DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
カナデは司令室へ到着するやいなや、司令塔にいるヤマトに詰め寄った。
「今、イオさんの死に顔動画が届いたわ。事情を説明してもらえる?」
そう訊くと、ヤマトは表情を変えずに答えた。
「新田はルーグの依代となる。依代になった者は生還できない。それだけだ」
「それだけって…。どうして彼女がそんなことをしなきゃならないのよ!?」
「検査の結果、新田維緒が適合者だと判明したのでな」
「イオさんは承諾したの!?」
「当然だ。新田はお前たちのために自ら犠牲となると決めた」
「嘘でしょ?」
「嘘ではない。昨夜も言ったが、ミザールを倒すにはこれしか方法がないのだ。他に方法があるというのならこの場で示せ。ないのなら黙って見ていろ」
「……」
カナデは言い返せなかった。
ヤマトが結界を消滅させてでも龍脈の力を使わなければならないというほど切羽詰まっている状態で、他に方法なんてあるはずがないのだ。
そんなやり取りをしていると、ダイチやヒナコたちも司令室にやって来た。
誰もがイオの死に顔動画を見て、それが今日の作戦に関係があると考えて集まって来たのだ。
カナデと同様にヤマトに詰め寄るが、ヤマトは相手にしない。
そしてカナデがヤマトに何も言えずにいるのを見て、彼らもただ唇を噛みしめて耐え忍ぶしかなかった。
「宮下公園地下施設の映像、入ります」
モニター担当の女性局員がそう告げると、メインモニターにイオの姿が映し出された。
彼女は両手両足を固定され、十字架に張り付けされているようだ。
「イオさん!」
「新田さん!」
「新田ちゃん!」
カナデたちはそれぞれに彼女の名を叫ぶが、その声は彼女の耳には届いておらず、目はうつろのままで身動きひとつしない。
その横ではフミと数名の局員たちが何かの作業をしているのが見えた。
カナデは察した。
(適合者は彼女だけではないはず。たぶん一番適しているのはわたしだけど、ここで切り札とも言うべきわたしを使うわけにはいかない。そこで次に適しているイオさんを使うことにした。ヤマトならそう考え、行動するはず。アルコルは誰かが犠牲にならないとこの作戦は成功しないと言っていたけど、ここまで助け合いながら生き延びてきた仲間を平気で見殺しになんてできない)
カナデがこっそりと司令室を出ようとした時、背後からヤマトに声をかけられた。
「カナデ、どこへ行く?」
「別に。わたしは今回の作戦に不参加なんだから、どこへ行こうと勝手でしょ」
「そうはいかぬ。どうせお前のことだから、宮下公園へと駆けつけて作戦の邪魔をしようとするのだろ? ここでおとなしくしていろ」
「あなたの邪魔をするつもりはないわ。もっと成功率の高い作戦に変更することはあってもね」
「フッ…仕方がない奴だ」
ヤマトそう言うと、携帯で保安係を呼び出した。
カナデはあっという間に3人の屈強な男たちに囲まれてしまい、両手を後ろ手に縛られて拘束されてしまう。
「待て、ヤマト! カナデを放せ!」
ダイチがヤマトに掴みかかろうとしたが、ヤマトはさっと避けて今度はケルベロスを召喚した。
ケルベロスはダイチや他の民間人サマナーたちに対して威嚇の唸り声を上げ、その間にカナデは司令室から引き出されてしまう。
「しばらくおとなしくしていろ。今日の作戦が終了したら解放してやる」
ヤマトの冷徹な声がカナデの耳に届いた。
◆
カナデは保安係の局員に「懲罰房」へ入れられた。
懲罰房とはジプス内で起きた「局長の意思に背く行為」をした人間に反省を促すための独房だ。
ここは携帯も繋がらず、悪魔を召喚することもできない結界が張ってある。
「こんなところにいたのか…」
硬い寝台の上で膝を抱えていたカナデに声をかける者がいた。
「ここで何をやっているんだい?」
カナデは声の主 ── アルコルの方を振り返って答えた。
