DEVIL SURVIVOR 2  With you forever.   作:ルーチェ

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6th Day 決別の金曜日 -1-

 

「おはよう、カナデ」

 

目覚めたばかりのぼんやりとした頭に男性の声が流れ込んできて、カナデは条件反射的に声のした方に顔を向けた。

すると視界の中にアルコルの姿が入り、彼女は自分の置かれた状況を一瞬で察して、慌てて飛び起きた。

 

「きゃっ! な、何であなたが、こっ、ここにいるのっ!?」

 

カナデの反応に対して困惑気味な顔をするアルコル。

 

「君に会うために来たんだけど…迷惑だっただろうか?」

 

「当たり前じゃないの! 女の子の部屋に無断で侵入するだけでもマナー違反だというのに、寝込みを襲うなんて非常識よ!」

 

「襲ってはいないけど」

 

「寝姿を見られただけでそういう気分になるのよ!」

 

「ふむ…難しいね、人間は」

 

「はあ…」

 

カナデは大きくため息をついた。

 

「あれ? この匂いは…」

 

どこからともなくいい匂いが漂ってきた。

ふと視線をアルコルの横にずらしてみると、料理の皿が並んでいるワゴンテーブルがある。

 

「それ、どうしたの?」

 

「人間のマネをして作ってみたんだけど、どうだろうか?」

 

カナデは寝間着の袷を整えながらベッドを降りると、アルコルが作ったという料理を眺めた。

プレーンオムレツとボイルドソーセージのプレートに、バターロールのようなパンとイチゴジャム、そして鍋の蓋を開けるとコンソメスープが入っている。

 

「すごい…。でも、これって食べられるの?」

 

「もちろんだよ。君に食べてもらうために作ったんだ。どうぞ、召し上がれ」

 

にこやかに言うアルコルにカナデは少しだけ不安を覚えたが、ひとまずバターロールを口にしてみた。

 

「…ん…いいじゃないかな。じゃ次は…」

 

スープの鍋にスプーンを入れて少しだけ掬って味見してみる。

 

「美味しい…。意外とイケるわ、これ」

 

「そう? それはよかった」

 

カナデは皿に盛った料理をパクパクと食べながらふと考えた。

アルコルが料理を作ったのは事実のようだが、包丁を持ったり、パン生地を捏ねたりする姿がまったく想像できない。

なによりも料理を作りたくなったという心境の変化が理解不能なのだ。

 

「どうして料理を作る気になったの? それもわたしに食べさせるなんて、何の意図があってのこと?」

 

カナデが訊くと、アルコルは真面目な顔で答えた。

 

「昨日、君たちは食べるものがない人がいるのに自分たちだけ豪華なものを食べたくないと言って、ヤマトが用意した料理を食べなかったよね?」

 

「ええ」

 

「でもそれはおかしいんじゃないか? 食材が高価なものでなければ食べられたのかい?」

 

「そんなことはないわ。札幌で大勢の人が犠牲になったと思っていたから、食欲どころではなかっただけよ」

 

「じゃあ、なぜ人が死ぬと食欲がなくなるんだい? これまでも大勢の人間が犠牲になっていたけど、君たちは普通に食事をしていたのだから、急に心境の変化があったということだよね? 食欲は人間の欲求の最たるもの。人が死んだことで食欲がなくなるなら、君たちはとっくに飢えているはずだ。栄養分の摂取という生命活動に欠かせない行為を拒否するだけの理由に、私は思い当たる節がない。…人間はわからないことが多いね。だから私も人間と同じように料理を作り、それを君に食べてもらい、その感想を聞くことで人間が理解できるかと思ったんだ。食事という行為は人間にとってどのようなものなのか教えてもらえるかい?」

 

「いいわよ。…あなたの言うように食欲というものは人間が生きる以上誰でも持っているし、空腹であればどんなものだって食べて生きようとする。でもその時の感情に左右されるのも事実だわ」

 

「その時の感情?」

 

「そう。ヤマトはマコトさんたちジプス局員や民間人サマナーの働きに対してそれ相応の評価をしている。だからこそ彼は自分なりの形で感謝の気持ちを表したんだと思うの。でもヤマトは人との付き合いが下手だし、相手の気持ちを思いやるということができないから、言葉についてもトゲのある言い方しかできない。元々民間人サマナーたちはヤマトの不遜な態度に反感を持っていたし、また被災者が飢えているという事実があって、十分な食事ができるだけでも恵まれているのに、豪華な食事をするというのが申し訳ないという気持ちがある。ここまでは理解した?」

