朝早く九鬼の一室。
「あー、いってぇな。」
ベッドから下着姿で出てきたのはあずみだ。
ここは彼女に与えられている部屋、どうやらその部屋の住人は調子が芳しくな
いようだが。
「まさかあたいがこんな頭痛に悩まされるとはな……」
あずみは酒を飲んだときでも翌日までは持ち越さないようにいつもケアを欠か
さなかった。
その徹底ぶりはこれまで一度も次の日の仕事に問題を一切生じさせなかったの
だが、昨夜はそんなことも忘れて早々とベッドへと逃げ込んでしまった。
錯乱する心を持て余しどうすることもできなかったのだ。
そして一夜が明けた今。
多少の頭痛という後遺症は残したもののだいぶ冷静になれたはずだ。
不意打ちということもあって昨日の言葉には気が動転したのは、この際認める
しかないが、あくまで一時のことだ。
海斗のことを思い浮かべるとドキドキする……なんて乙女チックな感情もさら
さら持ち合わせてはいない。
「むしろイライラするな。」
海斗の顔が頭にちらつくとどうしても昨日のキザな挙動も同時に思い出される。
あずみにとっては昨夜のバーでの出来事は不覚、つまりは己の失敗だったわけ
でそれをほじくりかえされることは怒りにつながる。
そう自分の心に整理をつけていた。
メイドとして、今まで生きてきた自分として、いつまでも引きずっているわけ
にはいかない。
「……そういや“あれ”忘れてたな。」
部屋の片隅にある“それ”を見て、あずみは今日を始めるのだった。
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「もう朝か……」
寒気を感じて目が覚める。
昨日はバーから帰ってきたあと、そのまま同じ廊下で眠ってしまった。
「あぁ、そうか。」
妙に寒いと思ったら今朝は何もかかっていない。
結局、昨日の毛布も出所は謎だったのだが。
とりあえず冷えた体を無理矢理に起こす。
「お」
「なっ……」
立ち上がり角のほうへ向かったところで偶然こちらに歩いてきていたあずみと
出くわした。
「おう、あずみ。おは……」
「らっ!」
「げほっ」
挨拶をしようとしただけなのにいきなり蹴りをいれられる海斗。
朝一から重すぎるダメージだ。
「なんでいきなり攻撃なんだよ。」
「あ?顔見て、ムカついたってこと以外に理由があるかよ。」
「それがまかり通るって本気で思ってるのが伝わってくるから、こっちは注意
のしようがないな……。」
あずみはその一発で何やら満足したようでいつもの調子に戻る。
「今日の仕事は簡単な買い物だけだ。」
「おつかいってことか?小学生みたいなこと言うな。」
「昨日は結構ハードなことさせちまったからな。今日は自由な外出も兼ねて、
気分転換がてら適当な仕事を選んだつもりだ。」
どうやらあずみなりに考えてくれてのことらしい。
それならば素直に従っておくとしよう。
正直なところ自由な時間というのはありがたいものだった。
「なんか気を回してもらったみたいで悪いな。じゃ、行ってくる。」
「うるせぇ、さっさと仕事してきやがれ。」
「蹴るな、蹴るなっつの。」
半ば追い出されるような形で海斗は外に出た。
「……ったく」
あずみは無理矢理つくっていた眉間のしわをとる。
そして心底くたびれたように溜息を吐き出した。
「しばらくはあいつと顔あわせるたびにこんな疲れなきゃならねぇのか。ほん
とはた迷惑な野郎だ。」
いまいち普段の調子を出せないあずみは一種の気持ち悪さを胸の中に抱えなが
ら海斗を見送るとすぐに切り替えて自分の仕事へと戻っていった。
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「えーと買い物は……装飾品?誰が使うんだろうな。」
海斗は渡されたメモを開きながら久しぶりの一人での外を歩いていた。
メモには買うものとその店への地図が書かれている。
距離的にもそこまで離れているわけでないし、すぐに終わってしまいかなり暇
な時間が出来ることも予想される。
実質休暇をもらったようなものだった。
「海斗!」
「あれ?」
突然聞き覚えのある声で呼ばれたかと思うと、前からは声の主である京が歩い
てきていた。
横には小雪の姿もあった。
「やっほー、カイトー♪」
「なんか久しぶりだな、二人とも。」
「海斗、その格好……イイ!」
「ああ、そういや執事服見せんのも初めてなんだよな。」
「おー、かっくいー」
「海斗!今すぐ抱いて!」
「ほら」
「え……!?」
海斗は言われたとおりに京を正面から抱きしめた。
そのことに一番驚いたのは他でもない言い出した京だった。
「なんで……、いつも言っても見事にスルーされるのに。」
「いやほとんど何も言わずにずっと会えなかったからな。」
「おぉ、少し離れていてもこんな特典が……」
「カイトー、僕もぉー!」
「分かった分かった。」
わざとらしく頬を膨らましているので小雪にも同じようにしてやる。
こんなわけで久しぶりの自由外出は早々に思わぬ再会から始まるのだった。