気付くと、目の前が真っ白になっていた。
二次元幼女に絶頂射精、テクノブレイクによって逝ってしまったのだろう。
笠原は満足げに目をつぶり、ほほをゆるめた。
「……な……るな」
が、熟睡しようと思ったところで誰かの声が響いてくる。
安眠の邪魔だ。
無視して瞳を閉じ続ける。
「……くな。逝くな! 越えるな!」
しかし、望みに反して音が大きくなっていく。
彼はムッと顔をしかめる。
それでも止まない音に、とうとう目を見開く。
「悪夢ですなあ」
突然話しかけてきたのは、ヒゲ面のおっさん(36くらい)。
「わっ」
顔が近かったから、驚いて後ずさりしてしまう。
いや、近いのもあるが、にっこり笑う表情が気持ち悪いのもあった。
「何度死んでも蘇る。それが巨人笠原だ」
「は?」
そのおっさんが、突然わけの分からないことを言い始める。
「絶頂射精で死んで終わりでは、次の試合に間に合わない」
「え?」
「お前も巨人の端くれなら、少しは畜生さを見せてみろ。キンタマー?」
「え? タマキーン?」
やはりわけが分からないが、なんとなく合わせてみたのである。
が、すぐに後悔した。機嫌よくさせてしまったからか、あの笑顔が再び目に入ったからだ。
笠原は思わず目を閉じる。
しかしその瞬間、何か異変を感じた。
よく分からないが、体が変わった気がする。
警戒しながら目を開けていく。
「あれ?」
思わず声が出る。
おっさんがいない。
どころか、真っ白だった景色が西洋の町並みっぽいものに変わっている。
いや、ここが夢だとは思う。それにしても妙な流れだと言いたい。
しかし、深くは考えないことにする。
夢など理屈で動くものではない。考えても無駄だ。
その代わりに、せっかく夢だと気付けたのだから、目いっぱいにはっちゃけよう。
どうせ罪を犯しても目覚めればチャラになるのだから。
「そうだな。適当に女の子をナンパしよう」
彼は口端をつりあげてから、目をぎらつかせる。
すぐに新事実に気が付く。
どこかで見た大きな壁が、町の周囲を覆っている。
「なるほど。進撃の巨人ね」
だが、驚くほどでもない。
夢で物語の世界に行くことは何度もあったからだ。
少し勝手は違ってくる。
どうせやるなら原作キャラがいい。
個人的にはエレンの母、ミカサの母、ロリミカサ、クリスタ、ユミルあたりが気に入っていた。
「夢だし、瞬間移動とかさせてくれんかね」
言ってから、そっと額に右手の二本指を当ててみる。
ドラゴンボールの悟空式の瞬間移動に挑戦するのだ。
ジッと立ち止まって、集中する。
すると、夢だからだろうか。なんとなく人間の気配を読み取ることができた。
が、エレンの母を特定することなんてできないし、そもそもどこへも瞬間移動することができない。
中途半端に制約のかかった夢らしい。
「しゃあない。地道に探すか」
彼は面倒そうに歩き始めた。
いや、すぐにウキウキし始めた。
現実に比べて美人の割合が多い気がするからだ。
移動中の笠原は大いに目立っていた。
白いシャツを一枚着ただけであり、しかもそれに二次元の美少女が大きく印刷されていたからだ。そんな絵の技術も発想もこの世界にはないものである。
彼は視線を無視して突き進んだ。美少女には手を振ってこたえる余裕も見せた。
実は目立つのには慣れていた。笠原は身長190センチを超える長身であり、男性平均171センチ弱の日本では嫌でも目についたのだ。
イェーガーの医者の家に行きたいと言うと、親切なおっさんが場所を教えてくれた。
ついでに今が何年かと聞くと、845年だと教えてくれた。
はっきりと覚えているわけではないが、初めて超大型巨人が現れた年だった気がする。
それにこれは夢だから、もうすぐそいつが現れる気がする。
そんなことを考えている時だった。
どこかが光り、雷鳴のようなものが鳴り響いた。
「やっぱり来たか」
壁側を見ると、案の定、超大型巨人が顔を覗かせている。
ならば急がなくてはならない。
原作通りだと、エレンの母親の下半身がつぶれてしまう。
笠原は全力で駆けた。
身体能力には自信があり、何より夢の中であるため、体力の温存などは考えなかった。
しかし、間に合わなかった。
聞いただけでは道がはっきりしなかったことに加え、逃げ惑う人々が邪魔になって勢いよく進めなかったことも災いした。
彼がそこに着いた時、母親はがれきに埋もれて、上半身だけ外に出ていた。
「あううっ、あぐっ、いっ、いぎいいい」
苦痛に顔を歪め、嗚咽を漏らしている。
見聞きした笠原も身の縮むような思いだ。
喘ぎ声には少し興奮もしたが。
「ま、夢だしな」
自分に言い聞かせるようにつぶやいてから、がれきの撤去作業に移る。
