悲しい時に誰かがそばに居てくれたら、
その悲しみは半分になるって誰かが言っていた気がする。
けど、この悲しい気持ちも、あたしにとっては大切だから。
半分になんかしたくないって。そう彼女は言っていた。
これは、察しとおもいやりと、ちょっと多めのウソの。
そんなお話である。
―――廊下
「うー…笑わないでいるって、難しいよぉ…」
私、プリンツ・オイゲンはとある理由からアトミラールさんの秘書艦になることを目指しているんだけど…
これがとっても難しかった。
みんなの協力もあって、なんとか実技試験まではいけたんだけど…。
「絶対、アトミラールさんが面白いのがいけないんだって…」
秘書艦たるもの、周りが笑っている中でも凜として構えていなければならない場面というのは多いらしくて、
秘書艦になる為には最低3日間アトミラールさんの横についてお仕事のお手伝いをして、
その間笑ってはいけないっていうテストをクリアしなければいけなかったんだけど…。
「はぁ~…」
昨日はお昼に。
今日は朝一番から、執務室で提督のことを指差して笑ってしまいその日は失格となってしまったのだった。
…ちなみに、今回の轟沈理由は執務室にテレビが取り付けられてリモコンで電源をオンにしたら、
アトミラールさんの目から映写機みたいにして壁にテレビ番組が映し出されたのを目の当たりにしたからだった。
…えっと。多分言葉にしたら大したことないんじゃないかって思うのかもしれないけど、
その場に居た妙高さんたちが一向に気にすることなく振舞っていたりとかして…
その場を目の当たりにしたっていう空気は…
私にはちょっと耐えられないものだったんだよね…。
…あ。ちなみに、手にDVDを持たせるとちゃんとそれが映るらしい。
なんていうか。アトミラールさんって、何でも出来るよね。
ひと部屋にひとりとか欲しいかも。
「…………」
量産型アトミラールさん。
変なの想像してたら、また笑いがこみ上げてきそうになって、
私は気を紛らわそうとして窓の外に目を向けた。
この場所からは、海と並び立つ倉庫が見えて、
青くて綺麗な空は失格になった気分も一緒になって紛らわしてくれる。
倉庫…。あ。そうだ。
実地訓練の後半は、あそこで加賀さんたちからボーキサイトを守ってみせないといけないんだよねぇ…
そっちも自信ないなぁ…。
…ううんっ。後ろ向きじゃダメだよね。
明日また挑戦して、今度こそアトミラールさんに、秘書艦やっても大丈夫だってアピールしないと。
「妙高さんが教えてくれた、秘書艦の極意。察しと思いやり…?」
うーん。むずかしいことを言われている気がする。
時々聞く言葉なんだけど、具体的にどうしたらいいのか。
分からずにまた外を見ていると、視界のすみっこの方で倉庫の方に舞風ちゃんが歩いていくのが見えた。
舞風ちゃんは、倉庫の向こう側を練習場所にして、時々そこで踊っていた。
私も、何回か一緒に踊っていて楽しいなーって思ってたんだけど…なんだか今回はちょっと様子が違っていた。
「………もしかしてっ!!」
真面目な雰囲気。
これは、もしかして。私の任務に何か関係のあることなのかもしれない。
私は、ドイツからここの鎮守府に派遣された際に、
アトミラールさんの不透明なお金の動きとかを調査して報告することを極秘任務として与えられていた。
そんな中で、舞風ちゃんがいつもと違う雰囲気で倉庫の方に歩いていく。
これは…急がないといけないのかもしれないっ。
『あぁ。ここに居たのか。プリンツ、ちょっと頼みたいことが…』
「急がないとっ!! あ、ごめんなさいっ。アトミラールさんっ!! 今急いでるからっ」
振り向きざま。
近くに居たアトミラールさんの頭をサッカーボールみたく思いっきり蹴飛ばしちゃったけど、
今は鎮守府の秘密を探るのが先決。
後で謝ればきっと許してくれる…よね? きっと!!
「待ってて下さい。ビスマルクお姉さまっ!!」
ドイツの戦況はここほど深刻じゃないけど、資金繰りや資源のやりくりは結構深刻だって聞いていた。
マネできる部分っていうのはそれが秘密でもマネしないといけないんだと思う…。
だから、ドイツで頑張っているビスマルクお姉さまたちの為にも。今は急がないとっ!!
「えっと…確か…こっち!!」
ダンスの練習に使ってる場所に、舞風ちゃんは居た。
もしかしたら倉庫の中に秘密があって、
私じゃ見つけられないのかもって思ってたから心配してたんだけど…
半面、あそこであぁしているってことは、秘密じゃないのかなって思い始めていた。
そうして、倉庫の影から様子をうかがっていると…。
「………ぇっぐ」
「っ!?」
舞風ちゃんが泣いてる…っ!?
