「うむ……困った……」
「紋様、悩みがあるのならなんなりとお申し付けください。」
「いやヒュームの手を煩わせるほどのものではないわ。そうだ、海斗に頼むと
するか!」
「紋様、奴に頼る必要はありません。」
「何故そこまで嫌がるのだ。」
「奴は唯一食えない男、何を企んでいるかも分からない輩を紋様にあまり近づ
けるわけにはいきません。」
「そんなことはないぞ!海斗はいい奴である!」
「しかしこの頃何かにかこつけて紋様が奴を呼ぶ口実を作っているように思い
ます。」
「う……それは……」
紋白はヒュームの言葉を否定することができなかった。
事実、あの歓迎会の日以降、どうしようもなく海斗のことが気になって仕方が
なかった。
だから小さな理由を見つけては海斗を家まで呼ぶということにつなげようとし
ているのだ。
今までまわりに気を遣ってきた紋白にできた初めての頼れる存在。
それが紋白に今まで感じたことのない初めての気持ちを芽生えさせていた。
だが、そんな浮かれている心を人の上に立つ者の尊厳として表に出すわけには
いかないので遠回しな言い方で隠していたのだが、早速ヒュームには見抜かれ
ている始末だ。
恥ずかしさやら情けなさで顔を伏せるしかない。
「すみません、報告です。」
そんな窮地を救ったのは他の従者の緊急の報告だった。
その介入によってさっきまでの空気は断ち切られた。
「橘天衣に動きが……」
「そんなことはこの俺に相談せずとも一桁台の従者が解決できるだろう。」
「それが謎のエプロン美女が従者の進行を悉く阻止しているようで……。」
「エプロン?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
海斗の住むアパート。
天衣はあの日、海斗から勧められ大家の許可ももらい、今までいた川でのテン
ト生活からこのアパートに移り住むことになった。
家賃はいらない代わりに“たまにお酌でもしてね、もちろん海斗が。”という
ことらしい。
「もう、ほんと元気ね。天衣ちゃんの熱烈なファンなの?」
「いや一応九鬼のトップクラスの従者……」
「うわぁぁぁああぁぁ……!!」
「海斗の留守の間は天衣ちゃん守るように頼まれてんだから、あんまり面倒ふ
やしてほしくないんだけど、ねっ!」
「………………」
武道四天王である天衣でさえ目の前の光景に呆然としていた。
スタイルが良くて美人のいわゆる普通のエプロン女性が真っ黒で物騒な得物を
担いでいる。
どこにその重いものを持つ力があるのか、というよりどこからそんな危険物を
持ち出したのか、複数の疑問が一気に頭を駆け巡るが何も解決しそうにはなか
った。
ただできるのは自分を追いかけてきたつわものたちが次々と殲滅されていく姿
を傍らで眺めているだけだ。
「あれ、弾なくなっちゃった。まぁ、終わったからいっか。さ、お酒のもーっ
と。」
賢い者は早い段階でこの異常さに気づき報告に戻り、無謀にもつっこんできた
者は地に全員倒れ伏した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「というわけで何者かは分かりませんが、上位の従者たちでも迂闊に近づけな
い状態でして……。」
「まさかライフルやバズーカを使ってくる敵がいるとはな……。」
(よし、今のうちに海斗に連絡を……!)
ヒュームが突然舞い込んできた案件に対処している間に紋白はこっそりと携帯
を操作して海斗へメールを送信した。
「それで俺に出ろという話か?揚羽様はなんとおっしゃっておられる。」
「橘天衣が逃げ出す素振りがないのなら放っておいても構わないと。」
「ならば俺が関わる必要もあるまい。」
「は、失礼しました。」
報告に来た男がさがっていく。
ヒュームは若い人材の頼りなさにため息をついた。
「やった、海斗が承諾してくれたぞ!」
「…………」
「あ……」
思わず返信の文面で喜びの声をあげてしまった紋白。
勿論その声はヒュームの耳にも届く。
「ヒューム。我はその……海斗のことを、疑ってほしくない。」
「……何かあったときにはすぐに抹殺しますのでそのおつもりで。」
「ああ!」
ヒュームの許しに紋白は嬉々として部屋に戻っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「紋様、お帰りなさい。」
「おぉ、李か。」
部屋に戻った紋白を迎えたのは李だった。
「お部屋のお掃除をしておりました。」
「うむ、いつもすまないな。感謝しておるぞ。」
「いえ、これが私の仕事ですから。」
「そういえば明日我の客人が来るのだ。」
「紋様のご学友ですか?」
「うむ、流川海斗というのだ。李も仲良くするとい……」
そのとき李の動きが止まった。
「流川、海斗……。」
「どうしたのだ?」
「いえ……明日は私もお出迎えさせていただきます。」
「うむ……?」
少しおかしな様子の李を前に、紋白は首を傾げるのだった。