DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
ひとりきりになったヤマトはカナデとの会話を思い出し、顔を顰めた。
自分の考えを否定されたことや、彼女が言いなりにならないことに対して怒りを覚えたからではない。
彼女との会話の中で妙な心地良さを覚えた自分に苛立っているのだ。
(私に従わず、あまつさえ意見までする彼女の言動に私はどうして心を揺さぶられるのだ?)
「あなたはすべての業をひとりで背負う必要はないと思うの。友人がいればその重い荷物も分かち合って、もっと楽になれるわ。わたしはその荷物を背負う覚悟はある。だってわたしはあなたの友人だもの」
特にこの言葉に対して心拍が激しくなり、締めつけられるような胸苦しさを覚えた。
「この私に友人など必要ない。すべての業を背負う覚悟があるからこそ、ここまでやってこられたのだ。それを何も知らぬ小娘風情が…。私が欲するものは強い意思と力だ」
そう自分に言い聞かせてみるものの、なぜかスッキリとしない。
「そもそも彼女はなぜ私を友人と認めるのだ? 友人とは互いに心を許し合って、対等に交わっている人という意味の言葉だが、私は彼女に心を許した覚えはない。単に死に顔動画が届いたから友人だという短絡的な考えを彼女が持つとは思えぬ。…ならば問題は彼女が何を友人の定義としているかだ。彼女は友人をどういうものだと認識しているのだろうか?」
自問自答したところで答えなど見つかるはずもなく、ヤマトはますます苛立ってきた。
「気になるのなら本人に訊けばいいじゃないか?」
声の主はアルコルだ。
いつの間にか部屋の中に入っていて、ヤマトの背後に立っている。
「貴様に言われるまでもないことだ。しかしそれができれば苦労はしない」
「じゃ、私が代わりに訊いてあげようか?」
「余計なことをするな! これ以上、貴様に振り回されるのは勘弁ならん。とっとと出て行け!」
「私は君のためにいろいろやっているというのに…」
「それが迷惑だというのだ!…すべて貴様の仕業なのだろ? ニカイアと死に顔動画…あのようなシロモノ、人外の貴様にしかできぬ芸当だ」
「そう、私は人間にポラリスに対抗できる手段を与えた。人間は滅ぶべきだと下したポラリスの判断には納得できないから」
「おかげで私のシナリオは台無しだ。私が長年温めてきた計画を貴様とカナデが狂わせた。…もしや…!?」
そこでヤマトは確信した。
「ニカイアによってカナデの命を救い、彼女にビャッコを召喚させることで、私が彼女に興味を抱くよう仕向けたな?」
「正解。そうしないと彼女は君に知られることもなく、弱者として消えてしまっただろうから」
「……」
「彼女も言っていたよね? 君の目に止まらなかった人間は強者として認められずに消えていってもかまわないのか、って。私は彼女を死なせたくはなかった。なぜなら君には友人が…彼女が必要だから」
「バカバカしい。私に友人など不要だ」
「友人じゃなくて恋人にしようというのかい?」
「ば、バカを言え!」
「それはいいことだけど、そうなると友人よりハードルが高いよ。君は恋愛初心者なんだから、無難なところでまず友人から始めた方が ──」
「黙れ、アルコル! 私は他人との関わりなど望んではいないのだ。…それに峰津院家当主としていずれは結婚しなければならないが、それは私自身の意思とは無関係に進められる。なにしろ龍脈を扱う力を持つ一族の次期当主となる子を生んでもらうのだからな、相手が誰でもいいというわけにはいかぬ。強い霊力を持っているのはもちろん、当主の夫人として相応しい品性や知性を持つ健康な女性でなければならぬのだ」
「その条件ならカナデは合格じゃないか。出自は一般庶民だけど、他の条件は満たしているよ。おまけに可愛いし、君に好意も抱いている」
「カナデが私に好意…だと?」
「うん。どうしたらもっと仲良くなれるかって悩んでいるよ」
「……」
「それに彼女は敵に回すと厄介な存在になる。それは君が一番よくわかっていることだと思う」
「ああ…」
「君だって彼女の考えを全面否定しているわけではないだろ?」