えっと…えぇーーっと!!!
『舞風ーー!!!』
「て、提督っ!?」
「アトミ…ぅぇええっ!!!」
戸惑う私を追い越して、
泣いている舞風ちゃんのもとにものすっごい速度でアトミラールさんが駆けつけてくる。
泣き声が聞こえたからなのか、その手には救急箱が抱えられていて、
どこか怪我でもしたのかと心配そうに舞風ちゃんに聞いているんだけど…。
「提督、なんで破れてるの?」
…アトミラールさんの頭は、こっちから見える後ろ半分が物凄い勢いで破れていた。
これ、どうみても救急箱が必要なのはアトミラールさんの方だよね…。
『ちょっとそこで蹴られたらエアバッグ機能が発動してな…』
「ぁ…」
―――執務室
「これでよし…っと。指令。縫い終わりましたよ?」
『あぁ。すまない…』
アトミラールさんが破裂してたのは直前に私が蹴り飛ばしたからだった。
あの後、慌ててふたりの前に掛けていって頭を下げた私はそのまま執務室に戻ってきて…
今は、妙高さんがアトミラールさんの頭を縫い終わったところだった。
「それにしても、倉庫で躓いて引っ掛けるだなんて…気をつけてくださいね?」
アトミラールさん、多分私をかばってなのか妙高さんにウソをついて縫ってもらっていた。
…なんだか、心がチクチクする。
『あぁ。まぁ。タイミングがわるかったんだ。な?』
「う、うん…」
「ほんとほんとっ。提督ってば、すごい勢いで滑り込んできたんだから。ねー?」
凄い勢いといえば、確かに凄い勢いだったけど…走りこんできたアトミラールさん。
…そういえば、舞風ちゃんってどうして泣いていたんだろうか?
『…………』
「………。あ、そうそう。私、今日はこれから用事があるんでした」
アトミラールさんと目が合うと、妙高さんはそのまま執務室を出て行ってしまった。
…これって“察しとおもいやり”っていうやつなんだろうか。
秘書艦になるんだったら、私もこれが出来ないといけないのかも…って思うと。
なんだか物凄く難しそうに見えるのだった…。
『それで…“また”なのか?』
「ぁ…うん。…ちょっとね」
そして、妙高さんが居なくなったのを見計らってアトミラールさんが舞風ちゃんに話をふる。
「…なにが“また”なの? あ、もしかして泣いてたこと?」
舞風ちゃん、なんか居心地悪そうにっていうか…よく考えたらそうだよね。
泣いてた理由とかって、あらためて聞かれると答えにくいものだった。
でも、またって言ってたってことは少なくともこれがはじめてっていうわけじゃなさそうだった。
…だったら、ちゃんと原因を究明しないとっ。
「原因究明って…そういうんじゃ、ないんだけど…」
「そうなの? あ、もし言いにくいこととかだったら、ごめんね。勝手に話、入っちゃって」
もう十分踏み込んじゃってる気はするんだけど、プライベートなことだったら、
いくら同じ艦娘でも勝手に踏み込んだらいけない部分っていうのはあると思った。
「そういうのでも…ないのかなぁ…。ま、見られちゃったし、いっか」
舞風ちゃんは、いつもと変わらない様子で時々あぁして泣いてることがあるっていうのを教えてくれた。
その理由は舞風ちゃん本人にも分からないっていうんだけど…。
「プリンツさんにもない? 理由もなくってなんだか哀しくなる時って。ぁ…でもなんか、なさそっか…」
「うーん…」
理由もなく、悲しくなる時?
それって、さみしい時とはまた違うのかな?
「あー、そんな感じかも。提督はどう思います?」
『…加賀に渡されたノルマが常軌を逸していた場合に、たまに哀しいと思う時はあるな』
「ぁー…それはたぶん違うかも」
…ていうか。それって“たまに”なんだ。
舞風ちゃんとふたりして、それはアトミラールさんだけだってアイコンタクトで会話しあう。
……ぁ。出来た。これが察しとおもいやり!!
