DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
夜、ヤマトは民間人サマナーたちを集め東京支局において晩餐会を開いた。
ヤマトとフミは普通に料理に手をつけているが、カナデを含めた他のメンバーは食事などできる気分ではない。
「これはどういう趣旨の集まりなの?」
カナデが訊くと、ヤマトはさも当然という顔で答える。
「諸君の働きで第5のセプテントリオンまで倒すことができた。その慰労を兼ねた晩餐だ」
「食料にも困ってる人もたくさんいるのに、こんな豪華な料理、よく出せるよね」
アイリの言葉は全員の気持ちでもあった。
災厄の発生から5日目ではまださすがに餓死する人は出ていないだろうが、多くの被災者が空腹に耐えかねているはずなのだ。
「我々の働きからすればこの程度は当然の権利だ。気が向かないなら食べなくてもかまわない。残飯として処理するだけだ」
ヤマトの言葉に誰もがカチンときているのはわかるが、彼に口ごたえして勝てる自信がないのかみんな黙ってしまった。
しかしひとりだけヤマトに喰ってかかった人がいた。ヒナコだ。
「局長さん、説明はせぇへんの?」
「説明? 何のだ?」
「アリオトの件や。札幌があんなんなるやて、ウチらはひと言も聞ぃとらへん」
「ああ、言わなかったからな」
「初めから札幌を犠牲にする気やったな?」
「どうせ計画を明かせば無駄な議論が生じる。だから伝えなかっただけだ」
「札幌の人たちが生きるか死ぬかの問題が無駄やて!?」
「セプテントリオンの討伐は時間との勝負だ。遅れれば遅れるほど被害は拡大する。先の戦いで判断を躊躇していれば、札幌はアリオトの爆撃を受け、どのみち被害を受けていた。さらに結界を切った東京よりも、より被害を受けていただろう」
「……」
「それに札幌は無人だった」
ヤマトの言葉にみんなの顔が青ざめる。
カナデがそのことを彼から告げられた時と同じだ。
各人が最悪のシナリオを想像し、その悲劇に胸を痛めている。
もし札幌の街にまだ数万単位の民間人がいたら、ヤマトはこの作戦を決行したのだろうか。
たぶん彼のことだから迷うことなく決行したであろう。
(もしわたしがヤマトの立場であったら、やっぱり同じことをしただろう。もちろん彼みたいに冷静沈着に進めることはできそうにないけど。他に手段がなければ、多くの犠牲が生じるとしてもやらなければならない。…ただ、理解できても納得できるとは限らない。理性では正しいと判断しても、感情が追いついていかないはず。そしてヤマトは自分の中での折り合いをつけるのが上手なだけ…)
カナデもなんとか気持ちの整理をしているが、それは誰でも簡単にできるというものではない。
「感情は捨て、大局を見ろ」
ヤマトはそう言って部下を呼び、モニターを用意させた。
「これを見ろ。これは一昨日に福岡市内で撮影されたものだ」
倒れている福岡タワーと、街が無に侵食された様子が映し出されている。
誰もがこの怖ろしい光景に息を呑んだ。
「貴様たちは結界で守られた区域にいるため目の当たりにしたことはないだろうが、この世界の大半はすでに福岡のように無に呑まれ、その存在は消失している」
「消失って、どういうことだよ?」
ダイチが訊く。
「言葉のとおり消えたのだよ。…志島、結界は街を何から守っていたと思う? 悪魔か? 災害か?」
「……」
「悪魔や災害で破壊されたものは人の手で再建できる。だが存在が消えたものを、どう甦らせる?」
「俺にわかるかよ」
「フッ…簡単だ。新たな形で世界を再興する」
「世界を…再興…? 新しいって…?」
ヒナコが身を乗り出してヤマトに訊いた。
「世界に新たな秩序を与え、生まれ変わらせるのだよ。これまでの秩序など取り戻す必要などない。知恵、知識、力、そのすべてを持つ優秀な個体にのみ生きる資格がある。優れた者が正しく統治する実力主義の社会を創造するのだ」
ヤマトは突然立ち上がった。
「私はここに実力主義を根源とする世界の創造を宣言する! 無理に従えとは言わぬ。誰も従わずとも、私は私の目的を遂行するまでだ。…しかし私の邪魔になる者は全力で排除する」
水を打ったように静まり返る中、ヤマトは席を立った。
「私は失礼する。諸君は晩餐を楽しみたまえ。そして最良の選択は何か、ゆっくり考えるのだな。ああ、詳しいことを知りたいならカナデに訊くといい。彼女はお前たちよりはるかに現状を正しく理解している」
