この世には何千何万では数え切れない本がある。
それは知識の塊であり、1つの世界。
何もない世界から来た者にはそれは新鮮で仕方がなかった。
「さて、今日も行くか。」
そんなわけでこちらに来てから読書が趣味になった海斗。
ジャンルにこだわりなどなく直感の赴くままに読み漁っている。
今日は少し遠くの品数も多い大きな本屋に行こうと思っていた。
たまに行くと学校の図書室や近くの本屋ではない出会いがある。
時間を見つけては海斗はそんなところに行っていた。
「兄貴、早速いくか。」
「本当についてくる気か。」
海斗の隣に立つ男は那須与一。
義経と弁慶と仲を深めたことによる変化は二人にとどまらなかった。
弁慶を御しきる海斗を与一が“兄貴”と呼ぶようになったのだ。
おそらく弁慶を“姐御”と呼ぶことに対しての呼称なのだろう。
元々誤解で海斗に親近感は持っていたので、そこに後押しが加わったことによ
り、こんな奇妙な関係が出来上がってしまった。
「今日発売のラノベがあるんだが、近くの商店街の本屋じゃ売ってない。早く
手に入れておきたいからな。共に行こうぜ。」
「ちゃんと目的があるなら構わないけどな。」
海斗が本屋へ行くという話を聞いたときに与一も一緒に行くと言い出した。
お供とかいうのでは連れて行きたくはなかったので、遠慮気味だったのだがき
ちんと買いたい物はあるらしい。
「組織の動向は俺が確認する。兄貴は目的地までの誘導を頼む。」
「結局、道を知らないってことな。」
与一のよく分からない言動への対応も慣れてきた。
なんだかんだでどの英雄のクローンともすぐに打ち解けてしまっているのだ。
「こら、与一!」
「ん?なんだこの声。」
「マズい、もう奴らが勘づき始めたか。」
「奴ら?」
そこに一人の女が空から舞い降りた。
見たことのあるメイド服に身を包み、相当にキレた顔をしている。
忍足あずみだった。
「与一、今日は用事があるから外に出るなって言ったよな。」
「おい、もしかしてお前無断で抜け出してきたのか?」
「はっ、俺は誰にも止められねーよ。」
「こいつは………。」
くねっとしたポーズを決める与一に海斗は頭を抱える。
どうやらクローンというのは結構大変らしい。
普通の学生のように自由な時間というのは限られている。
なんとなく与一がこうなった理由も垣間見える。
「なんだ……流川も一緒だったのか。」
「よっ。」
(ちっ……なんでこんな奴が。)
あずみと海斗、この二人には因縁があった。
それはまだ海斗が有名ではないとき、タッグマッチで敗北したのだ。
以来、気に食わない相手だと思い続けてきたのだが。
例のカーニバルの一件で英雄は随分と海斗のことを認めるようになった。
自分のことを守り、冬馬を説得することに協力してくれた友だと。
人間性についてもかなり買っているようだ。
挙句、あずみにもああいう男はどうだ、などと聞いてくる始末。
しかも最近では一部のメイドたちの間だけだが、ちょっとした人気者にもなっ
ているらしい。
何人かのメイドが街中で助けてもらったり、手伝ってもらったりと海斗の優し
さに触れているのだ。
そのメイドが自慢話のように仲の良い同僚に語ったりと。
本当にごく一部のメイド間でのことなのだが、あずみの耳には入ってくる。
自分の主に同僚までも、とにかくそういうのが気に入らないのである。
「さっさと与一をこっちに返しな。」
「いや本買うだけの用事だ、すぐ帰るって。」
「あたいの言うこと聞いといたほうが身のためだぜ。」
「与一、本は今日買いたいんだよな。」
「ああ、発売日に手に入れなきゃな。」
「じゃあ、背中に乗れ。」
「は?」
「さっさとしろ。」
「いや待て、兄貴。俺は別に……」
「あいつが強いことはよく知ってるだろ。」
「まあ……」
「それなら決断は早くしろ。時はお前を待ってはくれない。」
「!……分かった。」
「おい、変なこと考えるんじゃねぇぞ。」
海斗の背に与一がおぶさる。
ここまでするのは与一が読みたい本があるというから。
その気持ちはよく分かるし、クローンだから自由に読書も出来ないのはどうし
ても納得できない。
すぐに終わることだ。
「よし、じゃあさっさとトンズラするか。」
「逃がしゃしないぜ、メイド部隊!」
「どっから出てきたんだよ……。」
あずみの呼びかけでいくつかの小隊に分かれたメイドたちが出現する。
当然九鬼のメイドともなれば実力だって並ではない。
しかも言ってみれば相手は連携のプロでもある。
一番個々が生かせるポジション、フォーメーションを経験や訓練を通じて、知
りつくしている相手だ。
戦いとは違い、力が全てを決めるわけでもない。
その場に応じた作戦、臨機応変な対応、そういったものが求められ、相手に戦
略で上回ったほうが勝つ。
読み合いの勝負でもある。
「この数、逃げ切れると思うか?」
「本屋までの道のりがこんな険しいものになるとはな……。」
無事たどり着けるかすら怪しい雲行きである。
こうして地獄の追いかけっこが始まった。