DEVIL SURVIVOR 2  With you forever.   作:ルーチェ

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7th Day それぞれの土曜日 -3-

 

通天閣を背にしたヤマトはカナデと対峙していた。

そしてふたりを取り巻く形で、11人のサマナーたちが心配そうに見守っている。

ダイチたちはカナデに加勢しようとしたが、それを彼女によって止められている。

彼女はヤマトと一対一で戦いたいと言ったからだ。

 

ヤマトはカナデを睨みつけながら言う。

 

「今ならまだ遅くはない。私に従い、私の理想の世界に生きろ。それがお前のためだ」

 

カナデの覚悟を変えることは不可能だということはわかっていた。

しかしヤマトの彼女に対する執心がそんな最後通告となったのだ。

 

「わたしは一度決めたことは曲げない主義なの。くだらぬ問答はせず、さっさと決着をつけましょう」

 

「…よかろう」

 

通天閣が光を放ち、ヤマトの身体が中空に浮び上がった。

タワーを利用してわずかに残っている龍脈を活性化させているのだ。

峰津院家の人間は龍脈を使うことに長けている一族である。

龍脈の力が身体に馴染めば馴染むほど、彼の力は脅威になる。

ヤマトがこの場所を選んだ理由をカナデは承知していたが、あえてその挑戦を受けることにしていた。

自分が絶対的な強者であると自負するヤマトであるから、徹底的に叩きのめさなければ彼が自分の負けを認めることはないだろうとカナデは考えていたからだ。

そのためにはヤマトがもっとも力を発揮する状況で倒さなければならない。

いくら自分に不利だとわかっていてもやるしかないのだ。

 

「出でよ、ロキ、メタトロン。…悪魔合体!」

 

カナデはロキとメタトロンを召喚した。

そして最後の仕上げとしてこの2体の悪魔を合体させる。

これまでの実戦経験によって彼女の悪魔使いとしてのレベルは99に達しており、最強の悪魔である魔王ルシファーの誕生を可能にさせた。

しかしヤマトはさほど驚きもしない。

むしろ想定内のことだと不敵な笑みを浮かべている。

 

「さすがだな、カナデ。私に歯向かうのだ、そうでなければ面白くない」

 

そう言って携帯を掲げた。

 

「では私の悪魔合体を見せてやろう」

 

ヤマトは魔王アスタロトと神獣バロンで堕天使ネビロスを作り、鬼神ザオウゴンゲンと合体させて堕天使サタンを作り上げたのだ。

サタンはルシファーと同じレベル99の最強の悪魔。

人間のレベルも99同士で、もはやこの勝負の行方は悪魔使いであるふたりの意思の強さにかかっているといえるだろう。

 

「始めるぞ」

 

ヤマトは静かに言った。

 

 

 

 

「始まったね…」

 

通天閣を正面に見るビルの屋上で、アルコルはカナデとヤマトの戦いを見守っていた。

 

「同じ種族同士で戦うなど、人間はなんと愚かな生き物だ」

 

アルコルの会話の相手は大阪でカナデたちの前に立ちはだかったボティスだ。

 

「アルコル様はどうして人間なんかに生き延びるチャンスを与えたのですか?」

 

「人間は自由であるが、とても不安定な生き物だ。選択を間違い、過ちを犯すこともある。…だが思わぬ選択をして、不可能を可能にしてしまうことがある。だから人間は面白い。輝く者…カナデがそれを私に証明してくれたからだよ」

 

アルコルの視線の先にはルシファーを従えるカナデの姿があった。

 

「カナデは私の望みを叶えてくれる。それが彼女の望む形でないとしても、彼女はその道を選ぶしかないのだから…」

 

 

 

 

カナデはヤマトの凄さを改めて思い知らされた。

サタンを使役する彼はまさに王だ。

カナデも負けてはいない。その王に食らいつくだけの力はある。

さすがにヤマトもサタンを使役するのが精一杯で、カナデのルシファーと一対一で戦っていた。

しかしヤマトとカナデには大きな違いがある。それは霊力の差だ。

ヤマトは龍脈を己の身体に宿し、それを利用している。

つまりエネルギーは次々に補充されていくことになるのだが、カナデの方は削られていくしかない。

ヤマトに攻撃を加えることができずに防御するのが精一杯で、次第に彼女の息は上がっていった。

 