―――倉庫練
結局、あの後もいろいろと話してたんだけど、舞風ちゃんが悲しくなる原因は分からないままだった。
アトミラールさんは、折角だからお菓子でも食べていけばってお茶を入れてくれたんだけど…
私は、やっぱり舞風ちゃんがあぁなった原因が気になって、ひとりさっきの場所に戻ってきていた。
…ここで、舞風ちゃんは泣いてたんだよね。
ここに原因があるのかもしれないって…そう思ったんだけど…。
「…………」
…倉庫だった。
そこは、いつもと変わらない殺風景といえば殺風景な倉庫だった。
屋根に移動式の対空火器が取り付けられていて、入り口に消火器と消火栓があって、
ここからだと見えないけど屋根が多重構造になっていて爆撃とかされても大丈夫なようになっている。
こういった設備なんかも、きちんと報告しないといけないのでしっかりと調べ上げてあった。
だから分かる。
ここは、ほんとーに普通の倉庫だった。
「………次っ」
ここで折れたらいけない。もしかしたら倉庫の近くで見落としがあるかもしれないのだ。
倉庫と倉庫の間は、5メートルくらい。
ちょっと離れすぎてないかなって思うのは爆発物なんかも保管する為で、
消化の為の車両が入ってこれるスペースの確保と出火した時に隣の倉庫に燃え移るのを防ぐ為なんだって。
「そうね。まあ、両サイドの倉庫から火が出た時のことを考えると、
もうちょっとスペースはあってもいいのかなって思うけど。
流石に建っちゃってるものは動かせないからねー」
「ぁ…伊勢さん」
心の中だけで思ってたつもりが、いつの間にか口に出していたみたいで、
しかもそれがばっちりと伊勢さんと日向さんに聞かれてしまっていた。
幸い機密事項とかじゃなかったけど、なんか…とっても恥ずかしい気持ちだった。
あ、私も今、ちょっとだけ泣きたいかもしれない。
「こんにちは。どうかしたの? 何か探してるみたいだったけど」
「あぁっ。いやっ。うぅ…えぇっと…」
「えっ? なに? 私、何かいけないこととか聞いちゃった??」
舞風ちゃんのことを話していいのかどうか分からなくって、
しどろもどろになってたら伊勢さんの方が困っているみたいになって、あぁ、どうしようっ。
「…触れられたくないことというのは、誰にだってあるものだ。
ただ、私たちで力になれることがあるかもしれない。
だから、もしよかったら不都合のない範囲で教えてくれないだろうか。
…伊勢はそう言いたいのだ」
「そ、そうそう。ごめんね日向、翻訳させちゃって」
翻訳っていうか、説明っていうか。
全部私がいけないんだけど、日向さんに間に入ってもらう形で…
とりあえず舞風ちゃんのことは伏せたまま相談に乗ってもらうことにした。
「ふむ。理由もなく哀しくなる時…か。あるかもな」
どんな時、っていうのは思い出せないけどふたりとも時々あるって教えてくれる。
思い出して欲しいけど、あんまり無理を言いたくはないっていうのもあった。
でも、やっぱり知りたくて…困った顔をさせてしまった。
「…そうだな。この鎮守府は賑やかだからな。こうして静かなところに来ると、時々考えてしまうのかもしれない…」
普段賑やかだから、急に静かになると寂しくなる…。
あぁ、それだったらなんとなくわかるかもしれない。
「だったらさ、それを忘れちゃうくらい、ぱーっと楽しいこととかしてみたら?」
「…悩んでいるのは私ではないぞ?」
「あ、そうだった」
日向さんを遊びに連れて行こうとする伊勢さん。
日向さんは、自分はそういう時は身体を鍛えることで気を紛らわしていると言っていた。
気が紛れるかぁ…。
根本的な解決とは違っても、ずっと落ち込んでるよりはいいって伊勢さんは言うし、
日向さんは時々の気持ちの浮き沈み自体が気の迷いみたいなものだから…とか、気晴らしをしてみるとそれまで気づかなかったことに気がつくようになるって言っていた。
…よーし。決めたっ。舞風ちゃんを、気晴らしに誘ってみよう。
―――執務室
「気晴らし?」
「そう。気晴らしっ。寂しい時は、気晴らしがいいんだって」
「うーん。そんなに気をつかって貰わなくてもいいんだけど…」
舞風ちゃんは、アトミラールさんと一緒に執務室でテレビを見ていた。
見た感じでは、もうあんまり気にしてないのかなーって思ったり、
おせっかいだったかもって思ったんだけど、
今度はアトミラールさんが助け舟を出してくれた。
『いいんじゃないか? 折角のご好意だ。近場に遊びに行くくらいだったら…』
さっすがアトミラールさん。話が分かってくれる。
舞風ちゃんも、アトミラールさんが言うんだったらって言って何かしたいことを考えてくれていた。
「あ、それだったら“あれ”やってみたい♪」
そして、思い出したって言いながらテレビを指差した。
映っていたのはテレビのCMで…なんのコマーシャルなのかは分からなかったけど、
無重力っぽい空間の中で思い思いに色んなことをしてる人たちが映っていた…。
「これ、飛行機で急降下して無重力になってるところで撮影したんだって」
「へぇ~…」
飛行機で無重力かぁ…。
面白そうだけど、大丈夫なのだろうか。私、船だから空は飛んだことないし…。
遠出の外出だからアトミラールさんの許可とかいりそうだったし…。
「実際は数分もない時間らしいんだけど、ここで踊れたら楽しいかなって。
プリンツさんも一緒にっ♪ ね、提督♪」
…っと、いけないいけない。
舞風ちゃんを励ますつもりが、なんか私の方が励まされちゃっている。
…うん。ちょっとでも面白そうって思うんだったら、やってみよう。
レッツ無重力Dancing!!
