「キラ・ヤマトの召喚命令……念押しが過ぎるな、大佐」
司令官席に座る男は、不快さを隠そうともせずに言葉を放った。
眼前の大型モニターに映る男―――無礼な人間に対してである。
地球軌道のある一帯。
そこに居を構えるかのごとく、鋼鉄の船達が陣を作っていた。
地球連合軍・宇宙機動第8艦隊。
月を棲み家とし、宇宙を戦場とする精鋭部隊である。
最も、彼らが精鋭と評されたのは以前までの話……開戦前からここ最近までの間だ。
対ザフト戦における度重なる消耗、損失の影響は大きく、その結果として、この第8艦隊は他の艦隊に比べて大幅に練度を低下させていた。
さらには補給の物資量、補充される兵員の質でも冷遇されつつある状態である。
そんな冷遇を受ける理由は複数あるのだが、最も大きな物は『色』―――艦隊司令の人となりによる物だと言えるだろう。
地球連合軍准将デュエイン・ハルバートン。
第8艦隊の旗艦メネラオス、その司令官席に座る男。
彼の姿勢や方針といったものが、統合作戦本部から距離を置かれている事―――その更に後ろにいるブルーコスモス達から激しく疎まれている事―――それが根本にあった。
ハルバートンが腐っているから、という意味ではない。
むしろ逆である。
デュエイン・ハルバートンという男は、多少の頑固さを欠点としながらも、高潔さと実直さを併せ持つ『良い軍人』だ。
だからこそ。
だからこそ、ハルバートンは目の前のモニターに向かって不快さを隠す事ができない。
ブリッジの前面にある大型モニターに映る男、サザーランドという大佐が……『大佐級の軍人がブルーコスモスという派閥組織のメッセンジャー』として、自分にしつこく指図をしてくるこの馬鹿げた現状に対して。
《念押しが過ぎると言われましてもな……こちらも参謀本部からの意向を確実にお伝えしている次第です。
ハルバートン准将にはむしろ進捗や実行の度合いくらいは、速やかに報告をしていただきたいくらいなのです》
サザーランドという男の口ぶりは、軍人というには余りにもまだるこっしい話し方だった。
そこには余計な空気……嫌な粘度、とでも言える物が混じってきている。
他者を見下す空気が多分に感じられるのだ。
責任は自分にはないとする第三者のような口ぶりと、小役人のような態度が、ハルバートンという男の勘に激しく触る。
これが大佐を名乗る男なのか、と。
「……いよいよ連合もいかんな。いや、私も他人の事は言えんか……」
《准将? 何か》
「なんでもないよ、大佐。現状の厳しさを強く実感していただけだ」
思わず呟かれたのであろうハルバートンの悲嘆。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、サザーランドは「そうですか」と、無表情でこちらを見すえている。
何か報告があるならハッキリ伝えてもらいたい、そんな叱責のような目だ。
ハルバートンはそれを睨み付けた。
だが、睨まれたサザーランドは他事のようにそれを薄く笑った。
佐官が、准将にやっていい態度ではない。
ハルバートンは感じる。
なるほど、そんな顔ができるという事は上から何か言われたか。
もう自分は用済みという話が出た、という事なのだろうな、と。
ふむ。いいだろう。
だったらこっちも軍人として最低限の礼節を保ってやる必要もなかろう。
これまで犠牲になった将兵達、そしてこれから死んでいく将兵達に代わって、ハッキリさせておきたい事をハルバートンは『人前』で言ってやる事にした。
「そちらの方こそ、前線で戦う人間に対して報告をするべき事があるのではないかね、大佐」と。
《何かとは? 何でしょう》
涼しい顔で質問に質問を返してくる男に、ハルバートンの目にいよいよ明確な怒りが宿った。
「でははっきりと言ってやろう。聞いているぞ大佐、プラントの民間船、それも追悼慰霊団の船に攻撃をかけさせた、とな。正気なのかね」
そのハルバートンの言葉をサザーランドは「何の話か分かりませんが」と流した。
プラントの慰霊団の船。それに対して連合軍の宇宙部隊が攻撃を仕掛けた、という件の事をハルバートンは言っていた。
連合からの『戦略核攻撃』により、民間人数十万人が亡くなった場所。
それがユニウスセブンだ。
余りにも亡くなった人間が多いため、遺体の回収、埋葬がほぼ不可能とすら言われてるプラントの逆鱗。
それが、プラントのユニウスセブンという場所。
そこで、そんなデリケートな場所になってしまったところで、慰霊に訪れた民間船を連合軍が攻撃したという信じられない件。
