ポケットモンスター異聞録   作:奈良 青波

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 幕間 ホテルラウンジでの喫茶

 健全な生活を送る人々の身体が小腹が空いたぞと訴えてくる八ツ時。

 カンナの手持ちポケモン、ニャルマーは蕩ける様な至福の時間を過ごしていた。

 ニャルマーの前には世の猫ポケモン達の好物と言える魚ポケモンのヨワシ、ポケモンでは無い魚の鮃にサーモン、三種のジュレ寄せの皿が有り、灯りの光を弾き綺羅々々と輝いて食欲をそそるそれを一心不乱にペロンペロンと舌で舐め取っていたからだ。

「あの、先生。ニャルマーちゃんに、まで、有難うございますっ」

「何、構わないさ」

 表情の動きに乏しい女医、新城 恵が臨時のポケモン診察医として勤めるポケモンセンターが有る街であり、見事にカンナが四つ目のジムバッジを取得した街の広大な敷地面積を誇る植物公園に隣接したアーバン・リゾート・ホテル。その瀟洒で落ち着いたカフェラウンジのテーブルには、シンプルなブラウスにフェミニンなスカート姿が珍しい恵と、その手持ちの新城 直衛、渡良瀬 準の一団と、カンナとニャルマーが着いていた。

 ラグジュアリーなホテルラウンジに圧倒されたのか、いつものミニスカートにパーカーを脱ぎ、カチコチとした挙動のカンナとジュレ寄せを堪能している最中のニャルマーに、薄く笑みを浮かべる恵。

「どうしたね? アフタヌーンティーに誘ったのは此方なのだから、遠慮無く食べて欲しい」

 言いながら、恵の白い繊手の指が摘まんだのは、白いテーブルクロスも眩しい上に(そび)えた三段のケーキスタンドに乗せられたフィンガーサンドウィッチ。この街とは違うエウロパと呼ばれる地域の文化が香る様式の三時のおやつがテーブルに並んでいる。

「カンナちゃん、紅茶は三種類有るんだけど、どれにする?」

 眩しいワンピース姿に笑顔の準がカンナに問うと、ドギマギとした応えが。

「あの、えと、私、紅茶、好きなんだけど、種類とか良く分かんなくって」

「カンナ。そんなに緊張をしなくて良いのだよ。紅茶が好きなら、アールグレイを試してご覧」

 そう言いつつ、恵は白磁のポットを手に取り、アールグレイティーをカップに淹れ……。上品で落ち着いた柑橘類の苦味有る香気が辺りを満たし、カンナの鼻腔を擽る

「はぁ……、良い匂いですね」

 カップを自身の前に出されたカンナは、そろそろとアールグレイティーに口を付け。香気に内側から撫でられ宥められたカンナは、ほぅ、と一息吐く。人心地が付いたらしい。

「うふふっ。紅茶に合うプティ・フールもどう? アールグレイだから、フィナンシェが良いと思うわ?」

「あっ、うん。有難う、準ちゃん」

 先生達は、こうした場所に慣れているんだなぁ。そうボンヤリ考えながら、黄金の焼き色が付いた長方形のフィナンシェを摘まみ、豊潤なバターの風味が口一杯に拡がるのを楽しむカンナ。微かにユラユラとポニーテールを揺らし、微笑しながら味わっているのでニャルマーと同じく堪能しているのだ。

「甘い物で物足りなければ、父がオーダーした様に軽食に炭酸水等でも良いが?」

 そんな提案をカンナに恵がしていると、カフェのウェイトレスが直衛の前にオーダーされた物を丁寧に置いていく。

 周囲との調和の為に今日は軍衣では無く、適当なスマートカジュアルの洋装、襟を寛げたシャツが珍しい直衛である。ウェイトレスにチップを渡している様は実に淀みなかった。

 カンナは直衛の前に置かれた料理、ローストビーフサンドに、はたと目を剥いた。程好く火の入ったローストビーフの薄切りが、みっしりと5cm以上もライ麦のハードパンとサニーレタス、スライスオニオンに挟まれた物だったのだ。

