DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
名古屋支局の復旧の目処は立っていなかった。
末端のシステムまでやられており、かなりの時間を要するようだ。
その遅さにヤマトは苛立っていて、司令室の復旧の進捗状況を見に来た彼は「やはりクズはクズか」と呟いてすぐに戻ってしまった。
彼は大阪へ帰らず、名古屋支局の機能がある程度まで回復するまで滞在することにしたらしい。
名古屋支局の混乱はフェクダが支局内に出現したこともあるが、ロナウドたちが占拠した時に名古屋支局と大阪本局及び東京支局とのシステムを完全に切り離してしまったことが大きな原因である。
だから余計にヤマトの機嫌は悪い。
そこでカナデは作業がひと段落したところで彼のご機嫌取りに伺うことにした。
彼女はお茶を淹れると支局長室へと向かった。
「ヤマト、入ってもいい?」
ドア越しにカナデがそう呼びかけると、ヤマトは不機嫌そうな声で返事をする。
「何か用か?」
「お茶を淹れたけど、いかが?」
「入れ」
カナデが中へ入ると、ヤマトは読みかけの資料を閉じて彼女の方を振り向いた。
「今日はどうもありがとう」
命を助けられたのだから礼を言うのは当たり前。だからカナデはまず先に彼にお礼をした。
しかしヤマトの反応は冷淡だ。
「フッ…礼を言われるまでもない。セプテントリオンを倒さねば人類に未来はないのだからな」
「ええ。あなたにとってわたしはタダの手駒でしかなくて、優秀なサマナーでなければ生きようと死のうと無関係な人間だものね。ところで大阪は放っておいて大丈夫なの?」
ヤマトの前にお茶を置きながらカナデが訊く。
「通天閣の復旧は8割方終わった。菅野が復帰したからな、彼女に任せておけば問題はない」
「それはよかった。でも大阪にいるはずのあなたがあのタイミングで名古屋に現れたのはどうして?」
カナデが訊くと、ヤマトは掴んでいた湯飲み茶碗を落としそうになる。
「さっきも言ったが私はお前のことなど心配などしてはいない! あ、あれはだな…」
明らかに動揺しているヤマト。
沈着冷静でセプテントリオンの襲来の際にも顔色ひとつ変えない彼にしては意外な反応だ。
「わたしは大阪にいるはずのあなたがどういう手段で名古屋までやって来たのかを聞いているのよ。さっき本局の人に訊いたら、フェクダが出現した時には大阪本局の司令室にいたってことじゃない。高速鉄道を使ったとしても10分や15分で来られる距離じゃないもの」
ヤマトは自分の勘違いに気づいたようで、ひとつ咳払いをするといつもの尊大な態度に戻って言い直した。
「転送ターミナルを使った」
「転送…ターミナル?」
「人体を構成するすべての情報をデータに換算し、送信先で再構成することで人を瞬時に移動させる転移装置だ。詳しいところは製作者である菅野ですら把握できていないシロモノだがな。大阪本局でシステムの最終調整をしている途中で彼女が失踪し使用不可だったが、調整が終わったというので使ってみた。お前たちが苦戦しているようだったのでな」
ヤマトは事も無げに言うが、そんなSF小説じみたものが存在するということにカナデは驚いた。
「そ、そう…。そんなすごいものがあるなんて知らなかったわ。でもそんな危ないものを使ってまでセプテントリオンを倒そうとする覚悟を見せるなんて、さすがはジプスの局長さんね」
「その私に逆らって勝手な行動をしたお前には失望したよ」
(ヤマトの言っていることは事実けど、その時点で最良の選択をしたという自信はあるから後悔はしていない。でもそんなことを言えば、反省が足りないとか言われそうだから黙ってよう)
「フッ…返す言葉もない、か。当然だな。これに懲りてこれからは私の命令に従っていろ」
カナデが反省しているように見えたらしく、ヤマトの機嫌は少しだけ回復した。
「命令に従うかどうかは自分で判断するわよ。…ところで、あなたとロナウドさんとの取引の件なんだけど、あれについては説明をしなきゃならないことがあるの。聞いてもらえる?」
「そのことか。よかろう、聞いてやる。どんな申し開きをするのか楽しみだ」
そう言ってヤマトはニヤリと笑みを浮かべた。
そしてお茶を口にする。
「まず初めに、わたしが彼らに名古屋へ連れて行かれたのは不可抗力によるものよ。わたしの意思じゃないから」
「ああ。お前が奴らに尻尾を振ってついて行くとは思えぬ。だが、奴らに手を貸したというのは事実だ」
「たしかにそう見えるけど、わたしにはふたつの目的があってやったことなの。ひとつ目はメラク戦におけるあなたの采配に不満があったことによるささやかな仕返し」
