遠征から帰ってきて、魔石とドロップアイテムの換金や備品の整備が終わったその日の夜。
ロキ・ファミリアの面々は打ち上げということで、都市中央から八方向に延びる大通り、その中で西の大通りにある『豊穣の女主人』にいた。
主神の趣味で贔屓されているのが丸分かりであり、店員たちを見て鼻の下を伸ばす主神の姿を苦笑しながら見る団員たち。
もはや恒例であるこの宴会は、ロキが労いも込めて行っていた。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!いつも通り宴や!飲んで食えぇ!!」
『乾杯ーー!!』
音頭に合わせて酒を持った手を周りの者とぶつける。そのまま一杯飲み干し喉を鳴らす音が響く。
そして今度は食事に手をつけ始める。見ているだけで唾液が次々出てくる料理の数々に、みな舌鼓を打ちつつ平らげていく。
食事が進めば酒も進み、酒が進めば酔いも進む。
「おうおう。みんな飲むのはえーなぁ。んな急いでたら明日酷い頭痛が襲ってくるぞぉ?」
「そんなこと今は気にしてませんよぉ!せっかくの宴会なんですから飲まなきゃ損ですよ!ほら、トーヤさんもどうぞ!」
周りがどんどん流し込んでいるのを尻目に、ちびちび飲んでいたトーヤは愉快そうに笑みを浮かべる。
たいして減ってもいない杯に、近くにいた後輩団員が追加で酒を注いでくる。
もっと飲みましょう! と煽る周りに合わせそれを一気に飲み下すが、顔色はあまり変わらない。
「はっはっは。俺はあまり酔わないタイプだからな。これくらいじゃ回らんぞ?」
そう言いながらまたも注がれる酒を見て苦笑する。
周りに合わせて酒を飲みつつ、何気なしに辺りを見回す。
彼ら以外にも客はおり、どんちゃん騒ぎを起こしているのがロキ・ファミリアだと気付いた客らが、少しざわめいているのが分かった。
そんなことは気にする程でもないが、ふとカウンター席を見ると、不自然に空いたところがあった。
なぜか座っている店員もおり、先ほどまで誰かいたように見える。
(ん~?随分の変な空き方だなぁ)
少し気になり周りにトイレと断り席を立つ。
そのままトイレの方向ではなく空いている席に近づき、店員の横を見──ようとした。
その時、急に席の方が騒がしくなり始めた。
少し聞き耳を立てれば、どうやらダンジョンにいた冒険者の話をし始めたらしい。
耳に入る大きな声から、ベートが話し始めたのだと分かった。
話の内容が気になり、席に戻ろうかと悩んでいると、見に来た席の隣にいた店員から声をかけられた。
「どうしたんですか?」
「いやぁね?不自然にそこが空いてたから気になっちゃって。誰かいたのかい?」
話しかけられたのをこれ幸いと疑問をぶつけてみる。
ヒューマンらしき女性は、少し悩むそぶりを見せてから、何処かへ──隣にやったように見えた──視線を飛ばし朗らかに笑みを浮かべた。
「恥ずかしがり屋な方がいましたね。もう、どこかに行ってしまいましたが」
「おぉう。そうだったのか。ご丁寧にありがとさん」
いえいえ。と少女は手を振り、疑問が解けたトーヤは席に戻る。
相変わらず騒いでいる幹部たちの集まりを横目に、向こうに混ざらず酒を飲みながら料理を食べる。
段々とヒートアップしてきたのか、ベートの口汚い発言が増えてきた。
正直聞いてて気持ちの良いものではなかったが、仲裁に入るような性格でも器でもないので、黙って酒を飲み続けていた。
周りの団員たちは大笑いしながら話の続きを待っている。
そんな状況をうんざりと思い、無言で席を立ち外に出る。
空は暗く夜になり、一部が欠けた月が町を優しく照らしていた。
店からは騒ぎ声が絶えず聞こえ、通りもいたるところから声が聞こえた。
「夜になっても賑やかだな、相変わらず」
一人で外に出ているが、酔っぱらいが通りを占めていたため人が集まってくることはなかった。
涼しい夜の空気を肌で感じていると、中でなにかあったのか一際大きな騒ぎ声と共に、誰かが出てきた。
それに反応する事ができなかったトーヤは、飛び出してきた誰かとぶつかってしまった。
弾みで尻餅を着いた二人。
すぐに立ち上がったのは、ぶつかってきた人物のほうだった。
顔を上げて容姿を見ると、白い髪に赤い目という何処となく兎を連想させるようだった。
そして、反射的にスキルを使ってしまう。
癖とも言えるが、トーヤは見知らぬ他人に会うと好奇心からスキルを発動させることが多い。
縁があればその後会ったときに、見えた未来を告げたりもするが、大半はそのまま記憶の底に埋もれていく。
今回も、その類になるかと思っていたのだが、思惑は外れ驚愕に顔を染めることになった。
声もかけずに立ち去ってしまった、兎のような少年がいたところをぼーっと眺めるトーヤ。
