真剣で私たちに恋しなさい!S   作:黒亜

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海斗の家

アパート一階の扉から顔を出したのはエプロンを纏った女性。

ふわっとしたライトブラウンのポニーテールを揺らして歩いてくる。

外見はおっとり系の若奥様という印象なのだが……

 

 

「なになに、遂に女連れ込んだのー?」

 

「真剣でめんどいことになったぞ……。」

 

 

どこから見ても慎ましいおしとやかな女性という感じなのに口を開けばこの軽

いしゃべり方。

 

 

「モテそうなのにいつまでも彼女の一人も連れてこないから、変に疑っちゃっ

たじゃない。やっとなのね。」

 

「だから違うっての。」

 

「この女性は誰だ?」

 

「……うちの大家だ。」

 

 

このあまりにも見た目とのギャップが激しい美人女性こそが海斗のアパートの

大家なのである。

年齢は本人いわく秘密だそうだ。

 

 

「天衣、関わると面倒くさいことになるからな。」

 

「失礼ね、そこまでじゃないでしょ。」

 

「まぁ家賃ただだったり色々恩はあるんだけどな。」

 

「ほんとにね、こんな優良な物件に……」

 

「俺のほかに入居者いないくせに何言ってんだ。」

 

「ねぇ、皆センスないね。」

 

「ちょっとはこの汚い見た目をどうにかしろよ。」

 

「失礼な、部屋の中はちゃんと小奇麗にしてるじゃない。」

 

「自分で“小”をつけるな。“小”を……。」

 

 

そうこのアパート住んでいるのは大家と海斗の二人だけ。

空いている部屋は沢山ある。

というのも、治安の悪い奥まった場所という立地条件、色々な意味で年季が入

っていること一目瞭然の見た目から希望者などそういないのだ。

超綺麗で巨乳の大家目当てで来る輩もたまにいるのだが、そのぶっ飛んでいる

性格についていけず手続きの段階で挫折するとかなんとか……。

そもそも住人を増やそうと努力しているのも見たことなかった。

そんなんで唯一の金づるから巻き上げなくてどう生計を立てているのか。

 

 

「あー、空になっちゃった。海斗ー、今日の夜また買ってきてね♪」

 

 

昼間から酒を飲んでいるところを見ると、そんな心配はいらなそうだ。

瓶一本空けて顔色一つ変えず、全く酔ってないのもどうかと思うが。

 

 

「分かった分かった。もう行くぞ。……あ、そういやなんか隕石降ってきちゃ

うらしいけど?」

 

「気をつけとくー。」

 

「な、大丈夫だろ?」

 

「色々と凄いんだな……。」

 

 

天衣は個性的過ぎるその大家に乾いた笑いをもらした。

やっと二人は海斗の部屋へと向かった。

 

部屋に入ると外観から分かっていたことだが、そんなに広くはない。

ただボロボロというわけでもないのでいたって普通だ。

部屋の様子は綺麗に片付いているというよりかは家具などがほとんどないと言

ったほうが正しいだろう。

それこそ必要最低限のものしかない。

 

 

「そこに座って。」

 

「一体何をする気なんだ?」

 

「今に分かる。」

 

 

海斗も近くに座ると、手近な窓を開けた。

天衣は全く意味が分からず首を傾げていたが、少し待つと……

 

 

「わぁ……!」

 

 

にゃーと鳴きながら次々と野良猫たちが入ってくる。

野良といっても飼い猫のようにとまではいかないが毛並みは綺麗だ。

沢山の猫たちがすぐに海斗を取り囲んで、膝の上に丸くなったり背中に乗りか

かろうとしたりしている。

 

 

「どうだ、可愛いだろ?」

 

「あ、ああ……」

 

「遠慮なく撫でてみろって。」

 

「うわ、もふもふしてる。」

 

 

猫たちが興味を示して天衣にも近づいていく。

取り囲まれた天衣はさっきまでとは別人のように生き生きとしている。

やはりこんな顔もできるのだ。

 

 

「絶対に天衣はそうやって笑ってたほうが可愛いぞ。」

 

「え……!?」

 

「俺は何にも天衣の味わってきた苦しみも知らないし、幸運を引き寄せるなん

て魔法みたいな真似はできない。だから勝手な意見になるけど、天衣にはいつ

もそんな風に笑顔でいてほしい。」

 

「だが、私は……」

 

「別に俺は無理に自分の心に嘘ついてでも笑ってほしいとか、空元気で幸福を

呼びよせてくれとか言ってるんじゃない。天衣にどんな不運が襲い掛かってき

たってそれが一生なくならないものだったとしても、俺がそんなもんから守っ

てやる。だから天衣はそこで不安に思うことなんてなく、笑っててくれ。」

 

「海斗……。」

 

「笑い方を忘れたって言うんなら、今度はため息のつきかたを忘れさせるくら

い楽しませてやるよ。」

 

「……私は今までただ生まれ持った運だけで人生の大事が左右されることが何

度もあった。その度に自分が不運だということを信じて疑わなかった。実際そ

うなのだが、それこそひとかけらの救いの可能性すらないとな。だが、今日そ

れは間違いだと気づいた。……こんな男と出会えるのだからな、私もまだまだ

ツキが残っているらしい。」

 

「そんな小さなことが幸運と思えるなら、ため息を忘れる日は案外相当近いか

もな。」

 

「海斗、早速私を笑顔にしてもらうぞ。」

 

「ん?おぉっと……」

 

 

いきなり天衣がぎゅっと真正面から抱きついてくる。

 

 

「これじゃ俺が顔確かめられないんだが……。」

 

「ふ、馬鹿。私のしたいことをしてるのだから笑顔に決まってるだろう。」

 

「……そっか、見れなくて残念だ。」

 

 

海斗が天衣の頭に手を置いてそっと撫でるとぎゅっと腕の抱く力が強くなる。

ずっと救いなんてなかった世界に現れたヒーロー。

諦めきっていたはずなのに自分にかけられる優しい言葉が嬉しくて、夢を見て

いるようで……

海斗の肩を濡らしたのはそんな思いの粒だった。




大家さんについてはオリキャラです。
今後に関わってくるか否かは秘密
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