シロナは未だかつてない緊張感を覚えていた。しかし、それは自らの精神を圧迫するものではなく、奥底から愉悦を引き出さんとする、心地よい刺激だ。
あの日以来、あの親善試合の事がシロナの頭の中から片時も離れないでいるのだ。
親善試合に敗北したとは言え、シロナはチャンピオンの座から転落したわけではない。これまでと変わらず、四天王を突破した猛者の中の猛者が、殿堂入りとマスター資格の取得に野心を抱き、チャンピオンであるシロナに挑んできた。
ぽっと出の新米トレーナーに惨敗するくらいだ。自分たちにも可能性はある……
そんな甘い考えをこさえた無知な愚者たちは、チャンピオン・シロナに完膚なきまでに叩きのめされてきた。
ある者は、鉄壁のような守りと無限にも等しい再生力を持ったミロカロスに決定打を与えることができず、全てのポケモンが猛毒に沈んだ。
ある者は、精神を統一したルカリオに攻撃をことごとく凌がれ、全てのポケモンが精錬された波動に打ち砕かれた。
そして、大半の挑戦者は、彼女のガブリアスに何もする事ができず、全てのポケモンを無力化させられた。
足りない。満たされない。こんな物ではない。
ポケモンバトルをする上で、楽しむ事に主眼を置いているシロナにとって、彼らとの戦いは彼女を悦ばせる要素たり得なかった。
あの男とのポケモンバトルを知ってしまった彼女の心は、すでに別の次元の彼方に傾きはじめていた。
彼が繰り広げた、まるでシロナの意図を見透かしているかのような立ち回りは、無敗のチャンピオンから一切の余裕を奪い取ったのだ。
本来ならば、圧倒的に有利であるはずのシロナを、的確に、恒常的に、不利へと追い込んでいったのだ。
(前みたいな、一方的な戦いになんてさせないんだから……ッ!!)
パートナーが入ったモンスターボールを握りしめる手に、自然と力が入る。
「行って、トリトドン!!」
「ぽわーお」
シロナは、みず/じめんタイプのトリトドンに先発を任せた。
「行ってこい、ボスゴドラ」
「ギャオギャアァァオ!!」
相対するマキナが繰り出したのは、いわ/はがねタイプのボスゴドラだ。
(悪くない対面ね)
いわタイプとはがねタイプを持つボスゴドラに対して、シロナのトリトドンが覚えている『だいちのちから』は非常に大ダメージを与えられる。さらに、ボスゴドラが
だが、しかしだ。
(あたしに分かって、あなたには分からないだなんてあり得ないわ。そうでしょう?マキナ)
ここで『だいちのちから』を選択するのは、以前までのシロナだ。だが、今のシロナは違う。
「戻れ、ボスゴドラ」
「トリトドン、すなあらし!!」
ボスゴドラの代わりに姿を現した、新種ポケモン・アロフォーネに、トリトドンが巻き上げたリゾートの砂塵が絡みつく。
あそこで『だいちのちから』を選択していたら、宙に浮いているアロフォーネにはまるでダメージが与えられなかっただろう。
吹き荒れる砂嵐が、僅かながらもアロフォーネの体力を削り取る。
それとなくマキナの表情を伺うと、彼の顔には少なくない驚きの色が浮き出ている。
見くびって貰っては困るのだ。
シロナはマキナを倒す事だけを考えて、ポケモン達と鍛錬を積み重ねてきたのだから。
シロナは、よりパートナーの事を理解しようとしてきたのだから。
「トリトドン、戻って!!」
「アロフォーネ、フリーズドライ」
砂嵐は、相棒の独擅場だ。
「あなたの力……存分に見せてあげて、ガブリアス!!」
シロナが放ったモンスターボールから、
以前のように雄叫びをあげる事なく、静かにその姿を露わにする。
そして、ここにいる者全てが瞬きを終える頃には、ガブリアスは吹き荒れる砂塵に
一瞬、標的を見失ってしまったアロフォーネは、交代の隙を突く事ができず、みずタイプのポケモンをも氷結させられる強い冷気を、ガブリアスに当てる事が出来なかった。
マキナのエースとも言えるポケモンの一撃を、ガブリアスは回避したのだ。
マキナの鉄仮面のような無表情が、僅かに崩れたのを、シロナは見逃さない。
(マキナ……焦っているの?もっと……もっと見せて。あなたの仮面を剥ぎ取るために、ここまで来たんだから!!)
シロナは知っているのだ。その仮面の裏には、温かさに満ち溢れた
シロナは決意したのだ。一段と強くなった相棒たちと共に、その仮面を粉砕すると。
そう意気込んだシロナが、次の指示をガブリアスに与えた時、アロフォーネが思いもよらぬ動きを見せた。
マキナの指示を待たずして、
普通、混乱状態でもない限り、ポケモンがトレーナーの指示を受けずに勝手な行動を取る事は、絶対にありえない。
他のトレーナーから譲渡されたポケモンはこの限りではないが、自らの手で投げたボールで捕まえたポケモンが、トレーナーの命令に従わない事は
つまり、アロフォーネが勝手にボールに戻ったこの現象が何を意味するか……
指示が無くとも、自分の主人が考えている事など、アロフォーネには分かりきっているのだ。
(見せつけてくれるわね)
決して少なくない時間を、トレーナーと共にしてきたシロナのポケモンですら、何らかの形でシロナが意思疎通を図らねば、バトル中に行動を取る事はできない。しっかりと何をするか伝えてあげなければ、何もする事ができないのだ。
だと言うのに、マキナのポケモンはそれを当然のようにやってのけたのだ。それも、マキナが捕まえてからそれほど時間の経っていないポケモンが……だ。
(マキナ……あなたは一体、どれほどの愛情をポケモンに注いでいると言うの?)
