ポケットモンスター虹 ラフエルの休日   作:真城光

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戦乙女の騎行

 そこは退廃の光を編んでいたかのようであった。

 時は夜。ペガスシティのはずれにある高級住宅街であって、とりわけ大きな家があった。館と言っても差し支えないだろう。

 豪華絢爛という言葉が相応しいそこは、今日この時は、ギャラリーを迎えている。

 この場所の前には多くの人が手に手をとって集まっていた。

 政治家、芸能人、企業のトップなど、各界の著名人がそこには勢揃いしている。並の人であれば、名を並べられるだけで卒倒してしまうだろう。

 では、その館の主は誰か。それは、時によってはポケモンリーグのチャンピオンよりも力を持つ者であった。

 コスモスはカイリューに跨って、その館の周囲を旋回しながら様子を伺っていた。

 多くの色が混ざっていて、好ましい色ではない。言うなれば、水に浮かべた油のような色だ。いろんな色を見せながらも、渦巻いていて、決して美しいとは呼べなかった。

 人それぞれが持っている輝きを覆ってしまう何かが、そこにはあるのだと感じた。

 黒服を身につけた男の一人が手招きしたのを確認して、ロータリーにカイリューを下ろした。

 差し出された手を受け取って、ゆっくりと地面に降りる。

 いま、彼女はドレスであった。紫色のワンピースに近いそのドレスは、彼女の持つものの中では最もシンプルなものである。着飾るための宝石などはない。にも関わらず、モデルやアイドルにまったく劣らぬ輝きを見せていて、銀色の髪と合わさって、さながらアメジストを思わせた。

 

「コスモスさん」

 

 背後からかけられる声に、コスモスは振り向いた。

 そこにいたのは金色の髪を持っているシスターであった。

 

「ステラさん、お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりです。貴女も呼ばれていたのね。そのドレス、よくお似合いですよ」

 

 そう言った彼女は皆がドレスコードに従う中、彼女だけが黒の修道服を身につけていて、浮いている。

 コスモスは何も言わずに見ていたが、さすがに察したようでステラは微笑んだ。

 

「私にとっては、この服が一番礼儀に従ったものなのです」

「うん、ステラさんらしい」

 

 そう答えることも予想済みだった。コスモスは頷いて、館の方を向いた。

 

「ジムリーダーは私たちだけでしょうか」

「そうでしょうね。彼らがここに来るところを、想像できませんもの」

 

 などと言って、くすくすと笑うステラであったが、途端に声をひそめる。

 

「でも、よかった。味方がいなかったら、どうしようかなと思っていました」

 

 味方、という言葉には深い意味があった。

 この社交界というのはその華やかな舞台に反して、とても過酷な戦場なのだ。基本的に、味方などいないと思った方がよい。隙あらば足を引っ張ってやろう、取り入ってやろう、利用してやろう。相手が目上の人間だろうが、目下の人間だろうがお構いなしにそう思っているものだ。

 ちょっとお金を稼いだからと言って、ここに飛び込んでしまえばあっという間に餌食となってしまう。

 コスモスは幼い日より参加することが多かったが、一方のステラは年上であっても、ただの職員でしかない。それも、清貧とよしとする聖職者だ。権力と無縁でなくとも、その渦中に飛び込んだことはそうそうないはずである。

 

「私も、知っている人が一人でもいるならば、頼もしいです」

「では、参りましょうか」

 

 そう言って二人は歩き出した。人目をひくのはその美貌からではない。さながら決戦へと向かうツワモノのような、圧倒させる雰囲気を出していたからだ。

 

 

 

    *     *     *

 

 

「ルシエシティのジムリーダー、コスモスさま。ならびにラジエスシティのジムリーダー、ステラさまのご案内です」

 

 会場で招待状を提示すれば、黒服の男は大きく声を張り上げる。こうして会場に誰がやってきたかを告げるのだ。

 注目が集まる。ステラは、思わず喉を鳴らした。一方のコスモスは冷ややかに目線を向ける。

 

「お二人とも、こちらを」

 

