その瞳に映る未来を   作:キイカ

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帰還、そして夜

『──っ!──ャっ!!」

 

 

 声が、聞こえた。

 誰かが、自身の名を呼ぶ声が。

 ふと正面を見れば、ぼやけた人の形の輪郭が見えた。

 

 

『──ヤっ!──ーヤっ!!』

 

 

 必死で誰かが呼んでいる。

 その誰かが誰かも分からぬまま、漠然と響く女性の者らしき高い声を聞いていた。

 姿形を判別することは叶わず、視覚から与えられる情報はそのもやのかかった何かを女性としか教えてくれない。

 その姿に手を伸ばそうにも、体を焼く熱が動かすのを邪魔する。

 

『──ーヤっ!ォーヤっ!』

 

 

 何度も、何度も、自身の名を悲痛な声で呼ぶ誰か。

 全身から力が抜け、段々と何かが小さくなっていく中。

 その声すらも段々と遠のいてるようで、なのに聞こえる内容ははっきりとしていく。

 視界がクリアになっていく。それと同時に、映っていた景色も変わっていく。

 暗い何処かから、光源はある洞窟へ。

 聞こえていた声は、完全に聞き取れるまでにはっきりしていた。

 

 

『────トーヤっ!』

 

 

 視界が、完全に晴れた。

 

 

「もう、何度呼んでもぼーっとした顔のままなんだからー」

 

 視界に映ったのは、目に眩しい褐色の肌と──太陽のような笑顔。

 

「……あぁ、すまんすまん。ちょいと意識が飛んでた。で、なんだ?ティオナさんや」

 

 軽く謝りながら頭を下げる着崩した灰色の着物の青年──トーヤと呼ばれた──は、頭を掻きながら褐色肌の少女に聞き返す。

 しっかりしてよねー、とティオナと呼ばれた少女は手持ち無沙汰な両手を軽く振った。

 

「この階は終わったし、みんなのところに戻ろう。って言ったんだよ。なのに、トーヤはボケてるしさ。眠いの?」

 

 最初の言葉に頷き歩き始める二人。後半のぼやきと問いには、彼も苦笑していた。

 彼には時々、先程のように意識が飛んでいる時がある。

 遠くを見つめるように瞳を投げ出し、周りのことを全く気にしなくなるのだ。

 それは単に彼の持つスキルが原因だった。

 

「眠気はないさ。勝手に発動したスキルのせいだよ。眠かったらちゃちゃっと俺も討伐に参加してるしな」

 

「あー、【未来視(フューチャーシーイング)】?また起きたんだー。トーヤのスキルはよく分かんないね~」

 

 彼の持つそれは、名の通り未来を視るもの。スイッチのオンオフは切り替えれるはずなのだが、時々ああして自動的に発動するのだ。

 そのとき視える未来は、どれも同じもので初めて見た十年前、彼が九歳の時から変わることはなかった。

 

「困ったもんだよ。下手に戦闘中に来られたら死にかねんからな」

 

 今までそんなことは起きてはいないが、可能性としては否定できないことに、顔をしかめる。

 隣で相づちを打つ彼女も、表面では大変だねー。と話しているが、内心気が気でなかった。

 気が気でない理由。それは、彼女──ティオナ・ヒリュテは、未来を視る青年トーヤに恋心を抱いていた。

 

(そんなことが起きないといいけどなぁ~。でも、その時は私が守るからねっ!)

 

 心の中はでそう言い放つが、口は動いていないので伝わるわけがない。

 というか、そんなこと彼女には恥ずかしすぎて言うことは出来ない。

 常に周りから天然やら馬鹿やら言われている彼女にも、正面切って言うには少し無理があった。

 彼女は思ったことは何でも言ってしまうような性格ではあるが、どうにも自身の恋に関してだけは奥手なようだ。

 この場にいない彼女の姉は、ガンガン攻めているのに──受け入れられてるかは別として──私はなにをしてるのだろう。

 時々そんなことも考えてはいるが、いざ言ってみようとなると、どうにも口が開かない。

 開いたと思えば怪しすぎる挙動で別のことを話題に出す始末。

 そんな彼女の恋路だが、もちろん周り(意中の彼以外)には気づかれている。

 むしろ、応援されていたり気を利かせてくれていることもあるのだが、どうにも一歩踏み出せなかった。

 

