ぬいぐるみ提督~舞風編~(前編)   作:みどりのまど

2 / 2
ぬいぐるみ提督~舞風編~(後編)

―――防衛空軍基地

 

無重力体験っていうのは、実際に宇宙まで行くか、

飛行機に乗って急降下してる間に体験するっていうのが一般的みたいだった。

私たちの場合、流石に宇宙まで行くのは無理だから飛行機に乗って急降下する方だったんだけど…

それでも結構なお金が掛かるらしいので、

今回はそれと同じことをアトミラールさんの知り合いの将校さんにお願いして、

小型の輸送機でやってもらうことになったのだった。

 

『…随分とボロいな。大丈夫なのか?』

 

「年季が入っていると仰って下さい。これでも、高い信頼性を誇っている輸送機ですよ」

 

貸してもらえる飛行機は、

連続で3,4回の急降下、急上昇だったら平気で耐えられるって話だったけど、

アトミラールさんは整備の人と一緒になって念入りに確認をしていた。

 

『こういうのは、確認をし過ぎて困るっていうことはないからな。

機体の整備に、ちょっと興味もあるし。…と。…よし。

人数分のパラシュートもあるし、機体の方も問題はなさそうだな』

 

艦娘が乗ると、機体のあちこちにガタが出やすいってアトミラールさんは心配していたけど…

どういう意味なんだろう。…まぁ、那智さんとかは確かに物をよく壊してたような気がするけど。

 

「さぁ♪ それじゃぁ空の旅に~♪ しゅっぱーつ♪」

 

私は、そんなに物とか壊したりとかしてるつもりはなくて…

この間、アトミラールさんの頭壊しちゃったけど。

……普段はあんまり意識とかしないんだけど、艦娘の力ってそれなりに強いのかもしれない。

ノリノリの舞風ちゃんの後ろに続く形で、今までの言動を少し反省するのだった。

 

…あ、ちなみに今回は軍仕官の候補生募集の一環としてこの様子を撮影する人…

っていうのが同行してたりする。

アトミラールさんが言うには、

そうすることで予算を上の人たちに持ってもらって私たちはタダで楽しめるんだって。

…こういう“財テク”っていうのの積み重ねが、鎮守府の資金源のひとつなのかもしれない。

今度、そこのところを思い切ってアトミラールさんに聞いてみようと思った。

そのアトミラールさんなんだけど…。

 

「…? ねぇ、アトミラールさん。何持ってるの?」

 

『スナック菓子だ。無重力でこれバラ撒いて一気に食べる。…実は、一度やってみたかったんだ』

 

おいしそうなお菓子の袋を上下に振ってるのを見ると、確かに楽しそうって思う。

あ。だけど、これって広報で使うんだよね?

大丈夫なのかな???

『広報っていうのは、本来ありのままを映すべきものなんだ。

変に脚色すると、入ってから後悔しかねないからな』

 

「そうなんだ…」

 

ありのまま…。確かに、アトミラールさんの場合はお芝居でビシっと決めても……

あんまりビシっとは決まらないかもしれない…。

 

『プリンツは何するか決めてきてないのか?

20秒だか30秒だか知らないけど、何か決めておかないと、すぐだぞ?』

 

「あ、そっか。待って…」

 

そっか。折角の無重力なんだから何するか決めないと。

………何したらいいんだろう???

あれこれ考えているあいだに、飛行機は上昇して…一回目の急降下を迎えてしまう。

 

「わわっ。髪がっ」

 

急降下してからだから、髪も身体もぶわって上にあがってしまう。

足も突然床から離れちゃって、わかってはいたんだけど、

一向に下に降りないっていう事態を前に頭が混乱してしまう。

 

「やっほー♪ 楽しいねこれ♪」

 

『キュォォォオオオオオ!!!』

 

…なんとか身体をよじって見た光景。

楽しそうに手足をじたばたとさせてる舞風ちゃんと、

宣言してたとおりお菓子を空中にバラ撒いて、

後頭部に掃除機を装備してそれを一気に口の中に吸い込んでいるアトミラールさんの姿だった。

 

「あ。終わっちゃったね。…どしたの? プリンツさん」

 

「ブフ…っ。い、今触らないで…っ!!」

 

忘れよう。忘れようっ。今私は何も見なかったんだっ。

だって、あんなのハンソクだって!!