おまけに国民的なアイドルと呼ばれる者が同乗―――よりによって現プラントの最高議長の娘が―――プラントの歌姫と呼ばれるラクス・クライン嬢が、同乗していたという話。
そんな大暴挙の件の事だと、ハルバートンはサザーランドに吐き捨てた。
宇宙で対プラント、対ザフト戦の最前列にいるハルバートンにしてみれば絶句する事態である。
情報の伝を頼って調べさせればどうやら事実の模様。
しかも、わざわざ新規に編成されたらしい攻撃部隊は、やたら血の気が多い連中だったらしく、向こうの追悼慰霊団は死傷者多数である事がほぼ確実。
一応は一部乗員が脱出した、らしい。救出された、らしい、との情報もあるがこちらは未確認。
しかしどちらの勢力の人間に救出・保護されたのか、というと、そこの話はハルバートンには届いてこなかった。
となると、最悪の場合、プラント追悼慰霊団とやらの乗員は全員亡くなった可能性がある。
いや、亡くなった、ではない。
これは殺害である。
いくら交戦敵国相手の人間とは言え限度はあるのだ。
この件はそのラインを完全に飛び越えている。
許されていい話ではない。
挙げ句に、どうやらその極秘作戦は『ブルーコスモスの意向を受けた連合軍統合作戦本部』の権限で発動した事。
それを聞き及んだ時のハルバートンはまさしく激怒した。
さらに悪い事に、その情報が何故かどこからともなく、連合軍、プラントの両方に急速に広まっている事―――つまり、連合軍によるプラント民間船に対する攻撃があって、プラントの歌姫が死亡した可能性が高いと、両陣営が叫び散らしている状況が今も突き進んでいるという現状。
それをハルバートンは問い詰めたのだ。
お前がやった事は、どういう事態を引き起こすのか分かっているのか、と。
できることならば助かっていてほしい、という願いに打算が混じるのはハルバートン自身否定できない。
プラントの対地球への敵対感情を考えれば仕方のない話だが、純粋に大人としての心配だけで想う事ができない立場である事も、ハルバートンの良識を痛めつけてきていた。
だからこそ苛ついて仕方がないのだ。
目の前に映るこの男の、欠片も恥を持たないその顔が。
かつてユニウスセブンに向かって核攻撃を行った部隊の指揮官だったこの男、ウィリアム・サザーランドというくそ野郎の顔が。
二度も、民間人の大量殺人をした男をハルバートンは軍人とは認めない。
モニターごしでも銃弾が届いてくれるならば、彼は即座に腰の拳銃を画面に向けて撃っていただろう。
しかし、視線で人が殺せそうな顔つきの将官に睨まれようと、サザーランドは眉ひとつ動かさなかった。
《先程から何の話か分かりませんが、私は別に何もしてはおりません》
恥知らずめ。ハルバートンは歯噛みした。
分かっている、こいつを問い詰めても意味などない事を。
正確に現すならば、こいつ自身は後ろにいるブルーコスモスの意向を右から左に流しただけだと言いたいのだろうと、ハルバートンは分かっている。
ブルーコスモスのとある派閥にとって、極めて都合がいい男なのだろうと分かっているのだ。
だから一介の大佐という位置でありながら、地球連合軍の中で信じられない程の権勢を誇っているのである。
巨大な資本力と影響力による後押しが、このサザーランド大佐を実質上の大将・元帥格にしてしまっている。
そして、今回の件で激怒したザフト宇宙軍の攻撃を、最も激しく受けるだろう有力な目標は自分達―――月からちょうどよく出てきた―――第8艦隊だという事も、こいつは全て分かって言ってきているのだ。
ハルバートンは、ブルーコスモスの過激派から睨まれている現状をよく分かっている。
それを別に嘆くつもりはない。
軍人として義務と責任を果たしていたらそうなっただけだ。
それを誇りに思っている。連中に屈する事をしなかった自分を。
だが、こんな恥知らず共のせいで数多の将兵を死地に追いやる事になろうとはさすがに……さすがに、くるものがある。
何度、上のやり方に嘆いただろうか。
ハルバートンは軍人だ。政治家ではない。
国家運営が綺麗事だけでは回らない、その位は分かっているつもりだ。
だが、地球とプラントの両者共に、ただただ泥沼にハマるような大戦争を繰り広げるのはどういうつもりなのだとは強く思う。
なけなしの条約や協定など知った事かとばかりに憎悪と憎悪が燃え盛っている現状。
納める動きどころか、派閥争いと利権争いと人種差別が炎にガソリンをぶちまけるかのごとく事態を加速させている始末。
民間人と民間人が殺し合う事すらある今という時代を、これではいけないとは思わないのか?