後を追ってきたのか先ほど話した店員と、なぜかアイズが現れる。
店員は驚いたようにそのまま通りへ出て行った。アイズもなにか思うことがあったのか入り口の壁に手をついてから微動だにしない。
そしてらようやく再起動してから座り込んでいるトーヤに気付いた。
「あ……トーヤ?どうしたの?」
「……あぁ。アイズか。いやぁ、久しぶりにとんでもないものを視ちまったよ」
声をかけられ我に返ったトーヤは、一人で立ち上がる。
未だ顔から驚きが抜けず、やや呆然としているが、不意に笑顔がこぼれた。
それにどうしたのかとアイズがあたふたし始めるが、それすらも気にならない。
「いやぁ、あんまり視れなかったが、あいつは面白そうなやつだ。もしかしたら、もしかしたりするかぁ……?」
「?なんのこと?」
「はは。なんでもねぇ。ちょっと楽しみが増えただけだ」
振り返り通りを見ている彼に、不審気な面持ちで見つめるアイズ。
聞いても流され、何のことかは分からずじまいだったが、なんとなく自身が追おうとした少年ではないかと察する。
そして、同じように通りを見つめた。
ややしてから二人は中に戻り、トーヤは席に座り周りから何があったかを聞き出した。
「なんでも、ベートさんが話の種に出した人が、この酒場にいたらしくて。だいぶ言ってましたから、怒ってしまったのかもしれません」
「ふぅん?そらぁ大変なことしたなぁあいつ。酔いが醒めたらロキ辺りにおもちゃにされそうだな」
大体の経緯を知り、未だ暴れる仲間に内心手を合わせつつ、ぶつかった少年の未来を思い出す。
あの数瞬で見えたもの。
それは、少年が命懸けでなにかを成し遂げている姿。
短い合間だったため、詳細は視れなかったがそれだけでもなにか起きるのは一目瞭然だった。
(ふっふっふ。いつかあの少年の名前も知れる日がくるな)
楽しみが増えたことを嬉しく思いつつ、再度酒に手を伸ばす。
一度は冷めかけた宴会だが、なんだかんだまた熱を吹き返した。
今宵の出会いは唐突で、ちゃんとしたものではなかったが、今度出会うときが楽しみだと、笑う団員たちに囲まれながら彼は思った。
「いやはや、ここまで酷くなるとは思ってもなかったな」
「そうですね……。さすがにこの人数は驚きです」
「……帰るの大変」
夜も更け、宴会も終わりに近づきつつあるのだが、見事に最初の方で飛ばしていた者たちが寝始めてしまった。
そうではない者たちも、ほとんどが顔を赤くして今も酒を飲んで機嫌良く喋っていた。
もはや素面である方が少ない状況にトーヤ、エルフの少女レフィーヤ、アイズは嘆息していた。
まだ素面なものは他にもリヴェリアがいるのだが、ロキに絡まれており手が放せそうになかった。
解散時は自力で帰れない者は素面の者たちが連れてくのだが、いつも以上に羽目を外した者が多く、連れて帰るのも大変そうであった。
「どうするかぁ?何度も往復すんのはさすがに嫌だぞ?」
「余程酷くない限りは纏めて帰ってもらえばなんとかなりそうですけど……」
「あれはちょっと……」
肩を落とすトーヤ、少女たちも気怠げだったが、それ以上に視線の先にいる者たちが厄介だった。
主に幹部たちなのだが、酔った彼らは非常に面倒だった。
実力もあり、名も知れている彼ら彼女らは、闇討ちに狙われることもある。
今のような状態だと反撃もままならないのが目に見えて分かった。
よって彼らは素面でもある程度戦えるような者が連れて行かなければいけないのだが……。
「足りますかねぇ……」
「二人連れてっても……ちょっと」
視線の先には、ロキ、フィン、ティオナ、ティオネ、ラウル、ベートがいた。
一度に運ぶには二人は担がないといけなかった。前線で戦うアイズはともかく、魔導士と呼ばれる後衛からの援護が主体のレフィーヤには、少し荷が重かった。
「俺も手伝うが、さすがに三人は無理だぞ?手が足りん」
「ですよねー……」
男のトーヤでも、三人は厳しかった。
分かっていたがやはり男手でも無理だとすれば、レフィーヤにはさらに負担がかかる。
「あ、でもリヴェリアもいるからなんとかなるんじゃないか?」
「リヴェリア様はたぶんロキ様で手一杯でしょう……」
「となると五人かぁ。まあ、俺が二人、アイズには悪いが二人連れてってもらえるか?」
「うん。分かった」
空いていたリヴェリアも、蛇よろしく絡みついてくる神に手を焼いているのが見え、助力は難しそうだった。
レフィーヤに頼むのは気が引けたトーヤは、申し訳無さそうに頭を下げつつアイズを頼った。
店もそろそろ営業終了に近づいてきたため、用のない者から帰し始める。
なんとか帰れそうな者数人と、一人では歩くことも出来ない者を数人ずつ纏めて集団で戻らせる。
いくつか小分けにして帰し、店には酔った幹部たちと素面の幹部、店員たちが残った。