ビデオ撮ってた人も驚いてたしっ。

 

『ムシャムシャ…シャクシャクシャク…。あぁ、機体が上向きになったから、

もうちょっとしたら二回目の急降下だな』

 

「よーし! 今度は何しよっかなぁ♪ あ、そーだ♪

プリンツさん、提督使ってバレーボールとかしてみない?」

 

『やめてくれ。こっちはスナック菓子食べるのに忙しいんだ』

 

そう言いながら懐から2袋目を取り出すアトミラールさんに、

舞風ちゃんはちょっと怒った風にしてその袋を取り上げてしまった。

 

「だーめ。同じことしてたらつまんないでしょ?」

 

舞風ちゃん、Gut(グート)!!

流石に二回目は私も耐えられるかなって思ったんだけど、

食べ方にバリエーションがあるのだって食い下がっているのを聞くと、

その自信もなくなってしまった。

だから、アトミラールさんにはわるいけど…舞風ちゃんGut!! だった。

 

あ、ちなみに。英語だとこういう時に“ナイス”とかって言い回しなんだろうけど

、ドイツ語だとこのGut(グート)が幅広く対応してるから、

英語慣れしてる人にはちょっと不思議に聞こえるかもしれない、かも。

 

『…うーむ。予定が狂ったな。何をするか…』

 

「予定がないんだったら、踊ろう♪ ね、提督♪」

 

…よく考えたら、舞風ちゃんも踊ってばっかりだと同じことしてるって言われるのかもしれないけど。

…ま、いっか♪

私も踊っちゃおう♪

 

「機体水平。…間も無く急降下します」

 

撮影班の人が次のタイミングも教えてくれる。

 

「よーしっ」

 

二回目ともなると、身体が無重力の感覚を覚えてくれている。

さっきよりも上手く。手足を伸ばして…。

 

「それ♪ わんつー♪」

 

「アイン…ツヴァイ♪」

 

これを最初っからやれている舞風ちゃんって、結構すごいんだなーって思いながら私も踊ってみる。

カメラで撮られてるっていうのは、やっぱりちょっと恥ずかしいんだけどね。

 

『無重力ブレイクダンス!! これも一度やってみたかったんだよなぁ!!!』

 

ふわふわと浮きながら、逆さまで空中を高速回転するアトミラールさん。

それを舞風ちゃんがバレーボールみたいに叩いて、

アトミラールさんは機内中を回転しながら飛びまわっていた。

 

「っと!」

 

反射してくるアトミラールさんを避けようとして、私は壁に向かって移動。

なんとなく、この状態の移動も慣れてきた。ちょうど、

機体横の扉のところにも握りやすいグリップがあって…。

……扉のグリップ?

「わわっ!! これ、さわっちゃダメなやつだ!! っとぉ!?」

 

…放そうとして、返って強く握っちゃうこととかって、あるよね? あるよね!!?

わ、私も、今扉の開閉グリップを強く握っちゃって、ちょっとだけ。

ちょっとだけだけど、上空何千メートルだか扉をばーって開いてしまった。

 

「わぁ!! な、なに!?」

 

「舞風ちゃん、何かに掴まって!! あ、アトミラールさん以外に!!」

 

あんなのに掴まったって何の支えにも…って、

流石に失礼だとは思うんだけど、

宙ぶらりんのアトミラールさんに掴まったってどうにもならないのは分かりきっていた。

 

「あっ!! 提督ーっ!!」

 

…ここで、私は“シツネン”していた。

アトミラールさんに掴まっても仕方がないんだけど、

アトミラールさんを掴まえなかったら大変なことになるんだった!!