「ヤマトに作戦の邪魔をしないようにって放り込まれたのよ。それよりもこんな場所に姿を現して大丈夫なの? 誰かに見つかったらマズイわよ」
「問題ない。ここに閉じ込めた君を見張る人間を置くほど、今のジプスには人的余裕はないよ。少なくともこの部屋のあるフロアには誰もいない」
アルコルはカナデの隣に腰を下ろすと哀しそうな目で見つめてきた。
「君が苦しむ姿を見ているとひどくここが痛くなるよ。これも私が人間に近づき過ぎたせいなのかな?」
そう言って彼は自分の胸に手を当てた。
「こんなことは今までに一度もなかったのにね。人間はやっぱり面白いよ。特に君は。…でもヤマトはつまらない人間になってしまった。幼いヤマトは無限の可能性を秘めた輝く者の原石のようなものだった。そして今のヤマトにはその面影はなく、君にのみ可能性が残っている。…君は新田維緒という人間を助けに行きたいのかい?」
アルコルがカナデに訊く。
「答えるまでもないわ。わたしは彼女を死なせたくない」
アルコルがパチンと指を鳴らす。
すると鍵がかかっているはずの房の扉が音を立てて開いた。
「さあ、行っておいで。自分の選んだ道だ、好きにするといい」
「ありがとう、アルコル」
カナデは礼を言って懲罰房を飛び出した。
もう時間はない。
「出でよ、ビャッコ!」
カナデはビャッコの背中に飛び乗った。
彼女が脱走したという報せはすぐにヤマトの耳に入るだろう。
(急がなきゃ! 早くしないとイオさんがルーグへの生贄にされてしまう)
カナデはビャッコに宮下公園へと向かうよう指示を出した。
◆
カナデが宮下公園の地下にある研究施設へ到着したのは間一髪というタイミングだった。
「カナデ、局長があんたに行けって言ったはずはないよね。命令違反?」
「はい。ルーグの依代にはわたしがなります」
フミは無表情のまま続けた。
「依代ってのは誰にでもできるというもんじゃないよ。検査の結果、適性があったのはこの子だけだったと局長から聞いてないの?」
「イオさんが適合者だと判明したとは言いましたけど、彼女だけだとは聞いていません。つまり他にも適性がある人はいたんじゃないですか?」
「やっぱ、あんたって頭いいね」
「たぶん適性のある人は複数いて、その中で失っても痛手にはならない人間を選んだのでは?」
「正解だよ。実を言うともうひとり適性のある人間がいたんだ。でも局長は新田維緒を指名した。ま、これは当然の選択だからね」
「となると、やっぱりもうひとりの適合者はわたし…ですね?」
「そうだけど、依代になるってことは死ぬってことだよ。あんたはこの子の身代りになって死ぬつもり?」
「わたしは死にません。ここで死ぬつもりなんてありませんから」
そう答えると、フミは呆れた顔をした。
「この作戦はルーグっていう悪魔を召喚し、自分の身体に憑依させるんだけど、生身の身体には到底耐えられないダメージを受ける。で、憑依されている間に自我を失っていく。自我を失えば肉体は無事でも死んだと同じこと。わかる?」
「ええ。つまり自我を失わずにいればいいってことですよね? どれくらいの時間なら大丈夫なんですか?」
「約180秒、ってとこかな。個人差にもよるけど」
「それなら自信あります。少なくともわたしは彼女よりも健康で霊力も高い。そしてなにより生きたいという意思が彼女より強い。彼女は仲間のために自分を犠牲にするつもりですけど、わたしは仲間のために生還するという覚悟で作戦に臨むんです。この戦いは生きる意思の強さが物を言う。わたしとイオさんを比べたら、どちらの成功率が高いかわかりますよね? わたしなら絶対に作戦を成功させてみせます」
カナデがそうきっぱりと言い切ると、フミは科学者としての血が騒ぎ出したようで、にんまりと笑った。
「面白そうだね。それなら局長がいいと言ったら選手交代だ。やってみな」
