DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
ヤマトの私室の前で、カナデは深呼吸をするとドアをノックした。
すると中から不機嫌そうなヤマトの声がする。
「誰だ?」
「カナデよ。入ってもいい?」
「入れ」
(少しだけ声のトーンが変わった? 訪問者がわたしだとわかって態度が変わったのかも)
ドアを開けて中へ入ると、カナデが初めてこの部屋を訪れた時と同じように、ヤマトはソファーに腰掛けて書類のチェックをしていた。
「さっそくだが茶を淹れてくれ。道具はそこにある」
ヤマトはそう言って部屋の隅にある簡易キッチンのような場所を顎で指した。
IHコンロにはケトル、そして調理台には急須と湯呑み茶碗と茶筒が置かれている。
「はいは~い、局長殿の仰せのままに」
カナデはふざけてそう言うと湯を沸かし始めた。
「宇治茶か…。被災者が食べるものもなくて難儀しているというのに、ここの局長さんはいい御身分ですこと」
ジプスの物資の一部を被災者に配布することになったとはいえ、十分とはいえない現状。
その中で優雅にティータイムを楽しむヤマトに、カナデは少し嫌味を言ってやりたくなったのだ。
「ふん、勝手に言っていろ」
ヤマトはカナデの売った喧嘩に乗ろうとはせず、余裕たっぷりの顔でいる。
もっともヤマトは少しくらいの贅沢が許されるだけのことをやっているのだから、彼の行為についてカナデはロナウドのように頭から否定することはしない。
湯が沸くと、もっとも香りと味が楽しめるタイミングで茶を湯呑みに注いだ。
「どうぞ召し上がれ。わたしもお相伴にあずかるわね」
カナデはヤマトの前に湯呑みを置き、自分の分の湯呑みをテーブルに置くと彼の向かい側のソファーに腰掛けた。
そして彼の感想を待つ。
「…美味い。茶の淹れ方ひとつにしてもお前の所作は見事だ」
「そう? それならよかった」
「そうだ。…お前の働きは私を満足させる。しかし失望させることも多い」
彼はお茶を啜りながら言った。
「お前が栗木たちに拉致された時、連中はお前を仲間に引き入れようとしたのだろ?」
「ええ。自分の目指す平等主義とやらを聞かされたから、わたしはそのお返しに人類すべてが平等な世界なんてありえないと教えてあげたわ」
カナデがそう言うと、ヤマトは声を上げて笑い始めた。
「ハハハ…」
「何か笑えるような話をした?」
「いや、あの男がお前に諭されている姿を想像してしまったものだからな。いい歳して平等で平和な世界など青臭い正義を振りかざし、それをお前のような小娘に頭から否定されているのだぞ、あまりに滑稽だ」
「たしかに。ロナウドさんって平等という言葉を錦の御旗として掲げ、自分たちこそ正義だって顔しているのが気に入らないのよね。もし彼の理想が叶ったら、この世界から努力するという概念は消えてしまうわ。努力してもしなくても結果が同じになるなら、努力するなんてバカバカしくなるもの」
「当然だ。レジスタンスの連中も栗木ごときに唆され、ジプスから奪った物資を被災者に分け与えて英雄ぶっているタダの愚か者の集団だ。ジプスの非常食など被災者の数からすれば焼け石に水だ。何の役にも立たぬ」
「そうね。それにあのレジスタンスの人たちの考え方とかやり方って、わたしには納得できないのよ。子供や年寄りに我慢をさせるのは可哀想だという考えだから、悪魔と戦う若いサマナーには我慢をさせて、その分を避難所で膝を抱えているだけの子供や年寄りに多く与えている。働かざる者食うべからず…とまでは言わないけど、命を懸けて悪魔と戦っている人にこそ食料を多く与えるべきなのに。いくら子供や年寄りのお腹が満たされていても、サマナーが空腹で戦えなかったら悪魔に殺られておしまいよ」
