今回はちょっとした説明回となってます。
あれから早いもので、既に1ヶ月が経過していた。
最初は全ての出来事に、ただ戸惑うしかなかった。
どうして自分は女性になっているのか。
しかも、それが普通の女性ではなかったのだから驚きもひとしおだ。
どこからどう見ても変わらない。
触れた感触だって同じだ。扶桑として初めて目が覚めた時。山城に抱き締められた時の体温だって、人間のそれと同じ。
だけれども、違う存在。
現状、何故協力してくれているのか分からない妖精と呼ばれる不可思議な存在。
深海棲艦と呼称される化け物。
奴等には現代兵器のほぼ全てが役に立たない。
火力、威力共に充分ではある。あるのだが、いかんせん化け物達の多くは人間とほぼ同サイズ。大きくても5メートル程だ。
そんな小さい目標が30knot。時速換算で約55㎞ものスピードで縦横無尽に動き回り、どの艦種だろうとそれら全てが可潜艦。つまり海に潜ることが可能。
船からの砲撃等当てられないし当たらない。
倫理を無視したミサイル等で、広範囲を焼き払えば。そうすれば、もしかしたら効果があるのかも知れない。だが、それは最後の手段なのだろう。実際に行われた記録はない。
そんな奴等と戦う力を持っているらしい自分の身体。
艦娘。
ただ漠然と、自分は男であった。そんなあやふやで、ピースの欠けたパズル。ではなく、欠けたピースしか存在しない様な、ほんの僅かな記憶しか持たず。
記憶の大部分が消失している状態。過去の自分は、何処で何をしていたのか、家族構成がどうだったのか、果ては名前ですらも思い出せずにいる。
自分が何者かわからない状態は、とかく不安だった。
言い付けられるままに訓練を行い、座学で新しい知識を詰め込んでいく。
そして、1日が終わりに近付き夜になると、自然とすることがなくなってゆく。勿論丸々全ての人員がフリーになるわけではない。哨戒等や敵襲に対する警戒、長時間の遠征の入れ替り等で24時間、何処かしらの電灯は確実に灯っている。
しかし、艦娘として。軍隊としての基礎。
それらの全てが、扶桑からは丸々抜け落ちている。と、鎮守府の皆から思われている自分は、基本的に夜に予定は入れられていない。
今まで鉄の身体しかなかった艦船が、人の身体を持って生まれる艦娘には、記憶障害が度々見受けられている。だから気にすることないですよ、とメンテナンス担当の艦娘。明石さんに言われた。
戦争末期に建造され、軍艦として戦えず、とある実験によって最後を迎えた。ある艦娘には。その最後の記憶が丸々なかったりする事もあったらしい。
まあ正確に言うと、自分にとっては抜け落ちている、ではなく、全く未知の事だ。恐らく一般人だったであろう自分には軍隊の事など知るよしもない。
身体の小さい者が多い、子供の様な見た目の駆逐艦達でさえ。程度の差はあれど理解している事を、自分は知らない。
だから艦娘として稀有な存在として。
マイナスな意味を多分に孕んでいるが、特別に細かく指導及び訓練があった。それらに没頭している間は何も考えずに済む事が出来た。
正確にはクタクタになってしまい、何も考える余裕がないだけなのだが・・・。
それはともかく、1つの事が出来るようになると、その膨大な作業量が理解できるようになった。全てが一瞬の判断で行われる操舵、刻一刻と変わる状況に砲撃等の複雑な海戦。
皆がスケートの様に海上を軽やかに移動する姿を見て、楽しそうだなぁ。と、どこか楽観的に考えていた自分はすぐさまそのツケを払うこととなった。
艤装を身に付ければ、確かに海上に浮く事は出来た。
浮く事は出来たが、移動すれば直ぐ様よろけるし、バランスを取って復帰する事も出来ず。最初はその加速した状態のまま転倒した。
艦種が戦艦に分類される自分が転倒すると、それはそれは大きく派手な水飛沫が辺り一面に舞い、その時練習に付き合ってくれていた。時雨と山城の2人に水飛沫が襲い掛かり、山城だけが水浸しになっていた。