力には自信がある。背が高いだけではなく、そこそこがっしりした体つきなのだ。体重は95キロ近くある。
子供二人に持ち上げられないがれきも、自分ならいけると思った。
「あ、あなたは」
「今からあなたを押しつぶしている屋根を持ち上げます。その隙に脱出してください」
「は、はい」
女性は苦しそうに息をし、額には大粒の汗を浮かべている。
笠原は安心させるようにこりと笑う。
しかし内心は、負ぶって逃げて胸が背中に当たる未来などを思案していた。
その期待に胸を膨らませて、興奮を力に変えて、がれきにぶつける。
屋根を少しだけ浮かせることができた。
「今です! 早く!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
「は、はい」
女性は両手で這うようにして、体を抜け出させようとする。
が、動かない。
「あの、もう少し奥にも、何かが引っかかっているようです」
悲しそうな声と共に、彼女の動きはピタリと止まった。
しかし笠原としても、もう少し奥と言われると困る。
屋根が邪魔で手が出せない。
「作戦変更だ」
彼は自分が巨人に変身することを考えた。
この夢は全てが都合よくいくわけではないが、その変身はできる気がした。
なぜか確信めいたものがあった。
が、今ここで巨人化すると何人かに見られてしまうので、隠れて変身することにする。
「あ、あの。ああっ」
絶望したかのような声が届いたが、やはり彼は「夢だしな」と言い聞かせ、特に悪びれもせずに立ち去った。
変身は何の苦も無くうまくいった。
巨人との感覚もばっちり共有できていて、四肢を思い通りに動かせた。
思考も完全に人間時と同程度できている。
やはり夢だから都合がいいのだろう。
予想外だったのは、自分の体の大きさだ。
15メートルよりは大分大きいが、60メートルよりは大分小さい。
30メートルを少し超えたくらいに思える。
完全なイレギュラーだ。夢だから気にしても仕方ないが。
強ければ問題はないし。
考察もそこそこに、彼は目的地へと歩き始める。
例の三人組を見つけた。
他にもう一人巨人が来ているので、適当に暴れて家を崩して、道を塞いでおく。
流れにはほとんど差がない。
ハンネスは少しだけ戦うソブリを見せたが、すぐに背を向けて、子供二人をかついで駆け出した。
彼も作業を始める。
まずはがれきを除けていく。
崩れてエレンの母がつぶれないように、慎重にだ。
エレンが「母さん、母さん」と言っているのがうるさい。
気持ちは分かるが、気が散る。静かにしてほしい。
なんとかきれいにできたところで、次は医療器具を集めていく。
足がつぶれているらしく、放っておけば死んでしまうからだ。
そして、あらかた集め終わった。
次はようやくエレンの母をつまむ番だ。
しかし、彼は考える。
このまま助けるとエレンに覚悟が生まれない。そうなると主人公が側が負けるかもしれない。
これでは後味がよくない。夢だとしても。
ここは一応、彼女が死んだふうに見せるべきだと思うのだ。
だから彼女のことは、飲み込んだフリをしておく。
「母さーーーーんっ!」
「エレーーーーンっ!」
夢だとは言え、親子の叫びは心にくるものがあった。
しかし、彼は感動を興奮に変えて、やはり悪びれもせずに彼女をつまみ、ポイと口の中に放り込んだ。
飲み込みはしない。舌の上で横にさせる。
そしてすぐに逃げる。
早く彼女を安全な場所に吐き出して、手当するためだ。
彼に医療の知識はないが、医者の妻である彼女は手伝いもしているはずであり、多少は自分で対処させられると考えた。
駆ける。駆ける。
巨人は人のいない場所に現れない。
巨人の体内にいる人間に興味を示すとも思えない。おそらくは体液がかかっていれば大丈夫。
だから、人里離れた場所に吐き出せば安全だろう。
彼はそっと顔を地面に近づけ、土下座のような格好をしてから、舌を出して彼女を地に降ろす。
「はあっ、ひゅーっ、はあっ、ひゅーっ」
危ない。緊張と痛みと両方が原因だと思うが、過呼吸気味になっている。
早急に落ち着かせなくてはならない。
彼は急いで変身を解くことにした。
感覚でなんとなくだったが、巨人の身体は蒸発して消えた。
「落ち着いて。早く手当しないと」
「ひゅーっ、あっ、あなだはっ。ひゅーっ、ひゅっ、ひゅーっ」
が、余計に驚かせてしまったらしく、呼吸はさらにひどくなった。
どうすればいいのか分からない。
彼は感情に任せて抱きしめた。
目をつぶって、落ち着かせるように、やわらかく。
が、下半身は当然のように元気になっていく。
別の心配も出てきた。
この夢が始まってからもう長い。そろそろ終わってしまうのではないか。
その前に決着をつけようと思った。