死神より哀を込めて ~英雄達を裁くは少女~   作:ウージの使い

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第2話 冥界での会話

Side ??

 

「ん……」

 

気がついたら、私は大きな門の前にいました。

門以外は何もない、実に殺風景な場所です。何なのでしょうか、ここは。

それにしても、この門大きいですね……。私の背丈の3倍はあるでしょう。

門の前には何やら凝った彫刻がドンと置かれていました。これは……犬?

 

『そう、ケルベロスだ!』

「うわあ!?」

 

な、ななな、なぜ彫刻がしゃべったのですか!

魔法が当たり前の世界で育った私としても、初体験ですよ。

しかし、ケルベロスって確か頭3つでは……? どう見ても頭1つのただの犬ですが。

 

『そこはあんまり気にしないでくれねえかなぁ……?』

「ハァ……」

 

そうは言われても……頭一つだけのケルベロスって、なんか迫力に欠けると思いませんか? 一度気になると何かもやもやして仕方ないんですよ。

気にするな? ……すみません、こういう性分なもので。

 

『まぁ、正確に言えばここでいう“ケルベロス”ってのは役職みたいなもんでさ。

俺は確かに冥界の番犬という意味ではケルベロスで合ってるんだけどな、実際は本体のケルベロスの端末のようなものなのさ』

「端末……ですか」

『冥界の門は管理が面倒でね……。人手不足ともいえるから、こうして俺みたいな端末が作られるのさ』

 

人手……ねぇ。

あなたは犬ですけどね。さらに厳密に言えば、犬の形をしたただの彫刻ですけどね。

 

『嬢ちゃんは厳しいな、おい。端末って言っても魔力とか結構あるからただの彫刻っていうのはさすがにひどいと思うぜ?』

「そうですか? 客観的な事実を述べたまでですが」

 

ん? 話に夢中になってしまいましたが、ちょっと待ってくださいよ?

さっき、この彫刻は「冥界」と言いましたよね? それに門とも。

ということは、まさか……

 

「まさか、ここは冥界? 死者の、世界?」

『おいおい、今更気がついたのか? どこからどう見ても門しかないこの殺風景な世界は

嬢ちゃんのいたいわゆる“この世”ってやつとは違うだろ?』

 

厳密にはまだ死者の世界とは言えないけどな。

彫刻はぽつりとそう付け加えました。

厳密には違うとは……いったいどういうことなのでしょうか?

いえ、考えていてもらちがあきません。とりあえず、思ったことを口にして質問してみましょうか。

 

「ここは冥界で、しかし厳密には死者の世界とはいえない。そして目の前には門。

ということは、その門が死者の世界と考えていいのですね?」

『ああ。んで、俺はその門番ってことだ。“この世”ってやつで死んでしまったやつはまずこの冥界に来て、そしてこの門をくぐって死者の世界に逝く。そういうことさ』

 

つまり。

……やはり、私はあの時、死んでいたんですね。

赤毛の少年が放った「雷の斧」で、ショック死といったところでしょうか。

私、魔法障壁とか実は展開できなかったりするんですよね……。

操影術の才能はあると言われたのですが、本格的な練習を始める前にその、死んでしまったので。

 

そして、私も死者の仲間入り。

ひょっとして……お父様やお母様も、この奥にいるのでしょうか?

私の目の前で落ちた雷、そしてあの血だらけになったサイモンさんの姿。

認めたくはないけど……そうではないかとも思ってしまう。

 

「では、これで失礼します。門を開けてくれませんか?」

『あー、やっぱりそういう流れになっちまうよなあ』

 

 

 

 

 

 

 

…………!?

 

いや、どう考えてもそういう流れだったでしょう!?

違うんですか? シリアスな雰囲気壊すのやめましょうよ……。

 

『悪いんだけどさ。嬢ちゃんはこの門の向こうにはまだ逝けないんだよ』

 

彫刻の返事は、予想だにしないものでした。

私は、門の向こうには逝けない……“まだ”?

 

「な……なら、私はまだ生きているというのですか!?」

『いや、そういうわけではないんだけれども』

 

う~、まどろっこしい……。

だったらいったい何だって言うんですか? 死んだのか、そうでないのかそれだけでもはっきりしてほしいのですが……。

だってこれ、結構重要なことじゃないですか?

 

『いや、ここにいる以上体は死んでる』

「心読まれた!?」

『まあ、話す前に直接体験してもらえばいいか……。なぁ嬢ちゃん、自分で門を開けて門の向こうに行こうとしてみな?』

 

はて、どういうことでしょう?