自らが傷つく事すら厭わぬ、誰にも見せぬマキナの愛情。
島のポケモンを一匹たりとも傷つけまいと憤る、誰にも見せぬマキナの激情。
そして、ポケモンたちを勝利へ導くために淡々と最適な指示を出し続ける、誰もが蔑むマキナの無表情。
シロナが超えなくてはならない男は、静かにプレミアボールを取り出す。
「行ってこい、キュウコン」
プレミアボールから飛び出てきたのは、『たつじんのおび』を巻いた
(これが噂の
通常、キュウコンと言うポケモンは、黄金色に輝く体毛を持った、ほのおタイプのきつねポケモンだ。
しかし、このアローラ地方の環境と文化に適応した、全く異なる容姿や形質をもった同種のポケモン…
ポケモンの知識を貪り続けるシロナが、今一番に注目しているのもこのリージョンフォームだ。
マキナが繰り出したポケモンは、キュウコンのリージョンフォームであり、通常種と違って『こおり/フェアリー』のタイプを持っていると言われている。どちらも、ガブリアスが苦手としているタイプだ。
アローラの姿のキュウコンがどんなポケモンか、リージョンフォームについて齧った程度の知識しか無いシロナには、まるで予想もつかない。だが、この程度の逆境で狼狽える彼女ではなかった。
(ガブリアスが何度も何度も何度も何度も……何度も練習してようやく覚えたこの技で、あなたのポケモンを倒してみせる)
シロナは、ガブリアスの全てを信じて
「ガブリアス!!
張り裂けるような咆哮。
大気を切り裂く鋭爪。
大地を揺るがす舞踏。
己を鼓舞したガブリアスの全身に、荒ぶる龍の力が漲っていく。
今のガブリアスなら、いつも以上に
さらに、ガブリアスは無傷を保っている。『きあいのたすき』により底力が引き出されているガブリアスは、必ず一発は攻撃を耐えてくれるだろう。
そして、砂嵐に紛れたガブリアスに攻撃を当てるのは、至難の技だ。
もはや、今のガブリアスを止められる者はいないだろう。
(マキナ、これがあたしたちの全力よ)
誇らしげに相棒を見つめていたシロナは、自分の全力を前にしたマキナの反応を確かめるべく視線を移し………
底冷えするかのような悪寒を覚えた。
笑っているのだ。
皮肉るように、嘲笑うように、冷たい笑みを浮かべていた。
あの日、ナットレイに見せていた、温かな笑みとは似ても似つかない。彼の顔は引き攣り、失笑しているのだ。
「……ダメです。シロナさん」
(否定された………?ガブリアスたちの……あたしたちの全力を、否定した?)
シロナの中で、灼熱の感情が急激に沸騰していく。
(絶対に、勝つ。勝って、そのいけ好かない仮面……引っぺがしてやるんだからッ!!)
業火のような闘志を燃やすシロナ。
そんな過熱したシロナを、芯から冷却していくような、冷たい外気が彼女を頬を撫でた。
(なんだか肌寒くなってきたわ。急にどうしたと言うの………っ!?)
冷静さを取り戻した彼女が、ようやく気づく。
つい先ほどまで吹き荒れていた砂嵐が、嘘のように収まっているのだ。
それどころか、この常夏のアローラに、
(これは……キュウコンの仕業ね)
考古学者として研ぎ澄まされたシロナの推察力が、霰の正体を看破する。
(しかも、これはあたしのトリトドンが砂嵐を起こしたのとはわけが違う。まるで、
突然の異常気象に開いた口が塞がらないシロナだったが、戸惑っているのは彼女の相棒も同じである。
うまく砂嵐に身を紛らせていたガブリアスは己を包み隠すための砂塵を失い、突如として強く降り始めた霰に身体中を嬲られている。
『きあいのたすき』によって引き出された底力も、穿つような霰によって削り取られてしまっただろう。
(まだあわてるような時間じゃないわ。今のガブリアスなら、このキュウコンより先に攻撃できるはずよ)
このアローラのキュウコンがどれだけの素早さを秘めているかは分からないが『りゅうのまい』をしたガブリアスが後手を取らされた事は、これまでに全くと言って良いほど無かったのだ。
問題は、どの技を撃たせるかだ。
今の時点でマキナの手持ちは全て判明しており、キュウコンの後ろにはアロフォーネとボスゴドラが控えている。
『ドラゴンクロー』や『げきりん』などのドラゴンタイプの技は、目の前のキュウコンに効かないので選ぶべきではないだろう。もしマキナが交代させずに、キュウコンにこおりタイプの技を命令したら、ガブリアスは確実にやられてしまう。
もう一つのメインウェポンである『じしん』ならば、キュウコンを倒せるかもしれないし、もしボスゴドラに交代してきたら、おそらく一撃で倒せるだろう。ただし、アロフォーネに交代をされたらスカされてしまう。
『どくづき』なら、ほぼ確実にキュウコンを倒せるだろうが、後ろに控えている二匹に対しては効かないだろう。
『ストーンエッジ』なら、確実にキュウコンが倒せる上に、アロフォーネにもダメージが与えられるはずだ。ただし、ボスゴドラに対してはあまり効かない上、ストーンエッジは攻撃の隙が大きく、しばしば避けられてしまう事がある。
(じしんか、ストーンエッジ、どちらが正解なのかしら……うぅ……頭が痛くなってきた……)
意外にも直情的な部分があるシロナにとって、読み合いはそこまで得意でなかったようだ。
(よく分からないからストーンエッジにしましょう)
シロナは考えるのをやめた。
「キュウコン、戻れ」
マキナならばキュウコンを引っ込めるだろうと、シロナはどこかで勘づいていた。しかし、いざ彼の完璧な読みを目の前にすると、流石は自分を倒してみせた男だと、改めて評価してしまう彼女がいる。
キュウコンをプレミアボールに戻したマキナは、アロフォーネの入ったゴージャスボールを振りかざした。シロナの選択が吉と出たのだ。
(初めてマキナとの読み合いに勝った…!!)
