真剣で私たちに恋しなさい!S   作:黒亜

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メイドと執事

「おす、ただいま。」

 

「あぁ、帰ったか……って!お前、その格好どうしたんだっ!?」

 

 

帰ってきて早々、あずみが迎えにきた。

まあ頼まれごとをされているのだから待っているのは当たり前か。

 

 

「格好?あ、やべ……」

 

 

あんな事態があったものだから、ついつい首飾りにばかり気を取られていた。

その件に関しては虎子のおかげで思わぬ解決を迎えたが、そういえば自分の着

ているスーツ、これもれっきとした借り物なのだということをすっかり忘れて

いた。

これでは怒られる理由は全く消えていない。

むしろこの一着の値段のほうがネックレスより高いことは十分に考えられる。

 

 

「いや、これはだな……」

 

「てめぇ、怪我してんじゃねぇか。」

 

 

咄嗟に言い訳を模索したが、あずみが触れてきたのはスーツの汚れなどではな

く海斗の体に見られるいくつものすり傷のほうだった。

 

 

「くそ、あたいの見極めミスだ。」

 

 

間髪入れずに言葉を重ねると、額に手を当ててくる。

 

 

「熱まではないみたいだな……。つっても、朝はあったやつが収まっただけっ

ていう可能性も十分考えられる。」

 

「おい、どうしたってんだよ?」

 

 

あずみの予想外の行動の連続に海斗はついていけなかった。

てっきりグチグチと嫌みを言われるものだとばかり思っていたのだが。

 

 

「あんなに無茶しやがったくせに昨日も冷てぇ廊下で寝てたんだろーが!少し

朝覇気がないような気がしたが、疲れのせいじゃなかったか……」

 

「別に俺は体調悪くないし、特に病気ってわけでもないぞ?普通に歩いてても

問題なかったし……」

 

「いつも通りの行動ができても緊急時の対応力が衰えたり、咄嗟の判断力が鈍

ったりすんのが調子が悪いってことだ!覚えとけ!」

 

 

あずみの一喝の勢いに海斗は面食らった。

よもやこんな方向で怒られるとは思ってもいなかったからだ。

それは純粋に心配であり、思いやりであった。

 

 

「切り傷、刺し傷とかならまだしも、てめぇの体にあるそれはほとんどすり傷

だ。転倒や落下の衝撃でできるそんなのは、普段のてめぇだったら受け身でも

なんでもしてこんな酷くならねぇ。そんなもん一発で分かんだよ。」

 

 

あずみはステイシー同様、傭兵として戦場に立っていた時期がある。

体調の管理一つで失わなくても済んだ命を幾度となく見てきたのだろう。

だからこそ、ここまで真剣になれるのだ。

 

 

「悪かった、あずみ。」

 

「いや元々他の部屋で寝るのを咎めたあたいの責任だ。そう言われたら、躊躇

せず廊下で寝るような奴だってことは分かってたのにな。」

 

「いや、それは……」

 

「分かってる、自分を責める必要はないってんだろ。うるせぇから黙ってろ。」

 

 

先読みされたばかりか暴言まで吐かれた。

そして、少し考えるような素振りを見せた後……

 

 

「仕方ねぇ、怪我の治療もかねて今夜はあたいの部屋に来い。」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ほら、入れ。」

 

 

初めてあずみの部屋に足を踏み入れた。

使用人の部屋のつくりは基本的にどれも同じだが、それでもそこで生活する者

によって特徴は表れるものだ。

それでもあずみの部屋は必要最低限の物しか置いていない様子だった。

そこで海斗の目が部屋の隅のある物に止まった。

 

 

「あ、この毛布……」

 

「チッ、いちいち細けぇことには気づきやがるな。」

 

 

間違いない、その毛布は昨日の朝、廊下で目覚めた海斗に知らないうちにかか

っていたもの。

どこに返したらいいかも分からず、そのまま放置してしまった。

 

 

「悪かったな、昨日の夜は持って行ってやれなくてよ。あたいもすぐにベッド

に行っちまったからな。」

 

「いや、そんなの一昨日してくれただけで十分だよ。誰がやったか分かんなく

てお礼言えなくてごめんな。」

 

「言っただろ。てめぇが廊下で寝てんのにはあたいにも多少負い目がある。そ

んだけだ。」

 

「それでも、ありがとな。」

 

「っ…………くそっ!」

 

「だからなんで蹴るんだ!」

 

 

あずみの情緒は相変わらず不安定だった。

 

 

「さっさと寝るぞ、今日はあたいのベッドを使わせてやるから。さっさと疲れ

とって、怪我治せ。」

 

「あずみはどうすんだ?」

 

「別にあたいはそこの椅子でも寝れる。」

 

「待てよ、ここの部屋の本来の住人はあずみだろ。俺が床で寝るから、あずみ

がベッド使え。」

 

「それじゃてめぇをこの部屋に呼んだ意味がねぇだろうが。」

 

「部屋の中に入れてくれただけで夜に冷え込んだ廊下よりは全然ましだよ。」

 

 

あずみは分かっていた。

海斗が人を犠牲にして自分だけ楽な思いをするわけがないということを。

このままベッドを譲ると言い続けても無駄な繰り返しになることは目に見えて

いるし、最悪気を遣って部屋から出て行ってしまうこともありえる。

 

 

「……分かった、なら二人でベッドを使うんなら文句はねぇな!」

 

「は?」

 

「これなら嫌とは言わさねぇぞ。」

 

「嫌っていうか……あずみはいいのかよ?」

 

「てめぇには昨日の借りもある。ただ……あたいの体に少しでも触れようとし

てみろ、てめぇの明日はねぇぞ。」

 

「……やっぱ、無理しないほうが」

 

「さっさと入れ!……海斗。」

 

「あずみ……」

 

 

そのあずみからの言葉は海斗の背中を押すのに十分だった。




あずみの優しさを感じてください
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