるくらい拙い動きしかできないのを思い知っていた。

 

 絶望的な思いでスロットルを押し込む、体当たりしてでもシグーを止める気だった。

 

 

 サイ達が、モビルスーツが接近してくる光景に悲鳴をあげた。

 

「また来たあ!」

 

「うわぁぁ!?」

 

 悲鳴をあげたいのはマリューも一緒だった。こんなに早く次の敵が来るとは。

 しかも今度はジンではない。ジンを強化発展させた機体、指揮官用のシグーだ。危険な相手だった。

 

 性能はともかく、パイロット勝負では話にならないと思ったのだ。

 

 シグーは突撃機銃をストライクに向かって撃ち込んできた。

 

「逃げなさい君たち! 物陰に隠れて! キラ君! 逃げるのよ! 聞こえている!?」

 

 キラは友人達の悲鳴やマリューの無茶な叫びも、半分は聞こえていなかった。

 ショックを受けていた。

 

 ここでシグーが来るのは覚悟していた。記憶通りだ。

 だからランチャーパックが嫌だったのだ。

 アグニを撃って、ヘリオポリスに穴を開けてしまった記憶があるから。

 せめて、絶対にアグニは使わずに対処しようと思っていたのだ。

 

 ショックを受けたのは、やはり敵が来た事……にではない。

 

 記憶通りに姿を現したシグーを、正確にはその動きを見て絶句した。

 見覚えのある動きだった。

 正面にいながらにして照準を外してくる変幻自在の動き、鋭く繊細なスラスターの使い方。そして大胆な接近のかけ方。

 これは……。

 

「あの、動き……! まさか……!?」

 

 記憶がフラッシュバックする。

 あの男だったのか? ここでシグーに乗っていたのは?

 いや、確信した。

 あいつだ。あの男だ。

 

 自分が傷つけてしまった赤毛の女の子、謝りたかった彼女を。フレイ・アルスターを殺害した男。

 自分の目の前でフレイの命を奪った男。

 彼女を殺した男。

 

 ラウ・ル・クルーゼ。

 

 「うあぁあああっ!」

 

 キラが叫びを上げストライクを飛び上がらせるのと、内壁の別部分が爆発したのは同時だった。

 

 連合の戦艦、アークエンジェルがヘリオポリス内部に姿を現したその目前で、モビルスーツの空中戦が始まった。

 

 

 


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