「愚かだな…。龍脈の力を宿した私に敵うはずがないのだ」

 

「それでもわたしはあなたと戦って勝たなければならないのよ」

 

「ならばなぜ私を選んだ?」

 

「あなたと一緒に世界を救いたいからに決まってるでしょ?」

 

「バカを言うな! ではなぜお前は戦っている!?」

 

「わたしがあなたよりも強いと認めさせたいから。そうしないとわたしの声はあなたに届かないから」

 

「ならばお前の言葉は永遠に届くことはない。なぜならお前は私に勝てぬからだ!」

 

そう言ってヤマトは腕を振り上げた。

 

「メギド」

 

彼の低い声が聞こえ、万能属性の炎がカナデに直撃する。

 

「負けるもんですかっ!」

 

カナデは必死になって防御するが、体力と霊力のほぼ半分を失ってしまった。

 

「それで勝てるつもりか? 脆弱だな」

 

ヤマトは軽蔑の視線でカナデを見下している。

カナデは姿勢を立て直し、攻撃のタイミングを計っていた。

しかしヤマトに隙はない。

いや、彼にもわずかだが変化が見られた。

龍脈の力を身体の中に取り込むのだから、肉体的なダメージは相当なものになる。

カナデがルーグを憑依させた時と同じような状態になっているのだ。

いくらヤマトでも不死身の肉体を持っているわけではないので、身体が強大な力に耐えられなくなるのは当然である。

それは彼自身も気づいているらしく、一気に決着をつけようという気配を見せた。

右腕を高く掲げ、手のひらに龍脈の力を集中させる。

すると青白く輝く龍の姿が現れた。

ヤマトはミザールを倒したシャッコウでカナデに止めを刺そうというのだ。

 

「くらえっ!」

 

ヤマトは衝撃波をカナデに向けて放ち、同時にシャッコウをぶつけてきた。

 

「私に楯突いたことをあの世で後悔するんだな!」

 

まばゆい光に包まれて、カナデは思わず両腕で身を庇い、目を瞑ってしまった。

そのままシャッコウに喰われてしまうものだと覚悟したが、目を開くとなぜか傷ひとつなく立っていた。

 

「カナデ、大丈夫か!?」

 

「マコト…さん…?」

 

マコトの声で我に返ったカナデだが事態が飲み込めずにいた。

カナデをシャッコウから庇ったのはマコトの使役する女神パラスアテナの盾だった。

いや、それだけではない。

ダイチと破壊神セイテンタイセイ、イオと妖精ティターニア、ヒナコと女神イシス、ジュンゴと闘鬼オオツヌミ、アイリと邪神トウテツ、オトメと女神アマテラス、ジョーと神獣ウカノミタマ、ロナウドと鬼神オメテオトル、カナデと深い絆を結んだ仲間たちが勢ぞろいしていた。

それもレベル50を超える悪魔を従えながらである。

昼間に戦った時よりもさらに強い悪魔を使役できるようになったということは、彼らにも成長があったということだ。

 

「みんな…!?」

 

「手ぇ出すなって言われても、カナデにだけ戦わせるなんてできないからな!」

 

「わたしも戦います!」

 

「一気にいくで!」

 

「絶対、勝つ!」

 

ダイチ、イオ、ヒナコ、ジュンゴがカナデを挟んで一列に並んだ。

それを見たヤマトが人を馬鹿にしたような顔で言う。

 

「雑魚がいくらあつまろうとも所詮雑魚でしかない。貴様らもカナデと共に消えてしまえ」

 

ヤマトが再びシャッコウをぶつけてきた。

しかしそれは直撃せず、カナデたちの脇を通り過ぎると、Uターンをして背後から彼女たちを襲ってきたのだ。

 

「後ろは任せろ!」

 

ロナウドとジョーがそれぞれオメテオトルとウカノミタマをカナデの背後に配置し、それによってシャッコウの一撃は防がれた。

 

