第8艦隊旗艦メネラオス。
その格納庫にて、友軍出迎えの式と戦死者への葬儀式が行われていた。
状況の難しさから中止をとの声もあったのだが、それでもハルバートンは『将官』がそれを執り行う事に意味があるのだと強引に実行させた。
さすがに内容はごく簡素かつ速やかに、という物であったが、それでも式は式である。
苦労を重ねてきた部下や戦傷死した者に、少しでも敬意や感謝を示したいという彼の思いだった。
オーブ避難民の負傷者についても同様、ハルバートンはそれも己の責任であるとして、可能な限り彼ら一人一人に詫びていた。
その分、対応を後回しにされてしまった先遣隊とアークエンジェルの面々だが、少なくとも表面上でハルバートンのやり方に不満を見せる者は居なかった。
「へリオポリスよりご同行いただいた皆様には、申し訳ない待遇となったことを連合軍准将として重ねてお詫び申し上げる……もちろん皆さんの帰国の用意は進めております。準備ができしだい降下シャトルにて帰国していただきますので、どうぞご搭乗を」
無骨ではあるがハルバートンという准将の位にある人間の謝罪によって、不信と怒りを多少は納めたオーブ避難民はもう待ちきれないとばかりにシャトルへの搭乗手続きに並び始めた。
兵達も事前に準備を進めていたのか、名簿確認や本人照会、荷物管理なども含めそれら手続きはある程度スムーズだ。
それを見て―――その速やかな手続きを見て安堵の息をついた者―――キラ・ヤマトは、彼らがどうか無事に降りられますようにと祈らずにはいられなかった。
オーブ避難民の大多数がキラを横目に通り過ぎていく……その目と表情に、嫌悪と恐怖が混ざっていたとしても、だ。
キラには伝わってくる。心を切るような冷たい感情の感触が。
戦闘中ほど明確ではないが、やはり気のせいではない。彼らの『声』が感じ取れるのだ。
他人を責める感情の刃……それを向けられるキラは悲しみつつも、それでも共感を覚えていた。
キラにも覚えがある感情なのだ。
彼らとて、別にこれまでの状況がキラだけのせいではないと分かっている者が大半だ。
キラの境遇に気遣いを見せる人間とて中には居る。
だが彼らにしてみれば、そもそもが完全に巻き込まれた側なのだ。
へリオポリスで救助してもらった事には感謝はしている、しているとして、しかし戦争に巻き込んでくれたのも確か。
何かを恨まずにはいられない、誰かを責めずには治まらないほどの恐怖を味わったのである。
そうなると、最も明確に戦争の匂いをさせている人または物を避けるのは自然……キラ・ヤマトというコーディネーターの少年兵を反射的に嫌悪、憎悪、忌避してしまうのは避けられないのだ。
暴動紛いの混乱騒ぎを納めるため、自らの責任だと叫んでみせてくれたヤマト少年。
憎まれ役をかって出てくれたのであろうその気遣いを後から思い至り、分かり理解しつつも、それでも、それでも誰かに、何かに対して攻撃的な気持ちをぶつけねばやってられない側面もあるのである。
だから彼らは通り過ぎていくのだ。
きまずそうに。
迷惑そうに。
身を守るために距離を取っていたはずの『戦争』を、これでもかと見せつけてくる存在であるキラを嫌悪して。
だって自分を責めてしまうと自己嫌悪をしてしまいそうだから、それをしたくないから。
だから相手が悪いのだと。
ひどい話だが、それは残念ながら人間として心を守るための防御反応でもある。
だが、キラはそれでもよかった。
彼らから向けられる多くの視線と感情。
その中には少なからず感謝と、理解も存在している事が伝わってくるからだ。
目覚めた直後に浴びてしまった激しい憎悪は辛く悲しかった。
だが今は、嫌悪と恐怖と憎悪だけではない。
だから、キラはそれで十分だと思えたのである。
その『他者の気持ち』を、何故かは分からないが感じとれるようになったと自覚したキラは受け入れた。
それで慰めになるとは思わないが、彼らが自身を守るための反応をするのは大切な事だと感じたのである。
キラはふと昔の事を思い出す。
自分だってそうだった。
自分だってフレイにすがって、サイを激しく傷つけたのだ。周囲に当たり散らし何様かと思えるような言動の数々……偉そうに他者を批判できる資格などない、と。