 

「うん」

 

頷きながら彼女の話の続きをアルコルは待っている。

 

「そして札幌での一件があったから、一気に怒りが爆発してしまったわけ。これまでにも民間人が大勢犠牲になってしまった。それは紛れもない事実で、忘れようと思っても忘れることはできない。それでも戦うためにその辛さを押し殺してきた。心を乱したままでは、いつ自分が次の犠牲者になるかわからないもの。そしてヤマトやジプス局員は札幌が無人になっていることを知ってたけど、民間人サマナーたちは知らされてなかった。だからアリオトの墜落でさらに大勢の人間が犠牲になったと思ったのよ。思い出さないようにしてきたのに、目の前で何十万という数の人間が死んだとなれば、手を下したのが自分でなくても同じくらいの罪の意識を感じてしまうもの。だから作戦開始前に札幌が無人であり、人的被害が出ないことを伝えておけば、彼らが不要な苦しみを味わうことはなかった」

 

「……」

 

「でも、札幌の悲劇を前もって知らせておけばよかったとも言い切れない。自分たちの知らないところで想像もできないようなことが起きていると知って、冷静に行動できる人間はそう多くはいないから。…人間というのはあなたの想像以上にメンタルな部分がデリケートで、ほんのわずかな不安で体調を崩したり、他人から少しおだてられただけで普段以上の能力を発揮したりと、自分自身のことであってもわからない部分は多い。だから同じ料理であってもわたしの説得の後には全員で食事をしたでしょ?」

 

「そうだったね」

 

「ならばわかるはずよ。わたしはあの料理を食べることの意味を諭し、それを理解してもらえたから食べてもらえた。初めのうちはあれほど拒否していた料理を美味しそうに…。心の持ちようで同じものでも変わるということ。わかった?」

 

カナデが微笑みながら訊くと、アルコルも微笑み返した。

いちおう納得してくれたということだろう。

今度はカナデが彼に質問をする番だった。

 

「次はわたしの質問に答えて。ねえ、この料理の作り方を誰から教わったの? あなたが料理を作っている姿が想像できないんだけど」

 

「料理の作り方など誰にも教わってはいないよ。これは錬金術の応用だから」

 

「錬金術?」

 

「錬成陣の上に食材を置き、食材を分子の単位にまで分解して、調理された状態に再構成したんだ。錬金術とは一般には安価な金属から高価な金を作ろうっていう技術だけど、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みのことだから」

 

「そんなことができるの? アニメやゲームの世界の話だと思っていたけど」

 

「現実の話さ。君は並行世界とかパラレルワールドという言葉を知っているかい?」

 

「ええ。SFでよく知られた概念だけど、実際に物理学の世界でも理論的な可能性が語られているわ。たとえば、量子力学の多世界解釈や、宇宙論の『ベビーユニバース』仮説とか。でも多世界解釈においては、パラレルワールドをわたしたちが観測することは不可能であり、その存在を否定することも肯定することもできないから、懐疑的な意見も存在しているってことだけど」

 

「そう。でも現実にはいくつかの並行世界が存在していて、それはすべてポラリスが管理している。そして私自身がその世界を行き来しているのだから間違いない」

 

「ええっ!?」

 

「並行世界の中にはこの世界とよく似ているものがいくつかあって、その中に錬金術が発展した世界もあるんだ。まあ、そこの世界の住人であってもすべてが錬金術師とは限らないし普通に調理をするけどね。他にも魔術が科学技術よりも発達している世界や『異能』と呼ばれる超能力を持つ者のいる世界。怪物や妖怪などと称され迫害されていた『亜人』と呼ばれる特別な性質を持つ人間たちが個性として認められ一般社会に溶け込んでいる世界。さらに人間に害をなす悪魔に対して君たちは同じ悪魔を使役して退治するけど『祓魔師』と呼ばれる能力者が戦う世界もある」

 

「……」

 

「実際、事故や他の理由で並行世界へ飛ばされている人間はけっこうな数いるんだよ」

 

「嘘!?」

 