「しぶといな…これでどうだっ!」

 

ヤマトはまだシャッコウを使おうとしていた。

 

「局長、おやめください! このままではカナデたちだけでなく局長ご自身も倒れ、この世界はポラリスによって滅ぼされてしまいます!」

 

マコトがヤマトを制止しようとするが、彼は残った龍脈の力を右手に集中させていく。

 

「これくらいのことで私は死なぬ! たとえ私ひとりになろうとも、この世界は私が変えてみせる!」

 

本人は死なないと言うが、彼の身体はもう限界だ。

するとフミの堕天使アガレス、ケイタの破壊神スサノオがヤマトの両腕を抱え込んだ。

 

「何をする!?」

 

ヤマトはアガレスとスサノオを引き剥がそうとするが、身体の自由が効かない状態となっており、それがサタンの動きにも大きく影響した。

サタンの反応は遅くなり、ルシファーに攻撃のチャンスが与えられた。

 

「今だ、カナデ!」

 

ダイチが叫ぶと同時に、カナデはルシファーに命じた。

 

「ルシファー、メギドラオンよ!」

 

ルシファーは〈メギドラオン〉をサタンに向けて放つ。

サタンも種族特有スキル〈堕天の烙印〉で防ごうとするのだが、ヤマトの動きが封じられたせいか、スキルを発動しても殆ど効果はみられない。

耐万能のサタンであっても、種族特有スキル〈覇王の密約〉を持つルシファーから何度も〈メギドラオン〉をくらえばひとたまりもない。

それを察したのか、サタンはすべての力を注ぎ込んでルシファーに渾身の一撃を放った。

するとルシファーは一瞬にして霧散する。

いくらか回復をしていたといえど、サタンの物理攻撃には敵わなかったようだ。

そして力を使い果たしたサタンもルシファー同様に消えていく。

 

残ったのは生身のカナデとヤマトのふたりのみ。

カナデは体力・霊力共に削られて瀕死の状態だし、ヤマトは龍脈の力を制御できずに力が暴走しかけている。

アガレスとスサノオはヤマトの身体の中に溜まった龍脈の力によって跳ね飛ばされ、誰も近寄ることもできない状態だ。

 

「我が峰津院家は代々その命を国のために捧げることを強制されて生きてきた。だが我々はこんな腐りきった世の中のために命を懸けてきたのではない! 正しく統治される世界を構築するまたとない機会を前に、私は負けるわけにはいかんのだ!」

 

ヤマトの瞳にはカナデの姿しか映っておらず、ありとあらゆる感情が彼女ひとりに向けられている。

 

「ヤマト…」

 

カナデの目に涙が浮かんできた。

力を持つ存在ゆえの孤独、己の理想とかけ離れた現実への絶望といったヤマトの強い想いが心の中にどっと流れ込んで来たのだ。

哀しくて切なくて、刃を突き立てられたかのように胸が痛んだ。

 

「世界再興の邪魔は誰にもさせんっ!」

 

「ダメ、ヤマト! やめてぇぇーー!」

 

カナデは力を振り絞って駆け出すと、十数メートル先にいたヤマトに抱きついた。

そして最後の力を振り絞り、自分の体重を利用してヤマトの身体を地面に押し倒す。

 

「な、何を!?」

 

突然のことに驚いたヤマトはバランスを崩して仰向けに倒れ、カナデはヤマトの唇に自分のそれをしっかりと重ねた。

 

「!?」

 

カナデは〈吸魔〉のスキルを発動した。

〈吸魔〉とは敵単体のHPとMPを奪い、自分のHPとMPをそれぞれ回復するもの。

ヤマトの暴走しかけた霊力を吸い取り、体力を奪ったことでカナデの方は十分動けるまでに回復した。

そしてヤマトの霊力の暴走による死も回避された。

ヤマトは何が起きたのかわからず、茫然自失といった感じで固まってしまう。

 

「か、カナデ……、何を…し…た……?」

 

わけがわからないという顔のヤマトに、カナデは顔を赤らめながら答えた。

 

