DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
パーティーは片付けを含めて3時間ほどで終わった。
時計の針は0時を過ぎており、アカシック・レコードにはない8日目が始まっている。
まもなくアルコルによってポラリスへの謁見に至る道が開かれ、世界は回帰されて「日常」が戻って来ることになる。
それは誰にとっても嬉しいことなのだが、同時に戦友との別れを悲しまずにはいられない。
そうなると、自然に仲間同士で集まって残された時間を有意義に使おうということになる。
カナデは自室でアルコルが自分を呼びに来るのをひとりで待っていた。
(日付が変わったら、って言ってたけど…。いったいいつまで待たせるのかしら?)
そんなことを考えていると、ドアをノックする音がした。
(アルコルがノック? そんなわけないわよね。じゃ、誰だろ?)
カナデは客が誰であろうと手短に用事を済ませて帰ってもらうつもりでいた。
もしアルコルに呼び出された時に誰かがいれば都合が悪い。
見送りをしたいと言い出しかねないからだ。
彼女はそれが嫌で、アーカーシャ層へ向かうのは夜が明けてからだと嘘までついたくらいだ。
「は~い、どなた?」
ドアを開けた瞬間、カナデは意外な人物の来訪に驚いた。
「や、ヤマト!? なんであなたが!?」
「なぜ驚く? 用事があるから来ただけだ。入るぞ」
ヤマトは戸惑うカナデを尻目に、ずかずかと部屋の中に入っていく。
「待って、ヤマト! 用事って急ぐことなの?」
「ああ」
「もしかしてお茶? でもここにはお茶を淹れる道具なんてないわよ」
「いや、違う。すべてが終わった後で話がしたいと言ったことを覚えているか?」
「あ…。そういえばそんなこと言ってたわね。じゃあ、手短にお願い」
カナデの言葉を聞いて眉間にシワを寄せるヤマト。
しかしいつもの彼とは様子が違った。
「ああ、お前がそう言うなら手短に済ませよう」
ヤマトはそう言うとコートをバッと脱ぎ、そばにあった椅子の背に投げかけた。
さらにネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外す。
「え? ええっ!?」
いつも違う雰囲気を漂わせるヤマトを見てカナデは慌てる。
さらにヤマトが近づいて来るものだから、思わず後ずさりしてしまった。
「逃げるな、カナデ」
「逃げてるつもりはないけど…」
カナデ本人は逃げているという意識はないが、ヤマトから離れようとしているのはたしかだ。
そのうちにベッド際の壁に追い詰められてしまった。
「いつものあなたと様子が違うけど…どうかしたの?」
「いつもの私? お前は私のことをどれだけ知っているというのだ?」
「そんなに多くは知らないけど、少なくとも深夜に女性の部屋に乱入して、妖しい目つきで迫ってくるようなことはしないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
「ならば私をこのようにしたのはお前だ」
「は?」
「お前は私がこれまで時間をかけて築き上げてきたものをよい意味ですべて破壊した。昨日までの私はもういないのだ」
(たしかにわたしは彼の価値観とか野望とか、いろいろなものを壊したわ。でも仲間の大切さを知り、自分の弱さを認め、他人の優れた部分を認めることができるようになったって喜んでいたのに…。なんだかよくわからないキャラに変わっちゃったみたいだよ~)
カナデが混乱するほど、ヤマトは大きく変わってしまった。
彼女が言うようによい方へと変わったものの、彼を本気にもさせてしまったらしい。
「カナデ!」
「ひゃっ!」
動揺している時に大声で名を呼ばれたものだから、カナデはすかさず逃げの体勢をとってしまった。
バン!