「そのとおりだ。そんなこともわからぬ愚かな連中がポラリスとの謁見に臨むなど断じて許されるものではない。お前がこちら側の人間でよかった。やはり私の目に狂いはなかったな」
「たぶんわたしの考えや行動は育った環境が作り上げたものなんでしょうね。一歩間違っていたらロナウドさんたちの考えを支持する方になっていたかもしれないけど」
「それは幼い頃に両親を亡くし、頼る身内がいないという身の上か?」
「何であなたがそのことを知っているの?…まあ、いいわ。事実だから。そんなわたしっていわゆる弱者というカテに入るわけだけど、わたしは自分の力で名門と称される高校に入学し、入試の成績がよかったから授業料免除の特待生になったわ。生活費はアルバイトで稼いでいて、倹約しながら何とかやっている。これは自分自身で勝ち得た結果よ。それでもまだ世間から見たら『面倒を見てくれる大人がいない可哀想な子』なんでしょうけど、わたしは同じような境遇の子たちと自分は違うと思ってる。もしロナウドさんの目指す世界だったら、わたしのような孤児には手厚い保護があって、誰でも授業料が免除されたり、アルバイトしなくても暮らせるように生活費が貰えるんでしょうね。そしてわたしは楽をして生きていけると知ってしまい、努力も何もしないで与えられることを当然だと思う真の意味での弱者に成り果てたと思う。人間って楽な方に流されやすい生き物だから」
カナデは自分の境遇を他人に話すことは滅多にない。
自慢するようなことではないし、孤児だと知られると周囲の人間が哀れみの目で見るからそれが嫌なのだ。
でもなぜかヤマトには自然に話ができた。
そしてヤマトは彼女の話を興味深げに聞いている。
「やはりお前は私が目指す新世界に相応しい人間だ」
「は?」
「私と共に戦え。お前はタダの手駒ではない。クイーンの駒だ。お前は私のそばにいて私の命令に従っていればよい。このキングの隣で世界に君臨するのだ」
そう言ってヤマトはほくそ笑んだ。
(ヤマトの言動は理解の範囲を超えていることが多いけど、いきなり新世界に相応しい人間だとか、世界に君臨するとか言われてもわけわからないじゃないの)
カナデは困惑するが、嫌な気分ではないので、余計に悩んでしまう。
「何を根拠にそんなことを言うの? いきなり世界に君臨するとか言われても面食らうだけ。そもそもあなたの目指す新世界って何なのよ?」
「そんなものは決まっているだろう。ポラリスとの邂逅の後、私が頂点に立ち、力のあるものだけの完璧な世界を創るのだ」
「あなたが新世界の神になろうというの?」
「神、か…。私は神になろうと思ったことなどない。私はこの薄汚れた世界を改革し、真に力のある者によって秩序ある美しい世界を創りたいだけだ」
「……」
「現在の政治の中枢にいる連中は俗世の毒に染まり切った無能たちばかりだ。そいつらが官僚たちと手を組んで私腹を肥やし、どれだけこの国を食いものにしてきたかお前は知っているか? 奴らは一般に弱者と呼ばれる国民を虐げてきたが、決して強者といえる存在ではない。強者とは出自、年齢、性別などに関わらず、本人自身の持つ純粋な力のある者のことをいうのだ」
ヤマトの言い分には正当な理由がある。
本来国民の代表として政に携わるべき人間が私利私欲に走り、政治の才能のない二世議員が世に溢れている。
一部の官僚や財界の人間と癒着して、互いに甘い汁を吸い合っている。
国民から吸い上げた血税を自分たちのために湯水のように使い、国民の奉仕者であるべき者たちが国民を虐げるようなマネをしていることは隠しようのない事実だ。
彼は今の世の中に幻滅しているのだ。
人間に守る価値などないと考えている。
セプテントリオンと戦うのはポラリスに謁見し世界を作り変え、完全なる実力主義の世界を創るため。
そんな彼の考えは理解できなくはない。
(でも、だからといってヤマトが強者と弱者の区別することをわたしは認めない!)