「昨日の夜、魔法攻撃について教えてもらったでしょ? ある程度の霊力レベルがあれば覚えるのは簡単だっていうから、吸魔のスキルを身につけておいたの。フェクダ戦でサラスヴァティの攻撃が効果あったから、きっと役に立つだろうな、って」

 

「……」

 

「でも具体的にどうやったらいいのかわからなかったから苦労したわ。…これでよくわかったでしょ? わたしは自分のファーストキスを捧げてでもあなたに知ってほしかった。仲間の存在が人間を強くし、ひとりではできないことも可能にすることができるんだって。これで勝負がついたと思うけど、まだやる? わたしはヤマトの体力と霊力を吸って回復しているから、まだ戦えるわよ」

 

カナデは腕をブンブン振って体調万全であることを示しながら言った。

しかしヤマトは沈黙したままだ。

〈吸魔〉によってカナデは体力と霊力を回復し、ヤマトは暴走しかけた霊力を放出できた。

よってふたりの戦力はほぼ均衡していると言っていい。

しかしヤマトは精神的ダメージを相当受けているようで、起き上がることもできずにいる。

 

「……」

 

「厳密に言うと一対一の戦いではないから、あなたは自分の負けを認めないでしょうけど、仲間の力を含めてこれがわたしの力なのよ。わたしもひとりであなたに勝ちたかったけど、やっぱりあなたはすごいって身に染みたわ」

 

「……」

 

沈黙を続けるヤマトの姿を見ながらカナデは思った。

 

(負けるはずのない戦いにおいて、自分が追い詰められるなど想像もしていなかったはずだもの。動揺するのも当然だわ)

 

しかし実際はカナデに突然キスされたことで、ヤマトの思考回路はオーバーヒートしてしまったのだ。

好意を抱いている少女にいきなりキスされたのだから、ショックを受けるのはごく自然な反応である。

そういったことに免疫のない彼にとっては、嬉しいとか恥ずかしいというよりも脳天をいきなり殴られたような衝撃を受けたという方が正しいだろう。

 

しばらくの沈黙の後、ヤマトがようやく口を開いた。

 

「私は…負けを…認めよう」

 

ヤマトのその言葉で長かった戦いに終止符が打たれた。

カナデの勝利となったわけだが、誰も歓声を上げず、黙ったままで彼女たちの周りに集まって来た。

戦いが終わったことで安堵し、表情には柔らかさが戻っている。

しかしひとりだけ苦々しい顔をしている者がいた。ロナウドだ。

彼は無言でジャケットのポケットから拳銃を取り出し、コッキング状態の銃口をヤマトの額に向けた。

 

「…そうか、貴様は元刑事だったな」

 

上半身のみ起こしたヤマトがロナウドを睨みつけた。

同様にロナウドもヤマトを睨みつける。

 

「俺はこの時を待っていた」

 

「……」

 

「先輩の仇、ここで討たせてもらうぞ」

 

「撃ちたければ撃て。それが貴様の本懐なのだろう」

 

ヤマトは死を前にしながらも、臆することなく王の威厳を保ち続けていた。

カナデに負けたことで自分の野望は潰えた。

ならばここで命乞いをして生き恥を晒すよりも誇り高く死のうというのだ。

そこにカナデがヤマトを庇うようにして立った。

 

「やめてください、ロナウドさん!」

 

「カナデくん、そこを退け」

 

ロナウドの声はいつもより低く聞えた。

退かなければ彼女ごと撃つのではないかとさえ思わせる気迫だ。

 

「退きません! あなたが私怨によってその手を汚すことをわたしは許しません」

 

「しかしこれが俺のケジメなんだ。君が言うように俺の行動の原動力は、峰津院に対する私怨によるものだった。ならばその決着方法はこれしかなかろう」

 

そう言い終えると、ロナウドは表情を変えずにトリガーを引いた。

 

「ヤマトっ!」

 

カナデはヤマトを庇おうとして、彼の上半身を抱きかかえた。

 

カチッ

 

誰もが目を瞑った。

しかし金属的な音に続く発砲音がない。

 