溢れ出そうになる喜びを抑えながら、シロナはアロフォーネが出てくるのを静かに待つ。
しかし、アロフォーネは、一向にボールから出てこない。
「……マキナ、どういうつもりなの?」
普通に意味が分からなかったシロナは、率直な疑問をマキナにぶつけると、今までに見たことがないくらいの渋面を作ったマキナが、言い淀みながらも静かに答える。
「ボールを投げ間違えてしまったのですが」
「…………」
シロナは唖然としていた。
シロナのように全てモンスターボールで統一しているならまだしも、ゴージャスボール、プレミアボール、ヘビーボールと、それぞれ全く違うボールに入ったポケモンを投げ間違えるとは、一体どういう事なのか。
「……今のはただのうっかりミスなの?」
「……ボスゴドラを投げるつもりでした」
彼の気の抜けた返答に、シロナはなんとも言えない脱力感に苛まれる。
しかし、すぐにシロナは気づくべき異常に気がつく。
なぜ、アロフォーネはボールから出てこなかったのだ。
ボールを投げられたら、ポケモンはどんな状況でも『自分の出番だ』と思うに決まっているし、瀕死状態でもない限りは必ずボールから出ててくるはずだ。
(アロフォーネ……あなたは一体、どれだけトレーナーの事を理解していると言うの?)
アロフォーネは、ここでマキナが自分を投げるはずがないと、完璧にマキナの思考をトレースしていたのだ。
このポケモンはあまりにも賢すぎる。そして、あまりにもトレーナーの事を理解しすぎている。
シロナの目には、アロフォーネという新種ポケモンと、マキナという新米トレーナーが、心と心が完全に癒着しきった一心同体の存在に見えて仕方がなかった。
(これはもう……家族という関係すら、とうに通り越している)
もはや、マキナという男の心は、ポケモンにしか向けられていないのかもしれない。
一瞬、シロナの脳裏をよぎったそんな考えを、彼女自身が否定する。
駄目だ。彼はトレーナーである前に一人の人間だ。人間としての心を失って良いわけがない。
(彼の強さが彼を
マキナが投げたヘビーボールからボスゴドラが出てくる。隙だらけのボスゴドラにストーンエッジが叩き込まれるが、いわ/はがねタイプのボスゴドラにはまるで効かない。
頬を突き刺すような強い冷気とともに、硬質な霰が向かい合う二匹のポケモンを襲う。
荒れ狂う自然の中、あの時と同じ対面がここに実現したのだ。
だが、全く同じではない。
あの時とは違い、今のガブリアスはボスゴドラのれいとうパンチを凌ぐためのヤチェの実を持っていない。
そして、あの時とは違い、今のガブリアスはより強力な『じしん』を放てるのだ。
「ボスゴドラ、メガ進化」
あの時の、雪辱を………
「ガブリアス!!じしん!!」
規格外の衝撃が、リゾートを揺らす。
戦いの行く末を見届けんとしていた、周囲にいるマキナのポケモンたちすらをも巻き込むかのような、強烈な一撃が、メガボスゴドラを打ち砕き………
耐えられた。
「そんな………」
「ボスゴドラ、れいとうパンチ」
またしても……またしてもパートナーを悪戯に傷つける結果に終わらせてしまった。
あの時と全く同じ結果だ。
「ガァァアアアアァァァ!?」
ごめんなさい。
堪え切れぬ苦しみを吐き出しながら力尽きていく相棒を目にしたシロナには、その言葉しかなかった。
ガブリアスの咆哮が止んだ時、
「………え?」
ボスゴドラが、力なく地に伏せているのだ。
「ありえない……ッ!!」
あのマキナが
感情を剥き出しにした彼が鋭い視線を向ける先には、ボロボロに傷ついたボスゴドラの拳があった。
ガブリアスのさめはだが、マキナのボスゴドラに一矢報いてみせたのだ。
ただでは終わらせない…そんなガブリアスの執念が、難攻不落のボスゴドラを、見事打ち破ってみせたのだ。
ガブリアスの最後の抵抗が、マキナの仮面に綻びを生み出したのだ。
最後まで戦い抜いたガブリアスをねぎらい、ボールへと戻す。
(マキナ、初めてあなたのポケモンを倒す事ができたわ。これで二対二………ガブリアスの頑張りを無駄にはしないんだから!!)
