一話
【四楓院朱鷺の場合】
「・・・ここに呼ばれた理由、お前はわかるな?」
息を吸うことも躊躇われる程に張り詰めた空気の中、私はふと面を上げる。
声を発したのは厳格、そう表すのが適当だと思える老齢の男性だ。実を言えばこの人、私の実父です。
私が今こうしてビシッと正座をさせられているこの場所は、私の家で当主が誰それと大事な、大事なお話をする時に使用する大広間のような部屋だ。畳敷いてありますよ。
でも、この家ってば少し取っ付きづらい家柄だったりするわけで、中々お客人なんて来やしないんですよね。
だから父は、この場所を時折、所謂説教部屋みたいに使用する。寄りにもよって、無駄に家の重鎮とか交えて。
で、なんでまたこの家の娘たる私がこんなことになっているかというと・・・。
「さっぱりです、父様」
うん、この通り私自身にはとんと見当もつかないのだ。私ってば、日頃の行いが良すぎるから、そういうのってありえないし。
「ばかもーん!」
喝、と父は怒鳴った。周囲に座る戦々恐々といった大げさな面持ちで事の成り行きを見守っていた人たちはビクっとなって、あわあわと狼狽えている人もいた。
「朱鷺(とき)、貴様、よもや己のしたことを省みておらぬとでも言うまいな」
「いくら振り返っても、善行を積んだことしか記憶にございませんね」
「・・・」
私の返答を聞いた父が、しかめ面を更にしわくちゃにして眉間を揉み始める。そして、ひとつため息。
「ならば聞くが、朱鷺。貴様、この家を継がんと、そう申したよな?」
「ああ、そんなことも言いましたね。確かに、言いました」
いやあ、すっかり忘れていました。先週のことでしたよね、それ。
今から二年前、私はこの家、四楓院家の当主となるべく研鑽を積むために死神の道へと足を踏み入れた。
学院で仲良くなったある二人は、それはもう強くて、いっしょに修行とかしていたらあっちゅうまに私も実力付いてきてビックリしたものだ。やっぱ競争相手とか大事だねって思ったものです。なにより、二人とも面白いですしね。
で、臨時講師としてやって来たある死神さんに「ここで学ぶより、正式に死神として護廷十三隊で働き、研鑽したほうがためだ」とまで言われ、私たちは三人揃って十三隊入りを果たしたのでした。
二人はそれぞれ誘われた隊へ、なんと、一番隊でお世話になっている。二人ともそこの隊長に毎日扱かれて大変そうだが、偶にお茶すると楽しそうにそのことを話す。友達としてはなによりである。
さて、私はといえば、家柄上当然のように二番隊への誘いが来た。
理由は大それたことではなく前の代、というか父が二番隊隊長で、隠密機動総司令官だ。その娘で、尚且つ実力に不足はないのだから、継げ。そういうことです。
まあ、そりゃあ言いたいことはさしもの私でも理解はできる。でも、隊長ってたしか卍解位階に到達していないとダメじゃなかったかな。
いくらなんでも気が早すぎでしょう。あれって、天才でも十年はかかる代物って話ですよ? ただでさえ、私まだ始解もしていない(同期の二人はとうに会得済みで、なんだか悔しい)というのに。二番隊に入隊し研鑽を積めばお前はその才を十二分に生かし云々って言っていますが、正直そんなに煽てられても、って思います。
それに私、二番隊みたいな殺伐としたところなんてごめん被ります。健康に過ごしたいですよ、平和万歳。
すみませんが、ご期待には添えることはできません。嫌です。そうはっきりと言って、丁重にお断りしました。そうしたら父が「ならば、お前はこの四楓院を継げぬぞ」と言ってきたので、「じゃあ要りません」そう伝えた。即答で言ってやりました。
まさか四楓院の当主なんて地位を簡単に投げ捨てるとは思いもよらなかったのか、父は暫し唖然とし、次の瞬間に激号したのです。
で、数日過ぎて、今の状況に至る。
「では、次の代はどうなる?」
「居るじゃないですか――ここに」
ひょいと、私は瞬歩をし、元の位置へと付いた。私の膝には、先程とは違い幼子がちょこんと座っている。これぞ私の切り札よ!