付け加えるように言い放ち、姿を消した。
カナデの名が出たことで、その場にいたすべての人間の視線が彼女に一斉に注がれた。
「カナデ、君は局長からこのことを聞かされていたのか?」
マコトの声がカナデに投げかけられた。
その様子から判断すると、ジプス局員である彼女ですらヤマトの野望については聞かされていなかったようだ。
「…ごめんなさい。隠すつもりはなかったんです。結果的に内緒にしていたのだから謝罪しますが、悪意で隠していたんじゃありません」
「それはわかっている。たぶん君のことだから仲間たちにいらぬ動揺を与えて、セプテントリオンとの戦いに影響を与えたくないと考えていたのだろ?」
「……」
カナデは黙って頷いた。
ヤマトの言うようにセプテントリオンとの戦いは一刻を争うものだ。
この事実を知れば誰もがヤマトに真相を訊こうとするはずである。
しかし彼が相手にすることはありえない。
さらに耳を貸すどころか「クズは生きる価値などない」などと暴言を吐くに決まっている。
そう考えた結果、教えない方が無難だと判断したのだ。
「事情はどうであれ、君がわたしたちに隠し事をしていたことに変わりはない」
「…はい」
マコトは厳しく言うが、カナデはそれを真摯に受け止める。
(ここで強い絆を結んだ友人たちを失うことになるかもしれない。でもわたしは後悔しない。これが最善の選択だという自信があるから。そしてわたし以外のすべてが敵となるとしても、わたしは自分の信じた道を行くだけ)
覚悟を決めたカナデの肩をマコトがぽんと軽く叩いた。
「苦しかっただろ?」
「え?」
「君の性格上、隠し事をするのは辛かったはずだ。これからはひとりで抱え込まずにわたしたちに打ち明けてくれ」
思いもよらなかったマコトの優しい言葉に、カナデは目頭が熱くなってきたのを感じていた。
「マコトさん…」
「そうや。嬉しいことも哀しいことも、そして辛いことも全部分かち合ってこその友人やないの」
そう言いながらヒナコが背後からカナデに抱きついた。
他のメンバーもそれぞれ彼女の周りを囲んで笑顔を見せる。
その気持ちが嬉しくて、とうとう彼女の瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。
「はい、ハンカチ」
イオの差し出してくれたハンカチで頬を拭うと、カナデは自分の知っていることを包み隠さず話すことにした。
そこでカナデは名古屋にいるロナウドとジョーに東京支局まで来てくれるように電話をかけた。
「何を企んでいる?」
ロナウドは彼女がヤマトの手先となり、誘き出そうと考えているのだ。
「何も企んでなんかいません。これからわたしたちは自分がどうすべきかを考えることになり、あなたの考えをみんなの前で披露してもらいたいんです」
「どういうことだ?」
「わたしの口から話すこともできますが、あなたが自身の言葉と行動でみんなに理解してもらう方が正しいと思ったんです」
「なるほど、君らしいな。わかった、今からそちらへ行こう。30分ほど待っていてくれ」
ロナウドとジョーが到着するまで少し時間がある。
その間に食事を済ませてしまおうとカナデは考えた。
なにしろ目の前にあるのはこれまで一度も見たことのないほどの豪華な料理。
ロナウドが見たら激昂するレベルのものである。
彼女はひとりで席に着くと、食事を始めた。
「カナデ、この状況でよくメシなんて食えるよな?」
ダイチが呆れたような言いぶりで訊く。
「食べるのはわたしたちの義務だからよ」
「義務?」
「そう。たしかに避難所にいる人たちは飢えていて、わたしたちは毎日の食事に困ることはない。こんな豪華なものまで出されるくらい恵まれているわ。でもそれはヤマトの言うように、わたしたちの働きに対して当然の報酬とも言える。わたしたちサマナーは命懸けで悪魔やセプテントリオンと戦っているんだもの」
「だけどよ…」
「もしかしてダイチは自分が何の役にも立ってないから食べる資格はないって言うの? だったらあなたは食べなきゃいい。…他の人も同じです。わたしたちは悪魔と戦う力を手に入れました。それは自分の望む望まないとは無関係なもので、不本意だと考えている方もいらっしゃるでしょう。ですがこの場にいる以上、戦うことは避けられません。わたしたちはこれまでに多くの人を喪いました。その人たちの無念に報いるため、そしてこれから失われようとする人命をひとつでも減らすためにわたしたちは戦うんです」