そんな事を思うからこそ―――思えるようになり始めたからこそ、キラは片目を隠した顔で避難民の方に向かって軽く頭を下げているのだ。
どうか、貴方達が無事に帰れますように、と。
必ず、絶対に帰してみせる、と。
心をこめて祈っていた。
キラに小さく手を振ってくる女の子―――かつての『過去』で折り紙の花をくれたあの子を『また』見送りながら。
そう思ったのだ。
デュエルにシャトルを撃ち抜かれて、何人もの命が業火の中に消えていったあの光景―――あの運命だけは絶対に変えてみせると。
ハルバートンとアークエンジェルクルーらとの対面が始まったのは、式が一段落した後だった。
まず先遣隊指揮官であるコープマン中佐が謝罪した。
「ハルバートン提督。申し訳ありません、先遣隊としての任を果たせませんでした。
指揮下の将兵たちはことごとく任をはたしてくれました。損害の責任は全て私にあります」
如何ようにも処分を、と直立してかしこまるコープマンをハルバートンは労った。
「貴官はよくやってくれた、戦死した者の遺族には十分に補償を手配する……必ず通させる。よく戦ってくれた。
重荷を背負わせてしまったな」
哨戒部隊とは思えないほどの戦力だったザフト部隊との遭遇戦。
さらにはアルスター次官への対応、これらはかなりの手間だったろう、とはさすがに口を控えた。
当の外務次官殿は、ハルバートンのすぐ側に立っているのである。
しかも娘のみを自分の隣に立たせて、笑顔で。
家族を亡くした者もいるのだから、さすがにそこは考えてほしかったのだが。
そこを口にすると、八つ当たりのようになりかねないので、ハルバートンは敢えて見て見ぬ振りで好きにさせていた。
軍人として責務を果たしきれていないのはこちらだ、という自責の念からである。
ご息女―――フレイ嬢の方はだいぶ真面目な表情をしてくれていると見えるのが、せめてもの救いだろうか。
ハルバートンはため息をこらえるのも一苦労だった。
そこにアルスター次官からの声がかかる。
「……あー、ハルバートン提督、よろしいだろうか? そろそろこちらにも仕事の都合があるのだが」
もうしばらくは黙っていてほしかった、というハルバートンの願いは砕け散る。
今なのか? という思いだ。
これからアークエンジェルクルーとオーブ軍人達に声をかけよう、というタイミングなのだが。
それが分かってやってきているのならば、さすがだ。
ハルバートンは内心、皮肉混じりで次官の能力を褒める。
キラ・ヤマトの身柄の件だろう。
ハルバートンとラミアス大尉との間……軍人だけで、現地志願組の扱いが決着する前に一声入れてくるつもりならば、なるほどさすがと言える。
上位者であるハルバートンから声はかかっていないために、整列して待っているアークエンジェル指揮官……マリュー・ラミアス大尉などは何かを訴えるような必死の目をハルバートンに向けていた。
その視線に対して、任せておけと言わんばかりに頷いてみせるハルバートン。
当たり前である。
娘を隣に置いておいて、その一方で同年代の少年の身柄は本国のブルーコスモスに引きずろうとするその思考にはついていけない。
ましてや、ヤマト少年はもはや恩人。
部下を救ってくれた第8艦隊の恩人なのである。
だからハルバートンはしっかりと呼吸をしてから、アルスターに向き直って返答した。
「もちろん、次官の職務は理解しております。おまかせを」
ハルバートンは、必ずそのようにします、などとは言わなかった。
理解を、している、とだけ言ったのだ。
そのニュアンスを外務担当であるアルスターは、眉をしかめて受け取った。
返ってきた答えはよくない感触だった。
差し障りを多分に感じる……だから追加の懸念を表明しようとした、のだが。
それが止まる。
それを、止めた者がいたのだ。
フレイ・アルスターである。
アルスター次官がハルバートンに対し追加で口を出そう交渉に引きずり込もうとした時、隣にいたフレイがほんの少し彼の袖を引いた。
娘が、父を諫めるようにその袖をそっと引いたのだ。
それは小さな動きであったが、間違いなく場の空気を変えたものだった。
服の袖を引かれた次官が思わず言葉を飲み、視線を娘へ向ける。
ところが父に不思議そうな目と声を向けられたフレイも、自分自身に驚いていた。
「フレイ?」