アトミラールさんも、なんだか話を勝手に進めちゃってるけど、舞風ちゃんの為だし。
きっとオーケーしてくれるよねっ。
『…遠出だから、妙高と加賀の許可が下りたらな。今週のボーキサイト採掘のノルマが、まだ終わってないんだ…』
「ぁ…」
ここで、最初の壁が立ちはだかる。
妙高さんはともかく、加賀さんは……えーいっ!やる前から落ち込んでなんかいられないっ。
これも舞風ちゃんのためなんだからっ。
私は、アトミラールさんが外出してもいいように加賀さんに許可を貰いにいくことにした。
当たって砕けろっていうこの国の精神である。
―――甘味処間宮
「…別に構いませんが?」
「うそだぁ!!?」
…その結果。あまりにあっさりと許可が出たので、聞いた瞬間に思わず大きな声を出してしまった。
「……嘘?」
「あぁ、えっと…」
そんでもって、大きな声からもの凄いピンチを招いてしまったっ。
そりゃ、いくらなんでも失礼だったって思うけど…加賀さんに見つめられたまま、
私はなんて切り替えしたらいいのか分からないまま、
気まずい雰囲気だけが漂ってしまっていた。
「加賀さんは、少し誤解されやすいところもありますけど、本当は優しいんですよ? ねぇ?」
「赤城さん。私は…っ」
加賀さんは…何か言いかけてたみたいだけど、赤城さんに助けてもらう格好で…
とりあえず外出の許可は貰うことが出来た。
助け舟…助け舟…。今日は、ダンケって思うことがたくさんある日だなぁ…。
もっとしっかりしないと。
「プリンツさん。舞風さんのこと、宜しくお願いします」
「ぁ…っ。はいっ!」
助けてもらったばかりじゃなくて、丁寧に頭を下げてお願いされてしまう。
赤城さんは、普段はごはんの量ばっかり目がいくんだけど、やっぱり礼儀正しいなぁって思う。
…でも、なんだろう。今、ちょっとだけ舞風ちゃんと同じ感じがした…気がする。
なにかあるのかな?
「さあ。そうと決まれば妙高さんのところに行きましょう。
提督が長期不在の間はおやつの管理は妙高さんですから“りくえすと”というのをしておかないと♪
ね? 加賀さん」
「…そうですね。私も、ちょうど提督に言っておかなければいけないことがありますし…」
…やっぱり、気のせいだったのかもしれない。
加賀さんと一緒に妙高さんのところに向かうっていう赤城さんは、やっぱりいつもの赤城さんだった。
私も、ふたりと一緒に執務室に戻って、今度は妙高さんから外出の許可を貰わないといけないんだった。
―――執務室
執務室では、すでにアトミラールさんが戻ってきていた妙高さんに今回のことを話していて、
先に許可を貰っておいてくれた。
そのアトミラールさんに向かって、
加賀さんが「帰ってきたらボーキサイト3倍です」ってぼそっと言ってるのを聞いちゃったりしながら…
とりあえず、話はまとまってくれたみたいだった。
「…ボーキサイト、3倍だってね」
『ノルマ3倍なのか、今あるのを3倍にしろってことなのか。それが問題だな…』
「そ、そういうのもあるんだ…」
私には、その発想はこれっぽっちもなかった。
さすがアトミラールさん…。
きっと、加賀さんとのやりとりは毎日私の想像を絶するような…。
「…………」
…ぁ。加賀さんもこっち見て驚いたっていう顔してる。
言葉を聞かなくても分かる。
あれは「全然考え付かなかったけど、なるほどそういうのもありなのですね…」っていう顔だ。
察しとおもいやり。
言わなくても分かるっていうそれを、だんだん体得出来ているのかもしれないっ。
私は、この日の出来事に確かな手応えを感じながら
後日鎮守府を離れて無重力体験をしにいく日を迎えることになった。