フミはそう言って東京支局の司令室に回線を繋いだ。
「カナデ、やはりそこにいたか」
ヤマトのいつもの不機嫌そうな顔が一層不機嫌そうに見える。
「わたしがここにいる理由はわかっているでしょ? 早くイオさんを解放する命令を出しなさいよ」
「そんなことができるか、バカ者。お前にはお前の役目というものがある。まだ退場されては困るのだ」
「わたしだって退場する気なんてないわよ。生還して、わたしの役目ってヤツも果たしてあげるから」
「自信があるというのだな?」
「もちろん。わたしはさっきあなたに成功率の高い作戦に変更することはあっても、あなたの邪魔はしないと言ったけど覚えてる? 久世奏に二言はないわよ」
カナデがそう言い放つと、ヤマトは不敵な笑みを浮かべて言った。
「よかろう。お前がそこまで言うのならやってみるがいい。お前が死んだところで、私の計画の進行には何の支障もないのだからな」
カナデの戦力を温存するため、イオを生贄にしたというのに妙な言い草だ。
しかし一刻を争う状態にあって、カナデは余計なことにかまってはいられない。
ヤマトの許可を得たことで、磔にされていたイオを降ろし、代わりにカナデが磔にされた。
そしてフミが説明をする。
「カナデ、作戦を説明するからよく聞いて。ミザールってのは再生を繰り返すやっかいな奴なんだ。それを龍脈の龍に喰わせ続ける。龍脈を武器にするわけだからそれを具現化させる必要があって、その鍵となる悪魔がルーグだ。ルーグは高位の悪魔だから強い力と思念を持っていて、それを自分の肉体に入れるんだから相当なダメージを受けることになる。覚悟しておいてよ」
「はい」
「で、ルーグを憑依させた時点で、龍脈を解放する扉を開き、そこから龍脈を取り出す。すると龍脈は具現化し龍の姿になるから、あとはその龍にミザールを喰わせる命令を出せばいい。わかった?」
「了解です、フミさん」
フミたちジプス局員がいろいろな機械を操作している脇で、イオが不安そうにカナデを見守っている。
「大丈夫よ、イオさん。わたしは必ず戻って来るから心配しないで」
そう言って微笑むと、イオは泣きそうな笑顔を返した。
「行くよ、カナデ」
フミの合図でスイッチが入り、カナデのいる祭壇の上に魔方陣が浮かび上がった。
そしてその中からルーグが姿を現す。
「我を目覚めさせたのはお前か…?」
「はい。あなたの力をお借りしたくて」
「我が力をどうするつもりだ?」
「この世界を攻撃するセプテントリオンという存在を倒したいんです」
「人の子よ、我々悪魔は世界がどうなろうと如何様にも存在できる。だがお前たちは違う。この崩壊しかけた世界で生き延びることに何の意味がある?」
「生きてさえいれば、その先に未来があります。未来があれば、そこから生きる道を探すことができます」
「生き延びることに意味があるというのか?」
「はい」
「よかろう。ちょうど退屈していたところだ、我が力をお前に貸そう」
ルーグがそう言った瞬間、カナデは自分の身体に高温の熱の塊のようなものが飛び込んで来た気がした。
「人の子よ。力なき者よ。生を望むなら、抗ってみよ!」
◆
ミザールは新宿に出現していた。
カナデに憑依したルーグによって龍脈の力が解放され、都庁屋上にいるヤマトにより顕現させられた。
そして龍脈の龍 ── シャッコウが増殖し続けるミザールを次々に飲み込んでいく。
ミザールの増殖速度とシャッコウが飲み込む速度はほぼ同じに見えるが、わずかにシャッコウの方が早い。
しかしカナデの精神崩壊までの残り時間は30秒を切っていた。
「迫、龍脈回路をすべてこちらに回せ」
ヤマトは司令室にいるマコトに指示を出した。
すると彼の右手に霊力が集中し、空間に魔方陣が浮かび上がる。
「カナデを援護する!」
ヤマトは魔方陣を楯にし、動き回るミザールの進行を抑え込む。
シャッコウは身動きできないミザールを飲み込み続け、全部飲み込んでしまうと役目を終えたと言わんばかりに姿を消した。
