真剣で私たちに恋しなさい!S   作:黒亜

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大人な夜のひととき

―とあるバーカウンター

 

 

「今日はご苦労さん、ほら。」

 

「ああ。」

 

 

グラス同士がぶつかる乾杯の音がする。

あずみに連れられてこんな場所に来ていた。

今日の仕事ぶりを労ってくれるということだそうだ。

 

 

「報告はしてきたのか?」

 

「今日のことは英雄様にまだ話すべきじゃねぇ。英雄様のことだ、話せば絶対

にその悪を滅ぼそうとするだろう。けど実際に相対して分かったのはあいつら

の異常さだ。安易に攻めていい相手じゃない。」

 

「そうだな。」

 

「それに今日出くわしたのも偶然だったんだろ?あいつらがこっちに影響を及

ぼそうとしていない限りは下手に事を急ぐ必要はない。」

 

「流石、冷静な意見だな。主のためってか。」

 

「まぁ、こっちはお仕えする身だからな。」

 

「それ以上の感情があるように見えるけどな、こと英雄に関しては。」

 

「あ?」

 

「主ってだけじゃ、ちょっと行きすぎなくらいの執心ぶりだろ?」

 

「………………まぁな。」

 

 

あずみがグラスに残っていた酒を一気に飲み干す。

そのまま次のボトルにも手を出した。

 

 

「溜めすぎも良くないんじゃないか?」

 

「…………」

 

「ま、無理に話す必要は全くないけどな。」

 

「……いいか?今からあたいが話すことに同情したり、内容を他言することは

許さねぇ。」

 

「はいはい。」

 

 

あずみが英雄との出会いを話し始める。

過去に起こった火災事件、それをきっかけに英雄に心からの忠誠を誓ったこと。

 

 

「あたいは英雄様に心酔してる。直接それを伝えたこともあるが、やっぱり相

手にはしてもらえなかったよ。分不相応なんて分かってることなんだけどな。」

 

「別に好きなら好きで構わないだろ。あいつは仲間や部下を大切にする奴だし

自分主義者ではあるけど気遣いもできる。いい奴だと思うぜ?」

 

(こいつ、少ない接触でそこまでのことをよく見てやがる……。英雄様が認め

ているだけはあるってか。)

 

「けど、英雄様はあたいのことを女として見ちゃいない。一人の従者としては

完全に信頼してくださっているけどな。こうも言ってるんだ。あたいには家庭

を持って幸せになってほしいって。そんなこと言われてまで、つっこんでいく

なんてただの馬鹿だろ。」

 

「馬鹿でいいじゃねぇか。」

 

「あ?」

 

「馬鹿でしか出来ないことがあるんだったら遠慮なく馬鹿になって美味しいと

こだけ掻っ攫えばいい。利口な奴しか得られない得があるんだったらそんとき

は賢く立ち回ればいい。都合のいいように変わっちまえばいいんだよ。それは

自分勝手だと思うかもしれねぇけど、自分勝手の何が悪い?自分の好きにも動

けない奴が他人のことなんて考えらんねぇよ。」

 

「お前…………」

 

「……と。以上、過去の俺への説教だ。」

 

「は?」

 

「昔の俺は無駄に意地になって決めつけてたからな。それを気づかせてくれる

奴がいなけりゃ、今こんな楽しくは過ごせてないな。だから、あずみのまわり

にもそうやって苦しんでる奴がいたら教えてやれよ。」

 

 

グラスを傾けながらそんなことを軽く言う。

同情するな、と最初に言ったのはあずみのプライドだ。

だから、それを傷つけまいと海斗は今の話をあずみのことだとは一切言わない。

今も話を特に引きずっていないかのように氷をカラカラ鳴らしている。

他人のことを気遣いができるとか言っておいて、一番気を遣っているのは誰で

あろうか。

 

“あずみの好みは知らんが、流川ならば我も安心して任せられる。”

 

何をもって一学生をあそこまで評価できるのか。

それをまざまざと見せつけられた気がした。

 

 

(さすが、英雄様の見る目は確かってことか……。)

 

 

不真面目で少し他とは違う男。

なるほど確かに個性を重視する九鬼ではうけそうだ。

 

 

「って、何にやにやしてやがんだ。」

 

「ん?いや、恋する乙女はなんか見てて可愛いと思ってさ。」

 

「ばっ、てめっ……!」

 

 

ちょっと心を許したところに不意打ちを食らった。

このそこはかとない優しさとナチュラルに女心をくすぐるような言動がメイド

たちの人気もある理由なんだと感じた。

かくいうあずみも不覚にも熱くなってしまった顔を見られるわけにはいかない。

 

 

「もう、あたいは帰るからな。」

 

 

そう言って、席を立ち出口に歩き出そうとしたのだが……。

ぐいっといきなり手をつかまれた。

今の状態で手を握られるのはあずみにとって非常にまずい。

 

 

「なっ、なんだよ!?」

 

「いや、俺の分の代金。」

 

「……………………」

 

 

はい、と手渡してくる海斗。

ちょうど飲んだ分の料金ぴったりだった。

 

 

「お前のことだから、勝手に払っちゃう可能性もあるからな。男が女に奢らせ

んのはダサすぎだろ?」

 

「……そんなんで……そんなことで引き止めてんじゃねぇよ!!」

 

「うぉっと!」

 

「ったく……!」

 

 

あずみは思い切りの蹴りをすると、海斗の手からお金をふんだくって帰ってい

った。

 

 

「何を怒ってるんだ、あいつは。」

 

 

そんな複雑な気持ちなど全く分からない海斗であった。

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