頭の中にいる扶桑さんは何故か楽しそうに笑っているし、不幸だなんだと呟いていた彼女に謝罪。後にそのお詫びに一緒にお風呂に入る事になってしまった。
今や自分の身体になってしまった扶桑さんの身体は、何度も見ても魅力的で扇情的な肢体をしている。自分の身体にさえそれなのだから。他の女性の身体は自分には刺激が強すぎて。
そちらを見ないように視線を逸らしていても、彼女の場合はあちらから距離を縮めてくる為、気が気じゃなかった。
まあそんな基本中の基本。移動等の操舵関連に限っての事だけでも、一朝一夕で身に付くものでは無かった。
考えてみれば当たり前の話だ。
過去のこの身体は1600名近くの人間達が乗り込み動かしていた、と彼女が誇らしげに語っていた。それを妖精さんが色々と手伝ってくれているとは言え、今はその膨大な量の作業を、自分一人でやらなければいけないのだから。
舵も効かず帆も存在しない不安定な状態でただそこにあるだけの、揺蕩う船。そんなえもいわれぬ不安と恐怖が自分を苛み続ける。
そんな、ともすれば簡単に潰れてしまう様な状態でも、自分が投げ出さずにここまでやってこれたのは、彼女達の存在があったからに他ならない。
過去関わりがあったと言う艦隊の皆は献身的に接してくれるし、何も出来ない自分に特別な措置を取ってくれた提督。そして鎮守府にいる皆に感謝しつつ、特にお世話になりっぱなしの2人に思いを馳せる。
一人ぼっちではなく。常に共に居てくれた。
姉妹艦の『山城』と言う、とても綺麗で。
でも、たまに笑うと幼さが滲み出るかわいい女性。
そして、本来の身体の持ち主である。
自分の事を戦艦『扶桑』と名乗る。優しい声色で話し掛けてくれる頭の中にいる女性。
この2人には、本当に感謝してもしきれない。特にその都度情報の提供。失敗すれば励ましてくれるし、慰めてもくれる扶桑さんがいなかったら自分はやっていけなかっただろう。素直にそう思う。
ー流石に、そんな直接的な好意は少し照れるわね。
あれ?扶桑さん!?起きてたの?
いつもだったらこの時間には寝てるのに!
ーウトウトとしてたのだけれど、貴方の声が聞こえて目がさえてしまって・・・。
つまり自爆してしまった訳だ。
はっ、恥ずい・・・。
ーあっ、ベットの中でそんなにモゾモゾと暴れないで。余計に目が覚めてしまうわ。それに・・・。
「姉様?どうしました?お顔がとても赤いみたいですが、お加減が悪いんですか?」
そんな言葉と共に寝間着用の薄手の着物に着替えた山城が布団へと自然と入り込んでくる。そう、入り込んでくる。
今まで姉が居なかった反動なのかとても甘えん坊な彼女は、自分のとは別にちゃんと寝具があるのに一緒に寝ようと潜り込んでくる。
こうやって好みドストライクの女性相手に理性のチキンレースを繰り返されると精神的にキツい。
今は女性の身体だから間違いは起きないけれど。
ー・・・。
あっ、ヤバッ、違うんです扶桑さん!別に貴女を辱しめようとかそんな意図はなかあだだだだだだっ!!頭痛がっ、頭痛が痛い!!
頭の中の彼女によって唐突に引き起こされる頭痛に日本語がおかしくなっている。頭痛に耐えるように頭に手を当てて冷や汗を流していると心配した山城が、こちらの顔を覗き込みながら、身体を密着させてくる。
「姉様、本当に大丈夫ですか?」
あっ、柔らかあだだだだッ!!扶桑さん、本当に許してくださイっだだだぁー!!
ー助平・・・。知りませんっ。
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!
イイッ↑タイ↓頭がああぁぁぁ↑!!
こうして夜が更けていく。
今日も鎮守府は平和です。
扶桑って、助平とか。こうなんか言い回しが古そうだよね(個人的見解)