自分の左の耳のすぐそばで大きな音がして、思わず身をすくめてしまうカナデ。
音の原因はヤマトの右手で、彼女の行く手を阻んでいる。
それは一般的に言う「壁ドン」であり、その行為はある意味ヤマトらしいものだが、逆に彼らしくないとも言える。
「お前は世界回帰をすれば記憶がなくなるから、自分の存在が私の目に止まることはないと言った。たしかにそうだろう。しかし私は絶対にお前のことを忘れない。お前の言動のすべてがこの身体に深く刻み込まれ、峰津院大和という人間を変えてしまったくらいだ、回帰後の世界でもこの身体の中にお前の痕跡が残っているはず。それを手がかりにしてお前を探す」
「……」
「どんなに時間がかかろうとも、必ずお前を探し出す。お前に言わなければならないことがあるからな」
「…今、言えば?」
ヤマトの勢いに気圧されて、カナデは恐る恐る訊く。
「今言ってもお前の記憶からは消えてしまう。こういうことは二度も言えるものではないからな、回帰後の世界で再会した時に一度だけ言う。だから私がお前を見つけるまで待っていろ」
息がかかるほど近づいたヤマトの顔は真剣で、カナデは黙って頷くしかなかった。
「ならばよい」
そう言って満足そうに微笑むヤマト。
カナデも嘘がバレないようにとぎこちなく微笑む。
「ヤマト、あなたは回帰後の世界でもジプス局長として采配を振るっているんでしょうね?」
「ああ、当然だ。セプテントリオンの侵略がなかろうとも、国土の霊的防衛という重要な任務があるからな。だからこそお前には私の片腕としてそばにいてもらわねばならぬ」
「そうね…。この仕事は誰にでもできるというものじゃないから、その力を持つ者、同時にその資格がある者が自らすすんで担うべきだわ。わたしも力を持つ者なんだから、役目を果たさなきゃね」
「お前ならできるさ」
「うん」
(その言葉がわたしの背を押してくれる…。ありがとう、ヤマト。そしてごめんなさい)
カナデは心の中で言った。
◆
ヤマトが自室に戻ると、そこにはアルコルがいた。
いつものヤマトならアルコルを邪険にするのだが、今日ばかりは態度が違った。
「貴様には散々迷惑をかけられたが、カナデに会わせてくれたことについては感謝している」
心からそう思っているからこそ、ヤマトの口からその言葉が自然に出たのだ。
「そう言ってくれると私も嬉しいよ。…それよりも彼女との別れはもう済んだようだね?」
「ああ。しかし別れというより、回帰後の世界での再会を約束したと言った方が正しい」
「…そうか。ところで、君は彼女がポラリスとの謁見する際、同行したいかい?」
「可能であれば当然行くに決まっている」
「彼女が望んでいなくても?」
「それはどういう意味だ?」
「彼女はひとりで臨む気でいる。彼女はポラリスと戦うことになるからね」
「どういうことだ!? 詳しく話せ!」
ヤマトは自分が想像していたものと違うことを知り、アルコルに詰め寄った。
「彼女はね、管理者であるポラリスを倒し、自分が管理者になるつもりなんだよ」
「カナデが管理者に…? 何を言っている? 彼女はポラリスに世界回帰を頼み、セプテントリオンの侵略のなかった世界でやり直すと…」
そこまで言って、ヤマトはカナデの真意に気づいてしまった。
「まさか…?」
「そうだよ。ポラリスが管理者である限り、人間は再び神の審判を受けなければならないだろう。もちろん人間はこの7日間の経験で少しは成長したけど、その程度でポラリスが人間を見直すとは思えない」
「…たしかに貴様の言うとおりだ。しかし我々は人間の可能性を、人間は変わることができるのだということを示したはずだ」
「ならば君は全人類がポラリスの納得する成長を見せることができるとでも?」
「それは…」
「それはとても分の悪い賭けだ。だから彼女は人間である自分が管理者となり、次の管理者がやって来るまで人間を見守ることにしたんだ。私が管理者になるということも考えたが、私では管理者に必要な条件である剣を持つことができない。管理者権限は手に入れられるからアカシック・レコードの操作は可能だが、不完全な管理者では回帰後の世界がどうなるかわからない。その点、彼女なら私が剣となって、彼女は正式な管理者として正しい操作ができる。より安全な方法を選んだんだよ」
「自分が管理者になるなど…彼女はそんなことはひと言も言っていなかった」
「言えば反対するだろ?」
「当然だ」
「でも彼女の意思は固い。今更君が反対したって自分の信念を貫くよ」
「しかし…」
「彼女は君がこちらの世界にいるから、管理者になる決心をしたんだよ。すべての人間は強者でもあり弱者でもあるということ。孤独は自分を弱くし、仲間の存在が人を強くするということを知った君なら、人間の世界を善き方向へ導く人間となれるって信じているから」
「……」
「彼女のことが本気で好きなら、彼女のやりたいようにさせてやるんだ。これ以上彼女が苦しまないように」
「…アルコル、どうして私に真実を話した? 黙っていれば私は何も知らず、そのまま彼女のことを忘れることができたというのに」
「それはね、彼女が嘘をついてしまったことでとても苦しんでいるからだよ。でも君が真実を知った上で見送ってくれるなら、その苦しみから解き放たれる。そうなってほしいと思ったから、私は君に話した。…さあ、どうする?」
「……」
「私たちは夜明け前にポラリスのいるアーカーシャ層へ向かう。それまでに君は自分が後悔しない選択をしてほしい」
「…わかった」
「私はこれから残りの11人の所へ行って同じことを話してくる。…さよなら、ヤマト」
アルコルはそう言って姿を消した。
◆
アルコルが仲間たちに事情を話して回っている頃、カナデは眠っていた。
7日間の疲れが一度に出たためか、ベッドに腰掛けたとたんに深い眠りの中に落ちていってしまったのだ。
その寝顔はとても幸せそうで、この世界に何の未練もないといった感じだ。
きっと回帰後の世界が幸福に満ちたものであり、自分の選択が正しかったのだと確信しているのだろう。
そんな彼女の頬を一筋の涙が落ちた。
その涙の意味は神のみぞ知る。