 次いで、差し出されたのは剣であった。細身で、鞘に納まっていたが模造剣のようであった。

 凶器の類を取り上げることはあれど、こうして渡してくることはいままでになかった。斬新と言えば聞こえはいいが、果たして防犯上では良いことと言えるだろうか。

 コスモスはちらり、とステラを見た。彼女は剣を受け取るのを断っていた。コスモスは代わりに受け取る。

 意図はわからないが、ステラが断った以上、自分は乗っておく必要があるだろう。そう思ってのことだった。

 会場の中を進んでいくと、人々は二人を避ける。この界隈においても、ジムリーダーというのはそれなりに顔が効くのだ。まして、ステラは旧家のお嬢様である。いまでこそ一般人であれば、時代が時代であれば貴族として扱われるほどの家である。歴史の重さというのは、こういう場面においては有利だった。

 すると、自分たちとは違う場所で、人々が道を作っていた。奥からやってきたのは中太りの男である。

 

「これはこれは! コスモスさま、ようこそいらしてくださいました。そして、ステラさまも、ようこそ」

 

 その男は、コスモスとステラとであからさまに態度を変えるが、その目つきはどちらにもいやらしく向けられていた。

 

「お久しぶりです、ハロルドさま」

 

 ハロルドと呼ばれた男は、にんまりと笑う。普通の笑顔で、これだけ嫌悪感を前に出せるのは珍しいとさえ思った。

 豪奢なこと会の主催者であるこの男は、品定めをするようにコスモスとステラを見る。男の嫌な部分を集めたかのような存在だ。

 このように見える男であったが、油断はならなかった。なにせ一代でこのようなパーティーを開けるほどの財産を築いた男なのである。不動産業からはじまり、運送や食品まで人に不可欠なものに積極的に食い込んでいっている。

 また、噂ではポケモンバトルも結構な腕前のようで、自らの手で育てたというポケモンを巧みに操るのだと言われていた。

 その実力と、人格が伴わないのは世の常であり、不思議なことのひとつでもある。

 女遊びと浪費癖があるのだが、悪評も評判だと笑い飛ばす豪快さが、彼の手腕なのかもしれない。

 握手をする。脂ぎった手が自分の手を掴むことに、少し引いてしまった。手袋をしていてよかったと心の底から思う。

 

「ふむ……コスモスさまは相も変わらずお美しい。ここにいるのは、ラフエル地方でも磨かれた石ばかり。しかし、貴女は産まれながらにして大粒の宝石だということがわかります。格の違い、というやつでしょうか」

「そんなことはございません。素敵な方々の中にあって、見劣りをしてしまうのではないかと、己を恥じているところです」

「ご謙遜なさらずとも! いやしかし、それが貴女の美徳なのでしょう。ところで、そちらは確か、ラジエスシティのジムリーダーさんでしたかな?」

 

 話がステラに振られる。彼女は少し顔を強張らせながらも、会釈をした。

 

「ステラと申します。お見知り置きを」

「おお、これはまた美しい方だ。聡明さを伺わせますな。聖職者にしておくのは惜しい。どうかな、この後、バルコニーで夜空を見ながら一杯でも。年代物のお酒を仕入れております。女性でも気に入るかと」

「いいえ、そんな……」

 

 コスモスほど場慣れしていないステラは、言葉を濁すので精一杯だった。そっと、コスモスは助け舟を出す。

 

「ハロルドさまを独占するのは他の方にも悪いので、ここで失礼いたします」

「むっ……私としてはずっと話していたいのだがね。まあ、君の言葉だ、従うとするよ。では、また」

 

 そう言うとハロルドは再び人混みの中に入り、女性に話しかけていた。コスモスはそれを見つめて、すぐに視線を逸らした。

 

「ふう。コスモスさんの方が年上みたいね」

「大丈夫です。いざとなったら、頼りますから」

「それにしても、嫌な人ね」

「みんなそう思ってますが、声にしない方がいいですよ」

 

 さらっと辛辣な言葉を吐くコスモスであったが、彼の存在に違和感があった。

 コスモスは人や物を色で捉える、癖のようなものがあった。彼の色はいろいろ混ざった色であったが、特に強く感じるのは金と黒が混ざり合ったようなものだ。金のためならなんでもする、あるいは金があればなんでもできる。そういう考えが滲んでいた。

 しかし、それは果たしてこの館を覆うほどのものだろうか。ここにいるたくさんの才能の色を、まとめて汚してしまうような、そんなものだろうか。

 主催である彼がこの場の色を濁しているかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

「しかし、今日は何の会なのでしょう。誰かの誕生日ですか?」

「いや……彼が主催ということは彼に関わることなのでしょうが、それは先月に行われたはずです」

「どうやら彼は世紀の大発見をしたそうですよ」

 