「……」
「この料理はただの料理ではありません。これはわたしたちが大勢の人たちの命や未来を託されている証だと思ってください。避難所で飢えている人たちに我慢をさせ、自分たちだけが豪華な食事をするというのに抵抗はあるでしょう。ですがその食事の分、命を懸けて戦うのだと思えば食べられます。いいえ、食べなければいけません。わたしたちはそれだけ重い責任を負っているんですから。過去の哀しい事実を変えることはできませんが、未来を幸せなものに変えることはできます。…そう考えても食べるのに躊躇いがあるのなら、これ以上戦うべきではありません。ヤマトのように冷徹になれとは言いませんが、心に迷いがあれば次に命を喪うのがあなた自身になる可能性が高くなるからです」
これはカナデの嘘偽りのない気持ちだ。
「わかった。わたしはいただこう」
真っ先に動いたのはマコトだった。
さすがにジプスの局員をやっているだけあって、戦うことに対する迷いはない。
ヤマトが本気でサマナーたちの戦いを認め、労う気持ちでこの食事会をセッティングしたこともわかっているのだ。
「わたしもいただくわ」
オトメも席に着いた。
するとそれぞれ自分の椅子に腰かけると、黙って食事を始める。
カナデは自分のやったことが正しかったのだと確認し、再び料理に手をつけた。
料理はヤマトが厳選した食材を専属のシェフに作らせたものだから味は抜群だ。
それぞれが今までに味わったことのない美味を堪能し、名古屋からやって来たロナウドとジョーを含めたサマナーたち ── ヤマトとフミはカナデの召集に応えなかった ── は会議室に集合した。
◆
そして30分後、ロナウドとジョーが東京支局にやって来た。
「カナデくん、俺はあれから君の考えについていろいろ考えてみた」
ロナウドは真っ先にカナデのところへ来て話し出した。
「たしかに君の意見には頷けるものがある。しかし強者と弱者が存在する以上、格差が生じてしまう。君はトマス・モアの『ユートピア』を否定していたが、俺は管理された世界であっても、誰もが等しく生きられる世界を目指したい。俺が君の間違った考えを正してやる。絶対に峰津院の思い通りにはさせないぞ」
ロナウドの「間違った考えを正してやる」方法は自分の考えに賛同する仲間を増やし、カナデを力によってねじ伏せるというもの。
カナデ自身もそれに気づいている。
ゆえに彼女も戦う覚悟はできていた。
「そうですね。あなたの好きなようにやってみてください。ここには自分がどうすべきか悩んでいる仲間たちがいます。だからあなたの考えをここで披露し、それを聞いた人がどう受け止めるか見極めてください」
「ああ。…俺にもチャンスを与えてくれてありがとう」
そう言ってロナウドは人懐っこい笑顔を見せたのだった。
ロナウドは声高らかに平等主義を謳い、続いてカナデがヤマトの代わりに実力主義について説明をする。
ヤマトから聞かされた話を彼女なりに解釈したものだが、本人がいないのだから仕方がない。
「ヤマトの目指す世界というのは、知恵・力・技術などに長けた者にこそ権利が発生し、弱者は淘汰されるというものです。それだけ聞くとまるで彼が新世界の神となり、彼が支配する世界を創るのだと思ってしまうのは無理もありません」
そう言うと、誰もがうんうんと小さく頷いている。
「しかし彼は世界の支配者になりたいのではありません。彼はこの薄汚れた世界を改革し、真に力のある者の手による秩序ある美しい世界を創りたいだけなんです。彼はこう言いました。『現在の政治の中枢にいる連中は俗世の毒に染まり切った無能たちばかりだ。そいつらが官僚たちと手を組んで私腹を肥やし、どれだけこの国を食いものにしてきたかお前は知っているか? 奴らは一般に弱者と呼ばれる国民を虐げてきたが、決して強者といえる存在ではない。強者とは出自、年齢、性別などに関わらず、本人自身の持つ純粋な力のある者のことをいうのだ』と」
「……」
「わたしもその意見には同意します。本来国民の代表として政に携わるべき人間が私利私欲に走り、政治の才能のない二世議員が世に溢れ返っている。また一部の財界の人間も政界の連中と癒着して、互いに甘い汁を吸い合っている。国民から吸い上げた血税を湯水のように使い、国民の奉仕者であるべき者たちが国民を虐げるようなマネをしていることは隠しようのない事実ですから」
「……」