「嘘じゃないよ。そういう場合には私が赴いて、新しい世界で生きられるように記憶の改変をするから、本人は自分が並行世界に飛ばされたことには気づかないんだけど」

 

「でも本人は気づかないからいいとして、消えてしまった人物の家族とか友人は心配したり哀しんだりするでしょ?」

 

「それは問題ない。飛ばされた瞬間、その世界には初めからいなかったことになってしまうから」

 

かなりディープな話だというのにアルコルはあっけらかんと言う。

カナデはもうこれ以上この話を聞くのはやめた。

 

(いくら誰も哀しんだり傷ついたりしないといっても、もし自分が当事者だったらそんなのは絶対に嫌。これまでの自分が完全に消されてしまい、別の世界で別の人間として生きることを強制されるんだから)

 

8時の鐘が鳴ったのをきっかけに、カナデはアルコルを部屋から追い出した。

そして着替えをすると、予定通りに霊力訓練室で霊力を高める訓練をすることにした。

 

 

 

 

霊力を高める訓練といっても具体的に何をするというのではなく、様々な機械が置かれた部屋の中央で瞑想するだけ。

カナデがマコトから聞いた話だと、霊力とは何か特別なことをすればレベルアップをするものではなく、精神力を鍛えることで潜在能力を引き出すというものらしい。

ここに座れとばかりに置かれている椅子にカナデは腰かけると目を瞑った。

 

何も考えないようにしようとするのだが、逆にそれを意識してしまうものだ。

さらに日曜日に起きた大地震から続く信じられないような出来事が次々とカナデの脳裏に浮かぶ。

ただの高校生だった自分が悪魔と契約し、人類存亡の戦いに巻き込まれていった。

 

(本当にこれは現実に起きたことなのかしら? もしかしたら夢オチとかで、目覚めたとたんに日常が戻っているなんてことは…ないよね)

 

「君は峰津院大和、栗木ロナウド、志島大地の3人の中からひとりを選び、その人物と世界を破滅から救うんだ」

 

アルコルの言葉が蘇ってきた。

今夜、カナデは重大な決心をしなければならない。

 

(今のところヤマトの実力主義が一番現実的だけど、彼の思い通りになってしまったら、世界はとても矮小なものになるに決まってる。…あれ?)

 

突然、カナデはとても重大なことに気がついてしまった。

というより、彼女はとんでもない勘違いをしていて、自分で自分を悩ませていたのだ。

ものすごく初歩的なミスで、これまでのことがバカバカしく思えてきた。

 

(ああ…力が欲しい。仲間を傷つけず、自分で正しいと思える道を進むことができる力が必要だもの。それにはどうすれば…)

 

「新しい悪魔が届いたよ☆」

 

カナデが新たな悩みを抱えた時、女ティコが彼女に告げた。

それは名古屋の荒子川公園へ向かう途中でスザクを手に入れた時と同じで、アプリを起動させると、レベル74の天使メタトロンとレベル58の魔王ロキが悪魔リストに追加されている。

今朝の段階で彼女の霊力レベルは70だった。

それなのにレベル74のメタトロンが仲魔になったということは、ここでいきなり霊力レベルがアップしたということ。

彼女が自分自身のステイタス画面を見ると、霊力レベルは80になっている。

瞑想など全然できなかったというのにレベルアップしているのはなぜだろうか。

…と考えたとたんにアルコルが何の前触れもなく現れた。

 

「私からのプレゼントは気に入ってもらえたかい?」

 

「ええ、とっても。でもなぜわたしに?」

 

「それは君が成長したお祝いだよ。君は力を欲している。だからさ」

 

カナデが欲しいと思ったからくれた…というのでだけではないはずだ。

 

「わたしはあなたの真意を知りたい。あなたはわたしに人類の未来を決めるような選択をさせようとしているけどどうして? あなたは峰津院家の人間に人類の希望を託し、そのために知恵や技術を与えてきたんでしょ? ヤマトに力を貸すならわかるけど、どうしてわたしに力を? あなたはヤマトのことを見限ったの?」

 

カナデが訊くとアルコルは少し困ったような顔をしたが、説明をしてくれた。

 

「私が君に力を貸すのは、君が輝く者だからだよ」

 

「輝く者?」

 