「フッ、仕返しか。気に入らぬのならジプスを出て行けばよいものを」
「あら、そんなことを言ってもいいの? わたしがあなたを選ばなかった場合、あなたは死ぬ可能性が出てくるのよ。わたしが誰を選ぶかによってこの世界の未来は変わる。あなたの思いどおりにはならないかもよ」
「自分の納得できぬ世界になるなら、死んだほうがマシだ」
「ああ、そう。…で、ふたつ目の目的というのは、名古屋支局の運営についてなの」
「どういう意味だ?」
「ほら、ジプスって元々局員の数が足りなくて苦労していたでしょ? それなのにメラク戦でずいぶんと人員が減ってしまった。それはわたしにも責任の一端はあるんだけど、その人員の穴埋めにあのレジスタンスメンバーを利用できるんじゃないかなって」
「利用するだと?」
「そう。名古屋支局の局員を大阪と東京に分けて、ここを放棄してしまうってことにするの。あのロナウドさんって元ジプスの局員だっていうから、名古屋支局の機能が停止したらどうなるかわかるはず。だから必死になって運営してくれるでしょうね。そういうわけだから、ここの物資は名古屋支局の機能を維持するために必要なものとして、彼らに全部あげてしまってもかまわないんじゃない? 不足した人員を穴埋めするために必要な代価ってことで」
「それはベストとは言えぬが、ベターな提案ではある。しかし奴らを増長させることにはならぬか? 現に奴らはジプスに勝利したと浮かれている」
「悔しいかもしれないけど、それくらい我慢してよ。彼らは保管物資の多くを被災者に配ってしまったから残りはわずか。ジプスに叛逆しようとしたって何もできはしないわ。高速鉄道やあなたが使ったという転送ターミナルを勝手に使用できないようにすれば東京や大阪で名古屋支局を襲ったようなレジスタンス活動もできない。そして一番重要なのは、わたしがロナウドさんたちに協力したということで、彼らから一目置かれるようになったってこと。あなたの命令には聞く耳持たないでしょうけど、わたしの言葉なら耳を傾けるはずよ。わたしに嫌われることをロナウドさんはしないだろうから、おとなしくするに決まってる。そうやって上手く手駒として動かすの。レジスタンスのメンバーの中にはサマナーとしては使えそうな人が多かったもの」
「お前の言い分には一理ある。そこまで考えてあの茶番を演じたというのなら、なかなかの策士だな、お前は」
「で、どう? 名より実を取るということはできないかしら?」
しばらくヤマトは考えていた。
自分のプライド、カナデの利用価値、ジプスの人員不足、レジスタンスへの対応…といった様々な点を考慮し、最小の犠牲で最大の効果を生み出そうと思案しているのだろう。
そして彼が出した結果は…
「せっかくお前がお膳立てした状況を利用しない手はない」
そう言ってお茶をひと口飲む。
「ただし条件がある」
「条件?」
「ああ。今後、私が望んだ時にはこうして茶を淹れてくれ。ジプスには茶を上手く淹れられる人材がいないのでな」
ヤマトがそう言った次の瞬間、カナデには彼が優しく微笑んだように見えた。
おまけに例のエフェクトは削除してもらったはずなのに、バックに星がキラキラと散ったのを見た気がしたものだから、カナデは閉口した。
(うわぁ…マジで乙女ゲーだよ、これ)
あのヤマトが「優しく微笑む」など、カナデには想像もできなかった。
彼が笑うなら「ほくそ笑む」とか「ニヤリと笑う」とか、そういう姿しかありえないのだから。
(でも意外に彼の笑顔は魅力的じゃないの。やっぱりまずこの中二臭いコートを脱いで、髪の毛をオレンジ色に染めて、タレント養成校で仲間を集めてアイドルデビューした方がいいんじゃないかな)
…と、ひとまず妄想はこれくらいにしておいて現実に目を向けようと、カナデは快く答えた。
「つまりサマナー兼お茶汲みってことね。いいわよ。わたし、お茶を淹れるのは子供の頃から得意だもの」
お茶くらいでご機嫌になってくれるのならお安いものだということだ。
「じゃ、とりあえず名古屋支局の件についてはこれでおしまいね。わたしはこれから復旧作業の手伝いに戻るから」
そう言ってカナデは支局長室を出た。
◆
局員の休憩室らしき部屋の椅子に腰掛けていたカナデの目の前に陶器の茶碗が差し出された。
「これ」
見上げると帽子を目深にかぶった青年がいた。名古屋支局所属の民間人サマナーだ。
フェクダと一緒に戦った仲だが、直接口を利くのはこれが初めてだった。
「ええと、あなたは…」
「鳥居純吾。ジュンゴでいい」
