真剣で私たちに恋しなさい!S   作:黒亜

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あたたかい時間

ここは常夜の中にあるとは思えない綺麗な一室。

そこで流川の作業を覗き込む李。

 

 

「出来そうですか?」

 

「こちとらほとんど物心ついたときからいるようなもんだ。仕事のほうは心配

しなくていい。」

 

「では気にせず、名前でも考えますか。」

 

「どうしてそうなる。」

 

「流川……いい苗字ですね。川と来たら、名前は海などでうけましょうか。」

 

「……海?」

 

「……もしかして知らないんですか。」

 

「色々あっちの世界には摩訶不思議なものがあるらしいが、必要なこと以外こ

こにはほとんど入ってこないしな。」

 

「海というのは簡単に言ってしまえば莫大な量の水の集合体でしょうか。そこ

で人々は泳いだり、船で渡ったりするわけです。」

 

「へぇ…他には?」

 

 

気づけば流川は李の話にくぎづけになっていた。

手は動いて着々と仕事を進めているが、興味津々といった感じで顔は李のほう

に向いている。

誰もが常識だと思っていて生きているだけで自然に身につくはずのことでも、

知らないことだらけなのだろう。

そんな流川の様子が李は少し嬉しかった。

 

 

「……で、クジラやイルカなどの海の生き物たちも多くいます。」

 

「海って凄いとこなんだな。」

 

「何故海の説明になっているのでしょうか。」

 

「いやー、面白かった。」

 

 

李は文句を言いながらも、流川が満足してくれていることで心がなぜか満たさ

れていた。

向かい合って座っているだけなのにこんなにも楽しい。

 

 

「そろそろ夕飯どきだな。腹減ってきたろ?」

 

「……ええ、確かに。」

 

 

言われてみれば空腹感があった。

いつの間にかそんなに時間が経っていたのだ。

時間の経過も空腹にも気づかなかった自分はどれほど夢中だったのだろう、と

李は心の中で苦笑する。

 

 

「んじゃ、今日は静初に合わせて冷凍シューマイでも食べるか。」

 

「シューマイですか……」

 

「え、もしかして食ったことないの?」

 

「臭いのつくものは仕事柄避けていますから。」

 

「まぁ、でも今日くらいはいいだろ。一緒に食おうぜ。」

 

「……はい。」

 

 

乗り気でないような返事だが、せっかく誘ってくれたのを断る気などはなから

なかった。

 

 

「ほら、食うぞ。」

 

「いつの間に解凍したんですか?」

 

「ちょちょいっとな。」

 

 

部屋は色々充実してるとはいえ、電子レンジの類などない。

どうやったのかは不明だった。

 

 

「いつも食ってるものと比べたらしょうもないかもしんないけど、衛生面だけ

は大丈夫だから安心してくれ。」

 

「構いません、いただきます。」

 

 

箸がないので、手で食べるのは仕方ないことだ。

李は1つとって口にほうり込む。

 

 

「美味しい…。」

 

 

自然とそんな言葉が零れ出た。

 

 

「別に気ぃ遣わなくてもいいぞ。冷凍だし。」

 

「いえ、本当に美味しいです。」

 

 

冷凍なんて特別味が気にかけられているわけでもない。

その味自体はたぶん嫌いじゃない程度だ。

しかし、一緒に食べる人がそれを美味しいに引き上げている。

暗殺者なんてものをやっていれば食事も一刻を争うほどの迅速さが求められ、

無論食卓なんて囲む暇などなく一人でとるものになってしまっている。

誰かと一緒に食事ができて、その誰かが目の前の男で。

それだけでただの冷凍のシューマイは何にも増して美味しいものになった。

 

 

「そっか、ならよかったよ。」

 

「あなたはどうですか?」

 

「ん?美味いけど。」

 

「そうですか。」

 

 

自分と一緒の気持ちだと確認できた李は満足して、食事に戻った。

食べ終わってまた表の世界の話をして、その間も流川は作業を進めて、時間は

どんどん過ぎていった。

 

 

「さて、そろそろ寝ないとな。今日中には終わりそうにないから、夜くらいは

ちゃんと寝てくれよ。」

 

「待ってください。何故また出ていこうとするのですか。」

 

「だから、それこそ女の子が寝てる部屋に知らない男がいたら駄目だろうが。」

 

「もう知っていますが。」

 

「そういう屁理屈はいいから。」

 

「……こんな危険なところにある部屋で独りで寝ろというほうが酷です。そん

なことを女の子にさせるんですか?」

 

「…………」

 

「一緒にいてくれますね?」

 

「分かった、分かったから。」

 

 

結局流川はドアさえ開けられずに引きとめられた。

 

 

「ほらベッドに入った入った。」

 

「あなたは寝ないのですか?」

 

「俺はこれ終わらしておくから。」

 

「…………………………………別に急がなくても。」

 

「なんか言ったか?」

 

「……いえ、なんでも。」

 

 

自然とこぼれ出た言葉に李自身驚いた。

自分はこの時間が続いてほしいと思っているのかもしれない。

そんな風に一瞬考えたが、次にはもう切り替えていた。

 

 

「おやすみなさい。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

 

目蓋を閉じるとすぐに眠りに落ちた。

寝づらいどころかいつもよりも快適に眠れたかもしれない。

李はそれによって一緒にいる男のことをどれだけ信頼してしまっているのかが

分かってしまうのだった。

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