翌日、俺が一人で仕事してると、第一艦隊が帰投した。ぶっちゃけ、指揮をさっきまで執ってたので、結果は知ってるから、報告なんて形だけなんだけどね。
「艦隊が帰投しました」
飛龍さんがピシッと敬礼した。
「乙。てか、毎回思うんだけどさ、敬礼やめません?」
「作戦完了です」
無視かよ。
「じゃあ、小破以上の人は入渠。他は自由にして下さい」
そうしれっと言うと、周りの人達は部屋を出て行った。残ってるのは飛龍さんだけである。
「えっと………提督」
声をかけてきた飛龍さんを右手で静止すると、いらない紙の裏に文字を書いて見せた。
『執務室の扉の裏に艦娘が聞き耳立ててる可能性あるから待って』
「……………」
いやないでしょ、といった表情を浮かべる飛龍さんだが、可能性はゼロじゃない。ゼロじゃないということは、危険だ。
「トイレ行って来ます。それまで、休憩しててください」
「あ、う、うん………」
飛龍さんは少しシュンっと落ち込んでソファーに向かった。俺は本当にトイレに向かった。
申し訳ないけど、俺は完全に安全な状況じゃなきゃ危ない橋は渡らない。
トイレに行って戻って来た。その間、執務室に来る影はない。
部屋の中に入ると、飛龍さんはコーヒーを読んで待っていた。
「お待たせしました」
「あ、やっと来た。遅いよー」
「どんだけ、楽しみにしてたんですか」
「ち、違うから!」
「はいはい。じゃあ、業務机の横に来て」
「………ソファーじゃダメなの?」
「誰か来たら、すぐに仕事に戻れるようにしないといけないんだよ」
納得してないような表情を浮かべながらも、飛龍さんは机の前に椅子を移動して座った。その隣に俺が座ると、飛龍さんは頭を差し出した。
「………今回は寝ないでくださいね」
「わ、分かってます!」
飛龍さんの頭を撫でた。
「………ちなみに、この……なんでしたっけ?イイコイイコ?」
「ナデナデ!」
「このナデナデっていつまで続けるんですか?」
「………ずっと」
「や、わけわかんないんですけど……」
「し、仕方ないじゃない!提督のナデナデ、気持ち良くて、もう提督のナデナデ無しじゃ生きられないの!」
「なにそれ、告白?」
「は?」
「冗談だからその真顔やめません?」
人ってそんな冷たい顔できるんだ……。気温が氷点下まで下がったかと思ったわ。
「提督はさ、」
「ん?」
「なんで私をたくさん使ってくれるんですか?」
「はっ?」
「だって、二航戦って一航戦や五航戦に比べて性能劣るじゃないですか。それなのに私は一応、空母で最高練度ですよ」
「んー……最初に来た空母だからじゃないですか?」
「そ、それだけ?」
「はい。だって、別の艦種はともかく、同じ艦種で後から来た人に負けたくないでしょ?」
「それは、まぁ……」
「小学生の時、俺って負けず嫌いだったから、そういう気持ちは分かるんですよ」
「へぇ……意外」
「何が?」
「小学生の時、負けず嫌いって所」
「知ってた」
あの時は負ける事自体がダサいと思ってたんだよ。今は、負ける事で自分のプライドを無くし、これ以上失うものが何も無くなってから本気出してるからね。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「良いの?なら、今日は休んで良いですよ」
「へ?でも、秘書艦として仕事は……」
「いいって。ていうか、あとは今回の出撃の作戦報告書で終わりだし」
「………じゃあ、せめてこの部屋にいさせてください」
「なんでよ」
「ここで休んでます」
「まぁ、良いけど」
まぁ、先に上がるのって何と無く気まずいよな。気持ちはわかるよ、飛龍さん。
飛龍さんはコーヒーを二人分淹れて、片方を俺の机の前に置いた。
「え?仕事しないんじゃ」
「ついでよ。ついで」
「あ、そう」
飛龍さんはソファーの上で、コーヒーを持ってくつろぎ始めた。そうそう、それで良い。俺は仕事を再開し、しばらくキーボードをカタカタと叩いた。
数分後、仕事を終えて俺は軽く伸びをした。
「ふぅ、完了」
「あ、終わった?」
「あ、はい」
「じゃあ、飲みに行きましょうよ」
「へっ?なんで?」
「良いじゃないですか、たまには」
「まぁ、別に良いですけど」
と、いうわけで飛龍さんと居酒屋に向かった。まぁ、居酒屋って言っても、普通に鳳翔さんの所なんだけどね。