『なんだ? 謎の吸引力が…っ』

 

…私と舞風ちゃんの、ちょうど中間くらいのところを高速でブレイクダンスをしたままのアトミラールさんが通り過ぎていく。

そして、私が扉を閉めるよりも早くに表へと吸い込まれるように飛び出していって…。

 

『あれ。20秒ってこんな長か…』

 

……私と舞風ちゃんは、地面に向かって頭から高速回転しながら突っ込んでいくアトミラールさんを、

何もコメントすることが出来ないまま、ただ見送るしかなかった。

 

「提督。セルフスクリューパイルドライバーしてるね…」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

 

ハッチ開けちゃってごめんなさい。

掴まえらんなくてごめんなさい。

はい。今私、口元引きつっちゃってます。笑ってます。ごめんなさい。

 

 

―――地上 ぬいぐるみ墜落現場

 

「提督ー。生きてるー? てーいーとーくー♪」

 

地上へと帰ってきた私たちは、

急いでアトミラールさんが落っこちていったと思われる場所に行き…

地面に“おしぼり”みたいにして身体を捻りながら、きれいに頭が埋もれているぬいぐるみを発見していた。

顔は埋まってて見えないけれど、このおしぼりが、間違いなくアトミラールさんである。

 

『……こ、ここはっ!! えーっと…確か…飛行機で目を回して…。

ブラックアウトしたのはあれか? Gにでも負けたのか?』

 

「提督“エコノミー症候群”とかってやつにでもなったんじゃない?」

 

『エコノミー症候群!? …確かに。若干、中綿が偏ってはいたな』

 

「ほらぁ。気をつけないと♪」

 

…しれっとすごいウソをつく舞風ちゃんと、それを信じるアトミラールさん。

あぁ、いや。バレると困るのは私なんだけど…。

………うん。心の中で思いっきり謝っておこう。

アトミラールさん。ほんとーーーに、ごめんなさいっ。

 

…ちなみに、このウソは同行していた撮影班の人がその様子をプロモーションビデオにしたことで、

妙高さんには全部バレて思いっきり注意されたんだけど…

幸いアトミラールさんにケガとかそういうのもなかったということで

秘書艦の研修生から外されるというのことはなかった。

 

それはまぁ…よかったんだけど。

肝心の舞風ちゃんのさびしいっていうのに関しては…それからも、時々あるみたいだった。

 

「うーん…どうしたらいいんだろう?」

 

『そっとしておいてやるのが、一番なのかもしれないな』

 

アトミラールさんは、舞風ちゃんは本当にさみしくならないようにする為に今泣いているんだって言う。

どういうことなんだろうか?

『舞風は、もともと“見送ってきた側”の艦だからな…』

 

「見送ってきた? それって…」

 

アトミラールさんは、それ以上言うのをやめてしまったけど…私は、なんとなく分かった気がする。

 

『…先に言っておこう。他人の内心をあれやこれやと考え過ぎるのは、時として邪推になる』

 

「じゃすい…。わるいことってことですか? 私は、そんなつもりじゃっ」

 

赤城さんが、舞風ちゃんのことお願いしますって言っていたのも、

きっとそうだからなんだって、私の中で繋がったんだけど、

アトミラールさんはそれを否定するようなことを言う。

さっきの舞風ちゃんが泣いてる理由についてもそうだけど、私にはよく分からないことが多かった。

 

『…まぁ。言いたいことは分かる…つもりだ。

別に他人の心に土足で踏み込んでいこうって気じゃない…というかだな。

そもそも、この話は泣いてる原因のベクトルが違うんだよ…』

 

「どそ…く?」

 

靴を履いていると、何かいけないのかな?

あ、でも和室って靴を脱いで入るんだよね。

鎮守府にも何箇所かそういうところはあるし、これも異文化なのだろう。きっと。

 

『…話を戻そう。舞風が時々泣いているっていう話だ』

 

アトミラールさんは、一瞬戸惑った私を見て、ゆっくりと私の知らない舞風ちゃんのことを話してくれた。

 

『舞風が来た時、今回みたいなことがあったんだ。

最初は話してくれなかったんだが…流石に救急箱持って一週間付回したら教えてくれたことがあってな』

 

つけまわすって…。

曲がり角からこっそりと、全然隠れられてないアトミラールさんが、

救急箱持って常に控えていたんだとか…。それって、ちょっと怖いかもしれない…。

 

『舞風本人がいないところで喋るのもあれだが、ここまで関わったんだ。

知っておいてもいいんだろう。彼女のあれはだな…』

 

 

―――本当に大切なものが、本当になくならないように。先に泣いている。

 

