「…………苦しい。」
九鬼での執事一週間、二日目。
朝の爽やかな目覚めとはいかなかった。
空調も完備で室温的にも言うことはないし、部屋も清潔にされていて吸い込ん
だ空気に不快感はない。
ただ一点…………
固め技をされている状態で起床するのは初めてだ。
こうなったのも全ては昨日のあずみの一言が始まりだった。
…
……
………
「てか、これから俺はどうすればいいんだ?」
「することねーなら、寝りゃいいだろ。」
「いや、寝るにしてもどこで?」
「あー、言ってなかったな。九鬼には使われていない部屋が幾つもある。緊急
にお客様などが来ても応接間にもなれば、宿泊の用意も完璧だ。けど、お前に
は部屋は割り与えられてない。」
「おい、途中まで貸してくれる流れだったぞ。」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。お前は客人でもなんでもなく、雇われの身、しか
も罰としてだ。いい加減、立場ってのを自覚しな。」
「容赦ないな。まあ、いいか。俺は外でもどこでも、立ってでも寝られるし。
なら廊下の壁にでも寄りかかりながら寝るさ。」
「何言ってんだ、あたいもそこまで鬼畜じゃない。寝相は多少悪いが、ステイ
シーの部屋で今日は寝かせてもらえ。許可はとってあるしな。」
「マジか……」
話はつけてあるということなので、無視するわけにもいかない。
とりあえず話し合うためステイシーの部屋に向かうことにした。
「オウ、やっと来たな、海斗。」
「早速だが、俺は外で寝る。以上。」
「ファック、待ちやがれ。」
「なんだなんだ。」
「お姉さんと寝れないってか?お前は今日は私の抱き枕だ。」
「おいっ……!」
ベッドに勢いよく引っ張り込まれる。
この部屋にベッドが一つしかないことは入ってすぐに気づいたから、出ること
を提案したのに何故こうなる。
「じゃ、おやすみ。」
「おやすみじゃなくて……っ」
ステイシーは聞き入れる素振りも見せずに先ほどの宣言どおり、海斗を正面か
らホールドした。
相変わらずの大きな胸が海斗の顔を圧迫する。
海斗はなんとか空気の通り道だけ確保し、その場にとどまるしかなかった。
………
……
…
昨日の時点では胸というある種凶器がかざされていた状態ではあったが、それ
でも優しい抱擁だったはずだ。
それが一夜を経て寝技へと昇華しているのだからまさに謎だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おう、無事起きてきたな。よく眠れたか?」
「……分かってて聞いてるだろ、それ。」
あずみと朝の挨拶を交わす。
昨夜は最初から全部知ってるこのメイドに送り込まれたわけだ。
あれは寝相が悪いという次元の話なのか?
「今日は何の仕事をすればいいんだ?」
「海斗は今から我の部屋へ来るのだ。」
下のほうから聞きなれた声が聞こえたと思うと、案の定そこに紋白がいた。
「今日は我は家にいるのだ。だから今日一日は海斗には我の専属執事として一
緒にいてもらうぞ。」
「分かった、引っぱらなくても行くから。」
………
……
…
「紋白の部屋も久しぶりな感じだな。」
「そんなに時間は経っておらんが、トーナメントがあったからな。」
「ああ、確かに。」
「ふふ、今日は海斗とたくさん一緒にいられるぞ。」
「部屋で何をするんだ?」
「うむ、習い事が休みとはいえ勉学を怠るわけにはいかないからな。家庭教師
の先生から出された宿題を終わらせるのだ。」
「偉いな、紋白は。」
「ふふふー、であろう?だが、今回の宿題は難易度がなかなかに高いのだ。ま
だ教えてもらっていない予習の範囲であるし……」
「ふぅん、どれどれ……俺が教えてやろうか?」
「本当か!でも海斗は勉強得意ではないはずだったろう?」
「まあ、紋白のために頑張るさ。」
紋白は全く解かずに難しいと諦めるような子ではない。
まず海斗は紋白の試行錯誤したノートから分からない部分を読み取る。
それを分かりやすいよう順を追って説明した。
「海斗、すごい分かりやすいぞ!そういえばムサコッスも言っておった。海斗
は人に教えるのが上手いと。」
「役に立てて良かった。」
「この先の問題も教えてくれるか?」
「いいぞ、今日は一日付き合うんだからな。」
「では、海斗この椅子に座るのだ。ずっと立ちっぱなしでは辛いであろう?」
「これは紋白の席だろ?座るとこなくなるぞ。」
「よいぞ、我の席はここにあるからな。」
そう言うと、椅子に腰掛けた海斗の膝の上に陣取る。
体重は軽く、伝わるのはやわらかい感触だけだ。
「我の特等席である。」
「じゃあ、この体勢で教えるぞ。」
海斗は後ろから手を回して、説明を書いていく。
「海斗は字が綺麗だな。」
「そうか?」
「うむ!」
字も何も知らなかった海斗が書けるようにと使った教材が“美しい文字”など
という資格の本だったせいで綺麗な形をオリジナルとして覚えているのだ。
「ふふっ」
「どうした、紋白?」
「いや、海斗の顔がこんなに近くにあると思ってな。」
微笑んでペンを持つ海斗の手をにぎにぎとしてくる。
勉強中、終始紋白は膝の上で幸せそうな笑顔をしていた。