父は私の膝の上に乗っている幼子を見て、むう、と唸った。
「ほら、この子が居るのなら大丈夫でしょう」
そう言って幼子を持ち上げる。幼子は「あねうえ、なにー?」と嬉しそうに聞いてくる。
幼子を膝の上におろし、もう辛抱たまらなくなったので猫にするようにあやしている私を見ながら、父は再び口を開いた。
「夜一・・・か」
「はい、夜一です。この子が相応しい」
父は、どこか納得のいく色をにじませ始めていた。それもそのはず。この夜一はまごうことなき天才である。予てより相当な才能を持つ人間を排出している四楓院だが、この子ほどのものは見たことがないとのこと。
潜在能力の底が知れないとかなんとか。そのようなことを言われていたらしい。まあ、普段でも鬼ごっこしているとすっごく早いし、隠密機動とか向いてそうな未来が見えるのは同意します。妹に負けている気がしてちょっぴり悔しいですが、この事実を利用しない手はありませんとも!
夜一も父様の後を継ぎたいって言っていたものねーというと、ねーと私の顔の下から返って来た。
ほーれ、これでどうだ。「ちちうえのおしごとつぐー」と言う愛娘。この純粋さ、このキラッキラした瞳! これを躱せるものなら、やってみなさいってものです!
やがて、父は諦めたような顔つきになり、最後にとびっきり大きなため息を吐いた後、私は解放されました。
その日の夜中、私はこっそり家を抜け出し、町の酒屋へとやって来ていた。
「・・・というわけで、私は無事に念願かなって四番隊に入隊することになりました!」
「そりゃあ、よかったじゃねぇか!」
無精ひげを生やした、しかし不潔とは感じさせない少年は朗らかに笑う。
「君のお父上に、同情せざるを得ないなあ」
対して苦笑する細身の少年は、はあ、とため息を吐いた。
なんにせよ、無茶したなと二人は言う。
「いくら憧れの隊長のところへ行きたいからって、まさか当主の座を蹴っちまうとはな! やっぱお前おもしれぇよなあ!」
「俺はそこに感心してはならないと思うんだが。やれやれ、学院時代から破天荒な女性だと思っていたが・・・」
「まあ、いいじゃねえか。やっと朱鷺が四番隊入隊できた。それが大事なの――ってわけで、祝い酒だ!」
「お前はただ飲みたいだけじゃ――そうだな、なんにせよめでたい」
――おめでとう。
二人は心からの笑顔でそう言ってくれた。なんだか、こう面と向かって言われるとなんとも言い難いものがこみ上げてくる。三人で一緒に修行し、苦楽を共にした。そんな関係だからこそ、祝いの言葉一つでもこうも違ってくるとは。いやあ、照れる。
「二人とも、ありがとう。そうだ、お礼と言ってはなんですが、酌をしてあげます」
ちょっと赤みとか頬に表れるのは恥ずかしいや。そう思い、さっさとごまかすためにとにかく酔うことにした私は、そう提案した。
「おお、いいねえ。重畳、重畳」
「あまり飲み過ぎるなよ」
案の定乗ってきた無精ひげの少年、名を京楽春水(きょうらく しゅうすい)という。注意を呼びかける細身の少年は浮竹十四郎(うきたけ じゅうしろう)。
二人とも、私の大事な友達であり、修行仲間だ。
これからは互いに忙しい身になり、こうして飲み交わすことは難しいだろうが、まあお互い元気にやっていこうやという意味合いを込めて、私たちはそれぞれの盃を打ち鳴らした。
――四番隊に入隊して、死ぬほど忙しいけど死に目を見ない。そんな理想を夢見ていたことが、私にもありました。
はい? 憧れの先輩のところに行きたいから? なんですか、それ。
「はい、これが貴女の勤務することになる十一番隊の資料です。しっかり、目を通しておいてくださいね」
ちょっと訳がわからないですね。私、四番隊へと希望していたはずですし、それに承諾とか(無理を通していましたが)もらいましたよ。ど、どうなっているんですか!?