「たしかに彼女の言い分にも一理ある。しかし私は ──」
「ダメだよ、ヤマト。そうやって前に進もうとしている自分を自分で引き止めちゃ。君が歩み寄ることで、彼女との縁は強さを増すんだから。彼女は君のことを理解しようと努力している。ならば君がほんの少し心を開けば彼女と親しくなるのはそう難しいことではない」
「…具体的にどうすればいいのだ?」
「君が私にアドバイスを乞うなんて初めてじゃないか? いいよ、それなら彼女のことをもう少し教えてあげる」
アルコルは微笑みながら話し始めた。
「彼女は少し君に似ている。彼女は君と同じで自分にも他人にも厳しい。でも君と彼女の違いは、君は見所がない相手だとすぐに見捨ててしまうけど、彼女は相手が努力を惜しまないのであればできる限りの助力をする。もちろん結果が出ないことも多い。しかし彼女はそれを無駄だと思わず、努力をしたこと自体を評価するんだ。何をするにしても結果は後にならないとわからない。ならば何もせずに後悔するより、何かをして後悔をした方がマシだ、と彼女は考えているから」
「……」
「そして彼女は今まで『あの時こうしておけばよかった』という後悔をしたことはない。様々な場面で必ず行動をし、その結果を謙虚に受け止めているから。日々の生活の中でやるべきことはすべてやったという自信があるんだろうね。『人事を尽くして天命を待つ』という言葉があるけど、彼女はその天命ともいうべき予定調和の死すら自らの行動によって回避した。フェクダ戦で彼女は死ぬ運命にあったが、彼女の行動が君の気持ちや考え方を変え、彼女は君によって救われた。もし彼女が君のことを拒否し、君との交流を持たなかったら、君は危険を犯してまで名古屋へ駆けつけなかった。違うかい?」
「……」
「君と彼女は似ているところがあるから、互いに相手のことが気になって仕方がない。でも違う人間だから考え方は似ていても同じじゃない。君は自分と違う考えを持つ者を否定し、自らの考えこそが正しいと盲信している。一方、彼女は自分と違う考えであっても理解しようとし、認めるとことは認めるし、否定するところはきちんとした根拠のある反論をする。だからあの栗木ロナウドも平等主義のことを彼女に完全に否定されてしまったけど、彼女のことはリスペクトしている。君のことは親の仇のごとく敵視しているけどね」
「……」
「君にとって他者は『強者か弱者か』『利用できるか役に立たないか』で分けられる。でもそんな単純なものではないよ、人間とは。もしそうだったら、私は人間にここまで深く関わろうとしなかったし、肩入れすることもなかった。人間はとても複雑で面白い。カナデはそれをよく知っている。だから彼女の世界はとても広くて、逆に君の世界は狭隘だ。私が君より彼女を贔屓するのはそのためだよ。もちろん可愛い女の子だからというのもある。いつも眉間にシワを寄せた不遜な態度の君より彼女と一緒にいた方が楽しそうだからね」
「……」
「彼女のことをもっと知りたいと思うなら、彼女の世界に飛び込んでみるといい。そして彼女と同じ目線で世の中を見てみると、これまでとはまったく違うものが見えてきて、自分が完全な人間ではないことを自覚できるようになるだろう。私が君にアドバイスできるのはこれひとつだけだよ」
アルコルはそう言いえ終えるとニッコリと笑った。
ヤマトがまだ納得できないという感じでいると、彼の携帯に着信があった。相手はカナデだ。
「何の用だ?」
「ねえ、ヤマト、お腹すいてない?」
「いきなり何を言い出す?」
「これからタコ焼きを作るけど、あなたもどうかなって思って」
「タコ焼きとは何だ?」
「ああ、やっぱり知らないんだ。じゃあ、ぜひ来て味わってみてよ。すっごく美味しいから」
「そんなものに興味はない。切るぞ」
そう言って電話を切ろうとするヤマトだが、アルコルが携帯をさっと奪ってカナデに言う。
「今からすぐ行くよ、カナデ。でも他の人は呼ばないで、私たち3人だけにしてもらえないか?」
突然ヤマト以外の声がしたものだから、カナデは怪訝そうに訊いた。
「あなた、誰?」