再び闘志を燃やすシロナが再びマキナへと視線を戻すと……
またしてもマキナは笑っていた。
「……この
「マキナ………?」
乾いた笑いを浮かべるマキナが、ゴージャスボールを投げる。シロナも慌ててマキナに続いてモンスターボールを投げる。
マキナのアロフォーネと、シロナのミカルゲ。あの日、この対面からシロナの全ては始まったのだ。
ガブリアスだけでなく、ミカルゲも打倒アロフォーネを掲げ、新たな技を覚えたのだ。そして、唯一の弱点であるフェアリータイプの技によるダメージを半減する『ロゼルのみ』を持たせている。アロフォーネを出し抜くための対策は、手厚く練ってある。
(ミカルゲ、
シロナは決して声には出さず、あらかじめ決めておいた合図で、ミカルゲにふいうちを指示する。ミカルゲは、アロフォーネが攻撃をする瞬間をじっくりと待っている。
必ずアロフォーネはムーンフォースを撃ってくるはずだ。そして、ふいうちはつつがなく遂行されるはずだ。シロナはそう確信していた。
しかし、アロフォーネがミカルゲに攻撃をしてくる事はなかった。
「アロフォーネ、ほたるび」
弱々しく儚げな光が、アロフォーネの周囲で不気味に点滅する。怪しげな灯火に照らされたアロフォーネは、その臆病な立ち振る舞いに似つかわしくない、禍々しい気配を強く垂れ流し始める。
終ぞアロフォーネの出方を伺っていたミカルゲは、攻撃を仕掛けることは敵わず『ふいうち』は失敗に終わった。
(ほたるび……?見たことのない技ね)
ほたるびとは、自分の特攻を
(攻撃を受けなかったのはこちらも同じよ。ふいうちを一撃当てられれば良いのだから、ここはもう一度ふいうちね)
しかし、シロナの思惑通りには行かず、アロフォーネはもう一度ほたるびを使ってくる。
今やアロフォーネは、数多の神秘的な光源に囲まれ、人形に取り憑いた霊魂とは思えぬ神々しさを放っていた。
(すごく、綺麗………)
エメラルドグリーンの蛍火に照らされ、美しく輝くフランス人形に、降り
だが、見惚れている場合ではない。ガブリアスがその身をすり減らして掴み取った勝機を無駄にするわけには行かない。シロナは、ミカルゲに再三ふいうちを指示する。
「アロフォーネ、ムーンフォース」
「今よ、ミカルゲ!!ふいうち!!」
攻撃動作に移ったアロフォーネの不意を突くようにして、ミカルゲの瞬撃が叩き込まれる。
だが、アロフォーネは倒れなかった。
アロフォーネは騎士甲冑の後ろに隠れて、怯えながらも何かをモグモグと咀嚼している。小さな口で頬張っている物は、トゲトゲとした輪郭が特徴的な紫色のきのみだ。
「あれは……ナモのみ……!!」
なんと言う事だ。マキナもアロフォーネが苦手とする、あくタイプ攻撃を軽減するきのみを持たせていたのだ。
やっとの思いでミカルゲが命中させた会心の一撃を、かなりの余裕を残して耐えたアロフォーネが、反撃とばかりにムーンフォースを放つ。
「ミカルゲ、ロゼルのみで耐えて!!」
シロナは知らない。
今やアロフォーネの特殊攻撃の威力は、普段の
自らが灯した蛍の光と、月がもたらす精の光。薔薇輝石のような輝きを蓄積させたアロフォーネから、眩い光弾が射出される。
シロナのミカルゲが、これを耐えられるはずなどなかった。
ロゼルのみを以ってしても、その驚異的な威力のムーンフォースを緩和しきる事など到底不可能であり、ミカルゲは砂塵を巻き上げ島の端まで吹き飛ばされる。
勝てない。
生まれて初めて、シロナが勝負を諦めた瞬間だった。
「降参するわ」
これ以上、大事なポケモン達が瀕死状態に陥ってゆくところなど、シロナは見たくもなかった。
シロナが白旗を上げると同時に、マキナが安堵の表情を浮かべた。
「なぜ、あなたがそんな表情をするの?」
「必要以上にシロナさんのポケモンを痛めつけるほど、私は悪趣味ではありませんよ」
苦みばしった表情で、疲れたようにそんな事を言い放つマキナを見て、シロナは思った。
(やっぱりあなたは……この世界の誰よりもポケモンを愛しているのね)
リゾートの作物を食い荒らす野生ポケモンたちを、マキナが無慈悲に撃退しているという事実を知らないシロナは、彼が注ぐポケモンへの愛を信じて疑わなかった。
「さて、私が勝ったら、シロナさんには私の要求を聞いてもらうという話でしたが……忘れてはいませんよね?」
「……ええ、ちゃんと覚えているわ」
シロナはわずかに体を硬直させる。マキナに限ってそんな事はないと思うが、もし変な要求をされたら……と、さすがのシロナでも少しは考えてしまう。
「シロナさんには今後、このリゾートで目にした事、耳にした事は、一切口外しないでいただきたい。絶対に、です。よろしいですか?」
ああ……やはり、マキナはマキナなのだ。
ポケモンたちだけに注ぐ愛情は、ポケモンたち以外に見せるつもりがないのだ。
ここは彼にとって不可侵の楽園であり、シロナのような無粋でしかない部外者は、彼にとって招かざる客に過ぎないのだ。
ポケモンバトルを介して、急速に縮められたような気がしたマキナとの距離が、無情にも突き放されてしまったような錯覚に、シロナは締め付けられるような痛みを覚えた。
「……わかったわ。約束する」
彼に干渉する事は、彼の幸せを妨げるだけだ。だから、シロナはもう……
「……それが約束できるのなら、いつでも歓迎します」
シロナは耳を疑った。
「………え?」
「シロナさんなら、このリゾートに来る事を拒んだりはしません。暇な時で良いので、たまに私のポケモンたちとも遊んでいただけると嬉しいです」
許された。許されたのだ。
彼の聖域に土足で踏み入る事を、シロナだけに許されたのだ。
彼の愛するポケモンたちに触れる事を。シロナだけに許されたのだ。
シロナは、目の前にいる笑わない男を見つめ、心で叫ぶ。
もっと、隠された心を知りたい。
もっと、凍てついたの心を溶かしてあげたい。
ポケモンだけに向けられたその心を………
もっと、あたしに向けて欲しい、と。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
シロナさんにポケモンバトルを申し込まれ、ホープポケモンたちがアスレチックで鍛錬を積む三日月型の島、わいわいリゾートに場所を移していた。
なんの連絡もなしに、いきなり人様の家に突撃してくるとか、シロナさんは一体どういう育ち方をしたんですかね?
