死神より哀を込めて ~英雄達を裁くは少女~ 作:ウージの使い
Side ??
私の未練は、紅き翼やメガロメセンブリア軍によって村を滅ぼされたことでした。
村の名は地図から消え、大切な人々はみな彼らのせいで死にました。
そして。私は、この未練があるために一人地上をさまようことになりそうです。
確か、こういうのを地縛霊とでも言うのでしたっけ?
『そこで嬢ちゃん、あんたに決断してもらいたいことがある』
「え……?」
もう、何も残っていない私に、何を決断しろと?
ただでさえ、一人取り残されたことに絶望しているのに。
村が燃えさかる映像まで見せられた私に、何を決断する必要があるのですか……?
『選ぶのはあくまで嬢ちゃんだ。
このまま何もせずに地上にとどまるか、もしくは……』
もしくは?
『どんな手を使ってでも、未練を断つか』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
この未練を断ち切る方法が、あるというのですか!
こんなにも私を縛りつける鎖を、断ち切る方法が!
もしあるのなら……すがりつきたい。できることなら、断ち切りたい。
そうすれば、みんなの元に逝くことができるのでしょう……?
『あぁ。ただ、言ったろ? “どんな手を使っても”と。
決して簡単なことでも、楽なことでもないと思うぜ?』
「どういう……意味ですか? 何をしろと言うつもりですか?」
少しの沈黙の後、返事が返ってきました。
“どんな手を使っても”、それがどういう意味なのか。
『嬢ちゃんの未練は、村の人々を殺され、自らも殺されたことに起因する。
攻めてきたのはメガロメセンブリア軍とはいえ、あれだけの惨事にまで発展したのは紅き翼の存在があってこそだ。そもそも、嬢ちゃんと両親を殺したのは紅き翼だし、紅き翼がいなければ軍ごときが時計台の結界を壊すことはできなかったろうさ。その間に転移魔法とかで少なくとも生き残ることができたはずだ』
しかし、実際は皆死んだ。
紅き翼が、全てを壊すきっかけになった。
『嬢ちゃんの未練はあまりに背負ってるものが大きい。これほどの未練を断つには……
いわゆる復讐しか、無い』
……復、讐?
『具体的には……被害の拡大をもたらした、「紅き翼」のメンバーを殺す、ってことだ。
メガロメセンブリア軍の関係者を殺しても……たぶん、それじゃ断ち切れない』
……はは。はははは。
何ですか? その選択肢は。
命を奪われた恨みは、命を奪って晴らせというのですか。
殺された未練は、殺して断ち切れというのですか。
人を殺さなければ……殺された皆の元には、逝けないということですか。
「そんな……こと……」
『難しい選択だっていうのは、わかっているさ。だけどな、さっきも言ったように嬢ちゃんの未練はそれだけ重さがあるんだ。もし、嬢ちゃんが願うなら……そのための力は、貸すことができる』
復讐のための、力ですか。
それを受け入れ、復讐して皆の元に逝くか……?
それを拒み、何もしないでただ一人地上に縛られて存在していくか……?
