川辺での偶然の出会い。
それは大きな変化をもたらす出会いだった。
「橘天衣だ。」
「天衣っていうのか。」
「名前くらいは知っているだろう、これでも元武道四天王……」
「いや知らないけど。」
「な……!やはり私のような負け犬は有名でもないということか……」
「待て待て、冗談だ。知ってる知ってる。」
あまりにもな落ち込み具合に海斗は咄嗟に合わせてしまった。
本当は知らないのだが、過去に何があったか知らないが天衣はほんの些細なこ
とでもショックを受けてしまうらしい。
それほど心が繊細になっているのだ。
「ていうか、なんでこんなところにいたんだ?」
「私は軍事演習中に……いやこれはいいか。紆余曲折あって今は社会復帰のリ
ハビリとしてこの近くにテントを張って暮らしている。」
「……へぇ。」
いきなり飛び出てくる単語がリハビリだ。
省略されたところの壮絶さが垣間見えるようだった。
「む、そろそろ罠を確認する時間だ。」
そう言って天衣は川岸に歩いていき、何かを水中から引っ張り出した。
どうやら魚を捕らえるためのトラップらしい。
……ハンドメイド感漂う見た目だった。
「今日の成果は……か、かかってない。」
「もしかして腹減ってんのか?」
「仕方ないんだ。収穫がない日もある。」
「これ食うか?」
海斗が差し出したのは歓迎会でのおみやだった。
ただ残ったものをもったいないのでタッパーに入れただけなのだが。
味は保証されている。
「い、いいのか?」
「俺はもう腹いっぱい食ったからな。」
「じゃあ遠慮なく……」
蓋を開ければ美味しそうな匂いが漂ってくる。
一緒に持ってきた割り箸を手にとり、食べようとしたとき……
「あ!」
「おっと。」
天衣がいきなり持っていた容器を手から落としてしまう。
海斗はなんとかひっくり返る前にそれをキャッチした。
「あぶねぇ……」
「やはり私にこんな幸せがあるわけないんだ。」
「ああ。もう。ちょっと貸せ。」
「何を……」
「ほら口を開けろ。」
海斗が容器も箸も持って、一口を差し出す。
いわゆる“あーん”なのだが……
「いい!それくらい自分で出来る!」
「落とすか落とさないかびくびくしながら食う飯なんて美味いものもろくに味
わえなくなるだろうが。大人しく観念しろ。」
「うわぁー!!」
プライドとか体裁とか諸々の事情があるらしいが、そんなの海斗の知るところ
ではない。
少々強引に口まで持っていき食べさせた。
「あ……美味い……。」
「だろ?遠慮せずにもっと食え。」
「ああ。」
一口食べてしまえば恥ずかしさも薄れたのかどんどんタッパーが空になってい
く。
どれだけお腹が空いていたのか。
ただ今日初めての幸せそうな表情で肉を頬張る天衣を見ているだけで、海斗は
満足していた。
「不運だって言うけどさ、そういう楽しそうな顔してたほうがいいと思うぞ。
もっと笑ってみたりしたらどうだ?」
「笑い方なんて……もう忘れた。」
そう呟いた顔はやはり何もかもを諦めきった、そんな風に見て取れた。
海斗は今の天衣の様子を他人事とは思えなかった。
昔、常夜にいた頃数え切れないほどの苦労も試練もあった。
海斗自身は不幸だと考えたことも……考える余裕もなかったが、相対的に見れ
ばやはり他よりは不幸なのだろう。
あんな異常な世界に鏡なんてものはなかったから見たこともないが、一子たち
に出会う前の自分もきっとこんな顔をしていたんじゃないかと考えた。
「ちょっと一緒に来てくれないか?」
なら、今度は自分が誰かの力になる番かもしれない。
かつて沢山の者がそうしてくれたように。
「私は九鬼から監視されている、下手な行動をしたら……」
「別に悪いことしようってんじゃない。それにもし相手が融通利かないようだ
ったら俺が黙らせる。」
「私についてるのは序列一桁台の従者だぞ。」
「だから大丈夫だって。逃げんのは得意だ。」
「微妙にさっきと言っていることが違うが……」
その後も一歩も海斗は退かなかった。
遂にぶつぶつ言いながらも大人しく天衣は海斗の後に続いた。
川からどんどん離れていき、しばらく歩く。
「ほら着いたぞ。」
「ここは?」
「俺の家だな。」
「な……!最初からお前の家に招待するつもりだったのか。悪いがそれは無理
だ。昔こんな不運な私と仲良くしてくれた子がいたが、私がその子の家に遊び
に行ったら隕石の破片が落ちてきたんだ。」
「それはまた凄まじいエピソードだな。」
「分かっただろ、私が入ればこのアパートも無事では済まない。」
「ところが大丈夫なんだな。このアパートは……っていうかここの大家はちょ
っと変だから。」
「?」
「とにかく気にしないで大丈夫だ。」
「どうなっても知らないぞ。」
「ああ、じゃあ早速入ってくれ。さっさとしないとな……」
「おっ!」
海斗が言いかけた瞬間、声がした。
アパートの一室から出てきた女性。
「よ、海斗おかえりぃ。」
「……遅かったか。」