シロナさんに『ポケモンは数字』とはどーゆーこっちゃと訊かれたが、中二病ノートの内容をクソ真面目に解説するメンタルなど俺には備わっていないので、それに対する返答は丁重にお断りした。が、やはり納得がいかなかったのか、バトルで勝って口を割らせるという強行手段に出てきた。ヤクザかな?
今回はあの時と違って三対三だ。とりあえず俺はアロフォーネ、キュウコン、ボスゴドラを選出した。ぶっちゃけアロフォーネだけでもなんとかなりそうだが、前みたいにアロフォーネがチキって言う事を聞かなくなる可能性を考慮して、ガブを確実に仕留められるキュウコンを編成した。なぜ毎度、役割の薄いボスゴドラを入れているかと言うと、単純に好きなポケモンだからという理由で採用しているだけだ。相手のパーティを見るなら、ナットレイの方が圧倒的に使い勝手が良い。
シロナさんのトゲキッスが少々気になるが、スカーフを巻いていてもボスゴドラをメガシンカさせなければ、もろはのずつきで強引に突破できるだろう。
今回のパーティで重要な点は、キュウコンが『この世界で』生まれた個体だという点だ。
現在、俺が所有しているポケモンは二種類あり、ひとつは
この二つの明確な違いは、技を四つ以上覚えるか否かにある。
ゲームの世界から引き継がれたポケモンたちは、ゲーム同様どうあがいても四つしか技を覚えられないのに対して、こちらの世界で入手したポケモンたちは、懐いてさえいれば四つ以上技を覚えるのだ。公式戦では、七つもの技を覚えているポケモンも見かける事もあった。まあ、折角の技スペを謎すぎる技で無駄にしている場合が殆どではあるが。
このキュウコンも技を四つ以上覚えている。技構成はふぶき、フリーズドライ、ムーンフォース、あくのはどう、めざめるパワー地、わるだくみの六つだ。キュウコンは専ら、ゆきふらしとオーロラベールを利用した壁張り要員として見かける事が多いが、敢えて積みエースとして育ててみた。オーロラベールは、どうせ鋼を呼んで逆に起点にされてしまうからという理由で採用していない。
持ち物は『たつじんのおび』を持たせている。あくZあたりを持たせたいところではあるが、俺はZクリスタルを持っていないし、そもそもシロナさんの手持ちには仮想敵であるギルガルドがいないので、呼ぶルカリオをわるだくみ+めざ地で確実に落とせる、たつじんのおびを持たせることにした。
きあいのたすきで試行回数を増やすのが理想的かもしれないが、他のポケモンから剥ぎ取って付け替えるのも億劫だったので諦めた。妥協と言われても否定はできないが、そこまでガチガチに固めなくても何とかなるだろう。
「さあ、あなたの全力をみせて!!あたしたちがどれだけ強くなったか、見せてあげるわ!!」
おば……お姉さんノリノリっすね。最近、あなたがリーグ戦で挑戦者をボッコボコにしまくっていると言う噂をちょくちょく耳にしているので、普通に怖いです。
とりあえず様子も兼ねて、先発はボスゴドラに任せる。
「行って、トリトドン!!」
「ぽわーお」
あちらの先発はまさかのトリトドン。教え技を持っているかどうかは不明だが、だいちのちからを撃たれるとちょっとキツイ。素直にナットレイを入れるべきだったかもしれない。
「ボスゴドラ、戻れ」
物理技を受けるのがボスゴドラの仕事なので、ここは脳死でアロフォーネを投げる。
「トリトドン、すなあらし!!」
うわぁ…他の人が変化技使ってくるのすげぇ久しぶりな気がする。
シロナさんのトリトドンが起こした砂嵐により、あたり一帯には砂塵が舞い上がる。
『ますた、かみのけに、すながからまりました。なえました。てったいめいれいを』
アロフォーネちゃん、君ちょっとメンタル弱すぎじゃないですかね?あとでポケリフレしてあげるのでちゃんと戦ってください。
とりあえず、一貫性がヤバイ事になっているフリーズドライを選択する。ルカリオが出てきたら、まあその時はその時で何とかなるだろう。
「トリトドン、戻って!!」
引っ込めたか。前の試合でフリーズドライは見せていないので、居座る可能性もあると見ていたのだが。
「あなたの力……存分に見せてあげて、ガブリアス!!」
ファッ!?砂ガブ!?