「え…?」

 

呆気にとられるカナデにロナウドが言う。

 

「これはモデルガンだ。いくら俺が元警官だといっても、本物を持っているはずがないだろ?」

 

「あ…」

 

「君が教えてくれた博愛という言葉が俺の心に深く刻み込まれた。それぞれが個として存在する人間を格差ゼロにはできない。それは真理だ。しかし他人に接する時の気持ちは本人の意思で等しくすることはできる。そう君に諭された時、俺の目の前に一筋の光が差し込んできた気がしたんだ。これで俺の峰津院への恨みは晴れた。もう二度と私怨で動くことはない。安心してくれ」

 

言い終えた時のロナウドの顔は晴れやかだった。

 

「ありがとうございます、ロナウドさん」

 

「お礼を言うのは俺の方さ。俺を人殺しにしないでくれた君に感謝している」

 

ロナウドに差し出された手を握り、カナデは満面の笑顔を見せた。

 

続いてダイチが彼女に近寄って来た。

 

「カナデ、俺も君に感謝してるんだ。どう言ったらいいのかわからないけど、君が俺たちの敵に回ったおかげで、俺たちは改めて自分たちの弱さを振り返ることができた。弱いっていうのは悪じゃない。弱いということを素直に認めることができない奴を弱者って言うんだってわかったんだ。俺は自分で自分のことを決められないでいた。こんな騒ぎに巻き込まれて、いろんなことも経験してきたっていうのに、俺は全然成長していなかった。悪魔も弱いのしか召喚できないし、他のみんなの足を引っ張ってばかりだった。それでいて特に主義主張もなく、ただ仲間と戦いたくないって逃げに入ってた。それが俺の弱さなんだって思い知ったよ」

 

「ダイチにしてはずいぶんと成長したじゃないの?」

 

「ああ、俺もそう思う。それに俺だけじゃなくて、新田さんやヒナコさん、ジュンゴさんも同じで、そのことに気づいた時、新たな悪魔を手に入れた。それで思ったんだ。ああ、これでカナデと一緒に戦える、って。君には戦いに参加してくれとは言われなかったけど、俺たちはいざという時に君の盾になろうって約束した。そしてその約束を無事果たせたことでほっとしているよ」

 

ダイチの言葉にイオ、ヒナコ、ジュンゴが微笑みながら頷いている。

 

「ウチらは仲間同士で争いたくないと言いながら、カナデちゃんを傷つけてでもウチらの意見を通そうとした。そやけどあんたはウチらに指一本触れずに勝敗を決めた。そないなことされたらウチらが根本的に間違っとったと反省せなあかんやろ。あんたの戦いは相手を傷つけるのやのうて、相手の心の中に…何や楔のようなものを打ち込むことやったんやなぁ、ってそう思うたんや」

 

「カナデさんが仲間のことを大事にしていることは知っていました。でもわたしたちと戦うと言われて、わたしはすごくショックを受けました。わたしが弱者だから見捨てられた。それを哀しいというか、辛いというか…、そしてほんの少しだけあなたのことを憎んでしまったんです。でも一番辛かったのはカナデさん本人だって気がついて、わたしは自分のことを恥じました」

 

「ジュンゴ、喧嘩するのは、嫌い。でも、仲間と、カナデを守りたい。そう考えたら、強くなった」

 

それぞれが自分の気持ちをカナデに告げた。

そして最後にダイチが満面の笑みで言ったのだった。

 

「俺たちは自分で善悪を判断し、そして今何をすべきなのか決められる心を持つことができた。だから自分の意思で行動し、君の力になれたことで、それが間違っていなかったことを確信できたんだ。これでちょっとは強くなれたかな?」

 

「もちろん! ありがとう、ダイチ。イオさん、ヒナコさん、ジュンゴさん、ありがとうございました」

 

続いてアイリがカナデの前に立った。

 