おそらく無理ということを伝えたいのでしょうが……おそらく門が開かないとかそんなとこですかね。

そう思って門を開けようとしましたが、そこで私は気づきました。

彫刻の、真の意図に。

 

「手が……動かない……?」

 

門に向かって手を伸ばそうとするのですが、その手が前に出せないのです。

まるで、腕が鎖で拘束されているかのように。他の方向には自由に動かすことができるのに……。

 

『これでわかったろ?』

「はい……ですが、なぜですか?」

 

尋ねると、彫刻はさっき言ったこと覚えてるか? と説明を始めてくれました。

 

『まずさっき、俺は管理が面倒で冥界が人手不足だ、って言ったろ?』

「はい」

『それはな……簡単に言うと、この世に“未練”ってやつを残してる魂が多いからだ。

未練がある魂は、この門をくぐることができない。さっき嬢ちゃんが自分で感じたように、未練が鎖のように門を開こうとするのを邪魔するからだ』

 

未練……? 私には、未練があるというのですか?

確かに、あのように殺されて死ぬのは不本意と言えばそうですが。

それとも、両親の生死がはっきりしていないことでしょうか……?

 

『……正直、これ以上のことは嬢ちゃんに伝えるのがためらわれる。

だが、未練が何なのか知りたいだろうし……。全てを受け入れる覚悟はあるかい?』

「…………」

 

きっと私の体は、何本もの鎖に、がんじがらめに縛られていることでしょう。

私を縛り付ける、未練という名の見えない鎖。

真実を知れば、おそらくこの鎖はより重みを増して私を苦しめるでしょう。

ですが……私は、逃げてはいけない。そんな気がしました。

 

たとえ、この鎖からは逃れられないとしても。

 

「……お願い、します」

『わかった』

 

瞬間、私の前に画面が現れました。とんでもない映像を映して。

 

「何ですか……これは……!」

 

炎、炎、炎。

ある村が、辺り一面燃やされていました。家も、木も、公園も、何もかも。

そして何より、生きている人の姿はない。倒れているのは、死体だけ。

 

「そんな……そんな……」

 

まさか、まさか。

無駄だとは分かっているけれど。否定しようと必死に私の記憶との相違点を探していた私の目に飛び込んできたのは、崩れ落ちた時計塔の映像でした。

……もう、否定しようがありません。言うまでもないことですが。

 

 

 

 

 

 

「これは……アカネ村、なんですね……」

 

 

 

 

 

 

 

『そうだよ。結局、メガロメセンブリア軍と紅き翼が全て燃やしちまった』

 

すまなさそうな、小さな声で彫刻は教えてくれました。

 

やはり、最初のあの雷魔法で門を守っていた人々は死んだこと。

 

お父様とお母様も、その中にいること。

覚悟はしていましたが……。やはり、生きていてほしかった。

 

他の紅き翼のメンバーによって、地下シェルターの結界が破壊されたこと。

 

フリックも、子供達も、逃げていた人々も、みんな……侵攻してきたメガロメセンブリア軍に、殺されたこと。

 

村は略奪を受け、その上で何もかも燃やされてしまったこと。

それが、今私が見ている光景。

 

そして……この後「アカネ村」の名前が、事実上地図から消えたこと。

 

「う……うぅ……」

 

覚悟は、していたつもりでした。

だけど、辛い……悲しい……。

みんな、死んでしまった。あんなに平和だった村が、わずか1日で消えてしまった。

 

『まず言っとかなきゃいけないんだが、この映像は……嬢ちゃんの魂に刻まれた記憶だ』

「私の、記憶?」

 

おかしいですね。私が死んだのは、メガロメセンブリア軍が侵攻してくるより前です。

だから、この光景を目にしているはずがないのですが……。

 

『生きていた時に見たんなら、わざわざ見せる必要はない。この光景はな、嬢ちゃんが死んで魂が冥界に向かう前に、この光景が嬢ちゃんの魂を縛り付けてしまったんだ』

「未練として……ですか」

『そう。だから嬢ちゃんは、冥界には来た。しかし、この門をくぐって死者の世界に逝くことはできない。未練が、嬢ちゃんをこの世に縛り付けてしまっているから』

 

私は、思わずその場に崩れ落ちました。

本当に、私を縛る鎖が私に重圧をかけている気がしました。立ち上がれないくらいに。

 

『私は、もう、お父様やお母様の元へ逝くことはできないのですか……?』

 

絶望的でした。私は地上にむなしくとどまるしかない。

死ぬべき時に、死に損なってしまった。そう言ってもいいでしょう。

この鎖から、逃れるすべはないのですか? 私は……永遠に、一人なのですか?

 




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