「……え、あたし……あ、あれ?」
フレイは、父に声をかけられてそこでハッとする。父の袖を引いた自らの指先を見て、そこでようやく気がついたのだ。
自分は父の邪魔をしている? なんで? と。
父から不思議そうに見られても、フレイ自身、なぜそんな事をしたのか分からない。
気がついたらそうしている自分がいた。
父の邪魔をしたと後から理解が及んできたほど、自覚していない動き。
全く分からなかった。
「ご、ごめんなさい……」
フレイは静かになる。
複数の視線を集めてしまって、完全に大人の邪魔をしてしまった事にかなり気まずい思いをしたからだ。
恥ずかしい。父に恥をかかせてしまった。
やってしまった。そんな思いが出てくる。
ただ。
ただ、同時に、今、父に言葉を放たせる訳にはいかなかったと何故か思ったのだ。
父の発言を邪魔した事自体は、彼女は気にしている。しかしその結果は、気に病んではいないのだ。
その感情にフレイは自問自答する。
なぜ? と、心の内で戸惑いつつも、しかし混乱はしていなかった。
なぜ気に病まないのか……それは多分、キラのためにならない結果を招くような内容だからかな、と、うっすら思えたからだ。
わからない。
私がパパの邪魔をするなんて。
でもキラは、あの子はパパを助けてくれたんだし、じゃあちょっとくらいは自分が助けてあげるのはおかしくないはずだ。
そんな理屈を自分で並べてみるがしっくりはこない。
わからない。
いや、違う。
本当に本当は、わかっている。自分が何故そうしたのか。後から理屈をこねて『分からない』と考えているだけなのだ。
本当はわかっている。
あの子の心。キラの心を、守ってあげたいと思ったからではないだろうか。
たぶんそうだ。きっとそう。
そのために必要だった、そうと思ったから、やった。
フレイは自分のやった事とそれを肯定してしまうような思考をする自分に理解不能と思いながら、これでよかったと思っていた
全く後悔する感じがしなかった。
ふと視線が相手を探す―――サイ達と一緒に後ろの方で並んでいるキラを見た―――向こうはフレイを見ていない。
オーブ避難民を見送っている横顔が見える、怪我をして、顔の半分を高級そうなスカーフで隠しているその横顔が。
じくりと胸が痛む。
キラのすりきれそうな顔を、瞳を見て、フレイは確信する。
やはりキラのせいだ、自分の心がこんな風にざわめくのは。それが何故なのかはわからないが、あの子のせいだ。
繰り返すが、彼女は自分の感情の流れが全く自分で理解できないのだ。
父の邪魔をしてやろうとか思っている訳でなく、家族の愛情がなくなった訳でもない。
故にフレイは、父の不思議そうな疑問の顔に対して説明する術を持たない。
大好きなパパの仕事をたぶん邪魔してしまった、としか説明できない。
説明できないのはよくないと感じつつも、それでも『キラのためにはこれでよかったのよね……?』などと思っているのである。
だからフレイはうつむきながら黙っていた。
彼女は他に術を知らないのだ。
一方で、ハルバートンはフレイという少女を少しだけ見直していた。
助かる。空気を変えてくれた。
親よりもよほど空気が読めるではないか。
ありがたく、静かにしておいてもらおう。
アルスター親子が戸惑う間に話は軍人に戻った。
ハルバートンは二人に背を向けて、最も苦労を重ねてきた者達に向かい合った。
「ラミアス大尉……よくここまで」
本当に苦労をかけた。目がそう語っている。
准将からの労いの対して、コープマン同様にマリューもまず謝罪を口にした。
「提督、申し訳ありません。中立国であるオーブのコロニーで多数の死傷者を出しました。さらには『G』4機を奪われた責任も共に、全て私に」
マリューの謝罪をハルバートンは右手を上げて遮る。
「それは私が責任を負う、君達はよくやってくれた……アルテミスでは辛い思いをさせたようだな」
大西洋とユーラシアの派閥争いの件だとマリューは了解する。彼女は控えめに微笑んだ。
「提督は、味方を送ってくださいました」
代償を血で払うのは現場の将兵達である。ユーラシアのやり方には未だに腹立たしいが、それをここで当たり散らすのは違う。
だから、将官として下の者達に対する精一杯の『謝罪』を言ってもらった事で、あとは上にお任せしますと伝えたのである。
