真剣で私たちに恋しなさい!S   作:黒亜

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あ、前回で過去編おしまいです


優しすぎる女の子

「静初、どうしたよ?」

 

「……ん、何がですか?」

 

「なんか考え事してるって顔だったぞ。」

 

「少しだけ昔のことを思い出していました。」

 

 

今は九鬼の建物の廊下を歩いている。

前にいるのは守るべき主であり、横にいるのはテンションが極端な同僚。

自分が着ているのはメイド服であり、あの頃と変わらない優しい声が今自分に

向けられている。

 

 

「ありがとうございます、“海斗”。」

 

「いきなりどうしたんだ。」

 

「ほら、紋様をお待たせしないでください。」

 

「聞いてないし。」

 

 

ごまかして、さっさと行ってしまう李の後を追う。

ただ今の幸せそうな李を見ていると、些細なことはどうでもよく、その後ろ姿

につい笑みを漏らしてしまうのだった。

 

 

「では紋様、私たちは仕事に戻ります。」

 

「ああ、ご苦労であった。」

 

「ほら行きますよ、ステイシー。」

 

「はぁ、かったりぃーぜ。」

 

 

二人が出て行って部屋の中には紋白と海斗だけが残った。

ここは紋白の部屋らしかったが、金持ちの豪華な部屋なんて雰囲気は微塵もな

く歳相応の女の子の部屋といった可愛らしい内装だった。

 

 

「ベッドにでも腰掛けるがよい。」

 

「ああ。で、悩みっていうのは?」

 

 

言われたとおり腰を下ろして、そんなことを口に出す。

 

 

「む、さっきも言ったであろう。あれは海斗を呼ぶための方便であると。」

 

「それはそれで嬉しいけど、生憎俺にはそういう嘘はすぐばれるぞ。」

 

「別に我は嘘などは……」

 

「紋白。」

 

「あ……」

 

 

海斗は紋白の手を引いて自分の膝の間に座らせる。

そして優しく頭を撫でながら言葉を紡ぐ。

 

 

「紋白のそういう周りに気遣うところは優しくていいところだけど、もっと自

由に好きなようにしても迷惑じゃないんだぞ。そんなんじゃいつか倒れちまう

だろ?」

 

「うぅ……」

 

 

ほとんど密着状態で撫でられながら優しい言葉をかけられて、紋白は顔を真っ

赤にして俯くしかなかった。

 

 

「前も言っただろ。俺にくらい遠慮なく甘えろ。」

 

「海斗……よいのか?みっともない我を見せてしまえば、海斗に呆れられてし

まうかもしれないぞ?」

 

「そんな心配すんな。頼ってくれれば嬉しいし、そんなの可愛いだけだ。」

 

「ふふ、なら存分に頼ってしまうぞ。」

 

「ああ、遠慮なんてすんな。」

 

 

ちょこんと座っている紋白の顔からは先程まで張り付いていた変な緊張が消え

ていて、やっと最後の一枚の壁がとれたようだった。

 

 

「俺に相談したかったのは何だったんだ?」

 

「うむ、実は母上のことで……」

 

 

そこから紋白は詳しく説明してくれた。

勿論その母親も九鬼家の人間。

スケジュールは多忙を極めており、会える機会もそう多くないという。

紋白は母親の力になりたいこと。

母親をとても尊敬していて同時にとても好きだということも話してくれた。

 

 

「それでなんとか母上とお話したいのだ。」

 

「んー、ここで素直に自分の気持ちを言えばいいっていうアドバイスで済まな

いのが普通の家庭とは違う難儀なとこなんだろうな。」

 

 

正直、この悩みに海斗が経験から答えるのは無理だった。

コミュニケーションなんてそれこそずっと無縁のものだったのだから。

だが、頼ってくれた紋白のために知識を総動員して案を出す。

 

 

「会話ってのは結局共通項で成り立つもんだ。同じ趣味のことだったり、両者

が行ったことのある場所だったり、二人に共通の話題があれば話は進んで、そ

こから個人的なことにも広げられる。今回のケースでいえば少し状況は違って

会話を盛り上げたいわけではないから、いかに多忙の相手に時間を割いてもら

うかだ。妥当なところでいけば仕事についての質問だな。テーマをそこに絞っ

てあとは紋白が純粋に聞きたいことを聞けばいい。」

 

「おぉ!そうであるか、早速約束してくるぞ。」

 

 

紋白は海斗が話し終えるや否やすぐに部屋を飛び出していった。

どうやら力になれたらしい。

紋白が約束をしてくる間、少し中でも歩き回るかと立ち上がった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ん?」

 

 

遠くに人影が見える。

だだっ広い廊下だからそれは余計に目立つものなのだが、それが誰かを特定で

きたのは海斗の目の良さがあったからだろう。

 

そこにいたのは燕だった。

しかし、彼女はこちらにまだ気づいていない。

というか別のことに頭を使っていて周囲に気を配っていないようだ。

先ほどから九鬼邸の内装をなんとなく眺めている。

かといって目を凝らして装飾品やオブジェを観察してるというのではなく、き

ょろきょろと視線を彷徨わせているだけだが。

 

 

「…………」

 

 

海斗は無言でしばらく何かを思考したあと、燕のほうへ歩いていく。

少し距離をつめればすぐに燕もこちらに気づいた。

 

 

「おりょ。」

 

「燕、お前なんでこんなとこにいるんだ?」

 

「なんたって大事なスポンサー様だからね。私も結構出入りすることがあるの

よん。それよりも海斗クンこそ……不法侵入?」

 

「なわけあるか、紋白に呼ばれたんだよ。」

 

「分かってるって♪」

 

「燕は何か用があってきたのか?」

 

「私もちょっとね。」

 

「はぁ……。」

 

 

何も明確なことは言わない燕だが、海斗もそれ以上追及する気はなかった。

そろそろ頃合いだと踵を返す。

 

 

「じゃ、俺はそろそろ戻るわ。」

 

「うん、またねっ。」

 

「……今日はオフなのか?」

 

「え?」

 

「いや、いつもの持ち物がないから気になっただけだ。じゃあな。」

 

 

海斗はそれだけ言い残して去っていった。

 

 

「……さっすがわざわざピンポイントで触れてくるなんて。海斗クンの前で平

蜘蛛外してるのは失敗だったかな。」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「海斗!今度母上が時間を取ってくれることになったぞ!」

 

 

部屋に入って一番に目にしたのはそう叫ぶ紋白の笑顔だった。

 

 

「これも海斗のおかげだ。ありがとうな。」

 

「いや紋白の努力だよ。」

 

「ふふ、何もかもが順調である!」

 

「何もかも?」

 

「気にするでない。明日になれば分かることだ。」

 

「はぁ……?」

 

 

そんなよく分からない会話を交わして、その日は帰ることになった。

次の日になるまでその意味は分からないが、胸のざわめきは何かの予感を告げ

ているようだった。

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