DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
カナデは膝を抱えながら、ぼんやりと自分の携帯を見つめていた。
「どうしたんだい?」
アルコルがカナデの隣りに腰掛けて訊く。
「メール。ヤマトからの。見るんだったらすべてが終わってから見ろって言われていたから」
「それでどうするんだい?」
「迷ってる。ヤマトは回帰させた世界で、記憶がなくても必ずわたしを探し出してくれるって言ってたの。その時に言いたいことがあるということだったけど、わたしが管理者になると知って、彼はその内容をメールで伝えようとしたのよ」
「じゃあ、見るんだね?」
「ううん。…わたし、人間でいた時には常に後悔しないように、その時できることを全力でやってきた。でも最後の最後にとても大事なことをやり残してきた気がするの」
「大事なこと? それは何だい?」
「わからない。でもヤマトのメールを見たら、何をやり残してきたのかわかってしまって、ものすごく後悔するんじゃないかって…。見ても見なくても後悔するなら、見て後悔する方を選ぶ…というのが今までのわたしだった。それなのにどうしてこんな気持ちになるのか自分でもわからないのよ」
「…」
「ここでヤマトのメールを見ないと、彼の意思を無にすることになる。だって彼が何かを伝えたかったというのは間違いないんだから。ヤマト自身はメールのことなんて忘れちゃったというのに、わたしだけが覚えていて悩んでいるなんて滑稽だわ。ただ…わたしにとって彼の言葉が自分に都合の悪いことであっても、やっぱり知らなきゃいけないことなんだと思う」
「…」
「見たいけど見たくない。知りたくないけど知らなければならない。そうやってずっと堂々巡りしているってわけなのよ」
そう言ってため息をつくカナデに、アルコルは優しく助言した。
「君は君らしくあるべきだよ。もし君が苦しんだり哀しんだりすることになっても、そばに私がいる。私では役に立たないかもしれないけど、君を支えたいという友人がここにいることを忘れないで」
「ありがとう、アルコル。…わたしはひとりじゃない。そう思うだけでずいぶんと気が楽になったわ」
「君に笑顔が戻ってよかった。私が好きなのは笑顔の君だから、いつでも笑顔でいてほしいな」
「わかった。じゃ、今からメールを見る。少しだけひとりにさせて」
カナデが迷いのない瞳で言うので、アルコルは心配ないと判断してその場を去った。
再びひとりになったカナデはメールフォルダを開いた。
その携帯は購入時のように初期状態になっていて、登録しておいたアドレスや電話番号、使用履歴などは全部消えてしまっている。
それなのになぜかメールフォルダにはヤマトからのメールだけが保存されていたのだ。
件名はなく、本文のみのメール。
その本文もヤマトらしい言葉遣いで簡素なものだ。
しかしカナデの心には大きく響いた。
胸から何か熱いものが湧き上がり、喉を塞ぐような苦しさを彼女は感じいていた。
さらにその熱いものが目の奥の方を刺激し、涙が止めどなく溢れ出る。
「ヤマト…、ヤマト…!」
彼女は何度もその名を繰り返すが、いくら呼んでも当然ながら返事はない。
お前に出会えたのは、まさに天啓である。
お前のことは友人としてではなく、それ以上の好意を抱いている。
もしお前が私と同じ気持ちでいてくれたら、私は嬉しい。
願わくば、永遠にお前と共にあらんことを。
そのたった4行の詩篇のようなメールは、カナデの胸を深く抉るものであった。
◆
それからしばらくして、アルコルがカナデの様子を見に戻ってきた。
カナデは膝を抱えた状態でむせび泣いている。
そんな彼女に対し、アルコルは声をかけるのが躊躇われ、そのまま彼女が泣き止むのを待った。
涙が枯れ果てた時、カナデはゆっくりと顔を上げた。
「もういいのかい?」
アルコルの呼びかけにカナデは小さく頷いた。
「わたし、自分がどれだけ愚か者だったかを思い知らされたの」
「君が愚かだって?」
「そう。わたしはヤマトのことをひどく傷つけたというか、冷酷な仕打ちをしてしまったことにやっと気づいたのよ」
「…」
「わたしは自分の選んだ道が正しかったって今でも信じている。でもそれは他人から見れば自分を犠牲にして多くを助けるという方法でしかない。わたしは自分が犠牲になるだなんて思っていないけどね。ヤマトはひと言も相談せず、勝手に重大なことを決めてしまったわたしに腹を立てていたと思う。でもそんな怒りを表に出さず、わたしの意思を尊重してくれた。以前の彼だったら絶対に許してくれなかったでしょうね」
「…」
「彼は新世界でわたしを探し出し、一緒に世界を変えていくという希望を胸に抱いていたみたい。それをわたしは残酷な形で裏切ったのよ。彼が真実を知った時、どれだけ傷ついたのか…。それを考えるとわたしは自分の愚かさがたまらなく嫌になる。そして彼に対する罪の償いはできない。唯一の救いは、わたしが初めから存在しない世界になったのだから、彼が心に傷を負うこともなくなるってこと。何十年か経って彼が人生に幕を下ろした後も、わたしはずっとその罪の意識を抱えたままで生きていかなければならない。この胸の痛みはわたしが消滅するまで続くんでしょうね…」
アルコルは何も言えなかった。
