DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
朝食を終えたカナデは地上へ出た。
特に深い意味はなく、気分転換に外の空気を吸いに出ようと思ったからだ。
しかし地上で目にしたものは、気分転換になるどころか恐怖で身が竦むものだった。
「空が…ない…!?」
東の空からは日が昇っているのだが、南の空は暗いというより漆黒の闇のごとく何も見えない。
カナデはスザクを呼び出して、その背中に飛び乗ると空へ舞い上がった。
東京湾上空へやって来た時、彼女はそこにあるはずのものがないことに気づいた。
東京湾の向こうにあるはずの房総半島が見当たらないのだ。
まるで闇に呑まれてしまったかのようで、彼女はその光景に恐怖した。
(アルコルはポラリスが人間に試練を与えていると言ったけど、世界を滅ぼすことが試練だというの…? 仮にセプテントリオンをすべて倒しても、こんな世界でどうやって生きていけばいいというのよ!?)
ヤマトはすべてを知っている。
人類が生きる意思をポラリスに示すことができなければ、この世界が無に帰するということを。
無 ── すべての存在、概念そのものが消されてしまうということ。
死よりも怖ろしいものがあったことをカナデは初めて知った。
これまで築き上げてきた人類の過去、今、未来…そのすべてが消える。
ポラリスは徹底的に人類を滅ぼす気なのだ。
しばらく茫然としていた彼女に厳しい現実が突きつけられた。
無の侵食が徐々にこちらに迫って来ているのだ。
(この異常な状況をジプスが把握していないはずがない。それなのにわたしたちには何も知らされていないというのは、ヤマトが緘口令を敷いているからに決まってる。しかしいつまでも隠し通せるものではないわよ)
カナデは急いでヤマトの元へ向かった。
「ヤマト、あなたは知っていたのよね?」
カナデは司令室にいたヤマトに詰め寄った。
「何のことだ?」
「外を見てきたの。あれは何? このままじゃもうすぐここも無に侵食されてすべてが消えてしまうわ」
「そうか…」
ヤマトは表情を変えず、平然としている。
「そうか、じゃないわよ! この状況でよくそんなに暢気でいられるわね! まあ、あなたならこうなることも承知だったから驚くことはないんでしょうけど、だからって ──」
「無の侵食はこれ以上手の打ちようがないのだ。不本意だが指を咥えて見ているしかなかろう。それよりも今はセプテントリオンとの戦いに専念していろ」
「……」
ヤマトの言うとおりだった。
無の侵食に対して有効な手段があればヤマトはすでに行動しているはずなのだ。
それをしていないというのは手立てがないということ。
それにセプテントリオンの対策も手を抜けない。
「これを見ろ。本日未明より東京都西部から中央部にかけての地域で神経毒による死亡者が発生しているとの報告があった」
ヤマトは手元にあった書類をカナデに見せた。
「これは…!?」
「おそらくセプテントリオンの仕業なのだろうが姿が見えない」
「どういうこと?」
「推察だが、奴は空にいる」
「空?」
「ああ。そして奴は東京タワーを目指して真っ直ぐに向かって来ている」
「つまり大阪のメラクのようにタワーを破壊して、結界を無効化しようというのね?」
「そのとおりだ。…東京タワーへ向かうぞ」
ここはヤマトの指示に従って動くのが賢明だと、カナデは黙って頷いた。
◆
芝公園でカナデとヤマトが空を眺めていると、マコトが部下やダイチたちを引き連れてやって来た。
ヤマトが今回のセプテントリオンについて説明を始めたが、すると突然空から毒々しい色をした塊が落下した。
ひとりの男性局員が落下物を調べていると、それはいきなり爆発した。
男性局員は急いで支局の医務室に運ばれたが、一命を取り留めるかどうかは不明だ。
しかし彼のおかげで重要な情報が手に入った。
これまでの神経毒による死亡事件の原因はこの毒素の塊であることはまず間違いない。
「各自戦闘態勢! 私は敵の所在を把握するために座標を観測する」
ヤマトの一声で、カナデとそばにいたサマナーたちは戦闘に入ることになった。
より正確な観測のため、ヤマトは複数の座標を調べなければならない。
その間、彼は無防備となる。
おまけにあの毒素がもう一度落ちて来る可能性もあるし、もちろん悪魔だって出て来る。
毒素の塊が落ちて来た場合は毒を散布する前に破壊しなければならない。
「私の護衛はカナデに任せる。他の者は迫の指示に従え」
ヤマトが指示を出した次の瞬間、新たな毒素の塊が落ちて来た。
作戦が始まった。
ヤマトに迫る悪魔はビャッコの電撃で、落ちて来る毒素の塊はスザクが焼き払う。
「毒素がさすがに厄介だな」
観測しながらヤマトが言う。
「大丈夫?」
カナデがヤマトに駆け寄って来て訊いた。
「問題ない。次に向かうぞ」
公園内に次々と落下してくる毒素の塊はマコトの的確な指示で民間人サマナーが撃破し、散布を未然に防いでいる。
悪魔たちも彼らの前になすすべがないようだ。
ヤマトの観測は無事終了し、カナデたちは芝公園に戻った。
「データ入力完了、座標算出、スキャン開始…出るぞ」
観測で得られたデータをPCに入力すると、セプテントリオンの正体が明らかになった。
モニターに映っていたのは巨大な怪物だった。
召喚アプリによる名称はアリオト。
