「海斗〜」
弁慶がだんだんとエスカレートして、さらに密着しようとしてくる。
そこへちょうど義経がお盆に湯飲みをのせて戻ってきた。
「ちょっと弁慶、何やってるんだ!」
「はぁー、残念。もうちょっと楽しみたかったけど……」
義経も帰ってきて、渋々といった感じで弁慶は少し距離をおく。
義経はため息をつきながらも海斗のほうに向き直るとお茶を差し出した。
「はい、海斗君。」
「わざわざありがとうな。」
「是非冷めないうちに飲んでくれ。」
「おう、じゃあ飲ませてもらうな。」
「う、うん。どうだろう?」
「どうも何も、これかなり美味いぞ。」
「本当か!良かったぁ……」
安心したように笑顔を見せる義経。
実はここしばらくの間ずっとお茶を淹れる練習をしていたのだ。
というのも、つい先日のこと。
義経も海斗に心を奪われていることを理解している弁慶が義経に向かってこん
なことを言ったのがそもそもの始まりだった。
“好きな人ができたんなら、自分の部屋に呼んだときに飲めるお茶くらい淹れ
られるスキルは持ってないとねぇ。”
これを正面から受け止める素直な義経は聞いたその日から早速お茶っ葉から美
味しく作れるように特訓を開始した。
そしてなんとか今日というハプニングに備えることが出来たのである。
元は弁慶も普段の調子で義経をからかっただけのことなのだろうが、僥倖とは
いえ海斗にこうして喜んでもらった義経は嬉しそうだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふぁ…………」
「ん?眠いのか、義経。」
あくびがこぼれてしまった義経を見て、海斗が言う。
気づけば話しているうちにもう結構遅くの時間になっていた。
「ううん、全然大丈夫だぞ。まだまだ義経は……義経は……」
「いやいや、目がとろーんとなってるって。」
「そんなことない。このくらいのことで……」
「無理はしないほうがいいよ、義経。」
「じゃあ、そろそろ部屋に戻って寝るか……って、そういえばあの部屋に帰ん
なきゃいけないんだよな。」
「ん、どういうこと?」
「いや俺は一応ここに働きにきてる身だからさ、一人のメイドの部屋のベッド
を一緒に使わせてもらってるんだが、こいつの寝相っていうべきなのか、とに
かく朝起きたら被害を受けてる状況になっててな。まあ、文句を言える立場じ
ゃないけどな。」
「なるほど、じゃあここで寝ようよ。」
「えぇっ!?弁慶、何を言って……」
「俺がここで寝たら義経の場所はどうするんだよ。あ、弁慶の部屋で一緒に寝
るとかそういうことか?」
「違う違う、ここで一緒に寝るの。海斗と義経と、私も。」
「待て、おかしいだろ。十分に部屋があるのになんでここに三人密集する必要
があるんだよ。」
「はぁ、それは喜ぶ人がいるからだって。私は勿論その一人だけど……義経は
どう?」
「え!?その……義経は……海斗君の隣で寝られるなら嬉しい……。」
「よく言った、それでこそ我が主。」
「本気で言ってんのか?」
「大丈夫、九鬼のベッドは三人くらい余裕だよ。」
「いや、誰もベッドの広さの心配はしてないんだが。」
「じゃあ、義経は海斗君の右隣にしよう。」
「はい、海斗が真ん中に入って私が左から挟むと。」
完成したのは川の字とは程遠い、ぴったりとベッドの上でくっついている三人。
中央の海斗に抱きつくように弁慶と義経が両端から寄り添う。
「おい、そんなことしたら逆に寝づらいだろ。」
「いいの、いいの。これのほうが海斗の温もりを感じられるんだから。安心し
てぐっすり眠れるってもんだよ。」
「あ、ずるいぞ弁慶。義経も同じようにする。」
「おいおい……」
状況としては二人ともが海斗の腕を取り、自身の腕を絡めている。
当然さらに密着度は高まるし、両腕を拘束されている海斗にしてみれば身動き
一つとることができない。
そこらのか弱い女子の力ではないことは忘れないでほしい。
痛みを感じるということはないが、意地でも離さないのは確実だろう。
「これじゃ寝返りもうてないぞ。」
「全然いいんだよ、覆いかぶさってきても。」
「よ、義経も大丈夫だ!」
「いやいや。」
「んっん、ぷはー。ふへ〜、海斗の匂いがすごく近くにある。」
「弁慶、寝る前に何また飲んでるんだよ……」
「髪の匂いもいい感じ…………ぺろ」
「なっ……!」
顔を海斗の髪にうずめていた弁慶は何を思ったのかどさくさに紛れて、海斗の
耳をなめてきた。
生温かく濡れた舌が遠慮なく海斗の耳の内側をなぞっていく。
普通なら顔を押しのけるなどするべきだろうが、生憎両手は使えない。
「うぅ、義経も……」
義経は弁慶の行動を羨ましそうに見ていたかと思うと、海斗の足を自分の両足
で挟むようにしてきた。
腕も足も義経の体勢は完全に海斗に抱きつくようになっていて、その接触面積
の広さはこれ以上ないくらいだ。
弁慶と同じことは恥ずかしさで出来なかったのだろうが、十分同等の威力を持
ったアクションだった。
そんな二人に挟まれて、海斗の二日目は終わったのだった。