「ヤマトが言うように、この上にある国会議事堂はロクでもない人間の巣窟となり果てている。政の才能のないバカな連中がもっとバカな有権者を騙して国の中枢に潜り込む。選挙運動中は腰を低くして何度も頭を下げていたというのに、代議士になったとたんにその反動よろしく踏ん反り返っている。国民の生活には無関心で、己の地位や名誉と金儲けに走り、その腐った連中がこの国を腐らせていく。そんな連中を選んだのは愚かな有権者。愚かだというのは政治が自分の生活に直結しているというのに無関心で、何もかも他人任せにしているということです。もちろん全員が政治に参画できるわけではありませんから、自分たちの代表を国会に送り込むという方法しかありません。ならばもっと本気で考えて投票すべきです。選挙権を持っている大人のみなさん、まさか投票を棄権したなんてことはありませんよね?」
カナデに問われて視線を逸らすジョー。
「どうやら心当たりのある方がいらっしゃるようですね。…とにかくこうして生活の格差が生まれ、裕福な者はより豊かに、貧しい者はますます生活が苦しくなっていく。そんな負のスパイラルを断ち切らなければこの国に未来はありません。弱い個体が強い個体の糧となり、劣るものが優れたものに淘汰されていくのは自然界のルールです。本来なら人間もこのルールの中で生きていくはずですが、歪んだ力関係が人間の世界を捻じ曲げてしまいました。それがポラリスによる粛清を招いたのかもしれません」
「しかし峰津院が腐った連中と手を組んでいたのはまぎれもない事実だぞ」
ロナウドが指摘する。
「そうですね。でもそれは目的のためなら他者を傷つけることも厭わない、犯罪であっても平然と行うあなたと同じじゃありませんか? あえて汚泥に身を沈め、自分の目的を遂行する。わたしには彼の気持ちが理解できます。それくらい彼は本気なんだって」
「……」
「ただし…ヤマトの思想や行動には大きな問題があります。それは彼が強者と弱者を選別するということ。つまり新世界は彼にとって都合のいい世界にしかならない、ということになります。おまけにそのことをわたしが指摘すると『それのどこに問題がある? 私のやることに間違いはない』などと暴言を吐きました」
「奴らしいな」
ロナウドがそう言い、何人かはそのとおりだといった感じで頷いた。
「彼はこうも言っていました。『弱肉強食…それが生物における普遍の真理だ』と。わたしもそれはわかっています。だからわたしは強者が弱者の上に立つことを否定しません。しかし今の世界は偽りの強者が蔓延っていて、真に強者と呼ばれる者がその陰に隠れていたり、表舞台に立てないでいる。ヤマトのやり方だと偽りの強者を排除できるでしょうけど、真の強者を見つけ出せるかどうかはわかりません。なぜなら彼がいくら優れた人間だったとしても、世界中のすべての人間と面会できるわけではありませんから。つまり彼の目に止まらなかった場合、いくら強者であっても消えてしまうということになります。さらに多くの人が称える才能の持ち主であっても、彼が無意味だと思う才能であったら、たぶんその人は弱者として切り捨てられてしまうでしょう」
「……」
「しかし彼がこのような極端な思想に至ったことを、誰であっても責めることはできません。彼は今の世の中に幻滅しています。彼は峰津院家に生まれたことで、否応なく人間の醜い部分をたくさん見せられてきたことでしょう。ですから今の世界に守る価値などないと考えていて、ポラリスに謁見して自分の理想の新世界を創ろうとしています。彼は自分が…峰津院家の人間が守るに値する世界を創りたいだけなのです。そこで純粋に力ある者が弱者の上に立つことが当然であるという理に書き換えるつもりでいます。しかし勘違いしてはいけないのは、彼もまたその理の中に存在し、自らが弱者となる可能性を秘めていて、弱者となった場合には自分も淘汰されるということです。いくら彼でも永遠に強者でいられるわけではありません。彼は自分が弱者となった場合の覚悟もできていると思われます。覚悟がなければこれだけ強く実力主義を唱えることなんてできるはずがありませんから」
カナデは説明を終えたが、しばらくは誰も口を開かなかった。
それぞれヤマトの思想に関していろいろ思うところがあるのだろう。
あのロナウドでさえあからさまにヤマトを非難することはしなかったのだから。
とりあえず今夜はひとりになって頭と気持ちの整理をしようということになり解散した。
そして自分の部屋へ戻る仲間たちに向かってカナデは言った。