雲に隠れて姿は見えないが芝公園の上空にいるらしい。
「…まずいわね」
カナデが呟くと同時に、ヤマトはすぐに司令室にいるジプス局員に連絡した。
「タワーの電源を切れ! 結界を一時凍結する」
カナデは驚いたがすぐに理解した。
アリオトの目的はタワーの破壊。
ここで電源を切って結界を凍結すれば、アリオトは破壊すべき目標を見失い、東京タワーを素通りする。
多少の被害は出るが、アリオトに破壊されるよりずっとマシだ。
しかし通信回線に障害が出ていて司令室への連絡がつかないらしい。
このままでは東京タワーが攻撃を受け、結界を失った東京は無防備の状態でアリオトの攻撃を受けることになる。
カナデは神に祈った。どうか無事タワーの電源を落とせていますように、と。
しかし神こそが彼女たちに試練を与えている元凶であった。
数分で通信が復旧し、東京タワーの電源も無事に落とせた。
おかげでアリオトは東京タワーを素通りし、北上している。
現在稼働しているタワーは大阪、名古屋、東京、そして札幌。
アリオトは次の標的を札幌に変えたのだ。
このまま放っておくとアリオトは確実に札幌のタワーを破壊するだろう。
東京タワーの電源もいつまでも切っておけない。
先にアリオトを倒さないとまた舞い戻って来るはずだ。
札幌に到達しないうちにアリオトを倒すのが良策なのだが大きな問題があった。
アリオトの高度が悪魔の使役範囲を超えているのだ。
そこで手の空いているジプス局員と民間人サマナーは、個々でアリオトを撃ち落とす方法を探すことになった。
そしてカナデはというと、ヤマトに大阪本局の書庫へ連れて行かれたのだった。
◆
カナデとヤマトは書庫の床に積み上げた大量の資料を読み漁っていた。
しかしめぼしいものはなく、時間だけが虚しく過ぎていく。
(セプテントリオンを見るたびに思うんだけど、某アニメに登場した天使の名を冠する侵略者に雰囲気が似ていて、特に今日のアリオトをなんて第15使徒にそっくり。さすがに成層圏とまではいかないけど、アリオトも人間の攻撃が届かない高度に現れた。悪魔も魔法攻撃も不可。ならば対抗手段は超長距離射撃しかないでしょうね)
カナデは冗談半分でヤマトに訊いた。
「ねえ、ヤマト、ここの地下深くに秘密兵器を隠してない?」
「秘密兵器だと?」
「そう。ロンギヌスの槍とか。ジプスみたいな組織だとごく一部の人間しか知らない秘密の部屋っぽいものが地下深くにあって、そこに最終兵器を隠しているというのがよくあるじゃない?」
「たしかに秘密の部屋と呼べる部屋はあるが、そこには都市を守護する方陣があるだけだ」
「ないんだ…」
「当然だ。しかし…ロンギヌスの槍とはキリスト教において十字架に磔にされたキリストの生死を確認するためにわき腹を刺したとされる槍のことだが、それがアリオト対策とどんな関係があるというのだ?」
怪訝そうに訊くヤマトにカナデは言った。
「槍をコアに向けて投げるのよ。超長距離射撃、ってヤツ。あ、でももし槍があっても投げられる人造人間がいなきゃダメだわ」
「人造人間? ますますわからん。お前の考えていることは…」
そこまで言ったところで急にヤマトは黙り込んでしまった。
「ヤマト、どうかしたの?」
カナデが声をかけると、ヤマトは目を大きく見開いた。
「…パスパタだ」
「何?」
「フッ…これなら行けるぞ!」
ヤマトには名案が浮かんだらしい。
「何か策が見つかったの?」
「ああ。お前のおかげだ」
「はい?」
「パスパタとはヒンドゥーの神シヴァが怒れる時に出す槍、もしくは炎のことだ」
そう言って、ヤマトはカナデに破壊神シヴァと愛欲の神カーマとのエピソードを話してくれた。
シヴァがカイラス山で瞑想をしていた時のことである。カーマはインドラ神の命を受け、シヴァを瞑想から覚まし、女神パールヴァティと結びつけるために欲望の矢をシヴァに向けて射った。
カーマの矢は見事シヴァに突き刺さり、シヴァは瞑想から目を覚ましたのだが、修行を邪魔されたことに激怒したシヴァは、第三の目から炎の槍(=パスパタ)を放ち、カーマを焼き殺してしまったというもの。
その神話を現代の日本で再現しようというのだ。
幸いパスパタに必要な悪魔であるシヴァとカーマはジプス東京支局に封印されているという。
しかし高位の悪魔であるため、そう簡単に召喚できないし、さらに使役するとなれば相手に納得してもらわなければならないというのだ。
「シヴァの召喚は九条に任せる。舞を好むヤツには彼女が適任だ。問題はカーマを誰が召喚するかなのだが、ヤツは愛欲の神だけあって、色気・色香というものを好む。そうなると適任者は…」
「マコトさんとか、フミさん…? オトメ先生とかもいいんじゃないかしら?」
「…いや、新田と伴、そしてお前を含めた6人でやれ」
「え~、わたしもやるの?」
「当然だ。カーマの好みのタイプがお前だった場合どうする? それに他の連中では霊力レベルが足りぬからな、お前を欠かすことはできん」
「…。で、説得は誰がやるの?」
「お前に決まっている。人類の存亡をかけた重要な作戦だ。…やってくれるな?」
ヤマトの目には「NO」とか「嫌だ」とか拒否る言葉を絶対に許さないという迫力がある。
「了解。だけどわたしはイオさんとアイリちゃんのふたりだけで手一杯。ジプストリオの方は局長であるあなたに任せるわ。上司の命令ってことなら簡単だもの」
「わかった。全力で作戦を成功させるぞ」