ガブリアスがボールから出てくると同時に、アロフォーネがフリーズドライを撃つ。しかし、砂嵐に紛れたガブリアスをうまく捉えられず、フリーズドライをはずしてしまう。
『すなあらしにまぎれるなんて、こざかしいぽけもんがいたものですね。かたはらだいげきつう』
騎士甲冑の後ろに隠れてるお前が言えた事じゃないだろ。と言うか前を見ろ前を。いちいちこっち向かなくていいから。
『こざかしいまねをしてくる、しろなのぽけもんなど、おそるるにたらず。ますた、みていてください。この、だいせいぎあろふぉーねが、ひれつなあくをうちくだいてみせ………ひっ』
前を向き直ったアロフォーネが短い悲鳴をあげると、ゴージャスボールの中へと戻ってしまった。
ちょっと待てい。
何勝手に戻ってんのお前?心の中にだっしゅつボタンでも飼ってんの?
『ますた、らぐなろくはだめです。しんでしまいます。このたたかいがおわったら、わたしとますたは、けっこんするのでしょう?こんなところで、しぬわけにはいきません』
いや、そんな死亡フラグを立てた覚えはありませんが。
マジかよって感じの顔で、シロナさんがドン引きしながらこちらを見ている。お前どんだけポケモンに懐かれてないんだよ、って思ってるんだろうなぁ……
まあ、いずれにせよアロフォーネは引っ込めるつもりだったので問題はない。よく見ると、シロナさんのガブリアスは『きあいのたすき』を装備しているので、フリーズドライを当てた所で反確を取られてしまう。
アロフォーネ対面でじしんを指示しているとは思えないので、キュウコン後出しが一番安定しそうではある。変態読みストーンエッジとか飛んできて倒されても、ゆきふらしのスリップダメージでたすきは潰せる。その後にボスゴドラを死に出しすれば、態勢を整える事ができるはずだ。
キュウコンの入ったプレミアボールを投げると、純白の九尾がモフモフして気持ち良さそうなキュウコンが出てくる。かわいい。
これで『げきりん』あたりの竜技が飛んでくれば最高なんだが……
「ガブリアス!!
は?
……やだなぁ、シロナさん。『つるぎのまい』と『りゅうのまい』を間違えてますよ。ほら、あなたのガブリアスも呆れてま……
竜舞やんけファック。
「(ガブリアスが竜舞とか)ダメです。シロナさん」
全ポケモントレーナーの総意を、俺が代弁してあげたと言うのに、シロナさんは何故かムッとした表情になる。いや、今一番怒ってるのはフライゴンさんですよ?
散々、不遇ポケモンだの、ガブリアスの完全下位互換だの、ドラゴンタイプの面汚しだの、フライゴミだの、世間の冷たい評価に耐え忍んで、念願の竜舞を獲得したんだぞ?それによってレート使用率が上がったかどうかは別として。
フライゴンさんは未だかつてない黄金期を迎えたんだぞ?輝いているかどうかは別として。
レート使用率上位に居座り続けるガブリアスに、これ以上の蛮行を許してはならない。夜な夜な枕を濡らし続けてきたフライゴンの仇は、必ず俺が取ってやろう。
冗談はさておき、ガブリアスが竜舞をしてくるというレギュレーション違反はさすがに予想していなかった。ゆきふらしの
生憎とこちらのキュウコンはこだわりスカーフを巻いていないので、竜舞を積んだガブリアスを抜く事は不可能だろう。加えて、ガブリアスの努力値や個体値にもよるが、じしん一発で落とされる可能性が非常に高い。
これがレート戦なら、交代読み竜舞読みふぶきを撃っている所だが、シロナさんがレート民のような変態じみた読みをしてくるとは思えないので、まず攻撃をしてくると見て、間違いはないだろう。因みに、ここでガブリアスにもう一度舞われたら降参確定だ。
キュウコンを捨てて、ボスゴドラを無償降臨させるのも選択肢に入るが、シロナさんの三体目のポケモンが分からない以上、下手に手持ちを減らすのは危険すぎる。
一旦アロフォーネを投げて、すぐにボスゴドラに代えるのが一番安全だろう。わけわからんサブ技が飛んできても、瀕死になる事はまずない。
己の中で結論を出した俺はキュウコンを引っ込め、アロフォーネの入ったゴージャスボールを投げる。
………。
……………………。
…………………………………。
いや、アロフォーネ何してんの?早く出てこいや。
『
まだ負け確じゃないんですけど。しかもなんで俺が慰められてんの?