連合ではあるものの絶対的な味方でない以上、明確に非難もできない。
あとは政治的な話になるだろうと投げたのである。
将官クラスがそれを受け取ってくれたという話でもって、慰めになるかどうかは人それぞれだろう。
ただ、無視してはいない、だから多少は治まってくれるかという話だ。
笑い話では済まないレベルで、連合は一枚岩ではなかった。それでアークエンジェルは苦渋を味わったのである。
ハルバートンは頷く。
そして話を切り替えた。
「襲撃、民間を含め死傷者多数、『G』強奪。第一報を聞いた時には肝を冷やした。ストライクだけでも守ってくれたのは不幸中の幸いと言える。ラミアス技術大尉、君も負傷したと聞いたぞ、無茶をする」
「我々にとっては情けない話ですが、色々と助けられました……彼に」
マリューの、言外に多分の意味を含んだ返答にハルバートンは沈黙。
やはり表沙汰にしたくない報告がかなりあると聞こえる。細かなやり取りはあとでしたいと、そう聞こえたのだ。
ハルバートンは視線に力を籠めた。
―――詳細は、後で。
―――はい、是非。
マリューも無言で敬礼する。
直属の上司と部下らしく阿吽のなんとやらだ、暗黙の了解で二人は自然と会話を終わらせた。
傍目ではいかにも将官が現場指揮官を労っただけ、である。
ハルバートンはそのままフラガ大尉、バジルール少尉の指揮官組、そして主な下士官達にも声をかけていった。
さすがにオーブ軍人達やモルゲンレーテ技術者達には、代表の下士官級やチーフレベルに声をかけるのが時間的に限界。
であれば、一般クルーらにはより時間的に厳しく、集団に対しての言葉を述べ、そこで終わりそうな流れだった。
現地志願した民間協力者達……つまりは、学生達などはあくまでも、現地志願した新米兵士として後ろで整列していただけである。
サイ達は、まさかこっちまで一人一人に声をかけてこないだろうと思ってはいた。
しかし、さすがに言及すらないとは少し不思議だった。
なぜなら、キラにも声はかからなかったのだ。
ハルバートン准将がオーブ軍人達とモルゲンレーテ技術者達に礼儀を示している間、後ろに並んでいた学生らはようやく味方に囲まれているこの場に慣れたのか、多少はリラックスをし始めていた。
おかげでキラの隣にいるサイとトールが少し膨れて小声で愚痴ってみせてくる。
その位に話題になっていないのだ。
「准将ってさ、たぶんすごい上の人だよな? 俺らはともかくキラにはちょっと何かあってもよくないか? 怪我までしてんのにさ」
「忙しいったってフラガ大尉とバジルール少尉にはちゃんと一言ずつあったんだしな……キラ、めちゃくちゃ頑張ったのに……」
自発的に協力を申し出て現地志願はしたものの、軍人になった自覚なんてものはあまりない―――そんな彼らにとって将官とはとても偉い学長先生のようなもの―――そんなふうな感覚だった。
さりとて不思議には思うのだ。
個人的に話すこともないが、キラのように特別に頑張った人間には一言ぐらいあってもいいのでは? という単なる疑問である。
しかし実のところ、サイとトールが小声で愚痴をこぼしたのはハルバートンの対応に不満があるというよりは、別の事が主だ。
周囲の目線に納得がいかない。周りが、キラに向ける視線が厳し過ぎるのではと感じたのである。
周りの大人達の反応や視線が決して好ましいものではない……いや、アークエンジェルよりも更に冷たく、複雑そうで、しかも明らかに多いのだ。
気のせいではない。
ちょっと周囲を伺えば、誰もがキラを見ているのが分かるぐらいだ。
嫌悪の目を向ける者がいれば、露骨に舌打ちをしているであろう者。
気にしない風の者もいれば、苛立った表情を隠さない者もいる。
つまり、ナチュラルがコーディネーターを、人が他者を歓迎してはいない時のあのなんとも言えない空気。
それはキラの頑張りを間近で見てきたサイやトールにしてみれば納得のいかないものだった。
さすがにそれを騒ぎ立てる場ではない―――それをわかっているから、何でもいいからキラに話しかけたかったのである。
そんな脹れ面の二人を、ミリアリアとカズイが嗜めた。
「……静かにしてましょうよ。もうすぐ帰れるんだから、騒ぎなんて起こしてもしょうがないでしょ?」