「いらっしゃいま……あら、提督。珍しいですね」
鳳翔さんが挨拶してくれた。
「どうも」
「こんばんはー、鳳翔さん」
「あら、飛龍さんとお二人ですか?」
「はい、一応」
二人席に座ると、とりあえずビールを二つ注文して、俺はメニューを開いた。
「何食べます?提督」
「んー、軟骨揚げと塩揉みキャベツがあれば文句はない」
「じゃ、鳳翔さん!軟骨揚げ、塩もみキャベツ、タコワサ、野菜炒めで!」
「畏まりました」
メニューも見ずに注文する飛龍さんを見て、俺は少し関心してしまった。
「よく来るんですか?飲みに」
「え?な、なんでですか?」
「いや、メニュー見てないのに注文してたんで。しかも今言った料理、全部書いてあるし」
「あ、あははっ……まぁ、蒼龍とよく二人で。後は、一航戦のお二人とか」
ふーん、俺ってもしかしたら、あんまりどの艦娘同士が仲良いとか、あまりわかってないかもしれない。まぁ、俺も向こうにナンパしてるって思われたくなかったから、自分から話しかけたりしなかったんだけどね。
すると、ビールが二本、隼鷹に運ばれてやって来た。
「お、お待たせいたしました……」
「どーも。……って、隼鷹さん?何してるんですか?」
「………この前、酔っ払って店の椅子叩き壊しちまって、修理費を働いて払えって……」
よし、これからはもう少し俺もここに来ることにしよう。飲みに来るんじゃなくて、アル中達を止めに来る。
「一週間タダ働きの上、一ヶ月禁酒って言われた……」
「自業自得ですよ」
俺はそう言うと、ビールのグラスを持って、隼鷹に差し出した。
「? 提督?」
「一口だけ。鳳翔さんには内緒ですよ」
「提督〜‼︎良いとこあるなぁ‼︎」
隼鷹さんは上機嫌にグラスをとった。
バカ、声デケーよ。そんな大声出すと………、
「隼鷹さん?」
鳳翔さんがやって来ちゃうでしょ……。オロチよりも半端ない威圧で、隼鷹さんの動きを止めた。
「ほ、鳳翔さん……」
「何をしているのですか?まさか、お客様が注文されたお酒を飲もうなんて、していませんよね?」
「あ、あはは……そんなまさか………」
隼鷹さんは机の上にビールを置くと、逃げるように去って行った。あーあ、せっかくの機会を……。
隼鷹さんをぼんやり見てると、鳳翔さんが少し困った顔で俺に言った。
「提督、あまり隼鷹さんを甘やかさないでください」
「すみません。ここで借り作っとけば、何かに使えると思って」
「はい。ご注文の塩揉みキャベツ。……それと、女性と一緒に来ているときは、他の女性と話すものではありませんよ」
鳳翔さんはそう言い残すと、店の奥に帰った。
まさか、飛龍さんが嫉妬なんてするわけ無いだろ。そう思って、飛龍さんを見ると、少し不機嫌そうだった。
「………隼鷹には甘いんですね」
「いやそんなつもりはないですよ……。ていうか、別に嫉妬されるような仲じゃないですよね」
「………いや、別に嫉妬してるわけじゃないですよ。ただ、今日は私と飲みに来てるのにーって、思っただけです」
うーん……そういうもんなのかな。まぁ、不愉快な思いさせたなら謝っておくか。
「すみませんでした」
「いや別に謝らなくても……。さ、それより飲みましょう」
飛龍さんに言われて、俺はグラスを持ち上げた。特に意味はないが、乾杯してビールを一口飲んだ。
「んっ……ふぅ………」
「美味しいでしょ。ここのビール」
「すみません、俺って未だにビールの味がよくわからないんですよね。不味いとも思いませんけど」
「…………意外と子供なんですね」
「子供なのは悪いことじゃないでしょ。変に大人ぶってる方がみっともない」
「それ、暁ちゃんとかビスマルクに言ってあげて下さい」
「言っても聞かないでしょ」
「そうですけど……」
キャベツを食べると、さらにたこわさと野菜炒めがやって来た。
しかし、飲みってどんな話すれば良いんだろうな。世間話とか言うけど、イマイチ世間話って何なのか分からねぇんだよ。
タコワサを摘みながら話題を考えてると、飛龍さんがビールを一口煽ってから聞いて来た。
「提督は、好きな女性のタイプとかありますか?」
「………恋バナを異性としますか?」
「良いじゃないですか。最近、○○鎮守府の提督が大和さんと交際始めたらしいんですよ」
「○○鎮守府の?マジ?あの人が?」
コミュ障お仕事マシーンのあの人が?
