楯無は帰省していた。だが、行き先は更識の本家では無い。向かうのは布仏の本家、即ち虚や本音の実家である。目的はたった1つだけ、それだけの為に決して気軽に行ける距離ではない此処へと来たのだ。
「入るわよ」
「む、楯無様。斯様な所へ何用ですかな?」
「調べて欲しい事が有るの。【赤羽響介】の血縁を全て調べて」
「赤羽響介、ですと?それは本当に言っているのですな?」
「...?えぇ、そうだけど」
今楯無と話しているのは結構な歳の男性だ。生きていれば、の話だが楯無の父親と同い年程度だろう。
それもそのはず、彼は虚と本音の実の父親であり、楯無の父親の親友だった男。名前は教えて貰えないが、まだ布仏の代表を務める優秀な男性である。調べて欲しい事が有れば直ぐに取り掛かる、又は直ぐに教えてくれる彼にしては珍しく..と言うより初めて返答に詰まっていた。
「どうかしたの?」
「....何故、貴女は知りたいと思ったのですか?」
「何故って....そんなの――」
「良いから答えて頂きたい。何故知ろうとするのか、その理由を」
楯無は頬を少し赤らめつつも真剣に答えを返す。此処で変にはぐらかせば、教えて貰う事は2度と出来ないと直感したからだ。
「私はあの人を、響介くんを愛しているから。だから力になりたいし、血族を捜せば少しでも元気になれるかなって思ったから此処に来たの」
「左様で、御座いますか...」
それでも彼は答えない。言わないつもりだった訳ではなく、迷っている様だった。言おうか、それとも言わないか以前の問題の様にも見える。言っても良いのか、それとも言わない方が
「...じゃあ、私が自分で調べるわ。端末を貸して頂戴」
「.....端末を使っても、意味は有りません。彼の情報は、絶対に出てきません」
「どうして?あの人は日本で産まれたんじゃないの?」
「生まれは日本でしょう。しかし、彼は例外です。彼の情報は1ヶ所を除いて残されてはいません」
「じゃあその場所は――」
「此処です。彼の事は知っていますよ、楯無様。ですが、知るには覚悟が必要です。人を殺すにも等しい、本物の覚悟が」
その目は誰よりも真摯で、誰よりも楯無の事を心配していた。この事実を知って、楯無が変わってしまわないかどうか、心配していた。彼がそうまで言うのなら、ショッキングなのかも知れない。しかし、楯無に止まるつもりは更々無い。
「勿論、覚悟はしているわ。どんな事でも、ね」
「...そうですか。なら、伝えましょう。彼の親と妹を除き、血の繋がりがあるのは貴女です」
「.......え?」
「貴女ですよ、楯無様。いえ、更識刀奈、貴女だけです」
彼は畳を剥がし、下から巻物を取り出す。時代錯誤な仕掛けだが、それ故に気付きにくい仕掛けだ。彼はそのまま床に広げると、今代の場所を指差す。
「元々、貴女と簪様は実の姉妹ではありません。簪様と貴女は腹違いの姉妹です。貴女は更識の本家、簪様は更識の分家の生まれで先代の楯無様が引き取りました。故に彼とは...赤羽の者とは血縁関係ではありません。しかし貴女は更識本家の人間、故に赤羽と血縁関係を持っています」
「ねぇ、少し待って。赤羽の者って、さっきから言ってるけどまるで更識に連なる一族みたいに言うじゃない。どういう事なの?」
「貴女の言う通りですよ。赤羽は更識に連なる一族...と言うより、元は同じ一族でした」
「元は?」
「はい。私達に伝えられているのはある代の時、本家から兄弟が産まれました。しかし、弟は人とは思えない力と殺意を持って産まれ、更識から追放されたと。弟をどうしても見捨てられなかった兄は弟の姓を【赤羽】とした上で外国に追放、それ以来外国の不穏な動きをマークする一族となったそうです」
(人とは思えない力と殺意...それって丸っきりドミナントじゃない!って、そうなると私と響介くんの血縁はかなり遠いんじゃ...)
「ですが、どんどん血が薄くなるに連れて赤羽の者も弱くなっていきました。更識の血が関係あるのではないか、と睨んだ数代後の両当主は自分達の息子と娘に子供を作らせました。すると生まれたのは初代赤羽を超える化け物で、それ以来定期的に間に子を生むという因習が出来たのです。...貴女は赤羽の者とは複雑にはなりますが、従兄弟に当たります」
「従兄弟....?」
刀奈には覚えがあった。幼い頃、父親が死んでしまう少し前に従兄弟の話を聴かされたのだ。もう死んだ、と聴いた記憶が有るのだが、それは【赤羽響介】が死んだという事なのだろうと刀奈は断じる。そうでなければ、話すデメリットは無いがメリットも無いのだから。いや、変に同情してしまうかも知れないというデメリットの可能性は生まれてしまう。故に話す必要性など皆無、それどころか話すべきではないのだから。
「...私達、布仏の一族は赤羽の者を荒ぶる神、アラガミと呼びその嫁を巫女と呼びます。そしてその巫女は全員アラガミを受容し、アラガミも巫女だけは殺さなかったと。貴女が彼を愛するのから、決して拒絶してはなりませんよ。巫女に拒絶されたアラガミは手綱を喰い千切り、手が付けられなくなります。そうなれば、殺すしかありません」
「安心して、彼を愛してるのは私だけじゃない。私も有り得ないけど、彼を見捨てるなんて全員有り得ないから」
その言葉と同時にISに着信が入る。普通ならばスマホを使うにも関わらず、着信が入ったのはISだ。となれば緊急事態以外有り得ない。
「教えてくれて有り難う!元気でね!」
「礼には及びません。楯無様も、お気をつけて」
ISで飛行し、楯無は急ぐ。視界の隅で着信の内容を確認すると、更に速度を上げる。その話はとても簡単な内容で、何よりも急がねばならない理由が有った。
それは、学園が襲撃されたという報告だった。