「こんなんだったら、ぼくたちも早めにシャトルに乗りたいよね。やっぱり軍人なんてごめんだったよ。結構働いたたんだから優先させてくれないかなあ」
むろん二人もキラを気遣っているのだ。
ここで騒いでも、おそらく状況は嫌な方向に悪化をするだけだと考えての事である。
キラをないがしろにしたい訳ではない。
アークエンジェルで多少なり軍務に従事して見えてきた事……マリューらの苦労も間近に見えたからこその、その思考だ。
対立してもお互いに引けないのが目に見えている。
ならば、大変だったから、早く帰って忘れてしまう方がいい。そんな感情からだった。
だが、それはあくまで少年達の側から感じた事である。
大人達、それもアークエンジェルクルー以外の者達にとっては見え方は違って当然となる。
そこに気づくにはサイ達はまだ若かった。
艦隊として恩がある……その一言だけでは納得のいかない者も多いのだ。
もつれた人の心が簡単に鎮まってくれるなら、そもそも地球とプラントは血みどろの戦争なぞやっていない。
ナチュラルである軍人側からすれば、一応は軍制服を纏った少年が、軍規上全くよろしくない洒落たスカーフを堂々と顔に身につけ、准尉待遇記章とパイロット記章を首もとに従えているのである。
誰であろうコーディネーターである少年が、だ。
アークエンジェルクルーらの大半と、事前に報告をされているハルバートンはあまり気にしてはいないが、同じ格納庫内に居並ぶ第8艦隊の面々に、好意的とは言えない空気が漂うのを否定はできなかった。
そんな微妙な空気に晒された友人……キラを気遣っての少年らのやり取りなのだ。
キラは困ったような顔でわずかに微笑んでみせた。
キラが首を傾げる際、顔半分を隠すかのようなスカーフが揺れる……それはキラの傷を隠すためのものだと、そう聞かされている4人の心には苦いものが生まれた。
アークエンジェルで避難民との大混乱の最中、顔にひどい怪我をおって戦いに出て、それからまともに休めていない友人。
まだ顔色はよくない。
避難民からの強烈なヘイトを向けられるために、最近は格納庫で寝泊まりするようになってしまっている。
そもそも大して休んでいないと周りが心配しているのだ。
キラと違い、それまでどおり居住区に寝泊まりするサイ達には様々な声が聞こえてくる。
限界を超えた人間達の怒り、嘆き。
現況、軍人や連合、プラントやコーディネーターに対する恨みつらみの数々―――コーディネーターであり、モビルスーツに乗って、連合の制服を着るキラが、何を言われているのかも彼らには耳に残るほど聞こえてきていた。
艦隊との合流の数日で、一気に感情が悪化しているのをまざまざと見たのである。
だから自分達だけでも、キラを何とか助けようと思っていたのだ。
自然、サイ達の4人はキラを囲むようにちょっとだけ固まってみせる。
ミリアリアはキラにウインクしてみせて気にしない方がいいよと目線で伝えてきた、カズイはもうすぐ帰れるからそしたら怪我をなおせばいいと労ってくる。
「……うん。ありがとう、大丈夫」
キラは4人に対して静かに感謝した。
特にミリアリアはトールの出撃に激しく狼狽えた側、だいぶショックを受けてしまった子だ。
それでも頑張って精神を立て直し、キラに笑ってみせてくれている。
嬉しかった。
人からの悪意や憎悪は恐ろしく、敵意や害意は心を切られるようだった。
―――人の感情や意思がダイレクトに伝わってくるのって、あんまりいいものじゃない―――。
ここ数日でキラが思った正直なところである。
だからこそ、サイ達の拙いながらも気遣ってくれる優しさがありがたかった……フレイの事は意識して考えないようにしている。
自分を、どう思われているのかを感じとってしまうのが怖い。
戸惑いが大きく伝わってくるから、それ以上を考えるのを恐ろしく感じるのだ。
必死で目をそらしていると言ってもいい。
サイと、父親と一緒に帰還してくれる事を祈るに留めた。
父親が生き延びてくれたのだ。何とか無事に助ける事はできた。それでいい。
それ以上は考えないように。
多くは望まない。
彼女に生きていてもらえればそれで。
キラは強く息を吐いた……強引に自分の意識を切り替えるためだ。
考えるべきは第8艦隊の事。
どうするべきか。