カナデは自分の考えを披露し、ヤマトに彼の考えを改めさせようと決めた。
「あなたの言うことは正論だわ。ここの上にある国会議事堂はロクでもない人間の巣窟となり果てている。政の才能のないバカな連中がもっとバカな有権者を騙して国の中枢に潜り込む。選挙運動中は腰を低くして何度も頭を下げていたというのに、代議士になったとたんにその反動よろしく踏ん反り返っている。国民の生活には無関心で、己の保身と金儲けに走り、その腐った連中がこの国を腐らせていく。そんな連中を選んだのは愚かな有権者。そして生活の格差が生まれ、裕福な者はより豊かに、貧しい者はますます生活が苦しくなっていく。そんな負のスパイラルを断ち切らなければこの国に未来はない」
「フッ…よくわかっているではないか。この世界は一度リセットしなければならないほど腐り切っている。ならばこの私が新たな秩序を ──」
「待って。わたしは実力主義に反対する気はないけど、あなたが強者と弱者を選別するというのなら、それはあなたにとって都合のいい世界にしかならなくなる」
「それのどこに問題がある? 私のやることに間違いはない」
カナデが想像していた通りの答だ。
(ヤマトは自分こそが最高の人間だという自信があるからこそこんなことが言えるんだわ。自分は神になろうと思ったことなどないなどと言っていたけど、今の発言こそ自分が神だといわんばかりの傲慢ではないの!)
「つまり人類はあなたにとって都合のいい条件によって選別され、選ばれなかった人間は生きてゆくことすら難しくなるというわけね。ロナウドさんの言っていたとおりだわ」
「弱肉強食…それが生物における普遍の真理だ。そしてお前もその真理の一部に組み込まれているのだぞ」
「わかっているわよ。わたしは強者が弱者の上に立つことを否定しないわ。それが当然だと思うから。でも今の世界は偽りの強者が蔓延っていて、真に強者と呼ばれるべき者がその陰に隠れていたり、表舞台に立てないでいる。あなたのやり方だと偽りの強者を排除できるだろうけど、真の強者を見つけ出せるかどうかはわからない」
「どういう意味だ?」
「だってあなたがいくら優れた人間だったとしても世界中のすべての人間と面会できるわけではないもの。あなたの目の届かなかったところに強者がいた場合はどうなるの? わたしだってニカイアに登録してあったから生き延びることができたけど、そうでなかったら列車の事故で死んでいたわ。仮に生きていたとしてもニカイアに登録していなかったら悪魔召喚はできないし、今頃どこかの避難所で膝を抱えているだけだったかもしれない。悪魔に襲われて死んでいた可能性もある」
「うむ…」
「あなたが強者と弱者を決めるといったって限界がある。あなたの目に止まらなかった人は強者として認められずに消えていってもかまわないの?」
「そうは言わないが…」
「でも結果的にはそうなる。わたしが今ここにいるのは自分の力だけではなくて運も大きく影響している。同じ力を持っていても運が悪かったらそれっきり。運も実力のうちと言ってしまえばそれまでだけど、運などという自分ではどうすることもできない部分で切り捨てられるんじゃ理不尽極まりないわ」
「ならばどうすればいいというんだ?」
「あら? ジプス局長というとっても偉い方がわたしのような小娘の意見に耳を傾け、それを参考にして自分の考えをもう一度見直しするとでも? まさかそんなことはないわよね」
「…当然だ」
彼の答えは聞くまでもないのだが、即答ではなく答えるまでの“間”が少し気になった。
「そうよね。だったらわたしはノーコメント。言っても無駄だもの。まあ、あなたが心を入れ替えて他人の言葉に耳を傾け、自分の考えを見直す気持ちになったら、わたしは真剣に相談に乗るわ。…でもわたしがあなたを選ばないと、あなたが理想とする世界の実現は無理ね。不本意でしょうけど、それがポラリスの意思らしいから」
「わかっている。しかしお前は私を選ぶしかなかろう。栗木は論外。あの志島に私の理想を上回る世界を創造することなどできはせぬからな」
「そのとおり。ダイチって深い考えもなく行動するし、困ったことがあればすぐに人に頼る。主義主張なんてものも持っていないから、どんな新世界を創りたいかなんて想像もできないでしょうね。たぶん『働かなくていい世界』とか『楽しくてのんびり生きられる世界』なんてバカなことを願うに決まってる。でもあんな人間でもあなたより優れている部分があって、わたしはそれを彼の魅力だと思うの」