「マジです。あのロボットみたいな人でさえ、恋愛するなら、うちの提督だってするでしょ?」
「それどういう意味?俺もロボットに見えんの?」
「だから、提督の好みとか知りたいなぁって」
「好み、ねぇ………」
あまり思い付かないけど……。
「じゃあまず外見から。身長は?」
「別に何でも」
「髪型」
「うーん……ボサボサじゃなければ別に」
「美人系?可愛い系?」
「面食いじゃないけど、アニメなら美人系」
「胸は?」
「男はみんなおっぱい星じ……おい、さっきから何の質問だよ」
「ふむふむ……じゃあ性格」
「無視かよ………」
ため息をつきながら、タコワサと再び摘んだ。
「性格はー……一緒にいて落ち着ける人。騒がしい人はちょっとごめんかな」
「なるほど………。ふむ、大体分かりました」
「何が?」
「今日、部屋に帰ったら蒼龍と会議ですね」
「何の会議だよ。つーか報告会の間違いでしょ」
この人、意外と酔いがまわるの早いのかな。ていうか、いつの間にかビール飲み干してるし。
「何か飲みます?」
「あー……じゃあ俺はカシオレ」
「女子ですか」
「別に良いでしょ。余り酒強くないんですよ」
「はいはい。すみませーん!カシオレと熱燗!」
熱燗なんて飲むのかこの人……。俺はカシスとビール以外飲んだことないのに………。
今度は逆に聞いてみるか。人が話を振る時って、大抵は自分に振ってほしい時の場合もあるんだよな。
「ていうか、飛龍さんの方は好きなタイプとかいるんですか?」
「多聞丸」
「タイプじゃなくてご指名かよ……。しかもこの世にいないし」
「仕方ないじゃないですか」
「ふーん……。ま、恋愛は人それぞれですからね。でも、俺は神霊の類は信じてないんで、もう少しリアリティのある回答を求めたいです」
「うーん……そう言われても、提督しか男の人と会ったことないし。後は、他の鎮守府の提督くらい?」
「それもそうですよね」
「その中でも、うちの提督って変わってますよね」
「え、そ、そう?」
「普通、艦娘が頭撫でてなんて言われたらドン引きするでしょう」
こいつ外でそんな話を………。まぁ、他に客いないし大丈夫だろうけど。
「そうか?俺は別に」
「ほら、変」
「別に変じゃないでしょ。艦娘に母親も父親もいませんから、たまに無性に甘えたくなっても仕方ない事だと思いますよ。それなら、鎮守府の最高責任者として、それに応じるのは当然だと思ってますから」
「…………」
「なんですか」
「いや、意外と優しいんだなー、と思いまして」
「別に普通ですよ」
少し照れたので、野菜炒めを摘まんで誤魔化した。すると、飛龍さんが俺の顔を下から覗き込んで、いたずらっぽく笑って言った。
「じゃ、今夜は名一杯甘えちゃおっかな」
「その様子を周りに見られて良いならどうぞ」
「…………やっぱやめておこう」
そんな話をしてると、鳳翔さんから新たな飲み物と軟骨揚げが運ばれて来た。
++++
翌朝。俺は目を覚ました。
「ってて……」
なんか、頭痛ぇな………。二日酔いか?そんな飲み過ぎたっけか………。
ガンガンする頭を抑えて、とりあえず上半身だけ起こした。軽く伸びをして、腰を捻ると、隣に全裸の飛龍さんが眠っていた。
「………………えっ?」
世界が、静止した。