 ステラとコスモスが首をひねっていれば、後ろから声をかけてくる人物がいた。

 振り向けば、一張羅を身にまとっている男だった。コスモスはその顔に、見覚えがあった。

 

「ジェリオさん?」

「お久しぶり。覚えていてくれたんだね」

 

 そこにいたのはいつぞやの考古学者であった。いつもとは違う装いにびっくりしたものの、この場を考えると相応しい格好である。

 だが、コスモスが感じたのは、別の違和感であった。

 

「どうして貴方がここに?」

「はは、ステラさんも、お久しぶり……ですね。こう見えても、考古学者なんですよ? まあ、界隈の人というわけでして」

 

 そういえば、ハロルドは遺跡の発掘などに資金提供をしていると聞いた。山の開発などをするための方便だと思っていたが、その資金のおかげで研究が進んでいるのも事実のようだった。

 

「ということは、何かが発掘されたのですか?」

「噂程度ですが、聞き及んでいますよ。ステラさんこそ、ラジエス図書館の主ですから、聞いたこくらいあるでしょう」

 

 心あたりがあるようで、ステラは目を見開いた。ジェリオはその通り、と頷く。

 

「ラフエルの剣、だそうです」

 

 これには、普段は無表情のコスモスも驚きが隠せなかった。無論、周りからはあまり変わったようには見えず、その変化に気づいたのはステラのみである。

 かつて、ラフエルはこの地に降り立ったとき、獣の王に立ち向かった。過酷な世界において、自分こそが人々の希望であると言った。その手に握られていたのは一本の剣であったという。

 人々とポケモンが交わらなかった時代のことだ。食う食われるの関係だった頃には、人は剣を持って戦っていたのだという。その中でラフエルは、剣を御旗に代えて、そのとき地上に君臨していた王と戦ったのだという。

 ラフエルの剣は、次の王を決めるとも言われている。ギルガルドも同じ伝承を持っているが、このラフエル地方では訳が違った。

 その剣を、ハロルドが手に入れた。確かにそれは世紀の発見である。

 だが、これもまた違和感があった。ハロルドの狙いは読めている。自分たちに配られた剣は、自分こそが格上の存在であると見せつけることを目的としているに違いなかった。だが、彼であればもっと大々的に喧伝するようにも思えたのだ。

 

「もしかしたら、この場でラジエス図書館に寄贈するのだとばかり思ってましたが。博物館の方なのかな」

「彼であれば、見せつけたいだけ、というのもありえます」

「そういう人なんですね。ううん、参ったなあ。近くで見られる機会があればよかったんだけどなあ」

 

 三人がそのようにして話していると、スピーカーが起動した音がした。

 集まった人々が、前を見る。急造の壇になっており、そこには満面の笑みを浮かべたハロルドがいた。

 彼はマイクを持つと、周囲を見渡す。

 

『紳士淑女の皆様。本日はパーティーにお越しいただき、まことにありがとうございます。主催をさせていただきましたハロルドでございます』

 

 挨拶とともに、拍手が湧き上がる。それが止むのを待って、ハロルドは話を続けた。

 

『ここにお集まりいただいたのは、いずれも各界の著名人でございます。いま、ラフエル地方の中心はここにあるのだと言っても過言ではないでしょう。そんな皆様に、お伝えしたいことがあるのです』

 

 彼の言葉が終わる前に、横から運び込まれてくる箱があった。厳重に封をされているその箱は、四人がかりで丁寧に運ばれてきていた。

 ざわり、と人々が揺らぐ。まさか、噂は本当だったのか。いままさに、伝説が目の前にあるのではないか。

 ラフエル地方で生まれ育ったトレーナーたちは、誰もが英雄ラフエルの話を聞いて、心を伝説に馳せさせたものだった。あんな存在になれたらと思うものだ。いま、ハロルドはその幼少期の夢を人々に再生させようとしていた。だが、ラフエル役を務める役者が誰なのかはわからないでいた。

 

「それではご覧いただきましょう。私が雇っている考古学者によれば、ラフエルの剣だと思われるものです」

 