「ん?どうしたんだ?急に黙りこんで。いつものお前さんならその手を振りながら上機嫌でいると思うんだが」

 

「い、いや!?気のせいだよ!気のせい!私はいつも通りだヨ!」

 

 この通り、見事に空回る。

 思考の海に沈み出すと、いつもとは雰囲気があからさまに変わるので、すぐにバレるのだ。

 今も、

 (どうやってトーヤに伝えようかな。)

 (いや伝えるのはまだ早いかな?)

 (むしろ、好きな人を聞くのが先かな?)

 などと考え込んで見事に彼に怪しがられてしまった。

 しかし、彼女が踏み出さないこと以外にも問題があった。

 それは、

 

「そうか。ならいいか。俺の勘違いはよくあるしなー。ティオナの時はやけに多い気がするが──それも気のせいだなっ!」

 

 この男、こんなにも分かりやすい彼女の反応に対して、異様なまでに鈍感であった。

 それが二人の関係が今のままでいる原因のもう一つだった。

 なぜか気付かないトーヤと、どうにも踏み込めないティオナの間は、周りから見ても焦れったさを感じるものだった。

 

「てか、着いてきたのはいいが、俺って必要だったか?俺よりティオナの方がLv高いし、そもそも俺は後衛寄りだぞ?いらなかったような……?」

 

 現在二人は、とある理由から暴走したモンスター──ミノタウロスを追って十階層にいた。

 彼らのいるここは地下迷宮(ダンジョン)。迷宮都市オラリオの地下に広がる巨大な場所だ。

 ダンジョンは地上に建つバベルと呼ばれる白亜の巨塔により蓋をされており、無限に湧き出るモンスターたちを地上に出さない役目も果たしている。

 そして二人はオラリオでも有数の有力派閥【ロキ・ファミリア】に所属する冒険者。

 深層への遠征帰りに出会ったミノタウロスの群を討伐していたのだが、なぜか怯えられ逃げ出されてしまった。

 このダンジョンは深層、下層、中層、上層で分かれており、上層から順に慣れたものたちが深くへと潜っていくのだ。

 十八階層にある休息エリアから上は『上層』で、下級冒険者、走り出した冒険者たちが探索する階層だ。

 下手に怯えたミノタウロスに襲われてしまえば、まだ装備も実力も心許ない彼らでは大変なことになる。

 そう判断した彼らの団長が素早く指示して、各階に逃げたミノタウロスを掃討すべく動き出した。

 そんなわけでLv5のティオナとLv4のトーヤは二人で回っていたわけだが、彼が言うのは超過戦力ではないかとのこと。

 

「あーははー。トーヤがいた方が私の報告よりもしっかりするじゃん?だからだよ!」

 

 それに対して、彼女はちゃんとした理由を持って反論した。

 彼女は自他共に認める脳天気であり、考えることが苦手なので彼を連れてきたのだ。

 ──まあ、桃色の打算もないわけではないが、見事に失敗している。

 

「そうか。といっても、俺もそんなに真面目に見られてるか?少なくとも、もっと適任のやつがいただろ?」

 

 一応の納得はしたトーヤだが、やはり気になるのかさらに問い返す。

 これ以上聞かれるとは思ってもいなかった彼女は、へ?と言った顔を隠すことも出来なかった。

 

「いや、あの、えーっと。あのね、そのー、ええとぉ……」

 

 思わぬ問いに、どうしようもなく慌てる褐色肌の少女。

 端から見れば動揺しているのが丸分かりなのだが、それでも鈍い彼は気付かない。

 明らかに怪しい彼女の様子を気にした様子もなく、ダンジョンの入り口を目指す。

 その後ろ姿に、はっとした顔で慌ててついて行く少女は、バレちゃったかなぁと思いつつ後を追っていった。

 

 

 

「んで?結局まーたダメだったの?」

 