 実に、恵の養父が齧り付くには似合いの代物。

 直衛は炭酸水のグラスに添えられたライムを搾り、炭酸水に果皮油の香気と苦味に爽やかな果汁の酸味を加える。

 そんな所作をじっとカンナが見詰めてくるのに気付いた直衛が、僅か気不味そうにボソリと。

「……やはり君にも他の物を注文しよう。サンドウィッチが良いかな? 女の子が好きそうなキッシュもあるが」

「あ、いえっ。何かスゴいローストビーフサンドだなって。済みませんっ!」

 カンナが慌てて否定するも、聞き流した直衛は。

「遠慮する事は無い。ウェイトレスを呼ぼう」

 と、手を上げてウェイトレスを呼ぼうとするが。

「父さん。カンナは年頃の女の子です」

 困惑しているカンナへの助け船を素早く差し挟めるのは、共に長く時を過ごした養女の為せる技。

 その年頃の女の子は、あからさまに安堵していた。隣で準がくすくすと忍び笑いをしている。

「それは、済まなかったね」

 独り言ちに似た言葉を口にした直衛は、このテーブルの面々相手には流石に僅かばつが悪そうで。

 先日の事。カンナが四つ目のバッジ取得前、準とポケモンセンター襲撃者との騒ぎに巻き込んでしまった詫びとして呼び出され、カフェラウンジでの茶会となったカンナであるが。この場の雰囲気にやっと打ち解けてきた様だ。

 暫く紅茶とケーキスタンドの菓子に軽食を楽しむ和気藹々とした時が流れ……。

「カンナ。私達は、この街を移る事に決めたよ」

 出し抜けに宣言したのは、年長のポケモントレーナーである。

「え? じゃあ、じゃあ、会えなくなっちゃうとかですか?」

「いや」

 目蓋を伏せたまま僅かに(かぶり)を振って応える様は、カンナに初めて会った時の印象を彷彿とさせた。

「ここスービィタウンから隣の街、シェールシティのポケモンセンター併設病院から形成外科医として招かれたのだ。エイヴォン地方から離れる訳では無い。電話やメッセージを寄越してくれたなら、こうして会う約束も出来る」

 カンナがジムバッジ取得の旅をするエイヴォン地方を西側に抱える国、エインガナの主要都市の一つがシェールシティである。

 シェールシティ周辺の気候は年間を通じて比較的に温暖であり、成人したばかり、十代前半の少年少女達が旅をするには最適の地域と言える。自身の子供をポケモントレーナーへと送り出す親達にとっても安心出来る地域とも言えるだろう。

 またエインガナと言う国自体が辿った歴史の結果、様々な人間の人種、独自の進化を見せたポケモン達を抱える為に、多様な見聞をさせるのにも最適と留学をさせる目的も込められる。

 カンナの両親も御多分に洩れずと、エインガナのエイヴォン地方をカンナに旅させていた。

 その両親の期待の一つ、娘の向こう見ずに先走る質をどうにか改めさせる。と言うのは、叶えられそうな気配がしている。

「じゃあ……、そうですね。先生のお勤め先が変わるだけ、ですねっ」

 少しの消沈から直ぐ様立ち直ったカンナは、続けて恵へと口を開き。

「実は言いますと、私もスービィタウンから移動しようとしてましてっ。次のバッジの為にも仲間のポケモンを増やそうと思って、海辺のラックサンズシティに行こうと考えてます!」