「イヤだなぁ~。私の声を忘れてしまったのかい? 私はアルコル。セプテントリオンのアルコルだよ」
「……」
「聞こえてる、カナデ? 必ずヤマトを連れて行くから待っててね」
アルコルはそう言って電話を切った。
そんな彼をヤマトは睨みつける。
「勝手なことをするな」
「でもこれは彼女と親しくなるチャンスだよ。わざわざ君を誘ってくれているのだし、ここは行くべきだ。私もタコ焼きというものに興味がある」
「……」
「気が乗らないなら私ひとりでも行くよ。行くと約束したし、彼女を待たせるのは悪いから」
アルコルがヤマトに背を向けると、ヤマトは無言で席を立った。
「どうしたんだい、ヤマト?」
「貴様とカナデをふたりきりにすることはできぬ。私の知らぬところでよからぬ企みをするやもしれぬからな」
ヤマトの言葉を聞いたアルコルはほくそ笑んだ。
「そうだね。私と彼女をふたりきりにするのは危険かもしれない。君にとって都合の悪いことを彼女の耳に入れて、徹底的に君を貶めることだってできるから」
「貴様…!」
「ハハハ、冗談だよ。私は君のことが好きだから、君の立場が悪くなるようなことをするはずがないじゃないか」
「貴様のことだから何をするかわからん」
「うん。場合によっては君の恥ずかしい話をするかも」
「私の恥ずかしい話だと? 私にそんなものはない」
「そうなのかい? ひとりで寂しい時にケルベロスを召喚して、モフモフしながら寂しさを紛らわせていたことは恥ずかしい話じゃないんだね? だったら彼女に話してもかまわないよね?」
「待て! そのことは恥ずかしいわけではないが、わざわざ話すことでもない。それにあれは私がまだ幼かった頃のことだ」
「でも話が盛り上がると思うよ」
「盛り上げなくていい。ほら、さっさと行くぞ」
ヤマトはそう言って、アルコルを従えると私室を出て行った。
◆
カナデがヤマトを誘ったのは3つ理由がある。
まずは彼との親交を深めるため。
そして好奇心。ハイソサエティの人たちがタコ焼きを知らないというのは本当かを確かめるためだ。
さらにアルコルのことを聞き出そうと思っていたのだが、本人が来るというのだから超ラッキー。
…などと考えながらカナデがタコ焼き器のセッティングをしていると、ヤマトとアルコルが食堂へやって来た。
アルコルの方は上機嫌だが、ヤマトは相変わらずの仏頂面だ。
「お招きありがとう、カナデ」
アルコルが礼を言うが、カナデはつれない返事をする。
「お礼を言われるようなことはしていませんよ。あなたを招いたつもりはないんですから」
「冷たいことを言うねえ…」
「いいえ、わたしの方がお礼を言わせてもらう立場です。こうやってヤマトを連れて来てくれたんですから。ありがとう、アルコル」
カナデの言葉にアルコルがふっと微笑む。
しかしヤマトはこの普通の会話でさえも気に入らないらしく、ムスっとした顔で言う。
「無駄口叩いていないで、さっさと作れ」
彼は近くにあった椅子に腰掛けると腕を組んだ。
「はいはい、少々お待ちくださいませ」
人間というものはどんな状況にでも順応できるものらしく、悪魔との戦いも今となっては日常の一部で、平和だった頃が遠い昔にさえ感じられる。
そしてヤマトの不遜な態度にも、カナデはずいぶんと慣れてきたようだ。
目の前にセプテントリオンがいて、彼女の作るタコ焼きに興味津々な態度でいてもまったく違和感がない。
「そのエスカルゴプレートのようなものは何だ?」
ヤマトがタコ焼き器を指して訊く。
「これは家庭用のタコ焼き器よ。タコ焼きっていうのはお祭りの屋台なんかで売っているものなんだけど、大阪では日常的に食べるものだから、家庭用の機材があるの」
「それがなぜ東京のジプスにあるのだ?」
「厨房担当の職員の中に大阪本局から異動になった人がいて、こっちに引っ越す時に持って来た私物ですって。それを借りたのよ」
カナデは説明しながら、熱した鉄板に油を敷き、生地をそっと流し込んだ。
「その中にタコの切り身を入れて、タコピンで転がすようにして焼いていくんだよね?」
アルコルが言う。
「詳しいじゃないの? タコピンなんて言葉もよく知ってるわね?」