 鍵の開いた音がした。

 そして立ち上がったのは、一本の剣である。

 赤と青で装飾のなされた、美しい剣であった。古代にあったものだとは思えないほど保存状態が良い。もしかすると、錆びない素材でできているのではないか。あるいは獣の王の加護がその剣に宿っているのではないかと考えを巡らせる。

 

「ちょっと、前へ行ってきます」

 

 ジェリオは考古学者の血が騒いだのか、人混みをかき分け、前へと進んで行く。

 再び二人になったコスモスとステラは身を寄せて、周りに聞こえない音量で言葉を交わした。

 

「あれ、本物かしら」

「ラフエルの剣とは限りませんが、あの装飾には見覚えがあります。ステラさんは?」

「資料をいろいろ見てきたつもりだけれども、わからないわ。でも、ラフエルの剣にしては、彼らしさ、みたいなものがないわね」

 

 伝説とともに生まれ、数々の伝説を見てきた旧家出身のコスモスと、ラフエル地方最大の図書館の職員であるステラはお互いの見識を交換した。

 一致しているのは、ラフエルの剣ではなさそうだということ。しかし、二人とて本物を見たわけではない。あくまで、らしい、ということだけだ。

 だが、知識に疎い者たちは感嘆の声を漏らした。あるいは考古学者は、それが本物かを疑いつつも、ハロルドの言葉には逆らえないでいるから、賛辞の言葉を贈っていた。

 会場が熱気に飲まれる。ボルテージは最高潮に達していた。誰もが童心に帰っている。ここにいる者たちは、ポケモンと関わって生きてきた者たちだ。それは政治家だろうと芸能人だろうと関係がない。伝説が目の前にある。それだけで十分だったのだ。

 

「違う。よく見て」

 

 そんな中で、一人だけ冷静な人物がいた。コスモスはその者の顔を見る。

 女の子だった。自分より年下の、この薄汚い社交界にはふさわしくない、純粋な色をした少女だ。

 赤茶色の髪に、青いラフな服装は場違いだった。だが、そんな彼女だからこそ気づいたのだろうか。

 

「それはメタモンの変身だよ!」

 

 その叫びと同時に、暗転する。何が起こったのか、という怒声と、悲鳴が響いた。

 ステラが咄嗟にポケモンを出す。ニンフィアだった。

 次いで、しゃらん、と何かが切れる音がする。天井のシャンデリアを繋ぐ鎖がちぎれたのだと気づいたのは、よほど戦闘経験を積んできた者だろう。

 

「ニンフィア、サイコショック!」

 

 ステラの指示で、ニンフィアは念波を発する。それは物理的な手となって、空中のシャンデリアを支える。

 コスモスはその暗闇の中で、何かが宙に飛んでいるのを見た。四つの炎を操って浮遊するポケモン、シャンデラだった。そして、そのシャンデラに捕まっている何者かがいる。

 まさか、と思った。ラフエルの剣が盗まれたのだ、と気づくのはすぐだった。

 

「コスモスさん、ここは任せて」

 

 ステラはそう言った。コスモスは頷いて、宙にいるシャンデラを目で追った。

 二階にある通路に人を下ろすと、モンスターボールの中に収まったようだった。犯人は向こうにいる。そう考えると同時に、コスモスは後方の扉へと駆け出した。

 通路を巡って、階段を駆け上がる。途中、スカートに脚を引っ掛けて転びそうになった。

 ただでさえ、運動神経はそれほど良くない。だが、いま彼を追うことができるのは自分だけなのだと思えば、走らずにはいられなかった。

 

「もう、邪魔!」

 

 珍しく語気を荒げて、コスモスは自分のドレスのスカートを破った。スリットのようになり、動きやすくなった。改めて、コスモスは走り始める。

 二階に上がれば、一箇所だけ開いてる扉があった。そこから外の空気が流れ込んできている。

 

「待ちなさい!」

 

 コスモスがそう言いながら部屋へと入ると、そこには剣を抱えたジェリオがいた。

 彼はコスモスを見ると、愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「やあ、コスモスさん。ずいぶん早いね」

「ジェリオさん……じゃないですね。誰ですか、貴方は」

「何を言ってるんだい? 僕の顔を忘れたのかな。それとも、僕がこういうことをしているのが信じられない?」

「とぼけないでください。貴方は違う。彼とは色が、違います」

 