 

……私は、ここから先。詳しく聞くのには中途半端な気持ちじゃ舞風ちゃんに失礼になるって思って。

ソソーのないように心の中で靴を脱いでおくことにした。

よし。これで“ドソク”じゃないよね。

…あとで漢字調べておこっと。

 

 

駆逐艦舞風。

ミッドウェー海戦にて赤城を雷撃処分したことで知られる駆逐艦であるが、

この件に関しては本当のところは分からない部分があるという。

戦争中は様々な艦と行動を共にし、最後はトラック諸島沖にてアメリカ軍艦隊の砲撃により戦没した艦である。

この際に、脱出し漂流していた乗員はアメリカ軍機の執拗な攻撃により全滅した…とアメリカ軍は記録している。

 

『…舞風がこの鎮守府に来たのは、少し特殊な理由からだ。

戦闘中に仲間が被弾した際に、戦闘能力が著しく低下する。

その解消を模索しろ…との“お達し”だった』

 

「…………」

 

戦争だった。

どっちが悪いとか、いけないとか。

そういうのを通り越した世界の…けれど、忘れちゃいけない出来事だった。

でも、それに縛られてるように思えるのは…。

 

『縛られてるわけじゃない。あいつにとっては、きっとどれも大切なんだろう。

忘れちゃいけないから、忘れないようにしている。二度と繰り返さない為に…だそうだ』

 

「…………」

 

心に傷が残るような出来事も、大切だって言われてしまうと…

私には、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。

いつもあんなに笑ってる舞風ちゃんだったけど、

そんな風に思ってたんだっていうのは、私にとってはショックなことだった。

 

『ま、そんなに暗い顔をするもんでもない。

実際のところ、いつものとーり笑ってる舞風も、間違いなく舞風なんだ。

ただ、常に笑ってばかりじゃないってだけでな…』

 

「…そう。なのかな…」

 

泣いていることがあるからといって、あの笑顔までウソにしないでやってくれ。

そうアトミラールさんは言っていた。

…時々、アトミラールさんって本当にアトミラール(提督)さんなんだなって思う。

舞風ちゃんも、

もしかしたら本当に私の助けなんて必要ないくらいに大きくて強かったのかもしれない。

アトミラールさんは、他にもいろいろと舞風ちゃんの話を聞かせてくれて…最後に…。

 

『ぁー…それとこれは舞風にはナイショな話で頼むぞ?

そーいえば口止めされてたことを、今になって思い出した』

 

「ふぇっ!? そうなの!!?」

 

最後の最後で、やっぱりアトミラールさんはアトミラールさんなんだなってオチを思い知らせてくれた。

ど、どうしよう。

よりにもよって、今ちょうど目の前に手に何か持った舞風ちゃんが居るんだけど…。

 

『なっ!? 舞風、いつからそこに!!』

 

「今だよ。今。…それより、提督~。プリンツさんにあたしのこと喋ったでしょ~?」

 

『……ナンノコトデショウカ?』

 

「とぼけたってだーめー。まったく、ぜったいにしゃべらないでって言ったのに…」

 

『あぁ。すまない。最近記憶の混乱が激しいんだ。

他に忘れてることがないかよく思い出さないと…』

 

「ま、まぁ。忘れてたっていうんなら、いいよ。そのまま忘れてても。

どーせ大したことじゃないんだし? ねぇ、プリンツさん」

 

「えっ? あっ。えー…」

 

…この場合、なんて答えたらいいんだろうか。

ドソクは脱いだつもりだったけど、

明らかに高速スクリューとか履いた勢いで踏み込んじゃったわけで…。

そ、それを大したことじゃないって言われて…。

…ていうか、思い出されちゃったら困ることが今は多くて。…あれ?

