真剣で私たちに恋しなさい!S   作:黒亜

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最強の男

「お前はさがってろ。」

 

 

男はそう言って前に出た。

しかし、その身は万全とは言いがたい。

今、体中から抜いている針だって体の自由を奪う毒が塗られたものだ。

 

 

「待ってください、その身体で……!?」

 

 

その身体で何が出来る、そう言おうとして李は言葉を詰まらせた。

さっきまでは微塵も感じられなかった気。

それも莫大な量が一人の人間に収束していく。

自分がどれほどの者を敵に回していたのかを知って、李は言葉を失った。

男は拳を地面にたたきつける。

そのたった一発で地面が大きく抉れ、クレーターができる。

 

 

「これでも俺が瀕死だとかぬかすのか?分かったら手を引け。」

 

「なに強がってんだぁ?残りわずかのパワーまで無駄遣いしやがって、あーは

はっははは!」

 

「威嚇も通じないとは……野生動物以下だな。」

 

 

言葉を吐き捨て、一斉にかかってくる相手をなぎ倒していく。

戦闘などではない、ただの命のやりとりだ。

ルールもなければ、遠慮もない。

人数がいれば迷わず同時にいくし、その間に背後からも忍び寄る。

素手の相手に鉄パイプや刃物を使うのも厭わない。

そんな明らかに不利な戦いのなかで男は全く引けをとっていなかった。

むしろ大勢の相手を圧倒している。

ほとんどの敵が吹き飛ばされ、ついていくだけで疲れきっていた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「あんまり物分りが悪いのも損だな。こっからは命の保証はできないが?まだ

俺を倒すチャンスだとか言うか?」

 

 

今度は気など行使していなかった。

純粋に男から発せられる殺気。

それが圧倒的なプレッシャーとなり、小さな相手を押しつぶす。

 

 

「ひっ!……あはは……冗談ですよ、まさかあの流川さんに勝とうなんて。」

 

「そ、そうそう!誰だよ、瀕死とか言ったのは、コラ!……つって……。」

 

「この女が針刺したんでしょう!俺たちでしめとくんで!」

 

 

そう言って李に伸ばされた手を男が手首を掴んで止める。

 

 

「女はいいから、とっとと去れ。」

 

 

その手にぐっと力を入れる。

簡単に折れるんだぞ、ということを示すように。

 

 

「お、おいとっとと帰るぞ!!」

 

「はぁ…………うるさくしてごめんな、大丈夫だったか?」

 

 

さっきまでの戦いのオーラはどこかへ。

動物たちに話しかける男はただ優しかった。

李はその変化と同時に我に返り、もう一度男に話しかける。

 

 

「あの……」

 

「さっさと帰れよ。」

 

 

だが、返事は戦いの前と何も変わっていなかった。

 

 

「私はここの調査で来ました。何も得ずに帰るわけにはいきません。」

 

「今ので分かっただろ。こっちがどういう世界か。調査なんてしてたら、お前

の未来は間違いなく死だ。そうなる前に帰れ。」

 

「…………」

 

 

男はそれだけ言うと動物たちをまとめてこの場を去ろうとする。

歩き始めると動物たちはひょこひょこと男の後をついていった。

 

かけられたのは同じ言葉だが、さっきまでとは意味の捉え方も変わる。

単に不親切なのではなく自分のことを思っての言い草なのかもしれないと。

ただそれでも……

 

 

「…………帰れません。」

 

 

李の呟きに足が止まった。

 

 

「私にとってはこの仕事こそが全てです。どのみち達成せずに帰れば、抹殺さ

れるだけです。」

 

「…………」

 

「だから私はなんと言われようと任務を遂行するまで帰りません。……ご迷惑

をおかけしました。それでは。」

 

「待て。」

 

 

去ろうとした李を今度は男のほうが呼び止める。

 

 

「……ついてこい。」

 

 

一言だけそう言って、また歩き出した。

李はわけは分からなかったが、疑いなどは一切なくその後を追っかけた。

 

 

しばらく歩くと1軒の建物についた。

他の建造物は壁などがぼろぼろと崩れているのがほとんどなのに対し、比較的

綺麗な印象がある。

男はそのまま迷わず中に入るので大人しくついていった。

建物の中は小さな部屋、そこからいくつかの通路とつながっていて奥にそれぞ

れ部屋があるようなつくりだった。

その最初の部屋に腰掛けている者に話しかける。

 

 

(じょう)の部屋を一晩だ。今すぐ借りたい。」

 

「おぉっと、死に神がご利用とは珍しいねぇ。どんな劣悪な寝床でも適応でき

るだろう、あんたなら。」

 

「いいから、空いてるのかを言え。」

 

「勿論空いてるさ。こんな腐った世界とは思えない最高の設備、そのかわり値

段も最高額だからねぇ。利用者なんてほとんどいやしない。んー、嘆かわしい

ねぇ。」

 

「その不人気な部屋をご利用だ。料金は?」

 

「こんな世界で銀貨や金貨もらったって何の役にも立ちやしないさ。3日分の

十分な食料ってとこでどうだい?」

 

「ああ、ほらよ。」

 

「おぉっ、缶詰まであるや。よくこんなもん手に入れるねぇ。確かに料金は頂

戴した、明日の昼くらいまでなら使ってて構わないよ。」

 

「適当なことで。」

 

 

男は指定の部屋に続く通路へ。

 

 

「おっと、その嬢さんはなんだい?」

 

「俺のつれだ。」

 

「……そうかい。」

 

 

その一言は李の心に何かを響かせた。

今まで感じたことのない安心感の類なのか……。

暗殺者を生業としている自分には程遠い感情。

 

そんな不思議な気持ちになりながら、さっさと歩いていってしまう男の背中を

追って、李もそのまま部屋へ向かった。

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