「……立ち直りが早いな」
クルーゼはストライクの挙動に感心した。こちらの撃ち込んだ射撃を避けつつ、跳んできたのだ。
先手こそ取ったが、連合のモビルスーツの反応は悪くない、距離の詰め方に腕の良さを感じる。
さらには内壁を砲撃で破って姿を現した戦艦、あれは情報通り新鋭艦だろう。逃げ道をなくしてコロニー内部へ突破を図ったと見えた。
馬鹿な真似をする……いや、ありがたい真似をしてくれた。これはどれだけの失点になるだろうか? 当然、クルーゼのではない。和平に対しての、だ。
「コロニーの中で思いきりの良いことだ!」
キラはストライクの《重さ》に歯を噛み鳴らす。
ランチャーパックは高機動戦に不向きなオプションだ。 メイン武器のアグニは長い分、取り回しに難があり、肩の120㎜バルカンやガンランチャーですら、シグーの動きを捉えるには反応が鈍く感じる。
機体同様に、こちらも微調整を施さねばならなかったのだ。
ストライクをまたシグーの機銃が叩いてきた。
「……っ!」
クルーゼは徹底的に射撃戦を仕掛けてくる。
調整済みと言えイーゲルシュテルンでは対抗は難しい、それでもまだアグニを乱射するほどキレてはいなかった。 むしろ乱射したところで当たるイメージが湧かない。
他の武装とて角度を考えて撃たねば地表に直撃してしまう。シェルターがそこら中にあるのだ。
人がいるシェルターが。
「ぐぅっ……!」
速い。
改めてクルーゼの動きを見ると驚異的な動きをする。
遠近自在だ。
ガンランチャーや対艦バルカンの死角からぞっとする動きで這い寄ってきては銃撃を浴びせてくる。
目はついていくのだ、追えている。
だがストライクがキラの反応についてこない。遅れるのだ。
ストライクは現時点での最新鋭機体だが、キラはその先を知っている。
自分がクルーゼを討った時の機体との反応の違いが、クルーゼ相手ではごまかせないのだ。
ストライクへのダメージはともかく、ノーマルスーツなしでの強烈な揺れもさすがにきつかった。
アークエンジェルからの援護射撃も始まった、気を効かせてくれているのだろうが、クルーゼには当たらない。
むしろキラはコロニーの内部で撃ち始めたアークエンジェルにかなり腹を立てた。
自分だって撃っているのだから勝手な話だが、モビルスーツと艦艇ではサイズが違う。火力が大きすぎるのだ。
おまけに角度に無頓着……配慮する余裕が無いのか、ヘリオポリスを支えるシャフトに直撃が出ている。
「アークエンジェル! 撃たないで! 下に人がいるんだ、ああくそ、またっ!」
微妙にずれるストライクの射撃と、町並みに着弾する援護射撃にさらに苛立つ。
制御系を少しずつ修正するが、機銃弾が飛んで来てはストライクに着弾した。
フェイズシフト装甲は対実弾防御に優れるがエネルギーを消費する。いつまでも撃たれっぱなしは危険だった。ゆっくり通信もできない。
クルーゼには断固とした攻撃をかけねば照準内に追い込む事すらできないのに、使える武器は調整不足のガンランチャー、120ミリバルカン。
エネルギー消費が激しく外壁を貫く威力のアグニなど論外だった。
ビームライフル、ビームサーベルが欲しかった。
キラが、こうなったら損傷覚悟で飛び込むかと考えた時、ストライクの苦戦を見かねたのかメビウス・ゼロが突っ込んできた。
囮になるような動き。
シグーはあっさりそれを捉えた。機銃がそちらを向く。
「ムウさん! 下がって!」
ここでメビウス・ゼロに乗る者などフラガしかいない。討たせてたまるか。
シグーのメビウス・ゼロに対する銃撃を、キラはバルカンとイーゲルシュテルンで迎撃して無理矢理に弾道を変えさせ、または弾き飛ばした。
それを見たシグーの動きが一瞬固まる。
キラは反射的にアグニを向けて引き金を。
「駄目だ……!」
撃てるものか。アグニなんて。
とっさに対艦バルカンでの射撃に切り替える。
ほんの少しのためらいは、シグーのコックピットへの直撃ではなく、右腕を吹き飛ばすに留まった。
クルーゼの立て直しは早かった。
「なんだとっ!?」
空中戦の最中、味方に放たれた弾丸を弾丸で撃ち落とす。さすがにクルーゼもその技量に仰天した。
その後のほんの一瞬の硬直に即座に撃ち込んできたのも、速業だった。
シグーの右腕が損傷、だが回避が遅れていれば損傷どころではなくやられていた。
クルーゼの口が歪む。憎悪や愉悦を感じさせる複雑な笑みだった。
面白い。
あの白い機体のパイロット、ただ者ではない……上手く利用できれば、この世界をさらに混乱させるきっかけになりえるか? 少しだけ泳がせてみるか?