「うん。だって人類にタコ焼きを教えたのは私だから」
「嘘!? マジで?」
「嘘だよ」
「……」
アルコルにからかわれているカナデに、ヤマトが軽蔑したように言った。
「こいつの話を信用するな。こいつは人間を玩具だと思っているらしい」
「違うよ、ヤマト。私が玩具にしているのは君だけだからね」
「貴様! ふざけたことを…!」
ヤマトとアルコルの様子を見ていると、けっこう付き合いが長くていい関係なんじゃないかとカナデには思えてきた。
ヤマトが一方的にアルコルに弄られているようだけど、それをヤマト自身が楽しんでいるようにも見えなくない。
(考えてみればわたしもアルコルに振り回されつつあるわね。そしてそれが別に嫌じゃない。彼もまた面倒くさい人間…ではなくてセプテントリオンではあるけど)
漫才のようなやり取りを横目に、カナデはタコ焼きを作っていた。
「器用なものだな…? そんなピンひとつで形よく仕上げていくとは」
ヤマトがカナデの手元を見ながら言う。
「先月、高校の文化祭の模擬店でタコ焼きを作ったんだけど、その時にプロのタコ焼き屋さんから教わったの。美味しい生地の作り方から上手な焼き方まで。で、大阪から帰って来て材料を準備しておいたのよ。生地は予め作っておいて少し寝かせた方が美味しくなるから」
「そういうものなのか…。しかしなぜ突然、タコ焼きなるものを作る気になったのだ?」
「メグレズ戦が終了して大阪本局へ帰る途中、とある避難所の近くを通りかかったらそこで炊き出しにタコ焼きを作っていて、わたしたちもご馳走になったの。わたしたちがジプスの人間で、悪魔やセプテントリオンと戦っていると知って、お礼にってくれたのよ。地元のタコ焼き屋チェーンの社長さんが『冷蔵庫が壊れて材料が傷んでしまうから、その前にみんなで食べてしまおう』って言って、全部社長さんの持ち出しなのよ」
「ほう…」
「極限状態で未来が見えない不安な気持ちの被災者たちも、タコ焼きのおかげでずいぶんと救われたって感じ。日常が戻って来たって喜んでいた。まあ、食料が足りていないわけだから、わたしたちは遠慮してひとつずついただいて帰ったわ。でもなんだかもっと食べたくなったものだから、夜食にどうかなって思って用意したの。実を言うと、ダイチやアイリちゃんたちを誘うつもりで準備していたんだけど、ヤマトに食べてもらいたくなって誘ったってわけ」
「なぜだ?」
「だって食べたことないでしょ? 庶民料理の代表格であるタコ焼きをハイソなヤマトが食べたことなんてないはず。それに民間人でもジプスの活動に理解を示してくれる人がいるって知ってもらいたかったし。…さあ、出来上がったわ」
焼き立てアツアツのタコ焼きを皿に載せると、サッとソースをかけ、鰹節と青海苔をまぶす。
そして竹串を添えてヤマトとアルコルにそれぞれ勧めた。
「熱いうちに召し上がれ。お好みでマヨネーズをどうぞ」
「生野菜ではないのにマヨネーズをかけるのか?」
「これが案外イケるのよ。ソースとマヨネーズの相性って意外に合ってるから」
カナデは自分の分のタコ焼きにマヨネーズをかけると、湯気の上がるタコ焼きをフーフー言いながら口に入れた。
アルコルは彼女の真似をして食べるが、ヤマトは手をつけずにいる。
「食べないの? わたしの自信作なんだから、ひとつくらい食べなさいよ」
「私はこのような得体の知れないものは口にしない」
「ああ、そう。じゃ、食べなくてもいいわよ。…でも、アルコルは気に入ってくれたみたいね?」
「うん。これはとても美味しいよ。人間の世界にはまだまだ私の知らないことがたくさんあるんだね」
アルコルは気に入ったらしい。
「これは基本のタコ焼きだけど、変わり種としてエビ、イカ、カニといった魚介類や、チーズ、カマボコ、ウィンナーなんかを入れても美味しいのよ」
「へえ~、それも食べてみたいな」
「じゃあ、冷蔵庫にチーズがあったから、次はそれを入れて焼いてみるわね」
そうやってアルコルと仲良く会話をしている様子をヤマトは黙って見ていたが、おもむろにタコ焼きに手を出した。
