ファミレスが初めてだという少女。
そのメニュー選びは長考どころではなかった。
「おーい、そろそろ注文とっていいか。」
「え、海斗はもう決めたのか?」
「そこまで悩むもんでもないだろ。」
「ご注文お決まりでしょうか?」
「あ、俺はこの生姜焼き定食で。」
「そちらのお客様は?」
「えっと、じゃ、じゃあ私はこのハンバーグで。」
「ハンバーグのほう、ソースがデミグラスソースとガーリックソースがござい
ますが?」
「へ?ど、どっちが美味しいんだ、海斗?」
「そんなの好みの問題だろ。」
「えっと……えっと……私は……ぐすっ。」
「あー……、さっきの生姜焼き取り消しで。このハンバーグの両方のソースを
一つずつ。以上で。」
「かしこまりました。」
「海斗、どうして?」
「一口ずつ食べ比べてみて好きなほう選べばいいだろ。残ったほうを俺が食う
からさ。」
「でも、海斗は生姜焼き……」
「人が頼んでるもんが美味しそうに見えるんだよ。」
「お待たせしました。」
「ほら、来たぞ。とりあえず一口ずつ食ってみろ。」
言われたとおり、フォークで一欠けずつ口に運ぶ。
「どっちがいい?」
「……こっち。」
「デミグラスな。じゃあ俺はガーリックのほう食うから。」
「それじゃ海斗に余り物を渡すみたいじゃないか。」
「ほんと細かいこと気にするな。優しすぎるのも程々にだぞ。」
「私は……」
「あー分かった分かった。じゃ、そっちのハンバーグを一口くれ。」
「そんなことじゃ全然返せてないじゃないか。」
「いや、そっちがフォークで取って食べさせてくれ。これなら十分俺のほうに
もメリットがあるだろ?」
流石に今までの性格を見てる限り恥ずかしいに決まっている。
これで引き下がってくれて、この件は流れる。
「……ほら、あ、あーん……」
だが、次に見たのは伏目がちに顔を真っ赤にしながらも、ぷるぷると震えた手
でハンバーグを差し出す少女の姿だった。
物凄い反則級の破壊力を生み出してしまった気がする。
「お、おう。」
「うぅ……はずかしぃ……」
いや、それは見てて十二分に伝わってくる。
なんか悪いことをしている気分だ。
「こ、これでいいんだな!」
「凄い顔赤いけど大丈夫か。」
「誰のせいなんだ……もぅ……」
「なんなら俺も食わせてやろうか?」
「っ!?」
あまりに面白い反応だったので少しふざけすぎてしまった。
調子に乗りすぎると流石に温厚でも怒るかもしれないからな。
「………………」
「え?」
しかし予想外の出来事は一度では終わらなかった。
目の前には今度はぎゅっと目を瞑り、申し訳程度に口を開いている顔が。
言わずもがな、火が出るような勢いである。
これは冗談だとも引き返せない。
「ほら、口入れるぞ。」
こくこくと素早く二回頷く。
どうやら今の状況では口頭での返事も難しいようだ。
「はいよ。」
「……はむっ。」
その破壊力についてはご想像にお任せする。
ただその後終始目が合うと、全力で逸らされるという結果になった。
………
……
…
「あ、あの二人は……」
店を出たところで遠くに人影を発見したようだ。
おそらく当初の待ち合わせ相手だろうな。
「じゃ、ここでお別れだな。楽しかったぞ、付き合ってくれてありがとな。」
「ああ、私のほうも色々ありがとう。海斗がいてくれて助かった。」
「じゃあ。」
なんとも不思議な女の子だった。
俺は彼女の向かうほうに背を向けて歩き出した。
「海斗!」
呼び止められて、振り返ると少女が走って近づいてきていた。
忘れ物でもしたのか?
「今日の私とのことは他の誰かには言わないでくれ。」
何かと思ったら声を潜めてそんなことを言うもんだから少し笑ってしまった。
まあ、何か言えないことがあるっていうのは出会ったときからの行動で大体予
想はついていたからな。
「分かったって。そんなことわざわざ言いに戻ってこなくても大丈夫だ。」
「……………………」
だが、俺が言っても彼女は動こうとしない。
黙ったままその場に立っている。
「どうしたんだ?」
「………………林冲、私の名前だ。」
「お前、名前は駄目なんじゃ……。」
「だから誰にも言わないでくれ。……海斗にだけだ。」
「あ、ああ。」
それだけ言うと、すぐに待っている二人のもとに走っていってしまった。
名前を教えてくれるために来てくれたのか。
「……じゃあな、林冲。」
誰にも聞こえないような声で呟いた。
また呼ぶときが来るだろうか……
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「はっは、リン探したんだぜー。」
「酷いじゃないか、二人とも時間になっても来ないし。」
「史進が戦いを頑張った者だけで美味しいもの食べに行こうって。」
「それ言ったら楊志がパンツ狩りとか言って、時間食ったんだろ。」
「もう……あんまりイジめないでくれ……」
「あー悪かったって。そういやリンは誰かと一緒みたいだったけど?」
「ああ、それは……」
一度振り返ってみる。
しかし、当然海斗の後ろ姿はとっくに消えていた。
出会いは全くの偶然だった。
本来なら先に話しかけてきたチンピラと同等の存在のはず。
だけど、変に押しが強くて引き下がろうとしない。
特別あちらに良いことがあるわけでもないのに。
困っていると言うだけでご飯に半ば強引に誘ってきて……。
自分の食べたい物まで諦めて、それを気にするなと言う。
恥ずかしい仕打ちにもあったが、結果感謝することばかりだ。
本当は正体を、名前をばらしてはいけなかった。
自分たちの情報は極力伏せる、それが約束事だったからだ。
後々の計画のためにも絶対必要なこと。
それでも……
“林冲、私の名前だ。”
気づけば言ってしまっていた。
義務感からか自分の願望かは分からない。
ただ伝えずにはいられなかったのだ。
それが何の意味を持つのかも分からないのに。
「おーい、リンどうしたんだー?」
「え、ああ。」
「そろそろ行くよー。」
再び会うときはあるのだろうか。
そして、今度会ったときにはたぶん……
「よし、行こう。」
未来は誰にも分からない。