私は……
「わかり、ました……」
そう、ですよね。私にはもう、それしかない。
たとえ、この手を汚すことになっても……一人地上に縛り付けられるのは、耐えられない。
皆はそれを望まないかもしれない。だけど、私は……みんなの元に、いたいんです……。
彫刻が言った「決断する」ということは、「覚悟をする」ということ。
汚れてもなお、いたい場所にいるために。
「わかり、ました……」
同じ言葉を、もう一度繰り返しました。
もう、私に迷いはありません。それしか方法がないのですから。
ならば、受け入れよう。罪にまみれるであろうこの選択肢を。
私は、彫刻に手を伸ばしました。
「力をください。未練を断つための力を」
復讐のための、力を。
Side 彫刻
覚悟を決めたか……嬢ちゃん。
今の嬢ちゃんは、いい目をしている。意志を貫くことを、覚悟を決めたまっすぐな目だ。
だったら、俺はそれに応えないとな。
『……いいぜ。受け取りな』
ズズズズ……
地面から出てきたのは、嬢ちゃんの背丈ほどはある巨大な鎌だ。
赤い柄に、真っ黒な刃をした大鎌“
「これは……?」
おそるおそる嬢ちゃんが鎌を握ると、その身を黒い影が覆う。
嬢ちゃんの全身を覆った影はフードのある黒いローブへと変化した。
任意で髑髏の仮面を作ってはめることができるから、まさに死神の姿だな。
『なかなか似合ってるぜ、嬢ちゃん』
「あ、ありがとうございます……?」
そこは疑問形にしないでほしかったな。
きょとんとした顔で自分の姿を眺めてるのが見てて少しおかしいが。
さて、じゃあ説明をしておこうか。嬢ちゃんのための力について。
『こいつは
死神の鎌は普通に武器としても使えるが、意識することで本当の死神の力を引き出すことができる。具体的に言えば、相手から痛みなく魂を刈り取ることができる』
「魂、ですか?」
『まあ……あっさり言えば、殺してしまう、ってことだ。痛みなく死ねるっていうのと、この状態で刈れば確実に命を奪う、っていうのがポイントだな』
嬢ちゃんのことだ、苦しみもだえて死ぬっていうのはあまり見たくないだろうからな。
痛みなく魂を刈れるっていうのは、せめてもの配慮になるだろうな。
嬢ちゃんは俺の言葉を聞いて、じっと手に握られた鎌を見つめていた。
これからのことを、考えているんだろうな。
『ちなみに、鎌の扱い方は心配しなくていいぜ。この時点で、死神の鎌から嬢ちゃんの体にある程度の戦い方が染みついたからな。鎌の扱い方から体術まで、紅き翼と戦うには十分な動きが出来る。影を使った転移すら可能だぜ?』
「それは助かります……正直、まともに戦えるか不安だったので」
そりゃそうだ、生前は魔法障壁すら満足には使えないただの女の子だったわけだからな。
戦いのときには、死神の力が嬢ちゃんを支えてくれるだろう。
『基本的にはそれくらいかな。他にもいくつかあるが……それはまたおいおい話すか』
「え、それ大丈夫なんですか!?」
『まぁ、これだけでも十分やっていける。他のは言わばおまけだ』
さて、説明としてはこんなもんでいいかな。
ではいよいよ……嬢ちゃんを、地上に戻そうか。嬢ちゃんは今死んでいるから地上に戻ると仮の体を持つことができる。でも、決して生き返ったわけじゃない。
キィィィ……
嬢ちゃんの後ろ側に、小さなもう一つの扉が現れ、開く。
むろん、この扉は死者の世界に通じるものではなく“この世”に戻る扉だ。
察したのか、嬢ちゃんは扉をじっとまっすぐな目で見ていた。
先を見据えたその目から、強い意志が感じ取れる。
これは、覚悟は本物とみてよさそうだな。安心した。
『これから先、大きく時間や場所を移動するときはその扉が開く。村の外のことはよく知らないだろうし、俺が案内人としてお前を導いてやる。服装とか変わったりするけどそれはまぁ、気にしないでくれ。時間も場所も服装も、扉をくぐるたびにちゃんと目的に合うように変わるから』
「あ、ありがとうございます……」
嬢ちゃんはぺこりと頭を下げる。
心の中では、覚悟を決めたとはいえまだ不安とかあるだろうな。
それを支えてやるのも、案内人たる俺の役目だ。
あ、そうだ肝心なこと聞いてなかった。
『嬢ちゃん……名は、何ていうんだい?』
扉に向かって歩いていた嬢ちゃんは、振り返ることなく足を止めた。
しばらく黙った後、嬢ちゃんが呟くように口を開く。
「私は……すでに一度死んでますから……。元の名前は名乗りません」
そこで嬢ちゃんは振り向いて、にこっと軽く笑って見せた。
泣きたくなるのをこらえて、無理やり浮かべているような笑顔だったけどな。
「アカネ、と呼んでください。もうこの世にない、村の名ですが」
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