「またとか言わないでよぉ~。私だって今回こそはって思ってたんだからー!」

 

 遠征から帰り、汗を流しご飯も食べた後。

 褐色肌の姉妹はぎゃあぎゃあと騒いでいた。

 またかと鼻で笑うティオナと似た容姿の少女──ティオネは楽しそうだ。

 逆に弄られているティオナの方は不服そうだが、事実であるためむぎぎと唸っていた。

 

「いい感じに二人で回ってたから、上手くいったと思ってたんだけどねぇ?」

 

「だってぇ~。いざ話そうとしたら心臓ドキドキして言えないだもん!」

 

 くすくす笑いながら弄ってくる姉に、妹はどうしようもなかったと、むすっとした顔で返す。

 その顔は赤く、ダンジョンを探索しているときの冒険者の顔ではなく、恋する乙女の顔だった。

 

「いつになったら進むのやらね。そろそろ空きそうだし、ステイタス更新しに行こうっと」

 

 聞いてられないと首を振り、主神のいる塔の最上階へ向かっていってしまった。

 その後を待ってーと妹も追いかけていくのだった。

 

 

 

「ステイタスの更新終わったで。相変わらず魔導士だっちゅーのに他のステイタスも高いなぁ」

 

 神聖文字(ヒエログリフ)て書かれた恩恵(ファルナ)を紙に写す超越存在(デウスデア)、ロキ。

 都市の有力派閥であるこのファミリアの主神だ。

 

「仕方ないでしょう。あんな魔法を持ってりゃ闇討ちやらなんやらするんだから。それなりになかったら他の団員を守れやしませんよ」

 

 晒していた背中を着物で隠し、仕方ないと笑うヒューマン、トーヤはこの団の幹部でもあった。

 それはもちろん彼の能力もあるが、大きいのはやはりそのスキルだろう。

 

「まーた戦闘中にボケてたー、ってティオナが騒いどったで?また見たんか?」

 

「……あぁ。相変わらずまったく同じもんだよ。誰が呼んでるのかも、誰のいるのかも分かりゃしねぇ」

 

 茶化すように聞くロキだが、その顔は普段よりかは幾分か真面目だ。

 なにより、それに応えるトーヤの顔はティオナと話していたときよりも酷く暗かった。

 【未来視(フューチャーシーイング)】のスキルを持つ彼は、基本任意で未来を視れる。

 しかし、時々彼の意志に反して強制的に見せるときがある。

 彼のスキルは、基本的には()()()()()()()()()()()()()()

 視れないというのもあるが、それは大抵死ぬことだったりする。

 

「全く、本当に嫌になるぜ。()()()()()()()を何度も見るのはな。さすがに参るぜ」

 

「変わる様子もないん?」

 

「あぁ。まったくな。まだまだ強くならないといけないみたいだな」

 

 彼が見た死ぬ未来。それは彼が幼い時からことあるごとに見てきた不変のもの。

 自身が強くなるためにこのファミリアに入団したが、未だにそれは変わることがなかった。

 Lvも4まで上がり、そろそろ変わっても良さそうなのにとロキが呟くが、彼は何処か遠いところを見つめ反応がない。

 

「……聞こえる声は女なんやろ?」

 

「そうだな。今となっては聞き覚えがないこともないような声だ」

 

 何か考えるように質問する主神に、眷属は肯定で返す。

 鮮明に思い出せる未来を脳裏に浮かべ、響く声ともやのかかる誰かを考える。

 ずっとその誰かを捜して追い求めていた。

 きっとその誰かは、自分の最期を看取る人なのだろうと分かっていた。

 だからこそ、それが誰か気になった。

 

「女と言うならうちの子どもたちにもいっぱいおるし、他にもいっぱいおるからなぁ。もう少し情報あれば絞り込めそうなんやけどなぁ」

 

 少し真面目な顔をしていたロキだが、あまりにも多すぎる可能性の範囲に、溜息をつき思考を止めた。

 元よりヒントの少なすぎるから、答えを出せなど無理な話である。

 それが分かっていながら、彼女は彼からこの手の話を聞く度に一度は必ず頭を回す。

 彼女ら神たちは子どもたちが好きだ。

 だから、安易に死ぬ未来を回避できないかと模索する。

 