「カナデ、あたしはピアノのコンクールでいい成績が出せずに悩んでいたの。だから1番とか2番とかいうのがない世界なら、もう悩まずに済むって逃げてた。ピアノをやめなきゃならないのも、お父さんがいなくなって家計が苦しくなったせいだって言い訳することで、自分の力不足に目を瞑ってたんだ。あたしって卑怯だよね? 自分の弱さを認められないってとこが弱者だって証拠」

 

「でもそれを認めることができたんでしょ?」

 

「うん。あたしはピアノが好き。コンクールでいい成績が取れなくても、ピアニストになれなくても好きなものは捨てられない。審査員が認める演奏はできなくても、自分が満足できる演奏ならできるはずだもの。そしてそれを喜んでくれる人がいればそれでいい。そう思ったら新しい悪魔が届いたんだ。これって少しだけど強くなれたってことだよね?」

 

「ええ、そうよ」

 

「だからあたしはもう逃げない。そう決めたんだから」

 

「うん、わたしも応援するわ」

 

「ありがと」

 

「こちらこそありがとう」

 

続いてオトメがカナデに話しかけてきた。

 

「カナデちゃん、わたしはジプスの人間だけど、初めからヤマトさんの考えには賛同できなかったの。だから名古屋支局が栗木くんたちに占拠された時、わたしはこの人たちと同じ考え方を持っているんだって知って仲間になることに決めたわ。自分に近しい人だけじゃなくて、すべての人が同じように幸せになることこそが大事。わたしは医師だから貧しい人でもお金を持っている人でも分け隔てなく診るのが当たり前。…でもあなたと戦った後にふと考えちゃったの。もし大怪我をした赤の他人と娘の千春がいたら、わたしはどちらを先に診るだろうか、って。もちろんトリアージをして重傷の方を先に診るんだけど、実際に目の前に苦しそうにしている千春がいたら…わたしは自信がない。情というものが先に立ってしまい、彼女の治療を優先してしまいそうなの」

 

「それは当然です。いくら本当の母と娘でなくても、おふたりはれっきとした親子ですから、千春ちゃんを大事に思うあまり他の患者を後回しにしてしまうのも仕方ありません」

 

「でもそれでは医師失格だし、すべての人間を平等にしたいという意思にも反するわ。つまり平等こそが絶対の正義だと言っても、それは理想論でしかない。なぜならそれは不可能だから。人間が感情を持つ生き物である以上無理なことなんだってわかったの。でもそのことに気づいた瞬間、新しい悪魔が届いたわ。自分を見つめ直すきっかけをくれてありがとう」

 

「いいえ、どういたしまして。わたしこそお礼を言わせてください。ありがとうございました」

 

オトメとの会話が終わると、今度はジョーが入れ替わるようにして話を始めた。

 

「カナデちゃん、まずはこれまでのことを謝らせてくれ。悪かったよ、ゴメンな」

 

ジョーは帽子を脱いで頭を下げた。

 

「俺さあ、あの後入院してる恋人に会いに病院へ行ったんだ。で、これまでのことを全部話した。そうしたら彼女に『わたしを弱者扱いしないで』って言われたよ。彼女は重い病気を抱えていて何もできないけど、もう治らないって諦めているわけじゃない。必ず元気になって普通の生活に戻るんだって、笑顔で力強く言っていた。それを見て『ああ、彼女って強いな』って思ったんだ。彼女を弱者に貶めていたのは俺や周囲の人間だったんだ。考えてみれば、俺は彼女の存在によって精神的に支えられていた。社会的に役に立っていなくても、俺にはとって彼女の存在は何よりも大きい。ここにいるみんなが悟ったように、自分を弱者だと認め、その弱さに甘んじることなく前向きになることで人は強くなれるんだって俺もつくづく思い知らされたよ」

 

「素晴らしいカノジョさんですね」

 

「ああ。俺にはもったいないくらいの女性だよ。そんな彼女に俺は君に言われたことを話したら、そのとおりだってさ。多く持つ者から与えられて満足するような人間にはなりたくない。新しい世界が来るなら、自らの力で上がれるような社会になってほしい、って。だから俺はカナデちゃんのことを信じ、味方になることに決めたんだ」

 

「そうしたら新しい悪魔が届いたんですね?」

 

