ぐだぐだ荘のラーマな彼女   作:喧嘩上等

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ノーシータ・ノーライフ

自分に貸し与えられた部屋の姿見で、己の姿を確認する。

両サイドで纏めた赤い髪…ツインテールと言ったか。袖のないネグリジェのような衣服、そして腕に嵌めた深紅の篭手。

余の真名はラーマ。偉大なるコサラの王にしてセイバーのサーヴァントだ。今は故あって女装を…余の妻、シータの格好をしている。

 

余とシータは生前かけられた呪いによって会うことができない。英霊となった今でもその呪いは解けることはなかった。英霊の座に召し上げられた余とシータは同じ霊格を共有している。つまり召喚された際に余かシータのどちらかが『ラーマ』として召喚される。無論余はラーマであり、シータはシータだ。だがそれと同時に、余はシータでもあり、シータはラーマだった。

 

同じ世界に現界することは決してない。余も彼女との再開を望む裏腹、そのことを受け止め、心のどこかで諦めていた…のかも知れない。だから、『その方法』を聞いた時は心底驚いた。希望にすらなり得ないかもしれない僅かな可能性。だが十分に賭けてみる価値のある理論に感じたその方法は、『ラーマ自身がシータとなること』だった。

 

シータに会えないのならもう自分がシータになってしまえ。まるで狂人の考えのようだ。だが、ここはカルデアだった。数多くの英霊達が呼び出された地、人理継続保障機関カルデア。この中では『同じ名前、同じ存在のサーヴァント』が複数存在している事例がある。つまり、『同じ存在が同時に在ることが許される』のだ。

 

『ラーマとシータでは許されない。ならシータとシータなら?』…わからない。もしかすれば…もしかするかもしれない可能性。余がシータになることは、確かに不可能ではないのかも知れない。だって同じ霊格なのだから。余がシータでもあるというのなら…余はシータになってみせる。そして余はもう一度会うのだ。最愛の妻に。

 

「…とまぁカッコつけたのはいいが、いくら理論づけようとやはりこの恥ずかしさはどうにもならんな…!」

 

…そう。いくらそんな理由を並べたって裏を返せば『女装して妻になりきる痛い奴』なのだ。鏡の中でザクロのように顔を真っ赤にしながら体を抱くように腕で身を隠そうとしている姿は我ながら情けないにも程がある。控えめに言って死にたい。

 

「えぇい、シータのためなら手段は選ばないと決めたではないか…!これは愛する妻の写見、恥じるのはシータにも失礼というものだ…恥ずかしがるな余よ…!」

 

「頑張っているようですね、ミスターラーマ。」

 

「ッ!!?」

 

突如背後から聞こえてきた声に心臓がひっくり返るくらい驚いて振り返って後退し、背中を姿見にぶつける。果たしてそこには大きな袋を持った赤い軍服の女性が立っていた。

 

「気を付けてください。姿見が割れて破片が飛び散り皮膚に食い込みでもしたら傷口に雑菌が繁殖する前に患部から先を切除することになりますから。」

 

「雑菌が繁殖するより酷い事態になってるではないか!というか何故余の部屋にいる!?」

 

姿見の方向に倒れ込んだ余を見下ろす形で言葉を投げかけたこの女性はナイチンゲール。クリミアの天使と呼称されるほどの偉大な看護師のはずなのに何の間違いなのかバーサーカーとして召喚されてしまった。『患者を殺してでも救う』がモットーらしく治療する方法がやたらと大袈裟。それを本気で実践してしまうのだからEXランクの狂化は伊達ではない。…狂化のせいだよな?生前からのはずがないよな?

 

「何度もコールしましたが返事がなかったからです。入室した記録は残っていた留守の可能性は無いと見て『返事も返せない危険な状態』であると判断し、押し入らせていただきました。」

 

「む…なるほど。すまない、気づかなかった。」

 

どうやらこの服装で悶々としていたら周りの音が聞こえなくなっていたらしい。

 

「コールの音も聞こえなかった…まさか聴覚に異常が?早急に手術の準備を!ご安心を。例え何を犠牲にしてでもあなたの耳を…!」

 

「治さなくていい!!というか耳の治療で犠牲にするものとはなんだ!?……というか、そもそも何故ここに入ってこれたのだ?鍵はかかっていたはずだが…」

 

「……」

 

無言で部屋の自動ドアの方を見やるナイチンゲール。その目線を追えば開けっ放しになっている自動ドアがちょっと歪んでいるのが見えた。…なるほど。確かに押し入ったと言ったな。鍵のかかったドアを力尽くで開けて入ってきたらしい…

 

「…余の部屋のドアが!?」

 

「これが治療のためのささやかな犠牲です。」

 

「どこも治療されてないのだが!?破壊されただけではないか!」

 

耳の代償は想像以上に大きかった。というかわざわざ破壊する必要はなかったはずだ。管制室あたりに一声かければ異常を察知してロックくらい開錠してくれたろうに…ああ、その過程をすっ飛ばすのがバーサーカーだった!