ハルバートンと同じような危機感を感じていた同輩達は既に前線で散り、良識のある者は隅に追いやられ、まともな者は現状を嘆いて立ち向かいそして謀殺されるか行方不明になった。
そこまで好き勝手してきておいて、この上まだふざけた策謀に時間を費やすのか、こいつらは。
未来ある若者の命をことごとく犠牲にして。
軍人として限度を超えてはならない。
その原則を何とかギリギリでも守ろうと努力してきたつもりだ。
だが、もう長い間堪えてきた諦感が最近では無力感にすら変わっているのを自覚する。
決して許した訳ではないのだ。
多くの怒りを噛み締めた唇に血が滲む。
ハルバートンは言っても無駄だと分かっていた、今さら言ってもこいつらにはと。
分かっていたが言わずにはいられなかったのだ。
こんな連中のために、こんな連中の策略のために犠牲になる者が哀れだった。
その軍人としての怒りがサザーランドを刺激したのか、彼が口を開く。
しかしその内容はさらに喧嘩を売るような物だった。
《そのような態度は困りますな准将、増援が欲しいのではないのですか?》
ハルバートンはもう乾いた笑いしか出なかった。
前線の人間に向かって、それが投げかけられる言葉なのだろうか。
これが今の地球連合である。
そもそも、どのみち最初から送るつもりはないだろう、ブルーコスモスの腰巾着が。
瞬間的に出かかった、その言葉をハルバートンは飲み込む。
増援は欲しい、確かにそうだ、だが。
自分宛に送られてきたとある緊急の情報―――合流を計ろうとしている艦艇アークエンジェルからの情報―――に、警告があったのだ。
《情報提供あり。
ザフトの有力部隊が地球軌道上にて我に対し強襲をかけてくる可能性、大なり。
第8艦隊とも交戦の可能性、大なり。
強奪された『G』が投入されてくる可能性、大なり。
部隊指揮官ラウ・ル・クルーゼと予測。
厳重に警戒されたし》と。
そんな内容の通信文だ。
正直、常であれば、ふざけるなと言えるくらい怪しげな報告である。
ハルバートンがそれとなく艦隊の各参謀達に敵襲の可能性を考慮させたところ「地球軌道上での戦闘は重力の影響による墜落の危険大、前例もないために現状、可能性は小さいと判断できる」と返答してきたものなのだから。
だからこそ、ハルバートンは何となく感じていた。
来るだろうな、と。
たぶん敵は来る。恐らく、いや間違いなく来るだろう。
戦場とは、起こって欲しくない事はほぼ間違いなく起こるクソッタレの世界なのだから。
負傷、戦死したベテラン達に変わって配属されてきた若い連中を締めつつ、警戒を重ねさせているのが今なのだ。
純粋に手が足りない。
だからサザーランドの言ってきた増援は、欲しい。
欲しい、が。
「……なんの、どこも状況は厳しいだろう? 私だけ我が儘は言えんよ」
ハルバートンはその誘いをはね除けた。
送ってくる訳がないのだ。こいつらが今さら増援など。
仮に、本当に送ってくるのであれば、それは軍の戦略による作戦行動ではなくビジネスによる取引の結果だろう。
以後、デュエイン・ハルバートンはブルーコスモスの犬になるという取引だ。
冗談ではない。
今さら尻尾をふるくらいならば、もっと前に屈する時期は幾らでもあったのだ。お断りである。
自分は軍人として義務を果たすだけだ。
先に死んでいった連中に顔向けできない事はやりたくない。
何より、もうこれ以上こんな連中に付き合うのも正直うんざりなのだ。
形だけでもこんな連中に頭を下げるのはごめん被る。
数ヵ月前のグリマルディ戦線においては、サイクロプスで敵味方もろとも撃ってきたような連中だ。
邪魔とあれば味方とて殺すのがこのバカ共ら。
そんな連中を、今さら誰が信じるというのか。
こんなのが上に居るのだという現実にハルバートンは悔いを覚えて仕方なかった。
しかし。
ハルバートンは自嘲する。
だからといって、反逆してクーデターなんぞをと、過激な事をやるには自分は年をとりすぎた。
そこまで綺麗な事を言える人間でもない。
ならば、自分は終わりなのだろう。それは仕方ない。
そう思えてしまうのも事実だ。だったら。
だったらせめて、あとは軍人としての意地を自分なりに通すだけだ。
だからハルバートンは意地を通すために口を開くのだ。
私は、と。