「私よりも優れた部分だと?」
「ええ。ダイチは他人に頼ることは多いけど、自分の利益のために他人を利用するなんてことは絶対にしない。それに友人のことをとても大事にする人間よ、彼は。そうでなけりゃ10年も友人なんて続けられないわ」
「……」
「ジプスの局員は命を落とすことも厭わずに戦っているけど、それは単に上司であるあなたの命令だから。危険な仕事だと承知の上で従事していて、あなたの命令には従わなければならない立場にいるからよ。もちろんあなたのためなら身命を賭してもかまわないというくらい尊敬もしているんでしょうけどね。で、もしダイチが危険な目にあって、彼を助けるためには自分が死ぬかもしれないといった事態に陥った時、わたしは迷うことなく彼を助けに行く。ダイチは上司じゃないし、誰かに命令だってされてもいない。それでもわたしは行くわ。そして彼もわたしのために危険を顧みずに助けに来てくれる。なぜならわたしと彼は友人だから。あなたにはそういう人はいる?」
「友人など何の価値もない。必要だと思ったこともない」
「あら、そうなの。わたしはとても大切な存在だと思っているわ。フェクダ戦の時、ダイチやイオさんの携帯にわたしの死に顔動画が届いて、それをわたしに教えに来てくれた。そのおかげでわたしは覚悟ができたし、彼らを守りたいという強い気持ちがスザクを召喚する力になったと信じている。…もしあなたの命が危険に晒されることになったら、わたしの携帯にあなたの死に顔動画は届くのかしら? そしてそうなった時、わたしがどんな行動をするのか、あなたには想像できる?」
「……」
「あなたがとても優秀な人間であることは認める。あまりに優秀すぎるから、自分と対等に渡り合える人間に出会えなかった。それってすごく孤独な人生だったって思う。だからそんなひねくれた性格になっちゃったんでしょうね」
「失礼な」
「これまでどんな困難もひとりで乗り越えてきたから他人に助けを求めない。自分以外を頼ることはない」
「だから何だ?」
「あなたはすべての業をひとりで背負う必要はないと思うの。友人がいればその重い荷物も分かち合って、もっと楽になれるわ。わたしはその荷物を背負う覚悟はある。だってわたしはあなたの友人だもの」
「……」
「何でそんな顔をするの? 迷惑だっていうのなら、今の言葉は忘れちゃってかまわないわよ。…さて、そろそろ失礼させてもらうわ。夜遅くに、若い男女がふたりっきりでいたら、あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれないもの。じゃ、おやすみなさい」
ヤマトの何か言いたげではあるが、その気持ちをどう言葉にすればいいのかわからないといった表情を見て、カナデは撤退することにした。
◆
しんと静まった廊下を歩きながらカナデは考えた。
(彼の人生にとってわたしの出現はイレギュラーなもの。まさか自分と同レベルの悪魔を召喚できる民間人がいるなんて想像もしていなかったはずだもの。味方であれば利用価値が高いけど、逆に敵に回したら厄介な存在。そんなわたしをどう扱うかを考えたら、さすがの彼でもすぐに答えを出すのは難しいわよね)
「わたしはヤマトのことを友人だと思っているけど、彼はそうじゃない。これも片想いになるのかな?」
カナデは言いようのない寂しさを感じた。
(でもフミさんが言っていたように、彼はわたしのことを対等だと認めてくれているみたいだから、こうして対話ができるわけよね。…とは言っても、彼と仲良くなるなんてセプテントリオンとコミュニケーションをとるくらい難しそう。ま、言葉が通じるだけヤマトの方がマシ、か。でもそのセプテントリオンよりもタチが悪いのがヤマトだし。むしろ戦って力でねじ伏せる方が手っ取り早くて簡単だわ。楽観できる状況ではないことはよく理解しているけど、深く悩みすぎて堂々巡りするのはわたしの性に合わない。まあ、自分のやるべきことをやれば、実力に応じた結果が後からついてくるって言うから、まずは残りのセプテントリオンを全部倒さなきゃ)
彼女にはヤマトと仲良くならなければいけないという切実な理由があった。
その理由とは…
「もっと仲良くならないとケルベロスをモフモフさせてもらえないよね…」
興味のない人から見ればくだらないことだが、ネコ科愛好者にとってこれは一生に一度あるかないかの大チャンスである。
「う~、あのフサフサなたてがみに埋もれてみたいよ~」
そんなことを考えながら、カナデは自室のドアを開けたのだった。