感謝されるかどうかは気にしてなかったが、話せないのは困る。
何とかしてハルバートン准将と話せないだろうか。
接触できねば意味がないのだ。
ザフトが、アスラン達が来る。
艦隊が危険だ。警告しないといけない。
避難民の人達を一刻も早く降ろしてもらわねばならない。
それらをどう話せばいいのだろうか。
ここまで考えてはきたが、大量の作業に忙殺され妙案は出てこなかった。
この場でハルバートン准将に話そうとしてもまず無理だろう。時間も足りないし、さすがに場が悪いと分かる。
かつては分からなかったが、周りを見てみると護衛の者達が想像以上に多い。
彼らは警戒している。
准将の安全を―――脅威となり得るキラが近づいてくるのか否かを。
とても近寄れそうにないのだ。
『最初』の時には、並ぶだけで終わりでよかったのだ。話す必要がなかったのだから。
次に会った時にはわずか数分のやり取りで終わり。
労いと感謝とわずかに私的な対話。
緊密な対話の必要がないのだからそれも当然。それで終わるのが当たり前の関係。
だから今なら分かる。
キラ・ヤマトの方からここで近づいていくための、まともな理由が存在しないのだ。
「……何とか、警告だけでも」
もう少し話してみたいと思って、いつかその機会があればと振り返る間もなく、二度と会うことは叶わなかった人。
死なせる訳にはいかない。
死なせたくない人だ。だから何とかしないと。
式も終わりに差し掛かり、いよいよキラの焦りが強くなる。
ハルバートンがアルスター次官を連れて、立ち去ろうとしているのだ。
キラはメネラオスに残る必要がない。
アークエンジェルに戻って警戒態勢に入る必要がある。
では、話すには今しか、今しかない。
「……あ……!」
あの、ハルバートン准将! と、キラがそう声を張り上げようとしたその瞬間。
一瞬、一瞬だけ、目が合う。
危険を省みず踏み出そうとしたキラと、立ち去ろうとしていたハルバートンの目が合ったのだ。
ハルバートンはキラを見て確かに頷いた―――分かっている、任せておけ。
ハルバートンの目はそう言っているように感じた。
そこでキラは理解する。
マリューさんやバジルール少尉が話を通してくれている。送ってくれた通信が届いているんだと。
少なくとも門前払いはされていない。
「……だからシャトルの準備が早いんだ……」
マリューもナタルも自分の手助けをやってくれていた。
キラがよくよく見渡せば、メネラオスの格納庫ではアークエンジェル用の補給物資なども移送準備が慌ただしく始まっていた。
「無駄じゃなかった……」
少しずつ。少しずつかもしれないが、状況は確かに変わっている。
先も見えないまま足掻いてみたが、少なくともここまではどうやら無駄にはなってない。
ニヤリと力のある笑みをキラに向けて浮かべたハルバートンは、なぜか渋るアルスター次官を連れて去っていく。
ついていくフレイが何度かこちらを振り返り名残惜しそうな表情を浮かべていた。
キラの肩から力が抜ける……事はなかった。
いろんな人に助けてもらっている。
「……じゃあ、負ける訳にはいかない」
ここで今さら自分が折れる訳にはいかない。いかなくなったのだ。
キラにとって味方をする変化、良い影響と思える変化がこの時、確かに起きていたと言える。
ただ、同時にそうではない変化も起きていた。
式も終わり、アークエンジェルに戻ったらフラガと防御戦の打ち合わせをしたいと思っていたキラに声をかけた男が居たのだ。
第8艦隊の副司令と名乗る男である。
「キラ・ヤマト、だな? 通信で話してもらう相手がいる。ついてきたまえ」
キラは困惑するがついていかない訳にはいかなかった。
艦隊副司令の機嫌を損ねるのはかなりよくないと思ったからである。
「ラミアス大尉にはこちらで伝えておく、きたまえ」
ポール・ホフマン大佐。
彼がキラを呼ぶのはハルバートンの命令からではない。
連合軍統帥本部、ウィリアム・サザーランド大佐からの意向である。
実際にはその更に後ろ―――とある派閥からの要請であったが。
人が行動すれば世界は変わるのだ。
キラの足掻いてみせた結果。
喜ばしい変化は確かに起きたのかもしれないが、そうではない変化が起きえるのも自然な事だった。
ブルーコスモスがキラを絡めとりに動き始めていた。