「そう。ウカノミタマなんてレベル64の悪魔だぜ。使役する悪魔のレベルと人間の価値が同じだとは言わないけど、これで俺も成長できたんだって思えて嬉しかった。感謝しているよ、カナデちゃん」

 

「こちらこそ助けていただいてありがとうございました」

 

ジョーはお気楽な性格は変わっていないようだが、少しだけ頼り甲斐が感じられるかなとカナデは思っていた。

そのジョーと入れ替わるようにケイタが彼女の前に立った。

 

「俺がジプスにおったのは強くなるためや。強い悪魔やセプテントリオンと戦うことでもっと強うなれる。それだけやった。そして俺は強うなった。腕力では峰津院にも自分にも負けへん自信はある。そやけど自分、俺より弱いけど強い。ここが強いんや」

 

そう言って胸に手を当てた。

 

「俺は弱い奴が嫌いや。そやけど強い奴は認める。…俺は自分のこと強いと認めとるから、こんなところで死なせとうなかったんや。俺はここが強い奴がめっちゃ好きやねん」

 

「そうね、わたしも心が強い人のことが大好きよ。だからここにいるみんなのことが大好き。もちろんあなたのことも大好きよ。ありがとう、ケイタくん」

 

面と向かって好きと言われたものだから、ケイタは赤面してしまう。

 

「そないなこと公衆の面前で言うんやない! 俺の言いたいことはそれだけや!」

 

そう言い残してケイタは場を離れた。

そして次は自分の番という感じでマコトがやって来た。

 

「まずはわたしたちをここまで導いてくれた君に礼を言いたい、ありがとう、カナデ」

 

「わたしはそんな大層なことはしていません。導いたのではなく、一緒に歩むために試行錯誤した結果、そう見えるだけです。…それにしてもマコトさんがヤマトを裏切るようなことをするなんて、未だに信じられません」

 

局長に従うと言っていたマコトが自分を庇ってくれたことを疑問に思っていたカナデ。

しかしその答えはシンプルだった。

 

「それは自分で正しいと思う行動をしただけのことだ」

 

そしてマコトは続けた。

 

「わたしはジプスの局員でありながら、ずっとジレンマを抱えながら任務を遂行してきた。ジプス局員としてのわたしと、人としてのわたし。二律背反する状況に置かれた時、わたしは人としての感情を捨て、ジプス局員として行動した。局長の命令が正しいことだと信じるしかなかったからだ。一方、君はジプスという縛りにとらわれず、自分で判断して行動していた。自分が正しいと思える行動が自由にできる君が羨ましく感じられ、自分の不甲斐なさを恥じたよ」

 

「ですがマコトさんはジプス局員として正しいことをしたのであり、自分を責めることはありません。人は置かれた立場によって正義が違うものです。大切なのは自分の選択を後悔しないことだとわたしは思います」

 

「フッ…そう考えられる君だから、わたしを含め仲間たちの心をを動かしたのだろうな。自分で判断して行動することには大きな責任を伴う。それが人の命の関わることであればなおさらだ。これまでのわたしなら局長を裏切ってまで君を助けようとはしなかったかもしれない。なぜならその結果がどうなるのかわからないからだ。もしその選択が間違っていたらと思うと不安で何もできない。局長に従っていれば間違いないと自分に言い聞かせ、何もしなかったと思うのだ」

 

「でもあなたが自分で判断し、行動したおかげで、わたしは死なずに済みました」

 

「ああ、わたしの選択は正しかったということだ。これからは自分の意思を大切にし、常に正しい選択ができるよう努めたい」

 

「大丈夫ですよ。マコトさんならできます。どうもありがとうございました」

 

カナデが深く頭を下げて礼を言い、顔を上げたところでフミと目が合った。

フミは何か言いたげなのだが、自分から動こうとはしない。

そこでカナデが彼女に歩み寄った。

 

「フミさん、ありがとうございました。もしかしたらあなたは来てくれないんじゃないかって少し不安だったんですよ」

 

「どうして?」

 

「だって人間にあまり興味がなさそうだから、人間同士の戦いなんてくだらないと言いそうで」

 