「これも見聞を広めるためだ。ひとつだけいただこう」
ヤマトはそう言って少し冷めてしまったタコ焼きを口に入れた。
「!?」
その表情はあきらかに美味しいものを食べた時に驚きの顔で、子供のように口をモグモグさせて一気に飲み込んだ。
「どう?」
「これはなかなかの味だ。生地の出汁がいい味を出している」
「でしょ? 鰹と昆布にイリコを加えた特製出汁だもの。そして料理というものは手間と愛情をかけた分だけ美味しくなる。今回はあまり手間のかかっていない簡単な料理だけど、その分いっぱい愛情は込めたから♡」
カナデはヤマトに喜んでもらいたいと気持ちを込めて料理をした。
その気持ちが伝われば、彼も少しは距離を縮めてくれると思ったのだ。
しかしヤマトの反応は相変わらずだ。
「愛情などという概念で料理の味が変わるとは思えぬ。単に食材の扱いが上手いだけだろう」
などと言いながら、ヤマトはひと皿平らげた。
つまり彼はタコ焼きを気に入ったということなのだが、素直に美味しいと言わないところが彼らしい。
その様子をアルコルがニヤニヤしながら眺めており、ヤマトはそれに反応した。
「何だ、アルコル? 言いたいことがあるならはっきりと言え」
「彼女の世界もなかなか面白いだろ? きっと知れば知るほど興味深いものがたくさんみつかるに違いない。私はこれで失礼するから、あとはふたりで仲良くやるといい。…おやすみ、カナデ。ごちそうさま。チーズ入りは次回の楽しみにしておくよ」
そう言うと、アルコルはパッと姿を消してしまった。
困惑気味のヤマトを残して。
「…カナデ、もうひと皿、いいか?」
ヤマトはカナデと視線を合わせず、それだけ言うと黙り込んだ。
「うん、少し待ってて」
再びタコ焼き作りに戻り、カナデは出来上がるまでの間を会話で繋ぐことにした。
「ヤマトとアルコルって付き合いは長いの?」
「なぜそのようなことを訊く?」
「だって気になるもの」
「私が7歳の時だ。奴が現れたのは」
「へえ~。じゃ、幼馴染って感じ?」
「そんなものではない。奴は勝手に押しかけてきて、私の邪魔ばかりする。迷惑な存在だ」
「という割には仲がよさそうだったけど。ヤマトはアルコルのことがあまり好きではないみたいだけど、アルコルはあなたのことが好きみたい」
「奴に人間的な感情などない」
「そうかしら? タコ焼きを美味しいって言ってくれたわ。それって本当に美味しいって思ったからでしょ? それとも彼がお世辞を言ったとか? だとすればそっちの方がよほど人間臭いわよ」
「…そう言われればそうだな」
「まあ、アルコルの扱いに苦労しているのはわかるわ」
「ならばこれ以上奴のことは訊かないでくれ。気が滅入る」
「了解。それならあなた自身のことを話してくれる? それともわたしの話を聞きたい?」
「それは私に興味があるということか?」
「ええ、もちろんよ。ヤマトってわたしがこれまでに出会った人間の中で一番気になる存在だもの」
「は?」
「だっていい意味で面白いキャラクターだし。興味のある人物のことをもっと知りたいと思うのは自然なことでしょ?」
「……」
ヤマトの表情は何か戸惑っているという感じで、あまり積極的に関わろうとすると、逆にドン引かれることになるかもしれない。
そう感じたカナデの表情が陰る。
「わたしもアルコルと一緒で片想いなのね…」
「はぁ!?」
「何を驚いているのよ? わたしもアルコルもあなたと仲良くなりたいと思って努力しているのに、その気持ちが全然伝わっていないんだもの。一方的な好意だから片想い」
「いや、待て! アルコルはともかく、お前の気持ちは伝わっている」
「ホント?」
「ああ」
「でもあなたにとってそれは迷惑なんでしょ?」
「なぜそう思う!?」
「だって、あなたを知りたいと言った時や、さっき友人だと言った時もあなたはとっても困ったような顔をするんだもの。たしかにわたしはあなたと違って庶民で、住む世界が違うけど、わたしの力を認めてくれているあなたならそんなこと気にしないと思ってたのに…」
「いや、違う! 私は別にお前のことを迷惑だなどとは思っていない!」