 

「うぅ…それで何の用だったのだ…」

 

両膝と両手をついて半ば涙ぐみながらナイチンゲールへと問いかける。

 

「マスターから、これを貴方に届けて欲しいとのことです。」

 

そう言うと手に持った袋から、精緻な装飾を施された弓を取り出した。

 

「これは…!とうとう来たか…!」

 

ナイチンゲールからその弓を受け取り、まじまじと見つめる。するとナイチンゲールが余に問いかけてきた。

 

「聞いてもよろしいでしょうか。その弓は一体?」

 

「これは余の妻…シータの弓、追想せし無双弓(ハラダヌ・ジャナカ)だ。」

 

厳密に言うとそれを模して作った弓というべきか。第五特異点で出会ったシータが背負っていたというこの宝具のデータを洗いざらい調べ、作ってもらった。ほとんど記憶に残った通りの姿だ。

 

「しかし、カルデアの技術も凄いものだな。まさかここまで本物に近いものを作り出すだなんて…」

 

「サーヴァントにも協力をいただいたそうです。宝具のコピーを作り出すことに長けた英霊がいたそうで。」

 

「へぇ…それは凄いな。いつか会った時に礼を言わなければならないな。」

 

そう言って、立ち上がって追想せし無双弓(ハラダヌ・ジャナカ)を背負う。さっき倒れ込んだ時になんとか割れずにすんだ姿見に写る自身の姿は、在りし日の妻と重なって見えた。

その姿を少し見ていると、鏡越しにナイチンゲールと目が合った。

 

「なぜそんなことを…って言いたそうな顔だな、ナイチンゲール。」

 

「…いえ、会えなくなった者を思う気持ちは、わかっているつもりですから…」

 

「いや、違う。そういうことじゃないんだ。」

 

振り返り、ナイチンゲールと正面から向き合う。

 

「余はシータになるんだ。」

 

「…それは何故?」

 

「余がシータになれば…シータは余と会わずにすむようになる…だが、シータとなった余なら!またシータに会えるかも知れないんだ!」

 

「………」

 

余の話を聞いて頷くでもなく、目を閉じて沈黙するナイチンゲール。ともすれば、余の語ることは目の前の彼女よりもよっぽど狂っているのかもしれない。だが、真実なのだ。余はシータと会う為なら…どんなことだって、してみせる。してみせたい。しなきゃ、彼女に合わせる顔がない。

やがてナイチンゲールは目を開き…余に向かって微笑んだ。

 

「最初に見た貴方が貴方であると気づいた時、正直おかしくなってしまったのではないか、と思いました。妻との別離が人生を狂わせる…そう珍しい話ではありません。鏡の前で自分を抱きしめたあなたは、母親に縋る子どものようにも見えました。泣きそうな顔はみっともなくはありましたが…狂ったものはありませんでした。純粋に、悲しみに必死に耐える真っ直ぐなものです。」

 

「…それは…ひどい所を見せたな。」

 

恥ずかしくなって苦笑する。すると、唐突にナイチンゲールはふわりと、余の体を抱き締めた。

 

「なっ…!?ま、待て、余には愛する妻が…!」

 

慌てふためく余とは対象的にナイチンゲールは落ち着いた声で告げた。

 

「あら?貴方は『シータ』なのでしょう?つまり貴方は女性なのです。女性同士の友人関係ならばこの程度のハグは軽いスキンシップです。あまり深く考え過ぎなくてよろしいでしょう。」

 

「そ、そんな理屈…!」

 

まかり通るか、と言おうとしたが、変に意識するのはそれこそどうなのかという話だ。それにここで男であることを強調しては、折角のシータとしての服も意味が無くなるわけで…ショート寸前になるほどに思いを張り巡らせていると、ナイチンゲールは余を抱き締めたまま優しい声で言った。

 

「…不安なのでしょう。」

 

「…!」

 

「可能性が潰えてしまうのが怖いのでしょう。貴方の泣きそうな顔には、そんな思いが見て取れました。ようやく理にかなった方法を見つけた。だがそれでも彼女に会える可能性は極端に少ない。そんな方法に賭けているのに…それが叶わなかったら、全ての可能性が潰えてしまう。」

 

「余は…ぼ…くは…」

 

震える余をナイチンゲールが優しく抱きしめる。図星だった。余は確かに、この方法を成功させようと思う裏で、怖がっていた。やっとの思いで見つけた光が。暗闇の洞窟の出口ではなく、怪物の光る目だったら。苦しみの連鎖がようやく終わると思った。その希望が潰えたら…そう思うと、もう終わりだと、心が折れてしまうのではないかと不安になっていた。永遠に彼女を見ることは叶わないと…そう思うと前に進むのも怖くなった。

 

「…臆せずに進みなさい。例え失敗しても、可能性が全て潰えたわけではありません。その時は、私も次の手を考えるのを手伝います。貴方の心が折れても、何度だって治します。安心してください。私がそばにいますから。」

 

「僕…は…シータが…好きだから…!」

 

「はい。貴方が彼女を愛するように、彼女も貴方のことを、愛していますよ。それこそ、死にゆく貴方を己を殺してでも救い出したように。」

 

「う…わぁ…あぁあぁぁぁぁぁあ……!」

 

とうとう、感情を押し止めていたものが決壊した。溢れ出す涙が止まらなくなった。それは今まで必死に耐えていたもの…悲しみだった。不安で押し潰されそうだった心が、ようやく解き放たれた。

みっともなく涙を流すその姿は、妻の写見でも、コサラの王でも、英雄でもなく、1人の少年だった。そして彼の吐き出した苦しみを優しく包み込むように抱きしめるのは、やはりクリミアの天使と呼ばれる女性だった。


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