真剣で私たちに恋しなさい!S   作:黒亜

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裏路地の戦い

「お前は何者だ。」

 

「少し遊んでくれるか、死に神?」

 

 

男がそう言って懐から取り出したのは銀一色の投げナイフ。

投擲用に作られたそれではあるが、これといった仕掛けは見受けられない。

 

 

「おい、質問にこた……」

 

「ふっ」

 

「っ!」

 

 

一瞬、いやそれ以上の言葉がないだけ。

ナイフを構えた男は間の時間を丸々抜いてしまったような速さであずみの前へ

と移動していた。

 

 

(こいつ、速すぎる……!)

 

 

音にもならない鈍い反響でナイフは肉に突き刺さっていた。

 

 

「流石、咄嗟に守れるとは見事。」

 

「おい、お前っ……!」

 

 

ナイフはあずみの前に突き出された右腕に刺さっていた。

どくどくと血が流れ出すのを見て、あずみも叫ぶ。

 

 

「けど、期待以下だよ。止められずに自己犠牲なんて。」

 

「そりゃ悪かったな。」

 

「!」

 

 

海斗の手から握力でスクラップになったナイフがこぼれ落ちる。

何本もの使い物にならない物体が音を立てて足元に転がる。

 

 

(なるほど、あの一瞬で懐から抜き取られたか。)

 

「次の攻撃を潰すなんて、面白い戦い方だ。」

 

 

予想以上の速さに下手に止めるという選択肢を捨て、別の道から戦いにおいて

自分に有利な方向に進める。

海斗独特のトリッキーな戦い方。

それも厳しい環境の中で生きていくうちに自然と身についたものだ。

 

 

「流石死に神と拍手を送りたいところだが……」

 

 

反撃を避けるために後方にさがりながら、手を後ろにかざす。

そのまま襟首からまた銀色に光るものを取り出した。

 

 

「生憎とまだナイフは残ってる。」

 

 

男の耳元でキンという金属音が響く。

 

 

「やらせるかよ。」

 

「へぇ……」

 

 

男の手にあったナイフはあずみのクナイによってはじかれていた。

銀と黒の刃物が地面をすべっていく。

 

 

「どうやら死に神だけが敵じゃないらしい。」

 

「こいつに守られてばかりじゃいられねぇからな。」

 

「しかし忘れてないか?仲間がいるのはそっちだけじゃない。」

 

 

男は後ろにいる大男に目で合図をする。

狙いは子どもでも分かる、落ちたナイフを拾わせるためだ。

 

 

「おら!」

 

「ぐはぁっ」

 

 

しかし大男は仕事をこなす前にまた倒される。

海斗が傍らにあったゴミ箱を蹴飛ばし、見事に男の顔面へと命中させたのだ。

 

 

「飛び道具があるのはそっちだけじゃねぇぜ?」

 

「……あるものもすぐに武器にかえるか。」

 

 

両者の間に保たれた一定の距離感。

そこから近づくことも遠ざかることもなく、一時の膠着状態が続く。

だが、その短い間にも精神そのものをじりじりと押しつぶすような緊張感が拭

われることはなかった。

 

 

(くそ……。相手のステータスは断片的に垣間見た程度だが、明らかに危険レ

ベルの実力者だ。力が完全に計り知れていない以上、無闇にクナイを投げて相

手に攻撃の手段を与えるわけにもいかねぇ。)

 

「……飽きたな。」

 

「あ?」

 

「今日は元々食料の調達に出てきただけだ。少し好奇心が抑えられなかったが、

本気で戦うつもりもはなからないしな。ほら、戻るぞ。」

 

 

男は周りの者たちに呼びかけると背を向ける。

その後ろをぞろぞろとついていく住人たち。

 

 

「じゃあな、死に神。」

 

「待て!お前は……」

 

「俺は玄河(くろかわ)、常夜を統べる者だ。」

 

 

それだけを言い残して、完全に姿は闇へと消えていった。

 

 

「くっ……」

 

「おい!大丈夫か!」

 

 

気配が完全になくなり平穏が戻ったことをきっかけに気が抜けたのか海斗が膝

からその場に崩れ落ちる。

確かに通常では考えられないほどのプレッシャーが精神を削り、嫌な疲労感は

あったがあずみに全く外傷はない。

 

 

「無理に動くな!」

 

 

しかし、海斗は違った。

今も腕から流れ出る血が止まる気配はない。

 

 

(くそ、明らかに出血量が普通じゃない。ナイフに特殊な薬品でもつけられて

たのか……!)

 

 

あずみは自分のメイド服の一部を躊躇なく引き裂き、海斗の腕を肩に近い部分

できつく縛った。

 

 

「悪いな、迷惑かけちまって。」

 

「……その言葉はあたいへの侮辱になる、二度と言うな。」

 

 

乾いた笑いをする海斗に感情を殺した声で言う。

迷惑をかけたのはどちらのほうだというのか。

 

 

「ったく、無傷でやるなんて言ったのはどこのどいつだ。」

 

「それは先にやった大男のほうの話だろ。」

 

「言い訳すんじゃねぇ。…………最後まで余裕な顔してやがれ。」

 

「はは、言われちまったな。」

 

「体は大丈夫か?」

 

「心配すんな、出血が止まらなかっただけで傷自体はそれほど深くない。さっ

きも貧血気味でふらっとしちまっただけだ。今はあずみの処置のおかげでだい

ぶ楽になったよ。」

 

「そうか。なら、さっさと帰るぞ。」

 

「えらくいきなり突き放すな。」

 

「なんで元気なてめぇを気にかけなきゃならねぇ。」

 

「……いつも通りのあずみで安心したよ。」

 

 

海斗が苦笑いしながら立ち上がるとあずみがすぐさま横に立ち、左腕をしっか

りと掴まれていた。

 

 

「また倒れられても面倒だからな。」

 

「ほんと、できるメイドだよ。」

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