『…さっきから静かだったが、大丈夫か? 顔色がよくないぞ…』

 

「……いけない。私、ちょっと頭痛くなってきたかも…」

 

いろんな情報と、いろんな感情がごちゃごちゃに混ざり合ってしまい、

自分の中で上手く処理出来ていなかった。

 

「大丈夫? プリンツさん。医務室まで送ろっか?」

 

「あ…うん。だいじょうぶ。ちょっと、混乱しちゃってるだけ…だと思う」

 

『………それで。舞風は何か用があったのか?』

 

…ぁ。そっか。流石にさっきの会話を聞きつけてやってきたっていうのじゃ、ないよね。

舞風ちゃんはアトミラールさんにお届けものを持ってきたって言って

一冊の小冊子みたいなものを渡していた。

 

「中身は見てないんだけど、それ何?」

 

『…人さまへの届け物を見ようとするなよ』

 

「だから見てないって。何なの? 提督~?」

 

『……ふむ。艦娘の異動先の募集のお知らせだな…』

 

機密レベルとしてはそこまで高くはないものの、一応極秘文書だから、

手渡しとか通販カタログみたいに偽装した宅配便で送られてくる…

前に金剛さんとかが資源的に厳しくなってしまった鎮守府から夏休みの間だけこの鎮守府に遊びに来てたけど、

今回のは鎮守府を指定しないで、誰かほしい人~っていう感じに募集してるタイプのリストらしかった。

…うーん。まだ頭が混乱してて、上手くまとまってくれなや。

よーするに、異動したい艦娘の載った人事カタログってことだよね?

『偽装とはいえ、通販カタログっぽいこの仕様は…どうにかならないもんかなぁ。

異動する艦娘に失礼だろうに…』

 

「これ…提督がウチで引き取りまーすって言ったら、ウチに来るわけ?」

 

『引き取りますって…お前もなぁ。まぁ、言葉選びは悪いが…そんな感じだな。

資源的に実力を発揮しきれないっていうのの他に、

他のところで実力を試したいとかって艦娘も、中には居るみたいだし…。えーっと…なんて読むんだ?』

 

この国の漢字は、とにかくむずかしい。

同じ文字でも読み方が違うとか、ともかく覚えるのが大変だった。

…うん。ちょっと回復してきたかも…。

 

『野分(のわけ)? 刷毛(ハケ)みたいな名前だな…』

 

「ちょっと見せて! 提督、それ多分“のわっち”だ!」

 

…載ってた艦娘にお友達が居たのかな。

舞風ちゃんが大きな声を上げてアトミラールさんからカタログを取り上げようとする。

 

「提督。それ、異動申請なんだよね?」

 

『…そうだな。

彼女の場合は…記載によると、護衛任務の多い鎮守府に異動したいって申し出を先方の提督が承認した形だな…』

 

「よし! 取ろう!!」

 

即答する舞風ちゃんだけど、艦娘の人事に口を挟むのって…

少なくともドイツだとごはっとだったりする。

アトミラールさんは、そこのところはどうなんだろう?

『……護衛任務ねぇ。彼女が希望する鎮守府とは、ここは少し違う気が、しないでもないんだけどな…』

 

「そんなのちょっとだって。タンカーだって秋刀魚漁船だって、護衛は護衛でしょ?」

 

『まぁ…それで本人が納得すれば、そうかもしれないが…』

 

…なんか、大丈夫そうだった。よかった。

アトミラールさんは、普段こういう時に手を挙げないから、

希望したら案外通るのかもしれないって言っていた。

そしたら舞風ちゃん、背中を押そうとする姿勢をどんどん強めていった。

もう、押しているというより蹴飛ばしているといった感じである。

 

『わかった。わかったから』

 

…あ。アトミラールさんが折れた。

 

「わ~い♪ やった~♪」

 

強引なおねだり攻撃。

…これは、今度私も鎮守府の秘密を探るときとかにマネしてみてもいいのかもしれない。

 

『…だが。いいのか? 友達が来たら、おいそれとは泣けなくなるぞ?』

 

「大丈夫大丈夫♪ そしたら、また提督が笑わせてくれるでしょ?」

 

どんなに悲しいことを思い出した時、

アトミラールさんだったらそれを大事なことだって理解しながら、

一緒に楽しいことをして吹き飛ばしてくれる。

 

背を向けるんじゃなくて、乗り越えていく。

 