『ますた、あれはむりです。もし、ますたがどうしても、らぐなろくとたたかえと、おっしゃるのなら、わたしはますたの、にくをたち、ほねをくだき、いのちをうばいとります』
なつき度ゼロかな?こう言う時だけゴーストタイプみたいな脅し文句を使うのはやめてもらえませんかね。
「……マキナ、どういうつもりなの?」
シロナさんのゴミを見るかのような目が辛いです。
おい、どう誤魔化せば良いんだよこれ。
「ボールを投げ間違えてしまったのですが」
「……今のはただのうっかりミスなの?」
「……ボスゴドラを投げるつもりでした」
シロナさんの塵芥でも見るかのような視線が辛いです。完全にドン引きしてる顔だよ、あれは。アロフォーネの我儘のせいで俺の評価は地に落ちたようだ。
アロフォーネが戦闘行動を拒否する事は、公式戦においても何度もあった。その大半が、対面が高火力アタッカーの時なのだが、たまにトドゼルガやゲンガー、果てはピクシーが対面の時でも、戦闘を拒否する事があった。
今までは、ただ臆病風に吹かれただけだと思ってきたが、何某かの理由があるのかもしれない。
が、悠長にそんな事を考察している暇はないのでボスゴドラを投げる。無防備のボスゴドラに、鋭い岩石が飛来する。ストーンエッジだ。
運の良い事に、シロナさんは『じしん』ではなく『ストーンエッジ』を指示していたようだ。キュウコンに一舞ストーンエッジをぶち込もうとするとか、あなたは悪魔ですか?
メガシンカ前のボスゴドラにとっていわタイプの技はハナクソみたいなものなので、体力の一割程度しかダメージを受けていないだろう。急所に当たった様子もない。
だが、どこかガブリアスを過信しているシロナさんならば、ほぼ確実にじしんを撃ってくるだろう。
「ボスゴドラ、メガシンカ」
「ガブリアス、じしん!!」
当然、ボスゴドラはこれを耐えた。
あとは無防備なガブリアスの土手っ腹に、ボスゴドラのれいとうパンチをぶち込むだけの作業だ。
「ガアアアァァァア!?」
ブハハハハハハ!!どうだね!?苦渋を舐めさせられてきたフライゴン先輩の苦しみが分かったかね!?これに懲りたら、二度と身の丈に合わない技など使わない事だな!!ブハハハハハハ!!
またしても四倍弱点を痛烈に突かれたガブリアスが、力なく倒れこむ。
メガボスゴドラも一緒に。
…………は?
なぜにダブルノックアウト?なにこれバグ?襷着た砂ガブを殴って、みちづれにされるとかありえないんだけど。
だが、瀕死状態に陥ったボスゴドラを観察すると、ガブリアスを殴りつけた右手が、ボロボロに傷ついているのが分かる。
つまり、シロナさんのガブリアスは『すながくれ』と『さめはだ』の特性を持っているという事だ。
さらに、前回の戦いでは『さめはだ』は発動していなかったので、シロナさんのガブリアスはなんらかの形で、後天的に『さめはだ』の特性を獲得したという事だ。
「……この
「マキナ………?」
ゲームでは、改造産のポケモンでもここまで酷くはなかった。ワタルカイリューなどかわいいものだ。この世界のポケモンはチートと言う表現すら生温い。
ならば、こちらもチート級のポケモンで徹底対抗をするまでだ。
瀕死のボスゴドラを引っ込め、アロフォーネの入ったゴージャスボールを投げる。アロフォーネは先ほどのように戦闘を拒否する事なく、ちゃんとボールから出てくる。
『ますた、ゆきがふってますね。とてもさむいです。てったいめいれいを』
ダメです。ちょっと何言ってるか分かんないから。
ガブリアスを引っ込めたシロナさんは、ミカルゲを繰り出してきた。前回のバトルでミカルゲは、アロフォーネに瞬殺されたというのに、シロナさんは自信満々な表情をしており、それなりの対策をしている事は確定的に明らかだ。この人分かりやすいなぁ。
ガブリアスがあの有り様だったので『ふいうち』の一つや二つは覚えさせているかもしれない。まあ、前回の戦いでは技を一つも見ることなく倒してしまったので、元々ふいうちは持っていたのかもしれないが。
今回はふいうち対策として、ナモのみを持たせている。さらに、新たな技を覚えたのはシロナさんのポケモンだけではないのだ。
前回のように初手あくのはどうではないのは、落ち着きのないシロナさんを見れば一目瞭然なので、俺はアロフォーネに『ほたるび』を指示する。
バルビートやマナフィ、デンジュモクといった、極少数のポケモンしか覚えられない強力な積み技を、なぜアロフォーネが使えるか不思議で仕方ないが、攻撃種族値が1しかないようなポケモンに疑問を抱くだけ無駄だ。
『ますたは、わたしのことをもっとしりたいのですか?わたしのほたるびは、ぷらずまを、はっせいさせているのですよ。このようにやるのです……あっしゅくあっしくぅ!!くうきをあっしゅくぅ!!ますた!!つよまっています!!つよまっています、わたしは!!』
やめんか。お前はどこの一方通行だ。と言うか、空気を圧縮できるとか、そのうちお前が絶対に覚えてはいけない技を覚えそうで怖いんだけど。
アロフォーネの周りには、いくつもの光の玉が点滅している。これでアロフォーネの特攻の実数値は505にまで跳ね上がったはずだ。これはひどい。
結局ミカルゲは攻撃をしてこなかったので、おそらくは『ふいうち』を指示したのだろう。『わるだくみ』をしているのかもしれないが、その時はミカルゲから放たれる重圧のような物に変化が見られるし、アロフォーネが教えてくるはずなので、ふいうちで間違いはないだろう。