「わたしは久世奏です。名古屋ジプスの協力者の方ですね。今回はどうもお疲れさまでした」
「うん。でも、カナデたちがいてくれて、助かった」
ジュンゴが笑う。
「これ、食べて。茶碗蒸し」
「ジュンゴさんが作ったんですか?」
「うん。食べたら、元気出る」
そう言われてカナデはひと口食べてみた。
「…美味しい」
「よかった」
ジュンゴがとても嬉しそうにしていると、後ろから小柄な少女がやって来た。
彼女もまた名古屋の民間人サマナーだ。
「あ、ジュンゴ!…と、誰?」
「カナデ」
本人が名乗る前にジュンゴが少女に教える。
「久世奏よ」
そう言うと、少女は不審そうな眼でわたしを見る。
「その格好ってジプスの局員ってことだよね。あの偉そうな局長に仕えてるの?」
「いいえ、こんな恰好していても立場はあなたたちと同じ民間人サマナーだから。自前の服がボロボロになっちゃったものだから着替えの服が欲しいって言ったの。そうしたらこれを寄こしたのよ、あの偉そうな局長がね」
「ふーん。…あたしは伴亜衣梨。カナデ、手が空いてるならこっち手伝ってほしいの。ジュンゴもほら」
カナデとジュンゴはアイリに連れて行かれ、復旧作業を再開した。
◆
もうすぐ日付が変わろうとしていた頃、なんとか業務ができるほどには復旧が終わった。
ヤマトも後始末に駆け回ったらしく、心なしか疲れているように見える。
「…帰るぞ、東京に。明日健康診断を行う」
ヤマトがカナデのそばへやって来て言う。
「健康診断?」
「そうだ。対象はジプス局員と民間人協力者全員だ。もちろんお前も受けろ。それから20分後に地下ホームに集合だ。志島と新田を連れて来い」
カナデはヤマトの言動について考えた。
(彼がこのタイミングで無意味なことをするはずがない。もちろん局員や民間人サマナーの健康を気遣っての健康診断であるわけもない。きっと何か企んでいるに決まってる。でも彼のやろうとしていることがわからないのだから、今は勝手に推測すべきではないかな。…それにしてもわざわざわたしのところに来て言う内容じゃないわ。電話かメールで済むことだもの。もしかしてわたしに会いたかった、ってことはない…わよね)
そしてダイチとイオに連絡を取ろうとしてポケットから携帯を取り出す。
「あれ…メールが届いている」
送信者の名は栗木ロナウドとなっている。
何か用事でもあるのかと、彼女はメールを開いた。
“お疲れさん。君の活躍には目を見張るものがある。その力を峰津院大和に利用されないよう、十分に注意したまえ。できることならもう一度君とゆっくり話がしたいものだ。君なら俺の理想を理解してもらえるはずなのだから”
(信念を持って行動するのはいいんだけど、走り出したら何も目に入らなくなるタイプなんだろうな。座右の銘が「One for all. All for one.」だったりして。ああいう人って苦手。暑っ苦しいし)
苦笑しながらため息をつく。
カナデの考え方はこうだ。
弱者救済ということ自体は悪いことではない。
本人が自らを弱者と認め、そこから這い出そうとして努力している人に手を差し伸べるならよい。
しかし弱者が何の努力もせずに、他者からの支援を期待するだけではそれこそ真の弱者であり、援助する価値などない。
ロナウドは「持つ者が持たざる者に与えることによって平均化する」ことで平等になると信じている節がある。
その考えが気に入らないのだ。
持たない者は与えられることを当然と考え、持つ者は持たざる者に与えることを強制される。
そんなことで世の中がよくなるとは到底思えない。
そしてロナウドの考え方を肯定できない一番の理由は「ポラリスの力によって理を書き換える」という手段である。
すべての人間が彼の考えに賛同できるわけはなく、強制的に人間の価値観や思考を書き換えてしまうということは、それまでの人生を完全否定されるのと同義なのだから。
(ロナウドさんとはもう一度話をしたいと思うけど、たぶん彼は最後まで考え方を変えることはないだろうな。彼には言葉ではなく行動でわからせるしかないのかも)
カナデはロナウドに返信をした。
“お疲れさまです。わたしの力はわたし自身が正しいと思う使い方をします。ヤマトに利用されるなんてことありませんから。むしろまた利用してやります。わたしもできることならもう一度あなたとゆっくり話がしたいと思っています。でもわたしはあなたの理想を永遠に理解できるとは思えません。わたしは話し合いではなく行動によってあなたの考え方を変えてみせましょう”
(これでロナウドさんが納得するかどうかわからないけど、今はこれしかないものね)