…ふたりの間にあった、ちょっとした沈黙とアイコンタクトに私はそんなやりとりを見た気がしていた。

なんとなくだけど、きっともう舞風ちゃんは大丈夫なんだろう。

見えないけど、ふたりの間にある信頼関係。察しと思いやり。

私には、まだちょっとマネできないかもしれないけど…

やっぱりちょっとうらやましくて、私もできるようになりたいなって思うのであった。

……あれ? でも、何か大事なことを忘れてるような…。

 

『…ふむ。しかし…。“野に分ける”これで“のわっち”と読むのか…ふむ…』

 

「あっ。舞風ちゃん。アトミラールさん相手にあだ名とか使ったら…!!」

 

アトミラールさんは、他人の名前を覚えるのが苦手、というか間違った覚え方をするのが大得意なのだった。

 

「あっ。そっか。…ま、いいや♪」

 

「よくないよくないっ。ぜったいによくないからっ!」

 

…あの日。吹雪ちゃんに助けられなかったら、私はあやうくプリン串になるところだった。

吹雪ちゃんには今でもダンケダンケダンケって心の中で思っている。

 

「でも…多分もう手遅れだよ?」

 

『ノワッチ…ノワッチ…。ふむ…ノワッチか。なんかカッコいいな』

 

…遅かった。ううん。私は諦めない。

私は、一度吹雪ちゃんに助けてもらったのだ。

だから、今度は私が誰かを助けないと。かくなる上は…。

 

「吹雪ちゃん直伝っ。見よう見まねだけどっ。アトミラールさん、覚悟(Feuer!!)」

 

…確かこのへんだったはず。

思いっきり振りかぶってからあの時吹雪ちゃんが叩いてたっぽいところに向かって、

タンスの上に置いてあった額縁をアトミラールさんの後頭部めがけておもいっきり叩き付けた。

 

「プ、プリンツさん…。一応言っておくけど、見よう見真似だと“直伝”とは言わないからね…?」

 

「あ、そうなの? じゃぁ、もう一回っ!!」

 

「…あと、そこに妙高さん居るけど」

 

「え、うそっ!!!」

 

気絶しているところをもう一回。

額縁の角を振り下ろしたところを、執務室の入り口に立っている妙高さんにばっちり見られてしまう。

舞風ちゃんの声が聞こえた時には、身体はもう止まってくれなくて、

私はスローモーションの世界の中で妙高さんの表情が静かに笑顔になっていくのを、

アトミラールさんを叩きながら目の当たりにすることになる。

 

「お二人とも…ちょっとよろしいでしょうか?」

 

「ひぃぅっ」

「え? あたしも、って。たんまっ妙高さん、たんま!!!」

 

…この後。舞風ちゃんとふたり揃って妙高さんに吊り上げられて、

思いっきりお説教されてしまうのだった。

思えば、今回はいろいろとアトミラールさんにも酷いことをしてしまっていたので、

これがおしおきなのかなって思うんだけど…

それでも、妙高さんのアイアンクローは、二度とやられたくはないって思うのだった。

 

それで、肝心のアトミラールさんなんだけど…。

 

 

―――後日 執務室

 

「提督のお噂はかねがね。私の配属に舞風がご無理を言ったことも、聞いております。

ここは戦線を支えるのに最も重要な拠点のひとつ。全力で頑張らせていただきます」

 

『よろしく頼む。えーっと…“ヘズンノワッチ”だったっけ?』

 

「…………」

 

……やっぱり、上手くはいっていないみたいで、それどころか悪化してた!!

「舞風っ!! あんた、また変な呼び方吹き込んだでしょう!!」

 

「あたしじゃないよ!?」

 

『……違ったか? えーっと…ノワイセンじゃなくて…』

 

…なんだろう。どんどん離れてってる気がするけど…

これは、やっぱり吹雪ちゃんを呼んできた方がいいのかもしれない。

 

「提督っ。私の名前は野分(のわき)です」

 

『あぁ…覚えるように、努力する…』

 

……舞風ちゃんは、確かに元気になっていた。今もまた笑ってるし。

けどまたひとり、アトミラールさんが名前を覚えられないことによる犠牲者が、増えてしまった気がする。

 

…これで何人目なのかはわからないけれど。




これで舞風編完結です!

こちらの作品の本編は投稿者ページから
詳細を見て頂けます!

今後もぬいぐるみ提督をよろしくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。