 ラックサンズシティは、シェールシティから南西に位置する観光と自然豊かな海と、その港が主要な街である。

 水や海に縁の深いポケモンをゲットしようとするならばうってつけの場所であり、カンナの様な年頃の女の子が遊ぶとしても絶好の場所。

 それを脳裏に浮かべた恵は口許に薄く笑みを()くと。

「そうか……。君の年頃に相応しい街でもある。(しっか)りと経験を積むと良い」

「はいっ! しっかり勉強して、ポケモンをゲットしまっす!」

 やれやれ、と、溜め息を鼻から一つ吐いたのは三種のジュレ寄せを食べ終わっていたニャルマーだ。

 ニャルマーが何を考えていたのか分かってしまった準は、堪え切れずに小さく吹き出してしまった。

「あぁっ、準ちゃんってば何を笑ってるの? ニャルマーちゃんの考えてた事?」

「うん、あの、ゴメンね、カンナちゃん。ニャルマーちゃん、遊ぶ事がカンナの一番の目的だから元気な返事も当然よね。って……」

「ニャルマーちゃん、ヒッドォ~~い! 新しく買った可愛いビキニ着てビーチで遊ぼうとしてただけじゃ、無いもぉんっ!」

 語るに落ちている。

 直衛はと言えば、自分の養女のカンナと同じ年頃の時分を思い返し、眉間を中指で揉んでしまって居た。

「遊ぶのも大いに結構。ビーチで楽しみながら手持ち達と遊ぶと良い。ニャルマーが美味しく食べられそうな海辺の物も売っているのだぞ?」

 そうニャルマーに恵は語り掛けつつ、灰色の柔らかな被毛を撫でる。

 携帯獣の医師である為だろうか、猫ポケモンの身体を撫でる手付きが堂に入った撫でを受け、さぞやニャルマーは気持ちが良いのだろう、恍惚と喉を鳴らし始めた。

「……診察の時は嫌がってたのに、ニャルマーちゃんが大人しく撫でられてるなんて。先生ってば凄い。珍しいんですよ?」

「診察では緊張していたのと、薬を目に入れられるのが嫌だっただけなのだよ。撫でられるのは、この子は受け入れていた」

 ゴロゴロ、ゴロゴロと喉の鳴りは大きくなり、ニャルマーは今にもホテルラウンジのソファの上で腹を見せて寝転びそうだ。

「カンナ。ニャルマーを私が抱いても良いかな?」

「はいっ。ニャルマーちゃん、行っておいで」

 と、カンナに促され、恵の膝の上に座る様にして腕の中に収まったニャルマーは、同じく喉を鳴らし続ける。

「もしかして先生、猫ポケモンが好きなんですか?」

「あぁ。私にとっても、猫ポケモンは特別と言える」

「……良かったね。ニャルマーちゃん」

「ニャァ……ルゥ」

 あぁ、そこを撫でられると気持ち良い。と、言葉を喋れずとも全身で雄弁に語る手持ちに、カンナも嬉しくなってしまう。

 そんなカンナに向けて、耳打ちをする様にゆっくりと身体を横に倒した恵は。

「実は、私も猫に目が無いのだが、私以上に猫が好きで、猫の扱いが得意なのが、そこにいる父なのだよ」

 声を潜めて伝えると、息を飲んで表情を固めたカンナが直衛の顔をまじまじと見てしまう。そして。

「あの……、先生のお父さん。良かったら、にゃ、ニャルマーちゃんを抱っこしてみますか?」

 勇気と言うより好奇心に負け、脈絡が今一無い申し出をしたカンナに、直衛は応え。

「では、トレーナーさんのお言葉に甘えようか」

 恵の手からニャルマーをそっと受け取る。

 が、ニャルマーとしては、自身のトレーナーに対し、自身のレベル不足を盾にされ、無謀な戦いをするなと説いた、このゴツゴツした顔の相手に苦手意識が有った。

 ふすぅっと不満気に一息吐くと、カンナと自身を助けて貰った恩義がある。仕方がない、撫でさせてやろうじゃないか。と、言わんばかりに直衛の膝の上に座る。

「ありゃ……、ニャルマーちゃんゴキゲン悪くなっちゃったかぁ……」

 カンナと共に旅をして暮らすニャルマーは、機嫌が斜めの状態となると、それが暫く続く性質で。

 準と初めて会った時のニャルマーも、癇癪をずっと起こしたままで居たのだった。

 さぁ、まぁたニャルマーちゃんの機嫌を取るのに時間が掛かるぞぉ。先生に飛びっ切り美味しそうなジュレを食べさせて貰ったから、ご飯で釣って機嫌を取るのは難しいなぁぁー。何回位、猫じゃらしのオモチャで遊べば機嫌が直ってくれるかなー……?