真の強者っつうのはね、ふいうちを外さないんですよ。
ぶっちゃけ、三体目がミカルゲだった時点で、キュウコンが手持ちに控えている俺の勝ちが、ほぼ約束されているようなものなので、もう少し遊んでみることにする。結果次第では、シロナさんの
俺はもう一度、アロフォーネに『ほたるび』を指示する。
『みてください、ますた。わたしはいま、じんせいで、いちばんかがやいています。まあ、わたしはゆうれいなので、すでにじんせいは、おわっていますけどね』
うん、めっちゃ輝いてるよ。栄光の輝きじゃなくて、物理的な輝きだけど。あと、さり気なく自虐ネタぶっ込むのは止めような。聞いてて悲しくなるから。
アロフォーネは二度目の『ほたるび』を成功させ、美しい妖精の如く絢爛な輝きを放っている。ゴーストタイプとは一体なんだったのか。
これでアロフォーネの特攻のランクは、最大まで引き上げられたはずだ。最大のランクで元の400%になるので、実数値にして808。敵は死ぬ。
美しく光り輝くアロフォーネに、シロナさんは目を奪われていた。
綺麗な顔してるだろ?ルギアすらワンパンできるんだぜ、それ。
またしてもミカルゲは何もしてこなかったので、シロナさんのミカルゲは、あへあへふいうち連打マンと化しているようだ。単純思考すぎるシロナさんかわいいよシロナさん。
今のアロフォーネがムーンフォースを撃てば、仮にシロナさんのミカルゲがHD極振りでロゼルのみを持っていたとしても、確定一発で落とせる。厨火力すぎる。
「アロフォーネ、ムーンフォース」
「今よミカルゲ!!ふいうち!!」
うわぁ……シロナさんめっちゃ良い笑顔してる。守りたい、この笑顔。でも多分守れない。それどころか歪めちゃう可能性の方が高い。
本来なら大ダメージとなるはずの『ふいうち』だが、アロフォーネはあらかじめ持たせておいたナモのみを齧りながら、ミカルゲの攻撃を耐える。
『もぐもぐ……こうげきの……んっ……すきをつくなんて………んぐっ………げせんなやからですね……もぐもぐ………ほんものの、ごーすとたいぷというものを、わたしがみせて………っ!?!?げほげほっ!?ますたっ!!きかんに、なものみがっ!?』
食べながら喋るからです。大体お前人形だから気管とか無いだろ。
『げほっ……なんてひきょうな……!!やみのほのおにだかれてしね!!』
いや、今のミカルゲ関係ないし。ムーンフォースはそんな邪悪な技じゃないから。あと、女の子が死ねとか言っちゃいけません。
フルパワーのアロフォーネが、怒りに任せた一撃をミカルゲに放つ。これが本当の『やつあたり』か……
「ミカルゲ、ロゼルのみで耐えて!!」
無理です。
過剰火力がミカルゲに叩き込まれ、ミカルゲは遥か遠方までぶっ飛んでいく。尋常じゃない破壊力に、シロナさんの顔が真っ青になる。俺の顔も真っ青になる。
「……降参するわ」
とても良い判断だと思います。むしろ降参してくれなきゃ困ります。
「なぜ、あなたがそんな表情をするの?」
「必要以上にシロナさんのポケモンを痛めつけるほど、私は悪趣味ではありませんよ」
もし、今のアロフォーネがトリトドンにフリーズドライを撃ったら、火力指数は226,240となる。分かりやすく言うと、これは一発でトリトドンが四、五回は瀕死になる数値だ。トリトドンが永久凍土になるところなど、誰も見たくないに決まっているので、降参して欲しいに決まっている。今のアロフォーネがばくおんぱやポルターガイストなんて使ったら、ここにいる全員の耳が使い物にならなくなるし、きあいだまを撃った日には、リゾートにクレーターができる。冗談じゃねぇ。
なんであれ勝ちは勝ちなので、有耶無耶にされる前に、シロナさんに確認をとる。
「さて、私が勝ったら、シロナさんには私の要求を聞いてもらうという話でしたが……忘れてはいませんよね?」
「……ええ、ちゃんと覚えているわ」
………ここで、薄い本にありがちな要求をするのも大変魅力的な選択肢ではあるが、シロナさんにそんな事をした時点で、この世界を敵に回したも同然な上、そこまで俺はクズじゃないので、真面目な要求をする。
「シロナさんには今後、このリゾートで目にした事、耳にした事は、一切口外しないでいただきたい。絶対に、です。よろしいですか?」
もしかしたら、さっきのジラーチはシロナさんにバレているかもしれないし、今後何かの拍子に勘づかれるかもしれない。準伝や禁止級のポケモンを持っている事が世にバレると、ちょっとシャレにならない。ここでしっかりと言質を取っておけば、シロナさんの人間性なら、仮に何か見られても、おいそれと吹聴する事はないだろう。
「……わかったわ。約束する」
真剣な表情で頷いてくれたので、多分大丈夫だろう。
ただ、これだけあからさまに何かを隠そうとしていると、逆に勘づかれてしまうだろう。
「……それが約束できるのなら、いつでも歓迎します」
「………え?」
「シロナさんなら、このリゾートに来る事を拒んだりはしません。暇な時で良いので、たまに私のポケモンたちとも遊んでいただけると嬉しいです」
なんなら、俺のガブリアスにも竜舞を仕込んで欲しいです。いや、マジで。
……この時。
シロナさんの熱っぽい視線に気づけるほど、俺が鈍感ではなかったら、何かが変わっていたのかもしれない……