「でも命令に逆らったり、拉致られて、挙げ句の果てにセプテントリオンに殺されそうになった。あなたにとってわたしは単なる手駒でしかないのに、その駒が自分の思いどおりに動かないから不満が溜まって、それでわたしのことを嫌っているんでしょ?」
「だから、嫌ってなどいない! むしろ好きだと…!」
「え?」
「…!?」
ヤマトの口から出るはずのない言葉が飛び出して、カナデは固まってしまった。
しかし言ったヤマト本人が彼女以上に驚いているというか、信じられないという顔になっている。
そしてその顔を見られたくないとばかりに後ろを向くと、静かに言った。
「今の言葉に嘘はない。私はお前のことを好意的に見ている。しかしそれは好感が持てるというレベルであり、それ以上でも以下でもない」
当然のことだが、そう改めて言われると少し寂しいとカナデは感じた。
「わかっているわよ。でも男性から好きだと言われたのは初めてだから、少しときめいちゃった。それを否定されて寂しいって感じるのは、わたしがあなたに対して友人以上の好意を抱いているっていうことなのかも」
「カナデ…」
カナデの名を呼びながら振り返ったヤマトの顔は真っ赤だ。
「ええっ!? どうしたの、その顔?」
「何でもない。…ところでお前は私に好きだと言われたことが嬉しかった…のか?」
「もちろん。嫌いって言われるより好きだって言われた方がいいに決まってる。…でも、わたしがあなたのことを好きだというのは、吊り橋理論で説明できる勘違いなのかも」
「吊り橋理論というのは恐怖や不安を一緒に体験した人物に恋愛感情を持ちやすくなるという、カナダ人の心理学者が実証実験をやったヤツか」
「そう。…あ、でもヤマト以外の人に好きって言われても、あまり嬉しくないかも。もしアルコルに言われても多少は嬉しいだろうけど、胸がときめくという感じはないかな。ダイチとかロナウドさんだったら冗談言わないでって、笑い飛ばしてしまいそう」
「……」
「ただ今のやりとりではっきりとしたのは、あなたがわたしを友人だと認めてくれているということ。好意的に見てくれているということは、友好関係が結ばれていると言ってもいいはずだもの」
そう言って微笑むカナデに、ヤマトは勇気を出して一番気になっていたことを訊いた。
「…ひとつお前に訊きたいことがある。お前にとって友人とはどういうものだ?」
カナデは即答した。
「自分の過ちを指摘してくれる人。自分にとって足りない部分を補ってくれる存在。辛い時には傍で支え、喜びは共に分かち合い、孤独から救ってくれるのが友人、かな」
「そうか…ならば、お前を友人ではないと否定すべきではないな」
「よかった」
カナデは気分よくタコ焼きを仕上げ、ヤマトに手渡した。
◆
フミが向かった先はマコトの部屋だった。
「見つかったよ…ルーグに捧げる生贄」
感情のない声でフミは言う。そしてマコトに1枚の紙を手渡した。
「これは…!?」
そこにはイオの顔写真と共に、彼女の生体データが詳細に記されていた。
それを見たマコトの顔が青ざめる。
健康診断というのはルーグに対して生贄となる適合者を探すためのものであったのだ。
「もうひとり適合者はいたけど、局長があの子はダメだってさ。他に使い道があるって」
「…カナデ、か」
「そう」
「局長ってあの子にはサマナーとしての期待だけじゃなくて、特別な感情を抱いているんじゃないかって思う時があるんだ」
「特別な感情?」
「ま、あたしの直感って案外当たるんだよね。まだデータが足りないから正確な結論は出ないけど、9割方間違いないね。それよりこの子に残酷なことを告げるっていう嫌な役目をあんたに押し付けることになるけど、勘弁してよ」
「…ああ、わかっている。これもわたしの役目だからな」
マコトはイオの写真に視線を落とし、大きくため息をついた。
「彼女に死の宣告をするより、カナデが真実を知った時の方がわたしには辛い。それに最悪の場合、局長にとって彼女はセプテントリオンよりも脅威となるだろうからな」
「そうだろうね…。じゃ、あたしは行くよ。明日の準備がまだ残っているから」
そう言ってフミはマコトの部屋を出て行った。