「本当にありがとうございました。」
「いや気にすんな。仕事だから仕方ないのも分かるけど、遠慮なく人を頼れよ
……って言っても難しいか。俺がいたら声かけて構わないからな。」
「はい!何かお礼を……」
「いやいいから。気をつけて帰れ。」
「じゃあ、せめてこれを。私的におつまみに買ったものなので渡しても大丈夫
ですから。ありがとうございました、では。」
ペコリと頭を下げて去っていく女性。
ここ川神ではかなり変わった光景も日常茶飯。
今日の海斗は学校の帰り道に買い物袋を沢山提げた、メイド服に身を包んだ女
性と遭遇した。
メイドが歩いていても誰も立ち止まって注目したりしないあたり、この町がど
れだけ変なのかが分かる。
お使いの仕事らしかったが明らかに一回で運ぶような量ではなかったので、若
干強引に手伝ったのだ。
全ての荷物を近くまで運んだところでさっきのような感じになった。
「にしても、高そうなイカだな。」
お礼にともらったするめの入った袋を見ながら呟く。
私的な買い物と言っていたがやはり給料はいいのか、高級感が漂っていた。
とはいえ、海斗にイカの品質など見抜けないので袋の雰囲気からだが。
「ん?」
ガサゴソと袋の中をいじっていると何か別のものを発見する。
見てみると中に一緒に携帯の電話番号とメールアドレスが書いてあるメモも入
っていた。
しかし、海斗はそれを見ても首を傾げるだけだった。
よく渡されることが多いのだが、手伝ってもらったら自分の連絡先を教えなけ
ればならない義務でもあるのだろうか、と。
相変わらず番号を教えるという意味を全く理解していない海斗だった。
そのまますることもないのでぶらぶらと歩く。
すると、河原で見知った者を発見した。
どうやら芝生に寝そべって眠っているっぽいが。
近づいていってみると……
「あー、海斗くんだぁーー。」
「うぉ……。」
寝転がっていた彼女、辰子がいきなり飛び起きた。
さっきまでは寝息が少し遠くからでも聞こえるのではないかという爆睡ぶりだ
ったというのに。
海斗の気配を察知したかのように反応した。
……いや、海斗の気配などヒュームほどの達人クラスでも捉えるのは困難を極
めるレベルの代物。
ならば、辰子が感じたのは海斗が接近している気配というよりも、好きな人が
傍にいるという事実そのものなのだろう。
「そういえば海斗君と二人っきりでお話するのって初めてだねー。」
「あー、そうかもな。」
思えば会うのはいつも天使と一緒のときだったかもしれない。
そもそも知り合ったきっかけも天使経由なので、当然といえば当然なのだが。
一度天使なしで会ったときもあったがあのときは敵同士だった。
まぁそれによって辰子は海斗に好意を寄せるようになったので、ある意味イニ
シエーションのようなものだ。
「海斗君なにか用事があったの?」
「いや特になんにもなくぶらぶらしてるだけだ。」
「なら一緒にお昼寝しようよー。」
「昼っていうより夕方が近いけどな。でも、それもいいか。」
頬を撫でるように柔らかく吹く風。
その風が揺らす草原も心地よさげなベッドのようだ。
あとは沈むだけの太陽もまだ暖かい空間を演出してくれている。
もしかしたら眠るのにもってこいの場所なのかもしれない。
海斗がゴロンと横になろうとすると……
「海斗君、ここ、ここ。」
体を起こして正座の状態になった辰子が手招きしている。
膝を示してぽんぽんと手で叩いているところを見ると、言わんとすることはな
んとなく読み取れる。
「いや重いと思うぞ。」
「だいじょうぶだよー。私がしたいんだから。」
「……なら、そうさせてもらうか。」
海斗は辰子の近くまで移動し、再度寝なおす。
頭の下に辰子の折りたたんだ足がくるように、つまり膝枕の状態だ。
「うわー、海斗君の顔がこんなに近くにあるよー。どう?気持ちいい?」
「枕とか使ったことないけど、確かにこれは寝心地いいな。」
「私の太ももは海斗君のために柔らかくなってるからねー。」
「なんだそりゃ。」
ツッコミを入れつつも海斗は既にまどろみかけていた。
体躯に合った広い膝枕なのだが、そこは女の子らしい柔らかさや体温によって
感じられる温もり、今までここで寝ていたからかリラックスする太陽の匂いが
ズボンから漂う快適な空間。
普段ろくに寝具も使わない海斗にとっては心地よすぎる。
「ふぁーあ、本当に寝ちまうかもな。」
「眠っても全然いいんだよー。」
「いや、でもこれじゃ辰子が寝れないだろ?」
「私は海斗君の寝顔見てるだけで元気になれるからだいじょーぶ。」
「いやそうじゃなくてな。辰子、川神院でちゃんと頑張ってるんだろ?あのエ
ロ爺さんから聞いたぞ。だから、身体的にしっかり睡眠とって休まなきゃな。
今くらいちゃんと疲れをとれ。」
「…………海斗君。」
「ん?」
ふるふると肩が震えている。
どうかしたのかと思ったそのときだった。
「もう優しいなぁー、海斗君!」
「おわっ!」
ぎゅーっと乗せた頭に嬉しさを表現するように抱きついてくる。
だが、その結果辰子の豊満な胸が海斗の顔面をモロに圧迫する形となり、呼吸
が困難な状況に陥った。
それを知らせるために辰子の腕をタップするのだが、幸せメーターか何かが振
り切っていて全く届いていないらしい。
勿論力づくで引き剥がすことは可能なのだが、相手が女の子となっては海斗も
そんな手段にはでない。
しかしこのままでは本格的に自分が危ない。
なんとか海斗は自由である手を動かして、辰子の顔のほうに持っていく。
そして耳の裏をそっと撫で上げた。
「ひゃあぁぁ!」
「ぷはっ……はぁはぁ……」
一瞬緩んだ拘束からなんとか脱出する。
真剣で少し意識が飛びかけていた。
くすぐりに弱いことがここで役立つとは。
「海斗君、いきなりびっくりするよー。」
「いや俺何度も呼んだし。ほら辰子が寝るんだろ。俺が膝貸してやろうか?」
「ううん、海斗君も隣に来てー。」
「ん、枕はいらないのか?」
一応辰子に言われたとおり、隣で同じように寝転がる。
「海斗君がそこで腕広げてー。」
「? こうか?」
「んふんふ……海斗くぅーん。」
広げた腕に頭を乗せて横から抱きついてくる。
いわゆる腕枕という状態だった。
体を目一杯押し付けているのでやわらかさは伝わってくるが、さっきのように
苦しさはない。
ただ満足そうに微笑む顔がそこに見えるだけだ。
「……かーいとくぅーん……zzz」
「寝るの早いな。」
完全に眠りに落ちているのにしっかりと抱きついていて動ける気がしない。
どちらにしても、幸せな顔ですやすや眠る彼女を起こさないようにするには動
けそうになかった。
「……おやすみ。」
海斗は今この時間の流れに身を任せて。
腕を貸しつつ一緒に眠ることにした。
Sでは前作でなかなかフィーチャーされなかったキャラも
深く掘り下げていきます