「私は現有戦力で全力を尽くすよ。以上だ。ああ、そちらのご要望には余裕があったら応えよう。それでは忙しいので失礼するよ。大佐どの」
キラ・ヤマトの召喚命令の件は、できたらやる、できたら……そんな意志の籠った皮肉である。
《後悔す》
ハルバートンの答えに、サザーランドは捨て台詞を残そうとしたのだろうが、その前に通信は切れてしまった。
ハルバートンが切ったのだ。
何せ忙しいのだ。もはや阿呆に関わっている暇はない。大佐という階級に対して十分に敬意は尽くしてやっただろう。
時間切れだ。
これから力を尽くさねばならないのだ。
アークエンジェルに乗せてしまった避難民達を故郷に帰し、へリオポリスに甚大な被害をもたらした責任を果たさねばならない。
サザーランド大佐との通信が終わるのを待っていたのであろう、副官であるホフマン大佐がハルバートンに口を出してきた。
先遣隊とアークエンジェルが、あと少しで合流する位置に来ました、と。
疲れと諦念と、ままならない現実に対しての苛立ちが混ざった顔つきの副官だった。
前線で疲弊したどこにでも居る連合軍人だ。
「およそ6時間で艦隊と合流します」
「そうか。少し眠る、アークエンジェルが着いたら起こしてくれ。艦隊指揮を一時預ける……簡素で構わんが、出迎えの用意をしておいてくれ。メネラオスの格納庫で迎えたい」
「分かりました。艦隊指揮を一時預かり、先遣隊及びアークエンジェルを迎える用意を整えておきます」
互いに微妙な距離を感じさせる、あくまでも事務的なやり取り。
ハルバートンとホフマンは、険悪ではないもののあくまでも軍人としての関係でしかない間柄だった。
それも当然、このホフマン大佐とハルバートンは昔からの仲ではない。
彼もまた人事異動によって配属されてきた者、ハルバートンのやり方に賛同しているとは言い難い人間だった。
どちらかと言えば消極的中立……更に突っ込んだ評価をするならば、ハルバートンの方針よりは連合軍上層部に寄った判断基準をしている、と言える士官だろう。
厳密な意味での派閥政治からは、距離を置いているような人間なのだが、味方ではない。
有り体に言えば、派閥争いにうんざりして軍人としての職務に集中する事を選んだだけの人間だった。
味方、とは言えないだろう。
だがハルバートンにはそれが有り難かった。
ブルーコスモスの傀儡そのものような人間が来るよりはまだ、反対派の軍人が来る方がマシ。
変な人間が側に来るよりは、意見が食い違ってでもまだ軍人がいる方がよほどありがたいのである。
最も、最近はその連合軍上層部が、ブルーコスモス過激派による侵食著しい事が頭痛の種なのだが。
ふと、味方が欲しいと願ってしまうのは弱気が出てきている証拠だろうな、とはたまに思う。
ハルバートンはそんな感情を奥底に封じ込めて、副官に重ねて命じた。
功労者達を迎えてやらねば。
せめてそれくらいはと。
自室に戻ったハルバートンは己の端末に目を通す。
少し前に受け取った暗号文をもう一度、確認しておきたかったのだ。
アークエンジェル救援のために送った先遣隊指揮官のコープマン中佐からの電文である。
ただし、そこにはマリュー・ラミアス大尉の名前も連名で存在しており、解読用のコードもその分だけ必要になる頑強な物。
始めにそれを確認したときには随分な慎重さだと感じたが、今なら分かる。
何となくだが。彼らも動揺が激しいのだろうと。
そこにはアークエンジェルの現状と簡単な航海記録。
そして『これから』敵襲してくる敵戦力の実戦力などが記された文があった。
『未来予知』とも言えるくらいの怪しげな文が。
『プラント和平派に属すと自称するコーディネーターの少年と協同作戦中。
個人名キラ・ヤマト。オーブ国籍。
現在X105パイロットとしてアークエンジェル所属。
未来を予見する能力を保有との申告。
本人曰く、正確には未来を体験したとの申告。本人にも詳細不明。
虚偽とするには連合及びプラントの内情に精通する事甚だしく、戦闘能力極めて大。
精神分析は不安定。なれど現状での判断は難渋。
結論として艦隊司令ハルバートン准将に報告。指示、対話を願うべく事前に電文を送る。
オーブ民間人を地球に降ろす過程で有力なザフト部隊からの強襲を予見、奪取されたXナンバーが投入されるとの事。
敵指揮官はラウ・ル・クルーゼ。
強く対応を願う。
大西洋連邦・第8艦隊所属アークエンジェル艦長代行