「そうだね。あたしは人間が何をしようとどうでもよかった。ジプスに入ったのも、自分の好きな研究をやりたい放題させてくれるって言うからさ。でもね、そんなあたしが人間に興味を持ったのはあんたという面白い人間が現れたからなんだ」

 

「わたし…ですか?」

 

「そうだよ。あんたってさ、ここにいる局長やあたしを含めた12人を化学変化させる触媒みたいなもんなんだよ」

 

「触媒って…?」

 

「正確に言えば正触媒。反応を早くする方ね。たとえば水素と酸素とは混合しても常温で反応しないけど、白金黒というのを加えると激しく反応して水を生成する。つまり12人それぞれが単独の物質で、それだけでは何の反応もないんだけど、あんたっていう触媒が仲立ちとなって反応を起こした。一番大きな変化はこのあたしが人間の研究をやりたくなったってこと。まずはあんたのこと身体のすみずみまで調べさせてよ」

 

フミにも変化はあったようだが、研究熱心なところは全然変わっていないようだ。

カナデはそんな彼女に苦笑する。

 

「いえ、それは謹んでお断りいたします」

 

そう言って逃げるようにヤマトのいる場所へ戻った。

ヤマトは地面に力なく座り込んでおり、普段の彼からは想像できないほど意気消沈している。

それほどカナデに負けたことがショックだったということなのだ。

 

「これでわたしの言葉にも真摯に耳を傾ける気になったでしょ?」

 

「ああ…」

 

ヤマトは彼女の目を見ることができず、俯いたままで答えた。

 

「じゃあ、なぜあなたが負けたのかわかる?」

 

「負けた、か…。たしかに私は負けを認めたが、お前と一対一であれば絶対に負けはしなかった」

 

「うん、わたしもそう思う。でもね、わたしの実力というのはわたし自身の持つ力と、わたしに協力してくれた仲間たちの力を総合したものなの。あなたの実力というものが、あなた自身の持つ力と、ジプスという組織の力を合わせたものになるのと同じよ。あなたが龍脈の力を操れたのも通天閣を利用しているわけだし。もしあなたとわたしの立場が入れ替わっていたとしたら、この戦いの結果はどうなったと思う? たぶんわたしが圧勝していたと思うわ。だってあなたは仲間のことを信頼していないし、大切にしないもの」

 

「つまりこの勝負は私が持たず、お前が持っていた絆とやらで差がついてしまったということか。この7日間で、お前は誰からも信頼される存在になっていた。一方、私は自分のことしか考えず、実力主義の世界を完成させるために、人間を駒としてしか見ていなかった。それが敗因だろう。私は自分と対等に渡り合える者しか人間扱いしていなかった。お前のことも駒のひとつとしてしか見ていなかったのだからな」

 

「そう。でもそれがわかったのだから、これからはあなたももっと強くなれる。それにここにいる仲間たちはあなたほどじゃないけど、高いレベルの悪魔を使役できるようになった。もちろんそれが人間としてのレベルと同じとは言わないけど、悪魔を使役するには当人の霊力と意思の強さが大きく関係している。だから無関係でもないと思うの。あなたと対等に渡り合える人間と言えるでしょ? だったらわたしたちの仲間の輪に入ってよ。今なら大歓迎よ」

 

カナデの言葉に全員が頷いた。

 

「あなたが手を伸ばせば必ず握り返してくれる友人がいる。…だから苦しみをひとりで抱えないで、みんなで背負わせてよ」

 

カナデはヤマトに手を伸ばした。

 

「…ああ、わかった」

 

ヤマトは手袋を外し、カナデの手を握った。

そして彼女に見せた顔は野望が潰えたというのに悔しそうな表情ではなく、何かが吹っ切れたといった感じの清々しいものだ。

 

「ヤマトの望む形ではないけど、あなたが失望しない、そして峰津院が歴史の表舞台に立って堂々と力を見せつけることのできる世界を仲間たちと一緒に創りましょう」

 

カナデの力強い言葉に、その場にいた全員が大きく頷いたのだった。

 

 

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