リヴェリアもいたが、ロキがまとわりついていたので先に帰ってもらった。
「それじゃ金はこれで。足りるだろう?」
「あぁ。足りてるよ。酔っ払い共は連れて帰ってくれよ?」
「分かってるよミアさん。さすがに置いてくなんて出来やしないさ」
店の店主であるミアに苦笑まじりで返し、残りの者たちの誰を担ぐか考え始める。
性別もあり、必然的にトーヤはフィン、ラウル、ベートのうち二人なのだが、はてと人数を数えると二人ほど足りない。
「二人減ってないか?誰か帰ったのか?」
「さっきティオネさんが団長を連れて帰っちゃいました。酔ってるみたいでしたけど、釘刺しておいたんでたぶん大丈夫かと」
支払いを済ませているうちに帰っていたらしい。
となると残るはティオナ、ラウル、ベートの三人。人数的には一人が一人を連れて帰ればいいのだが、いかんせん男が二人残ってしまった。
さてどうしようと考えていると、今度は残っていた素面のハーフドワーフ、ガレスが男二人を担いでしまった。
「ちょ、ガレスさん。素面だったんですか?」
「酒気が抜けてきて歩けるようになったんじゃ。こやつらはわしが連れてく。そこのおてんば娘を頼んだぞ、トーヤ」
「え、いや、なんで俺?待ってガレスさん笑いながら置いてかないで!?ちょっとぉ~!?」
意味深な言葉と振り返りざまに謎の笑みを浮かべて帰ってしまった。
やや引きずられている二人が呻いているのが聞こえたが、止まることはなさそうだ。
唖然とするトーヤの後ろで、残る素面の少女二人は身を寄せ彼に聞こえないように話し始める。
(アイズさん、チャンスですよ。ここは私たちも帰ってトーヤさんに任せましょう!)
(えっ。私たちも一緒じゃ駄目なの?)
(ここは空気を読むべきです!ほら、行きますよ!)
(レフィーヤ……!?)
よく分かっていないアイズの手を取り強引に店から出て行く。
素面ではあるが、酒は飲んでいたため多少なり勢いのまま彼女の手を握ったレフィーヤだが、後日そのことで盛大に赤面することになるのは、また別の話。
なぜか二人で出て行く少女たちの後ろ姿に気付くが遅く、通りに出てみるがもう呼び止めることは出来そうになかった。
今日何度目かの溜息をつき、後ろを振り返りぎょっとする。
視線の先には、楽しそうな笑顔を浮かべたまま眠っているアマゾネスの少女が。
「……まじかよ」
残された意味には気付いていないが、さすがに酔った女性を担ぐのは気が引ける。
ふと視界を広げれば、くすくす笑っている店員たちの姿が。
なぜか恥ずかしくなり、すぐに彼女に近づき肩を叩く。
「おーい。起きろー。帰るぞー。ティオナさんやー、起きろー」
声もかけるが起きる気配はなし。
揺すってみても効果はなく、まるで朝の俺と入れ替わったようだと思ってしまった。
どうしたものかと頭を抱えると、キャットピープルの店員が近寄ってきた。
「お客さんニャ。担ぐのが嫌ならおぶればいいニャ」
「担ぐよりかはましかぁ……」
満面の笑みで代替案を告げられ、少し思考したが仕方なくその言葉に従うことにした。
寝ている少女をおぶるために一度話しかけてきた店員に頼み、持ち上げてもらう。
そして、すっと前に入り屈んで背中に少女を乗せた。
「いよっ、と。こういうのは男より女がやる方がいいと思うんだがなぁ」
「いいからいいから。ほら、さっさと帰るニャ」
「はいはい。今後もよろしく頼むよ」
ぼやきを店員に咎められ、言葉だけ挨拶を交わし店を出る。
月はすでに真上にあり、星もキラキラと輝いている。時折吹く夜風が程よく体温を下げてくれるが、背負った少女は、肌の露出が多いためすぐに冷えてしまった。
「風邪を引かせたら悪いからな。急ぐか」
未だに続いている喧騒を聞きながら、足早にホームを目指す。
少女がたまに震えるのを感じては、風邪なんて引かないといいが、とお人好しな思考を広げる。
一方寝ている少女も背中に揺られている内に、沈んだ意識を浮上させた。
「う、ん。ふあぁ~。寝て、た……?!」
「お。起きたか、酔いはどうだ?」
「へ?あ、う、うん。けっこー抜けた、かな。ところでなんで私おぶられてるの?」
「本当は担いで連れて帰ろうと思っていたんだが、女を担ぐのはどうかと思ってな。そしたら店員におぶればって勧められてな。今に至ったってわけだ」
ようやく起きた彼女が最初に感じたのは、誰かに持ち上げられている浮遊感。次に身体の前面に感じる人肌の温かさ。
店で飲んでいたときは誰にもくっついていなかったはず、と思い返す間に言葉が漏れ、それに反応された形で誰が自身を背負っているのかに気付いた。
気が動転しているが、普通を装い今の状況を聞き理解した。
その上で盛大に赤面した。
(ちょ、近すぎ!ドキドキしてるのバレる!)
