「はぁ、こんなとこにいやがったか。」
朝一に聞いたのはそんな言葉だった。
昨夜のまま両腕は拘束されていて、見上げるとあずみの顔があった。
「ステイシーが
と思ったら……随分と好き放題やってるようだな。」
「どう見てもやられてる側だろ。」
「ほう、あくまで少女二人をはべらせてるわけじゃないと。」
「頼むからお前の中にある俺に対する偏見をまず取り除いてくれ。」
「別にいいけどよ、今日はお前に大切な仕事を任せる。さっさと起きて、準備
しな。」
「……おう。」
容赦なく義経と弁慶を引き剥がして、海斗を引っ張り起こす。
そんなあずみに頷くしかなかった。
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「で、なんなんだこれは……。」
海斗の視線の先にいるのは大勢の学生、学生、学生。
見たところ海斗より少し年下で見慣れない制服を着ている。
あずみから朝飯を食べながらされた説明は非常にざっくりしたものだった。
“今日、ある学校の団体客が見学に来る。お前にはその案内と引率をやっても
らう。勿論、あっち側にも教師はいるから安心しろ。”と。
詳しいことを聞かされないままここに駆り出されたのだ。
そもそも九鬼初心者の海斗に案内を任せるとは何事か。
コミュニケーションのいる仕事への配役は確実にあずみの嫌がらせだろう。
現に仕事の内容を話しているときに悪い顔をしていた。
「はぁ……」
今から自分があの生徒たちの前に登場するのかと思うと思わずため息が出る。
だが、与えられたからにはこの仕事を全うしなければならない。
一応、こんな格好で執事ということではあるのだ。
意を決して海斗は出て行くことにした。
「あー、今日君らの見学の引率を請け負ったもんだ。色々とはしゃぎたい気持
ちとかも分かるんで程々に言うこと聞いて、ついてきてくれると助かる。」
海斗の登場に生徒たちがざわついた。
中でも最初に声を漏らしていたのは主に女生徒だった。
「なになに、あの人超かっこいい……!」
「ここの執事なんだよね、服もすっごくきまってるし!」
「あ、今こっち見たって!私、あのサディスティックな視線に射抜かれちゃっ
たー!」
わーきゃーと、聞こえてくるのは黄色い声。
海斗はいつものように執事がそんなに珍しいかと鈍感ぶりを発揮していたが。
「あ、あの今日はよろしくお願いします。」
「ん?ああ、担任の教師か。俺のほうこそ生徒の統制まではできないから、そ
っちに任せちまうが、よろしくな。」
「は、はい。」
おまけに隣にいた女教師までがっちがちに緊張して、目を見れていない始末。
至近距離で海斗と話している彼女の照れは他の女生徒からブーイングが飛ぶほ
ど明らかなのだが、海斗は気にする様子もない。
男子生徒たちも面白くないはずだが、海斗が持つ独特の雰囲気に飲まれていた。
「る、流川さん!?」
そんな中で響き渡った声は海斗も聞き分けられるものだった。
「あれ、沙也佳か?」
そう、そこにいたのは皆と同じ制服に身を包んだ由紀江の妹、沙也佳だった。
人をかき分けて前に出てきた沙也佳はまだ信じられないようなきょとんとした
顔でまばたきを繰り返している。
「沙也佳、またこっちに来てたのか?」
「私は学校の社会見学みたいな行事で、こっちに来てて。時間があれば、流川
さんにも会いたいと思ってたんですけど。」
「わざわざ遠くまで来るんだな。」
「世界の九鬼なんて大企業が国内にありますから、大体の学校は見学の機会を
設けるみたいですよ。それより、流川さんこそどうしてここに?九鬼で執事な
んてしてたんですか?」
「俺はちょっとした期間限定でな。」
「でもこんなところでいきなり会えるなんてびっくりですけど、嬉しいです。」
そんな風に仲良さげに話す二人を見て、一部の男子生徒は穏やかではなかった。
「……俺たちの黛さんとあんな親しげに話すなんて何者なんだ?」
「……まさか、遠距離恋愛の年上彼氏とか?」
「……この前も告白して撃沈してた奴いたしな。」
「……子どもっぽい奴嫌いって噂はあるしな。確かに頼りがいっていう面では
なんか俺たちが敵いそうにはないけど。」
男子が陰でそんな風にこそこそしているのに対して、沙也佳と仲の良い女子た
ちは興味津々といった様子で近づいてくる。
「え、なになに!?沙也佳、このかっこいい人と知り合いなの?」
「どこで!?どこに行ったらこんなイケメンと出会えるの!?」
「ちょっと待ってよ、もしかして彼氏!?彼氏だったり!?」
「みんな、ちょっと落ち着いて。流川さんはお姉ちゃんの学校の先輩で私も一
回あったことがあるだけだから。」
「一回だけ?」
「うん、川神に初めて来たときに案内してもらって……」
「それってデート?」
「え、違う違う!」
大変な仕事となりそうだった。