 ジェリオは、磨かれた鉄や鋼のような色を持つ者であった。

 だが目の前の人物は違う。その人物は灰色だった。それも仄暗く、何者にもなることができる色であった。

 

「ふうん……そういう奴だったのか、クソガキが」

 

 そう言ったジェリオの顔は、邪悪であった。

 そして一瞬のうちに、姿が変わる。仮面を身につけ、黒ずくめの姿へと変化する。

 コスモスは思わず身構えた。

 

「いま一度名乗ろう。我が名は、ワイルドセブン!」

 

 聞き覚えがあった。それはラフエル地方を騒がせる怪盗の名だった。

 数々の博物館やセレブたちがその被害に遭い、ポケモンを総動員させた警備体制でも容易く破ってしまう。コスモスもその噂は聞き及んでおり、ポケモンリーグにまで協力の要請がきたほどであった。

 

「この剣は俺がいただいてく。あばよ、ルシエのクソガキ」

 

 そう言って、ワイルドセブンは窓から飛びたった。落下するようなへまはしない。窓辺へと駆け寄ったコスモスが見たのは、シャンデラを使って着地の衝撃を弱めるワイルドセブンの姿である。

 

「逃がしません」

 

 コスモスもまた、窓から飛び立つ。着地のタイミングを合わせたのはコスモスのポケモン、ジャラランガだった。

 その背に乗るとともに、地面に脚をつけたジャラランガに指示を出す。

 

「追って、ジャラランガ」

 

 獰猛な目を輝かせたジャラランガは、地面を疾走する。ドラゴンタイプでは珍しく飛行のできないジャラランガであったが、地上を走行する速度はドラゴンタイプのポケモンの中でも速い方であった。そのパワーとともに、足元が悪くとも疾走できる。

 そのあとを追いながらも、コスモスは未だ違和感を拭えないでいた。ワイルドセブンはハロルドを超える巨悪であることは確かだ。だが、その悪の気配は巧妙に隠されていた。あの館を包むには至らない。

 では、いったい誰がいたのか。もう一人の悪の気配を敏感に感じ取っていた。

 シャンデラとともに走り出し、森の中へと逃げ込むワイルドセブンであったが、ジャラランガの方が脚が早かった。その前に回り込むと、コスモスは地面に降り立つ。

 

「観念してください。ここが怪盗としての貴方の最後です」

「はっ、クソガキが。もう勝ったつもりか? 8番目のジムリーダーだからって、自分が強者だとでも思ってるのか?」

 

 それははったりではなかった。彼は口元を歪めていた。三日月のような、笑み。

 

「俺はかつて、リーグ挑戦者だった。わかるか。てめえの母親をぶっ倒した男だってことだよ」

 

 コスモスは少しだけ、身を固くした。リーグ挑戦者、すなわちバッジを八つすべて集めた者だ。それはすなわち、かつて自分の母親がジムリーダーを務めていたときに、彼女を打倒したトレーナーであるということだ。

 決して天賦の才を持っていたトレーナーではなかったが、ポケモンリーグの門番として十分以上の実力を持っていた母親を倒した男が、目の前にいる。

 だが、コスモスは怯まない。剣を抜いて、ワイルドセブンへと向けた。

 ジャラランガと並び立ち、剣を構える乙女の姿は、あまりにも絵になっていた。竜騎士、という彼女の異名を体現しているかのようだった。

 

「生憎ですね。私もまた、母を倒しジムリーダーとなったトレーナーです」

「……いい気迫だぜ、メスガキ。興が乗った。俺が相手をしてやる」

 

 シャンデラがワイルドセブンの前に立った。ゴーストタイプのシャンデラは、近接戦を得意とするジャラランガとは相性が悪かった。だが、先制をとれるのはジャラランガだ。速攻で決めれば、負けるバトルではない。

 

「その勝負、俺にも噛ませてもらおうか」

 

 舞い降りたのは、ボーマンダだった。

 その声の主はボーマンダから降りると、二人を一瞥する。

 コスモスはその男に、生理的な恐怖を覚える。

 存在があまりにも気迫だった。色が極限まで薄まっていて、それでいながら広い範囲を塗りつぶしている。言葉の一つ一つが、相手を染め上げようとしている。

 この男は、何者だ。誰何をするより先に、彼は名乗った。

 

「バラル団幹部、グライドである。もとよりその剣は、私が貰い受け『あの御方』へと献上するもの。返してもらおうか、ワイルドセブン」

 