「先日、四楓院隊長より通達がありましてね。四楓院朱鷺は、十一番隊へと入隊させろとのことです。いやあ、ほんと、ご愁傷様です」
「じょ、冗談じゃ・・・」
「――おう、テメェか、うちの隊に希望して入ってくるって奴は」
なんかものっそいドスの効いた声が背後から聞こえてくる。恐る恐る振り返ってみると、ばけもんがいらっしゃいました。
秩序とか関係ねえし、とか言い出しそうな凶悪犯罪者じみた強面に、二メートルあるんじゃないかってぐらいの背丈、筋骨隆々とした、それはもう素手で熊とか仕留められそうなほどに鍛え上げられた傷だらけの体。
――泣く子が黙るどころか見たらもっと泣く、というか吃驚して死ぬる。鬼の十一番隊長こと剣八その人である。苗字はないらしいです。なんでも、十一番隊の隊長は代々、前任者を決闘で殺した者が“剣八”を襲名し、隊長の座に就くという物騒極まりない仕来りがあるそうです。
「あ、あ、け、剣八隊長」
先ほど私に同情の視線を向けて資料を渡してきた死神の隊士が、ブルブルと震えながら声をやっとのことで搾り出す。「あァ?」と返事らしきものを返した剣八隊長に対して、
「引継ぎをお願いしてもよろしいでしょうかッ!!」と、ヤケクソ気味に声を張り上げていた。
度胸あるなぁこの人、とかぼんやりと思っていたら、剣八隊長がその旨を承諾したらしく、「いくぞ女、とろとろしてんじゃねぇ!」と急かし始めたので、大慌てでついていくことに。・・・ほんと、なんてことしてくれやがったんですか、あんの糞親父ぃ!
そして――私は何故か、十一番隊の隊舎にある道場の真ん中で、浅打抜かされて立たされていた。周囲には仁王立ちで腕を組み、見定めるように睨みつけてくる先輩の隊士さんが、壁際にずらっと並んで立っています。
ちなみに、当然のように隊長もご自身の斬魄刀を持っていらっしゃいます。やばいね。
「始めんぞ」
「ま、待って、待って下さい、しばしお時間をッ!」
ユラァと獲物を狙う虎のように姿勢を低くし始めた剣八隊長に、私は全力で静止を呼びかけた。お願いだから、この状況の意味とか意義とかそこらへんを――
「もう行ったァ!」
――斬られました。ええ、もうザックリ、バッサリと。ダメもとで防御してみたけど刀弾き飛ばされましたよ。ああ、不味いなぁ。目が霞んできました。死んだらとりあえず父様呪ってやるぅ・・・。
「――ラッキョ!? ・・・は、生きてる!?」
がばぁ! と起き上がると、清潔なベッドの上でした。そして香る薬品の香り・・・ここは四番隊の隊舎ですかね。死んだと思った・・・。横に人の気配がありますけど、医療班の人かな。
ふと、自分の切られた部位を見てみる。左の鎖骨から斜めに走り、胸の谷間、そして右の腹へと一直線に包帯が巻かれています。思ったとおり、重傷でした。
「目が覚めましたか」
こ、このお声は・・・卯ノ花隊長!? もしかしてさっきから居てくれていたのって!?