「人の数だけ想いや考えはあるもの。だから考えが違うからといって友人ではなくなるなんてことはありません。それに望む未来は違っても、セプテントリオンを倒すという目的は同じ。きっと明日もわたしたちは共に戦えるはずです」
「ああ」
「そうね」
「そうやな」
「そのとおりだ」
それぞれがそう口にし、散って行ったのだった。
◆
自室に戻ってしばらくすると、カナデはヤマトから呼び出された。
彼女がロナウドたちを呼んで演説会をしたことが彼の耳に入ったのだろう。
ヤマトの用事はその件についてだということはまず間違いないと、カナデは覚悟して自室を出た。
「ヤマト、こんな時間に女の子を部屋に呼ぶなんてマナー違反じゃない? それとも何か企んでいるのかしら?」
カナデはヤマトの私室に入るなり言ってやった。
「妙な勘繰りはよせ。お茶を淹れてもらうために呼んだまでだ」
「だったら『すぐに来い』ではなく『お茶が飲みたい』と言えばいいのに。ああ、心配して損した」
カナデはそう言って前回と同じくIHコンロでお湯を沸かし始めた。
「…お前の淹れた茶は美味かったからな。また飲みたかったのだ」
「あなたらしくない低姿勢な態度ね」
「悪いか?」
「別に。でもこれくらいのことだったら遠慮なく言ってちょうだい。いちおうあなたはここの大家さんなんだから、店子のわたしはできるかぎりのことはするつもりよ」
「ならば私のやることに文句を言わずについて来い」
「あら、それとこれとは別物よ。…ところでわたしを呼び出したのはお茶のことだけじゃないでしょ? わたしがロナウドさんたちを呼んだことは知っているのよね?」
カナデは自分から本題を持ち出した。
「ああ」
「あなたの許可なく勝手なことをしたと思っているわ。でもこれが現状で最善の方法だと思ったから ──」
「それを咎める気は毛頭ない。奴らがどんな美辞麗句を並べ立て、それに賛同する者が現れたところで、こちらは痛くも痒くもない。むしろ平等主義などというものに乗せられるようなクズどもは消えてくれた方がマシだ」
「そんな言い方はよくないわよ。あなたはわたしを含め彼らのことを自分の手足となって動く駒だとしか考えていないけど、人間である以上自分の意思というものを持っている。これまでは何もわからなくて、次々と現れる悪魔やセプテントリオンのことで頭がいっぱいいっぱいだったけど、これでやっと自分が何をなすべきか自分自身で決めることができるようになったと思うわ。…はい、どうぞ」
カナデはヤマトに湯呑みを手渡した。
「ヤマトって緑茶しか飲まないの?」
「まあな。昔からそうだ」
「わたしは緑茶も好きだけど、紅茶も好きよ。他にもハーブティーやルイボスティーも。それぞれによさがあって、時と気分によって選ぶわ」
「何が言いたい?」
「あなたと一緒にいると世界が狭くなりそうだな、って」
「フン、勝手に言ってろ」
そう言ってお茶を啜るヤマト。
「お前を呼んだ理由は他にもある。明日のセプテントリオン戦だが、お前の出番はない」
「え?…それって戦力外通告?」
「そうではない。お前が不要になることなどあろうはずがない。ただ明日のミザール戦にお前の出番はないというだけのことだ。最後のベネトナシュ戦に備えて1日ゆっくりと休めという意味なのだが、不満か?」
「不満ってことはないけど、セプテントリオンに対して戦力を温存しておくことができるほどこちらには余裕はないはずよ。それにわたしは休まなければならないほど体力・霊力ともに衰えてはないけど」
「いいや、休め。ミザールに対しては私の龍脈の力…シャッコウで挑む」
「龍脈の力? それって各地の結界を張るためのエネルギーだったはず。その力を使ったら、結界はどうなるの?」
「結界は消滅する。しかし計算上3日は問題ない。それまでにポラリスと謁見すればいいことだ。それに龍脈を使う以外にミザールを倒す方法はない」
「……」
ヤマトが「ない」と言うのだから本当に「ない」のだろう。
そしてもっとも成功率の高い作戦を組み立てた彼の頭脳をカナデは信じることにした。
「わかった。お言葉に甘えてお休みさせてもらうわ。わたしも少しやりたいことがあったから。じゃあ、地下にある霊力訓練室を使わせてもらっていい? もう少し霊力レベルを高めておきたいのよ」
「よかろう。今夜中に手配をしておく」
「サンクス、ヤマト」
このあと、お茶のお代わりを淹れてあげると、カナデは自室に戻ったのだった。