 バラル団。ラフエル地方において、悪事を働く者たちだ。ポケモンと深く関わる何かを目指しているということだけが知られており、その実態は知られていない。

 グライドと言えば、その中でもとりわけ有名な存在だった。表向き、彼らを統率している存在として活動している。コスモスもその名を聞いていた。

 

「へっ、ナンバーツーがお出ましとはな。だが、俺がまともに取り合うと思うか?」

「聞かぬのであれば、実力によって渡してもらうのみ」

 

 ボーマンダの首が、ワイルドセブンの方を向いた。

 

「油断はしない。ボーマンダ、メガシンカだ」

 

 その声とともに、グライドの腕輪と、ボーマンダの首輪が光を発した。

 限られたトレーナーと、限られたポケモンが為せるひとつの奇跡が、そこにあった。

 姿を変えたボーマンダは、より闘気を漲らせていた。ジムリーダーや四天王の中にもメガシンカを使う者はいるが、それらに匹敵する実力を持っていることは伺えた。

 だが、同時に疑問もあった。悪の組織であるにもかかわらず、メガシンカを使えるということは、グライドとボーマンダは強い絆を持っていることを示している。

 絆、それはすなわち、相手の見ているものをともに見据えることができるということだ。

 ボーマンダもまた、グライドの見ているものを望んでいる。それはポケモンの願う世界だとでも言えるのだろうか。

 

「ちっ、シャンデラ、おにびだ!」

「ボーマンダ、ハイパーボイス」

 

 ワイルドセブンの指示で、シャンデラは揺らめく炎を発した。だが、それをかき消すようにして、ボーマンダの口から音波が放たれる。

 おにびの火は消し飛び、そのままシャンデラへと音波は到達した。ノーマルタイプのワザであるにもかかわらず、シャンデラはダメージを受けているようであった。

 メガボーマンダの特性、スカイスキンの効果だった。ノーマルタイプのワザをひこうタイプへと変化させたのだ。

 そしてその音波の攻撃は、広い範囲へと作用した。ジャラランガへと到達したのである。グライドはワイルドセブンを狙いながらも、コスモスのジャラランガさえも無力化しようとしたのだった。

 だが、ジャラランガはものともしなかった。代わりにコスモスが彼の名を呼ぶだけで、その意図を汲み取って攻撃をする。全身を震わせて、音波の攻撃で返したのだった。

 音と音のぶつかり合いは、メガシンカをしたボーマンダさえも押し切ったジャラランガの勝利だった。いくらか相殺され致命傷を負わせるには至らなかったが、メガシンカをした格上のポケモンにダメージを与えたことから、コスモスとジャラランガの実力が伺えた

 

「……ぼうおんの特性を持つジャラランガ、そしてその固有ワザ、スケイルノイズ。ジムリーダーコスモス、お前は危険な存在だ」

 

 色のない虚ろな瞳が、コスモスへと向いた。

 ぞっとする。そのがらんどうには自分は映っていない。別の何かをずっと見据えていて、自分はその障害に過ぎないと思われている。

 

「よそ見してんじゃねえぞ! シャンデラ、シャドーボールだ!」

 

 ワイルドセブンのシャンデラから、シャドーボールが発射される。コスモスのジャラランガが狙われていた。

 それを寸でのところで躱すジャラランガであったが、その隙をグライドのメガボーマンダが突っ込んでくる。すてみタックルという、その名の通り身をかけて突撃してくるワザである。

 それをまともに受けてしまったジャラランガであったが、その拳がメガボーマンダの腹へと入る。相手からの物理攻撃のダメージを上乗せして返すワザ、カウンターが炸裂したのだった。

 相当のダメージを受けるはずであったが、メガボーマンダの戦意を衰えない。カウンターが上手く決まらなかったのか、と思いきやそうではないようだ。

 

「なるほど、やけどを負っていたか」

 

 ワイルドセブンのシャンデラの放ったおにびは、わずかではあったがメガボーマンダに当たっていたようであった。やけどを負ったポケモンは物理攻撃の威力が弱まってしまう。そのやけどに、コスモスもグライドも助かった形になった。

 強い。コスモスは思った。ワイルドセブンも元リーグ挑戦者というだけあって、その実力は四天王に届くかと言うほど。一方のグライドも、バラル団の二番手と務めるだけの強さがあった。どちらのポケモンも相当な練度を誇っている。