「し、失礼しました! まさか、隊長自ら治療してくださるなど思ってもおらず・・・」
「余りにも致命傷が過ぎたので、他の者には荷が重いと判断し、私が担当したのですよ」
そうだったんだ・・・九死に一生だ。卯ノ花隊長がやってくれたのだし、一生の傷とかはありえないでしょう。よかった、よかった。
「それにしても、大変な目にあいましたね。話は伺っていますよ、四楓院隊長からの命令で、強制的に十一番隊へと入隊させられることになったと」
「ええ、聞きしに及ぶよりも、とんでもないところでした・・・私、これからあそこで生活していくんですよね・・・」
「はい」
それだけですか。擁護してくださいよう。
「このようなことがあったので、私も流石にあなたのお父上にお話をさせていただきましたが・・・私は納得のいく答えをいただきました。ですので、気持ちを入れ替えて精進なさい」
なんと。父様め、何を言ったのかは知りませんが余計なことを・・・。
まあ、仕方ないです。やってやりますよ、ええ。こうなったら、やれるところまで、とことん。
【剣八の場合】
今日、隊に新入りが来るって話を聞いた。
大方、隊にいる奴らや俺同様に、戦って、戦って戦いたくて仕方がねぇ、血の気の有り余ったイキのいい奴だろう。そう当たりをつけていた。
だが話を持ってきた奴が言う話にゃ、どうも違うらしい。
「これが、その者の資料になります。ご確認を」
おずおずと男らしくねえ引き腰で紙束を手渡そうとしてくる。まあ、受け取らねぇとジジイがうるせぇからしゃーなく受け取ったが、にしてもこの野郎は情けねぇ奴だ。もちっとどっしり構えられねぇものなのかよ。そんなんでどうやって、何に斬り掛るってんだ。
ま、この腰抜けはどうでもいいわな。それより新入りだ。さぁて、どれどれ・・・へぇ! こりゃあ中々おもしれぇ。よりにもよって女が、十一番隊(おれらのところ)にかよ! っは、まあ本当におもしれぇかどうかってのは、実際に斬り合ってから判断するかねぇ。そうと決まりゃあ話が早ェ、早速とっ捕まえに行くとするか。
「おい、この新入りの女。どこにいんだ?」
「は、はい。現時刻ですと、恐らく――」
――あの後、新入りの女連れて道場で斬り合ってみた。
俺が飛びかかる直前か同時かにあいつがなんか喚いていたような気がするが、まあとにかく斬った。
したらそいつ、存外合っけねぇでやんの。ヤケになっちまって、めちゃくちゃに刀振り回すことになったら萎えたが、あいつは防御の型をとっていた。そんだけならそのまま斬っちまうだけなんだが、そいつ・・・その瞬間だけ、やる気になったのか霊圧が上がってよ。びりびりきやがって、存外ワクワクさせられちまった。そら止まれねぇよな。
まあ結局思いっきりぶった斬っちまった訳だが、最後はいい気迫だったしまあ合格だろうよ。だが、周りの奴らの反応はえらい辛辣なものだったなあ。やれ、貴族の奴にはその程度だの、ざまあねぇやとか聞こえてきた。なんか、歓迎って感じじゃねぇな。こちとら楽しくやっていたのによ、ちょい気分わりぃぜ。
気分わりぃから、あとは頼まァって適当なやつに女を任せた。だが、任せたはずのそいつがいきなり呼び止めてきやがる。
「・・・ンだよ。任せたっつたよな?」
「・・・とにかく見てください」
「・・・? ほう、こいつぁ」
見てみたら、この女、驚いたことにまだ刀の柄握っていやがる。つまり、まだ折れてねえ。負けたって思ってねえってこった!
この女は俺らの隊で、楽しく斬り合っていける奴だ。その資格がある。
そのことを野郎どもに伝えたら、野郎どもは次に信じられねぇって目で、女の柄を握りしめている手を見た。そうしたら、もうさっきみてぇな詰まんねぇことを言う奴が一人もいなくなった! 誰も彼も、早く治して俺と斬り合え、早く戦いてぇってうるせぇでやんの。いいぜ、歓迎の空気だ!
ああ、そういやぁコイツの名前、まだ聞いていなかったよな。
――四楓院朱鷺、か。っは、楽しみにしているぜ。
申し訳ありません、このような書き方で(^U^)
なぜ四楓院か、それは四貴族出身者は誰も彼も才能持って生まれているから、成長とかトントン拍子にしていくだろうという安易な理由です。
興味を持っていただけたら、また次回に。