そして役目を終えたもうひとつの存在 ── カナデの姿をしたルーグもゆっくりと地上に降り立った。
カナデの身体の中からルーグは音もなく抜け、気を失ったままの彼女を見降ろす。
「お前の望む未来とやらを見せてもらうぞ、人の子よ」
そう言ってルーグはカナデの携帯の中に消えたのだった。
◆
カナデはジプスの医務室で意識を取り戻した。
「カナデ、目が覚めたようだな?」
彼女を覗き込んでいたマコトが訊く。
マコトの背後にはオトメとフミもいる。
「身体の調子はどうだ? 具合の悪いところはないか?」
心配そうに見つめるマコトにカナデは答えた。
「特に問題はないようです。それよりもミザールはどうなりました? ルーグに憑依されてからの記憶がさっぱりないんです」
カナデは身体を起こして訊く。
「ミザールは君と局長の力によって殲滅された。そしてルーグは、ここにいる」
カナデはマコトから携帯を手渡され、アプリを起動してみた。
すると悪魔のリストの中にルーグが入っている。
つまりルーグは自ら彼女に使役される道を選んだということだ。
「あのルーグがあんたを主と認めたっていうんだから、あんたってつくづく面白い研究素材だわ」
フミは興味津々といった顔で言う。
「はあ…。ところでヤマトやダイチたちはどうしていますか? たぶんものすごく険悪な状態になっているはずです。心配ですから様子を見に行ってきますね」
そう言って、カナデは自分の腕に取りつけられていた点滴の管と心電図を計るための誘導コードを外すために手をかけた。
しかしそれをマコトに静止される。
「もう少しここで休んでいろ」
そう言われても、カナデは仲間たちの様子が気になって休んでなどいられない。
「いえ、こんなところで休んでいる状況ではないはずです」
「しかし君が今やるべきことは体調を万全にすることだ。…あと1体のセプテントリオンが残っている。間違いなくこれまでの中でもっとも手強い相手になるだろう」
「でも…」
「心配はいらない。局長はすでにご自分の部屋にお戻りになった。そして君のことを心配している者は廊下で待っている。顔を見せてやるといい」
オトメがドアを開けると、ダイチとイオ、ヒナコ、アイリ、ジュンゴ、ケイタがカナデの周りに駆け寄って来た。
「大丈夫、カナデ?」
真っ先にダイチが訊いた。
「ええ、大丈夫。問題ないわよ」
「カナデさん、ありがとうございました」
半泣きの顔でイオが礼を言う。
カナデが彼女の泣きそうな笑顔を見るのは二度目だ。
「お礼を言われるようなことではありません。これがベストの判断だったと信じていたから、わたしは行動しただけです」
「よう頑張ったなぁ、カナデちゃん」
ヒナコに頭をごしごし撫でられていると、その横にいたアイリが頬を膨らませて言う。
「すっごく心配したんだよ。名前を呼んでも全然起きないから」
「ごめんなさい。でも遠くの方でわたしのことを呼ぶ声が聞こえたのは覚えているわ。三途の川の向こうから両親に呼ばれたのかなって思っちゃった」
場の雰囲気を明るくしようとしてわざと能天気なことを言うが、ケイタに叱られた。
「冗談言っとる場合か、このボケ。どんだけ心配かけたと思うとるんや?」
「…ごめんなさい」
「そんな顔をしないで。カナデちゃんは笑顔が一番なんだから」
オトメの笑顔につられてカナデは笑顔を取り戻した。
「オトメ先生…ありがとうございます」
そう言った時、はしたないことだがお腹の虫が鳴ってしまった。
それを聞き逃さなかったのがジュンゴだ。
「カナデ、食べられる?」
ジュンゴが差し出したのはお馴染みの茶碗蒸しだ。
器を受け取ると、それはまだ十分に温かくて、自分のために作ってくれたのだと思うとカナデは幸せな気分になれた。
こうやって自分のことを認めてくれる人たちがいるかぎりまだ戦える。
カナデはそう確信した。