一方の冷静な部分が、後退を頭に浮かべさせる。
怯えて逃げた、などと言われたくはないがメビウス・ゼロと戦艦、そして敵のモビルスーツだ。
言い訳としては十分だろう、とも。
クルーゼは笑みを浮かべながら後退を始めた。が、それほど余裕があった訳ではない。
相手の抱えている大砲が、余裕を感じない原因だった。 結局一度も撃ち気が見えなかったが……。
何故だ。結構な威力は有るだろうに。
「……コロニーの壁に向かっては撃てない訳か。青いな」
通りで、さっき撃たなかった訳だ。
未熟な相手だ。精神的に未熟。
しかし同時に、あの相手は壁を傷つける事なく、敵を撃てる技能を保有するのでは? と感じたのも事実だった。
ただの勘だが。だからこそだ。
クルーゼがプレッシャーを感じるのは、これまでムウ・ラ・フラガのみだったが。他にも居たらしい……何者だろうか。
ヘリオポリスと言えば、クルーゼには心当たりがないでもない。技量に優れるであろう、しかし未熟な相手が一人……激しく不愉快な存在が。居ないでもないが……。
(……いや、あり得んか。あれは学生のはずだ。何をどう間違えば、そんな都合のいい話が)
クルーゼは無言。
自分でも馬鹿なと思う可能性が浮かんだのだ、笑い話のような偶然の可能性を無理矢理に。そして苦笑して自分で否定する。
やはりあり得ない……あり得ない、はずだが。
知らず、操縦悍を握る手に力がこもった。
もし。もしだ、そんな話がもしあり得たら。
もしあれが、あの白い機体に乗っているパイロットが。
自分が呪うべき相手が。
あの、キラ・ヤマトが、奴が乗っているのであれば。
どんな偶然の結果か知らないが、それを運命が招いたと言うのであれば。
(やはり私には世界を憎む資格がある……)
「下が、っていく……!? 駄目だ! ここで!」
落とすべきだ、逃がすべきではない。
下がるシグーをキラは反射的に追おうとした、アグニを構える。
構えるが。引き金が引けない。
撃てない。
「ぐっ……!」
撃て。撃たねば、そうでなければ。また。
分かっているのだ。
ラウ・ル・クルーゼは世界の悪意を燃やす男だ。
色々な相手を煽って、戦火を拡大させたと言われている男だ。ここで殺した方がいいのだ。
ヘリオポリスの損害は許容して、アグニを撃つべきだ。 アークエンジェルと連携して逃げ道を塞いで、追い詰めてここで落とすべきだ。
その際に、ヘリオポリス各地にある避難用のシェルターに当たってしまうのは仕方がない。
何人も死者が出るだろうが覚悟するしかない。
奴が煽った戦火に何万の人間が焼かれたか。それに比べればここで何百の人間の犠牲など。
誰が泣こうとも自分は撃つべきなのだ。
「……っ!」
アークエンジェルの砲撃の中を、クルーゼのシグーは細かく動きながら後退していった。
ストライクはアグニを構えたまま、地表にゆっくり降り立った。
キラは撃てなかった。涙を流していた。
体がここで撃つ事を拒否してしまった。
情けない、あれだけ人を殺しておいて今さら。
「違う……僕は……!」
そうじゃないとキラは思った。殺してすらいなかったのだ。
殺すのが嫌だから、落としたくないから。だから戦場で相手の機体だけを半壊させて、見逃したつもり。
助けたつもりになって。
それで済んだと思っていたのだ。そういうやり方で殺さずに済むと思ったのだ。
思考を放棄して、敵対しても直接命を奪わなければ、それで助かってくれるだろう。
戦う者たちの機体だけを無理やり止めていれば、もう戦場に来ないだろうと思い込んでいたのだ。
それが正しいやり方だと思っていたのだ。
結果はどうなったか。
最後には正しいも悪いもなかった、キラはやりすぎだと判断された。守ろうとした世界から否定されたのだ。
自分が否定してきた彼らのように。
自分を殺す為に必死になっていた者たちの顔を思い出す。戦火を煽ったクルーゼと、憎しみを煽った自分との違いが分からないではないか。
≪……X105! ストライク! 聞こえるか? こちらはアークエンジェル! 聞こえるか? ただちに合流しろ……繰り返す……≫
≪おい! 生きてるか! 生きてるよな? パイロットは誰だ? 無事か? 返事しろ! ……≫
アークエンジェルとメビウス・ゼロから通信が届いてきた、まだ若い真面目な少尉と、頼れる兄貴分の懐かしい声だった。
キラはその声を聞きながらようやく、やっと分かった。 まるで何も分かっていなかった事が分かった。
死ぬ間際にも感じたことだ。
もっと始めから戦うべきだったのだ。今だって撃つべきだったのだ。そして、罰を受ければよかったのだ。しっかりと戦って、やった事の責任を取ればよかった。
それだけなのだ。
綺麗なままでいようとしたから、自分はおかしかったのだ。
目を背けていたのは自分だったようだ。
デュランダルに申し訳ない、偉そうに彼を止めた男がこんな人間でさぞや失望しただろう。
いったい今まで何をやっていたのかと。
「……」
クルーゼを、止める。
今度は撃ってみせる。戦わねば守れないのだから。