 そんな内心の考えがグルグルと廻り、ポニーテールも意気消沈と、下を向いていたカンナの耳に。

「ニャァァアアルルウゥゥゥ~~……」

 恵に撫でられ、恍惚としていた時よりも更に一層、気持ち良さ気で蕩けそうな手持ちの鳴き声が飛び込んで来た。

「ニャルマーちゃんッ!?」

 勢い良く顔を上げて自身の手持ちの状態を確認すれば。

 直衛の膝の上で柔らかな腹を天に向け、無骨な手指に腹毛を円を掻く様に(まさぐ)られて至福の表情となっているニャルマーが居た。

 螺旋を描ける程長い尻尾は、ラウンジのカーペットの上にだらしなく放られてさえある。

「有難う、カンナ。僕も指揮官殿、トレーナーに猫をパーティに編入させる様にと進言しようと考えていた所でね。良い切っ掛けとなった」

 言いながら、ニャルマーの腹毛に円を掻く動作は止まらない。

「いえ、はぁ、そうですか……、はい。先生も、猫ポケモンをゲットするんですか……」

 どうしたら良いものかとカンナは恵へと視線を移せば。

 雪の降る冴えた夜の様な視線を、恵は直衛に向けていた。

 しかし、その雪の冴えは一瞬にして(ほど)け。

「どうだね? 私よりも、猫の扱いは上だろう?」

「は、はい」

 またドギマギと答えるのがやっとのカンナは、至福で更にくにゃんくにゃんとなったニャルマーを直衛から受け取り、元の席であるソファに寝かせると。

「……ニャ、ルゥ」

 恍惚の溜め息とも、鳴き声とも付かない声が、くにゃんと横たわったニャルマーの口から漏れ。

 ぷはっと、同時に小さく吹き出した四人は、顔を見合わせて声を堪えた。

 そうして、ラウンジでの歓談の時は終りを迎え……。

 

「ではっ、先生! 今日は本当に楽しかったです。ご馳走さまでした!」

 ホテルラウンジからロビーに移った恵達は、別れの挨拶を交わしていた。

 深々とポニーテールを大きく揺らしてカンナは礼をすると、準が名残惜しそうにしてカンナの手を取り。

「カンナちゃん、また直ぐに会いましょうね? あたし、次に会えるのを本当に楽しみにしているわ!」

「うんっ。 準ちゃんのアドレスIDも教えて貰ったし、メッセージも送るからね!」

 ホテルのロビーでは良く見られる光景だろう。

 しかし、その光景の張本人となれば、切ないもので。準の藤色の睫毛が縁取る目尻には光る物が有った。

「では、先生。五つ目のバッジを取りに行って来ますっ!」

「あぁ。身体に気を付けて」

「はいっ!」

 元気良く返事をして、ショルダーバッグを背中の定位置に押さえつつ、カンナはホテルのエントランスを行く。

 ホテルを利用する人、後にする人が交差するエントランスの中で、カンナの目を一際引く姿が有った。

 帽子を被り、背が高く、厚みの有る身体をピシリとスーツで包んだ男。

 それだけなら何と言う事は無いのだが、ネクタイ以外、帽子から何からが白色で揃えられていたのである。

 ふと、白衣を纏う恵を思い出したカンナの視線は、白色の男の顔へと注がれ。黒い、前髪だろうか? それが二本、垂らされているのを観察してしまうと。

 当然、目が合ってしまい。

 微笑まれ、会釈される。

 細い眼が糸の様になる印象の笑顔だった。

 釣られてカンナも会釈を返す。

 恥ずかしさで耳が熱くなったのを感じたカンナは、速足となってホテルの玄関を出て、エインガナの陽を全身に受けた。

 ポケモントレーナーの頂きを目指す旅の再開である。

 

「戻りました。我が主」

 ネクタイ以外、帽子から何からが白色で揃えられた男から発された言葉である。

「あぁ」

 男からの言葉に応えたのは、怜悧な表情の恵であった……。

 

    了

 

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