あまりに近すぎる彼との距離が、彼女の心臓を、理性を激しく攻め立ててくる。
唐突過ぎる触れあいに思考がパンク寸前で、ちょっとした会話も出来る気がしなかった。
そんな彼女の事情など知らないトーヤはさらに声をかける。
「ごめんなぁ。ほんとはアイズとか、レフィーヤに頼みたかったんだが、なんかあいつら勝手に帰っちまったからさ」
「そそそそうなんだー!なななに考えてるんだろうね二人ともー!」
なんとかバレないようにと平静──とはかけ離れているが──を保ちつつ、会話に応じる。
出された名前で、この状況を作った首謀者に感づき、感謝や怒り、羞恥心などが入り混じったよくわからない感情に遊ばれる。
(ありがたいけど、タイミングー!!)
と、どうしようもなく浮かんでくるエルフの少女のにやけ顔を、必死で打ち払う。
肌に感じるのは夜風の冷たさではなく、彼の背中から分かる体温。
体感では少し寒いと感じているはずなのだが、精神的にはもう十二分に暖まっており、これ以上の熱は理性が危ういと警鐘を鳴らしていた。
「寒くないか?なんか着せてやれれば良かったんだが、あいにくこれ一枚しかなくてな。すまん」
「ぜぜぜぜーんぜん!?寒くないよ!むしろ温か、いや、なんでもない!」
「?そうか」
一人パニック状態に陥る彼女の様子を、まだ酔ってるなと勘違いしている青年は、暫く無言になる。
もはやどうしようもないほど内から熱でやられ、思考も吹き飛び意識も理性が寸での所で張り詰めていた。
もう切れるのも時間の問題だったが、ふと彼の言葉を思い返し、熱が鎮まった。
(やっぱり、私を女として扱ってくれてる。ふふ、嬉しいなー)
言葉の節に感じた自身を気遣う気持ち。
なによりそれが女として言ってくれているのがとても嬉しかった。
勝手に一人で暴走していた少女だが、ようやく落ち着き熱も心地良い程度に感じられるようにった。
すると今度は薄れていた眠気が襲ってきた。
瞼が閉じていき、段々と意識が夢の世界に浸っていく。
なんとか起きていようにも、暴力的なまでの睡魔が彼女を逃がさない。
「……ティオナ?」
ふと、肩に乗せられた頭に声をかけるが、帰ってきたのは寝息だけ。
くぅ、睡魔に負けまた夢の世界に漕ぎ出していった少女に、くすりと笑みを浮かべた。
光がついていないホームがようやく見えてきた。先に帰った者たちはすぐに寝たのだろう。陰からレフィーヤとアイズが見ていることにも気付いていなかった。
「……いつも世話になってるしな。たまには世話してやるのも悪くないか」
優しげな笑顔で眠る少女に呟く。届くとは思っておらず、一方的な善意だとは分かっているが、常々彼女を気にしている彼にとっては、良い機会だった。
図らずもこうして帰ることになったが、未だに置いてけぼりにし二人の意図が読めなかった。
なぜ置いてかれたか分かる日はこなそうだが、今の彼には到底理解出来ないだろう。
歩みを進める彼の耳には、寝息に混じり寝言も聞こえてきた。
「きにしないで~。わたしはだいじょぶだから~」
「どんな夢見てんだかな」
いつもより慌ただしかったロキ・ファミリアの一日は、二人がホームに消えてようやく終わりを告げたのだった。
勢いってすごい。
てなわけで三話目です。
追記
基本投稿は土日のみですが、学校が早く終わってなおかつ次話の構想が出来ていれば、平日のどこかで更新するかもしれません。