 普段であれば、ワイルドセブンを相手に遅れはとらないだろう。グライドを相手にしたって、十全を尽くせば負けはしない自信があった。

 だが、この三つ巴の状況では違った。勝利条件もまた違うのだ。ワイルドセブンは、剣を持って逃げおおせればいい。グライドもまた、ワイルドセブンから剣を奪えればいい。しかしコスモスは、その両方を倒さねばならなかった。ラフエルの剣を取り返すのはもちろん、その後にこの二人から逃げ切らねばならない。ジムリーダーという立場も考えれば、二人を捕まえる必要すらあるのだ。

 一方で、二人はコスモスへの認識を改めていた。改めざるを得なかった。天才と名高きルシエの戦乙女の実力は本物だ。子どもと侮っていれば、痛い目を見る。自分たちは何と愚かな言葉をこの娘に向けていたのか。闇に生きる二人にそう思わせるほどの戦いをコスモスは見せていたのだった。

 すでに二人の第一の標的はコスモスのジャラランガに移っていた。コスモスもそれを感じたから、戦意を奮い立たせた。

 だが、それとともに蹄の音が響いた。遠方から聞こえるその音は、光を伴っていた。

 それは疾風となって、ワイルドセブンの横を抜ける。彼はなんとか反応するも、一瞬にして転ばされる。上手くその身を守ったが、手に剣はなかった。

 光はポニータだった。その背には、剣を奪った人物がいる。

 会場で剣がメタモンとすり替わっていたのを見破った少女だった。赤茶の髪を翻して、彼女は剣を二本、掲げていた。一本はラフエルの剣と言われているもの。もう一本は、会場で配られた模造剣だった。

 

「誰だてめえ、クソガキ!」

「ふふん、誰だ、と聞かれたら答えてあげるのが世の情け、ってやつよね」

 

 あくまで、上から目線で。少女は胸を張って言ったのだった。

 

「あたしはシイカ。メーシャタウンのシイカよ。覚えておきなさい、悪党ども!」

 

 相手が誰であろうと怯まない、不屈の心の持ち主である幼きトレーナーに、コスモスはチャンピオンと同じ気風を感じる。心地よく、悪を許さぬ、ポケモントレーナーの鑑だ。あるいは、歴史において聖剣士と呼ばれた存在を彷彿させた。

 

「伝説の剣を奪い、そしてか弱き乙女をいじめる悪い奴ら! 私が相手をしよう! さあさあ、恐れぬ者からかかってきなさい!」

「貴女も乙女でしょう。歳下のようですし」

「って、わっ、コスモスさんですか!? こ、これは失礼いたしました。だけど安心してください、あなたを助けにきました! あとサインください!」

「それはのちほど」

「本当ですか!? やったー!」

 

 微妙に頭の悪い、緊張感のないやりとりであったが、その間にコスモスは態勢を立て直すことができた。

 これで実質、コスモスとシイカと呼ばれる少女はチームを組むことになる。一方のワイルドセブンとグライドは、敵対関係のままである。

 状況は一気に傾いた。男二人は、互いを一瞥すると頷き合った。

 

「こちらも手負いだ。ここは引くとする。だが、覚えておくがいい。お前たちの行為は意味がない。新しい世界の礎となるのを、おとなしく待っていろ」

 

 そう言ったグライドは、メガボーマンダの背に乗って飛び立つ。その姿を見ていたワイルドセブンも、シャンデラをモンスターボールに戻した。

 

「わりいな、俺もトンズラさせてもらう。覚えたからな、メスガキ。コスモスに、シイカ」

「次はありません、ワイルドセブン」

「言ってろ」

 

 そう言ったワイルドセブンは、けむりだまを使った。彼の姿がけむりに紛れて消える。

 その場に残ったのは、コスモスとシイカ、そして傷を負ったジャラランガと、ポニータだった。

 

 

    *     *     *

 

 

 

 シイカはワイルドセブンの手口をすぐに見破ったのだと言う。

 剣の姿に変わったメタモンを、他のポケモンのワザであるすり替えによって一瞬にして剣を入れ替えたのだそうだ。そしてシャンデラがシャンデリアを落とし、誰かが逃げていくのが見えたのだという。