「そう。言い換えれば、君はこの世界の誰よりも多くの可能性を秘めていて、自分自身で正しいと思う道を選ぶことができる力を持っている、ということ。君はこれまで自分には絶対にできないからといって初めから諦めるということはしなかったよね?」

 

「ええ。だって『できない』っていうのは結果論だもの。やる前にはそんなこと誰にもわからないわ。もちろん死んだ人間を生き返らせるとか、雨を降らせるといった人間の力の範囲外のことは無理だけど、世の中の殆どのことが人間の意思や行動といったものでなんとかなるものよ。…って言っても実際にはどんなに努力しても報われないこともある。でもだからって初めから何もしないのはわたしの性に合わない。やれるだけのことはやっておく。それが後になって役に立ったとか立たなかったとか、そういうのは二の次。結果なんてものは行動の後についてくるだけだもの」

 

「フッ…君らしいね」

 

「そう? 名古屋でフェクダと戦う前に、ダイチたちの携帯にわたしの死に顔動画が届いたわ。あの時のわたしの力ではフェクダに絶対に勝てる見込みはなかった。だからあの戦いから逃げてしまえば死なずに済む。ダイチたちもそうしろと勧めてくれたけど、わたしは逃げなかった。そして逃げずに戦うという選択をし、殺される寸前まで追い詰められた。それでもわたしは自分の選択を後悔しなかった。ここで死ぬのは自分の力が足りなかったってことだけど、これまでの自分の人生で手を抜いたことはないから悔やむ理由はないわ。逃げなかったのも自分の意思で戦うと決めたことだし。きっとあの時点で死んでいても、後悔することはなかったと思う。それがわたしの天命であり、自分の力では覆すことができないほど大きな力が関わっていたんだから。でもわたしはヤマトに助けられた。それが彼の意思であったとしても、偶然の産物だとしても、わたしが彼に助けられたことに違いはないから、今度はわたしが彼に何かあった時には助けてあげなきゃって思ってる」

 

「それで君は君の正しいと思う形で彼を救おうと決めたのかい?」

 

そう言われてカナデはすべて合点がいった。

 

「あなたはすべてお見通しなのね? 人類の監視者だということだけど、まるでわたしのストーカーみたい」

 

「うん。だって君はこの世界のすべての人間の中でもっとも輝いているから。目が離せないんだよ」

 

「褒められているんだろうけど、あんまり嬉しくないかな」

 

「ハハハ…それは残念だ」

 

「ひとつ訊くけど、あなたはわたしの選択を歓迎してくれていると考えてもいいかしら?」

 

「ああ、もちろんだとも」

 

「だったらもうわたしの邪魔はしないわね?」

 

「そんなことはしないよ。君は私の願いを叶えてくれるはずだから」

 

「あなたの願いって?」

 

「さあ、なんだろうね?」

 

そう言ってアルコルは微笑んだ。

 

「とにかく君は精神的に成長したことで霊力レベルがアップし、さらに強い悪魔を使役できるようになったわけだ。そしてこのまま成長を続ければ、君は最強の悪魔を手に入れることができるようになる。というか彼と戦うためには絶対に必要だ」

 

「うん。それは身に染みてわかってる。だからわたしはこれまで以上に本気よ。…ん?」

 

アルコルとの会話の途中、携帯にメールの着信があった。

 

「新着の死に顔動画がアップされたよ☆」

 

女ティコの能天気なメッセージにも慣れたが、死に顔動画が届いたということは、また仲間の誰かが危険な目にあうということ。

カナデが急いで動画を再生すると、イオが何かに憑依された様子で、苦しんだ後に息絶えるというものだった。

 

「まさか…」

 

カナデは自分が今日の作戦から外されたことと、イオの死に関連があるのだと一瞬で察知した。

 

「そうだよ。龍脈を具現化するにはルーグという悪魔を使う。そのためには依代となる人間が必要で、ヤマトはその少女を人身御供にしてミザールを倒すつもりなんだ」

 

アルコルが淡々と言う。

 

「このままだと彼女は間違いなく死ぬ。でも誰かが犠牲にならないとこの作戦は成功しないことも確かだ。カナデ、君はどうする?」

 

「とりあえず詳しい事情をヤマトに聞くわ。あとは状況に応じて行動するのみ。司令室へ行ってくるわね」

 

カナデはアルコルを残し、司令室へと急いだ。

 

 

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