マリュー・ラミアス大尉』
いったい何度、内容を確認したか。
これを最初に読んだ時はハルバートンとてさすがに固まったものだ。
「キラ・ヤマト。未来の記憶を持つコーディネーターの少年、か……」
ラミアス大尉曰く、未来から戻ってきたと主張している少年からの情報提供だという内容である。
ふざけた話だ。
未来から戻ってきた? バカみたいな話である。
常であれば、呆れて終わり。
今時ならば、騙された指揮官連中に鉄拳をおみまいして更迭する類いの内容。
それとも自分が派遣した指揮官らや部下達が、こんな怪しげな電文を寄越すに至った事を嘆くべきか。
あるいは、艦艇1隻を詐欺にハメたらしい相手を称賛するべきなのか。
信じる事などはありえない話だろう。常であれば。
しかしだ。
しかしそのコーディネーターの少年、実力は本物なのだろう。
ザフトとのモビルスーツ戦を切り抜け、先遣隊が不幸にも壊滅した相手を実力で撃退するほどには。
ハルバートン自身、計算はした。
報告に付いてきた戦闘詳報を見る限り、アークエンジェルと先遣隊では勝ち目がない相手との遭遇戦をきりぬけているのだ。
艦隊指揮官としての冷徹な計算が、ナスカ級4隻という敵戦力を甘く見る事を許してくれない。
モビルスーツ22機を撃破である。
完全に単独での戦果とは言えないだろうが、それでも結果はすさまじい。
これをなし得る相手とは如何なる存在か?
前線で将校を納得させるくらいには『何か』を持っているのは確かだろう。
だからこそコープマン中佐とラミアス大尉の連名で送られてきたのだろう。
会ってみてもいい。
いや、会ってみたい。
ハルバートンという男はそう思った。
彼は自問自答しつつも、しばらく悩み、そして内容に検討の余地ありと自分で認めたのである。
少なくとも、キラ・ヤマトなる少年は、大西洋連邦が本国への召喚を強く言ってくるような存在ではあるのだ。
絶対に帰すな、こっちに送れと。
興味がある。
その相手が、どうやら「危ないぞ」と言ってきているのだ。警告をしているらしいのだ。
だから必要と思える動きをした。警戒態勢に入った。
ハルバートンとしてはそうとしか言いようがなかった。
サザーランドなる男と、ヤマトなる少年を比べてみたのだ。人生の最期にどっちと話をしたいかと。
だから動いた。
索敵・警戒にあった艦隊を臨戦態勢に移行。
前線での人事権をフルに活用してせめて動けるように各艦艇の指揮系統をいじり、何とか動きやすいように整えさせていたのである。
更には地球降下用のシャトルの準備を急ピッチで仕上げさせ、とにかく民間人だけでも急速に離脱させる用意を始めるくらいには。
敵襲の可能性は高い、そう認めて動いたのである。
ハルバートンは考える。
何故こんな怪しい存在の話を信じるのか。
自分は自覚しない間におかしくなってしまったのか、そこまで追い詰められているのかと。
冷静に己の精神を分析してみるその一方で、次のようにも考えたのだ。
こんな救いようのない戦争をやっている人類に呆れ果てた何かしらの存在が、何とかするべく不可思議な事をやっても別におかしくはないか、と。
そんな思い付きと感情に流されてしまったかどうか、ハルバートン自身そこまでは分からない。
だが、それを「神」が実在する等とは思わなかった。さすがにそこまでは思えない。
昔どこかで見た話が思い起こされる。
『真実、神なる者が存在し、それが善なる全能者だったとしたら、世界にはびこる理不尽や悪がこのままにあるはずがない』と。
そんな話を思い返しながら頭を振る。
「いかんな、何かにすがりたくなっているのか? 我ながら弱気がすぎる」
いずれにせよ、部下が強襲があるかもと言ってきているのだ。故郷に帰してさしあげるべき避難民達に犠牲を出す訳にはいかない。
備えられる物は備えるべきだろう。
だからこそ、寸刻を惜しんで備えているのだが。
しかし。
「……できれば、ゆっくり話してみたいものだが」
そのキラ・ヤマトなる少年。
いったいどうやって大人たちを騙してのけたのか。
詐術としては超一流だろう。本当に興味がある。
「いや、もし万が一……?」
もし、もし真実。
真実未来から戻ってきたというならば、どうする?
決まっている。是非とも聞いてみたい事がある。
未来に救いは残っていたか? と。
長えよ。長えよ。
進まないよお泣