 小さい体の彼女は、人混みに押されて追いかけるのが遅れてしまったのだと言う。そのことを謝罪されたコスモスであったが、むしろベストタイミングで現れてくれた彼女には感謝しきれなかった。

 混乱に陥った会場であったが、ジムリーダーという肩書きが幸いし、ステラが上手くまとめていた。またもや貧乏くじを引くことになった彼女であったが、悪いことばかりではない。

 ラフエルの剣は、ハロルドよりステラの手に渡された。公共の機関に預けられた方が良いだろうということになったのだ。今後はラジエス図書館にて、考古学チームが調査をしていくのだという。

 サプライズで用意していた、とハロルドは取り繕っていたが、コスモスは彼へ疑いの眼差しを向ける。

 なぜ、グライドは秘密にされていた剣のことを知っていたのか。そして盗まれてから、あれだけ早く動けたのか。コスモスは、その背後にハロルドがいるのではないかと思ったのだ。

 剣を手にいれた彼は、その剣をバラル団に渡そうと考えていた。しかし自分が見つけたのだという名誉も欲しい。そこで彼は、大勢の前でバラル団に盗ませる、という三文芝居を思いついたのだ。これが成功すれば、彼はバラル団に恩を売るのみならず、ラフエルの剣を発見した功労者といて名を残し、そしてそれを盗まれた被害者として同情を向けられることになる。同情さえ商売の道具だと考えていそうだ、とコスモスは彼を評する。

 告発しようにも、証拠はなかった。いかにコスモスであっても、ハロルドを相手にするのは難しい。ポケモンバトルのようにはいかないのが、この世界の難しいところだった。

 

「私は、どうすれば」

 

 コスモスは思わず、暗い顔を浮かべる。

 誰かがこのラフエル地方という絵をひっくり返そうとしている。そのように感じられたのだ。極彩色のこの世界を、汚いと呼ぶ者がいるのだ。人々が少しずつ色を足していって描いたキャンバスに、ペンキをかけてしまうかのような所業をしようとしている者がいる。

 自分にはそれが、とても許せないことのように思えた。もしかしたら、正しいのかもしれない。良い人はたくさんいるけれど、悪い人だってたくさんいる。いいや、善悪だなんて、簡単に分けることはできない。火の赤は人を温めるけれど、人を燃やすことだってあるのだから。

 移ろいやすいその色を、そういうものだと決めつけるのは、コスモスの美学が許さなかった。

 コスモスは途方に暮れる。自分たちの知らないところで、闇が蠢いている。いままさに、ラフエル地方は大きく動こうとしていた。

 あるいはそれは、伝説の再演なのかもしれない。そのとき、自分はどのような役割を果たすことができるのか。

 むしろ、そのときこそがルシエシティで門番を務めている自分の出番なのかもしれない。

 伝説の守り人として。

 

「あ、これなんかもいいんじゃないですか? コスモスさんに似合いそうです!」

「シイカさん、良いセンスです。さっそく着せてみましょうか」

「……あの」

 

 思いを巡らせているコスモスをよそ目に、盛り上がっている二人に声をかける。

 だが、聞く耳を持たない二人は、カタログをパラパラとめくっていた。それは服のカタログである。そこに載っているモデルの写真と、コスモスとを見比べて服が似合うか確かめていた。

 翌日、ハロルドの屋敷の一室に三人はいた。たくさんの服がハンガーに吊るされて並んでいる。これらはハロルドの経営している服飾店で扱っている全商品なのだそうだ。

 ステラとシイカはその部屋を見たとき、とてもはしゃいでいた。コスモスはと言えば、先の展開が読めてげんなりとしていた。

 

「私は着せ替え人形ではありません」

「まあまあ、いいじゃない。ハロルドさんが何でも買ってくれると言ってくださってるのだから、お言葉に甘えなさい」

「でしたらステラさんも」

「私は公務員ですので、そういうのは受け取れません。なので、私の分もね」

「コスモスさん、さっそく持ってきてもらいました!」

 

 女性のメイドさんが取り出した服を、さっそくコスモスに渡すシイカ。普段はジムのチャレンジャーであり、優れた才能を持つトレーナーであったが、このときばかりはひとりの少女に戻っていた。

 ぐいぐいと、二人に試着室へと押しこまれるコスモス。

 早く家に帰りたい。

 それが本音であった。

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