「少なくとも聞き覚えがあるんなら、うちの子どもって可能性もないわけじゃないやろ?」

 

「そうかもしれないが、俺が見てるのは未来だから、この先の交友関係も入ってる。一概に知り合いとも言えないんだよなぁ」

 

 これが、絞り込めないもう一つの理由。

 視ているのは未来なため、今の彼には分からない知り合いがいるかもしれないのだ。

 今は違うが、基本気さくな彼はわりと顔も広かったりする。

 それでも未来では増えているかもしれないので決めきれないのだ。

 

「本当に困ったもんだ。Lv5は遠いし、未来は変わらないし、なぜだか知らんが周りからはどやされるし」

 

 嘆息しつつ愚痴り始めた彼に、ロキは苦笑しつつ最後のは内心お前が鈍感なのが悪いんやと返しておいた。

 

「さて、もう用はないやろ?今日まで遠征行っとったんやからはよ休みや。ほれ、出てけ出てけ」

 

「あいあい。んじゃ、おやすみなさいだよ、主神様」

 

 ははっと笑いながら部屋から出ていった彼の後ろ姿は、その笑いに反してやけに悲しんでいるように見えた。

 

「はぁ~。いい加減気付いたればいいのに。そしたら多少なり変わると思うんやけどなぁ~」

 

 まあ、これはこれで面白いからいいか。そう言うとそのまま体を反転し、窓に近寄り月を見上げた。

 そして、誰に見せるでもなく独り顔を歪めた。

 

 

 

「……、?誰かいるのか?」

 

 自分に割り当てられた部屋に向か──っているわけではなく、館の中を散歩するトーヤ。

 時刻はすでに零時を周り、ほとんどの団員は就寝していた。

 そんな中歩いている彼は、誰かの気配を感じた。

 

「あれま。バレちゃったか。こんな夜中に何をしてるんだい?トーヤ」

 

 見据えた視線の先、廊下の角から現れたのはロキ・ファミリアには、団長フィン・ディムナだった。

 柔和な笑顔を浮かべる彼に、トーヤもいつも通りに応対する。

 

「ただの散歩さ。ようやく帰ってきてからまだ月を見れていなかったからな。今歩きながら見てたんだ」

 

 近くにある窓から空に浮かぶ月を見上げている彼に、団長はその笑顔を崩さないまま本題へと移る。

 

「そうか。それで、今回見た未来はどうだったんだい?ティオナが騒いでいたから、僕も知ったんだが」

 

 トーヤより小さい彼は、小人族(パルゥム)と呼ばれる種族だ。他の種より小さく力なども負けているが、彼はそんな種の特性に負けることなく派閥を纏め上げている。

 そんな彼は、トーヤが見る死の未来を知る数少ないメンバーの一人だ。

 トーヤが入団したときから彼らの面倒を見ているフィンは、ある日そのことを聞いた。

 それから彼も、ロキと同じように変わらない未来を変えようと時折彼に話しかけては考えていた。

 

「いーや?なんも変わらん。いい加減ちっとは変わってくれてもいいと思うんだがねぇ」

 

 やれやれと手と首を振り、溜息をついた彼は再度月を見上げ口をつむぐ。

 進歩はなしと分かり、団長も無言で手を振りその場を後にする。

 その後ろ姿を同じく言葉なく見送り、また散歩を始める。

 

 

 

「……はぁ」

 

 悲しげな溜め息は静寂に満たされた空間に吸われて虚空に消え、廊下を歩く音は、一定のリズムを崩すことなく刻み続ける。

 窓から振る月の光は、灰色の着物を白く照らし、ゆっくりと歩む後ろ姿に慈悲をかけるようにそこにあり続けた。




初めましての方は初めまして。
久しぶりの方はお久しぶりです。
生きる死神です。

ダンまちの小説やらマンガやらを読んでいたら書きたくなってしまいましたので、書いてみました。

とりあえず原作に沿いつつ二人をイチャらせれたらなぁと思いながら進めてきたいです。
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