人間でなくなったカナデには死という概念はない。
彼女にとって魂の平穏は永遠に訪れないということだ。
「さて、いつまでもウジウジしていてもキリがない。気持ちを切り替えないとね」
そう言うカナデの顔は過去を吹っ切ったという表情だが、アルコルの心の中には一抹の不安があった。
彼女世界を回帰させる際、これまでとほぼ同じ世界を願った。
自分のいた世界の延長を願ったのだが、ひとつだけ大きく違うものを生み出していたのだ。
「ねえ、カナデ、ひとつ訊いてもいいかな?」
「答えられるものなら答えてあげるけど、何?」
「うん。世界を回帰させた時、欠けてしまった君の存在を補うものとして、ひとりの少年を生み出したけど、なぜ君と同じ少女ではなくて少年だったんだい?」
「そのことね? 彼はわたしの希望なの」
「希望?」
「そう。わたしは世界回帰をする時に、両親が事故で死なない世界になってほしいと願うと同時に、わたしの代わりには男子をって強く念じたのよ。理由は簡単。ダイチには同性の親友が必要だと思ったから。それも同級生の。彼って友人はいるけど、親友って呼べるほど親しくしている男子がいなかったのよ。だから同じ学校に通って、お互いに支え合える男子の親友がいたら、回帰前の世界とは違う可能性を見せてくれるんじゃないかな、って。それにもしヤマトがジプスの局長なら、きっと彼のことを探し出してスカウトするに決まってるわ。わたしの身代わりならビャッコを召喚できるくらいの力を持っているはずだから、ヤマトの右腕になって働いてくれるでしょうね。ううん、それだけじゃなくて、ヤマトの親友になって個人的にも支えてくれると思う。そうなればヤマトはもう孤独じゃない。7日間の戦いの中で変わったのだから、きっと他人と上手く付き合っていけるはずよ」
カナデはそう言うと、パチンと指を鳴らした。
すると何もなかった空間にスクリーンのようなものが現れ、そこに人間の世界が映し出された。
「ほら、見て」
彼女の指さす先には登校途中にあるダイチの姿があり、その隣にはウサミミのようなものがついたフード付きパーカーを着ている少年がいる。
髪は天然パーマで、ダイチよりも少しだけ背が高い。
「彼が久世響希。わたしの代わりに人間の世界をよりよい方向へ導く使徒のひとりよ。まあ、わたしにとっては身代わりというより弟という感じかな」
そう言ってカナデは微笑む。
しかしその微笑みは晴れ晴れとしたものではなく、アルコルはなぜか釈然としない。
その答えはすぐにわかった。
「もし人間がこれまでと変わらなくって、生きる価値を失った存在だとわたしが判断をしたら、その時には時間をこの時点まで巻き戻し、彼らに試練を与えようかと思うの」
「え?」
「わたしは管理者として人間を見守るという道を選んだ。でもそれが間違った選択だったなら、その責任は自分で取るしかない。たぶんヒビキならここまでたどり着くことができるだろうし、管理者を消滅させるだけの力を持っているはず。わたしがポラリスを消滅させたように…」
「カナデ、君は何を言っているんだ?」
「仮定の話よ。始めたばかりなのにもう自分の選択が間違いだったなんて思いたくないもの。それにわたしは後悔したことはない。そしてこれからもそのつもりはないから。でも絶対ということがない以上、可能性はある。アカシック・レコードに記録されている未来だって変えてしまうほどの力が人間にはあるんだもの」
「…」
「ヒビキはわたしであってわたしではない存在。だからわたしの代わりに世界を変えるのは彼であり、わたしを裁けるのは彼しかいないと思うの。これは保険のようなものよ。何もなければそれが一番で、何かあった時のために彼がいる。これで理解した?」
「う、うん…」
「でもわたしはヤマトにこそ裁いてもらいたい、かな…。ヤマトにもその資格はあるんだし。そうすれば彼への贖罪にもなるから」
「カナデ…」
カナデは仮定の話だとか保険だとか言っているが、心の底にそうなってほしいという願望がなければそんなことを口にするはずがない。
ヤマトに対する罪の意識が永遠に続くとなれば、彼女が自らを破滅させたいと望むのもわからなくないのだ。
彼女なら本当にやるかもしれない。
一度決めたことはよほどのことがない限り完遂する強い意思を、彼女は持っているのだから。
「元の世界のことについてはひとまず置いておいて、管理者としての責務を果たしましょうか。いくつもある平行世界の管理もわたしの仕事だから。さて、どこから始めようかしら?…う~ん、やっぱりわたしの好みで選ぶと、動物がヒト化した『フレンズ』がいる世界かな…。モフモフなコたちがいっぱいいる世界は見ているだけで幸せになれそうだもの…」
カナデはうっとりするような目つきで、ヒト化したサーバルやフェネックやアライグマが「ジャ○リパー○」でのんびり気ままに生きている様子を思い浮かべていた。
一方、カナデの説明で一応は納得したものの、アルコルは不安を拭い去れないでいる。
(しかし今はこれでいい。私の願いは叶ったのだから。…私は過去、ポラリスやセプテントリオンの統一自我に疑問を覚え、有史以前に人間に文明を与え、その可能性の成長を見守った。その中で私には人としての感情が目覚め、人間に好意を抱くようになってしまった)
アルコルは自嘲気味に笑う。
(しかしそれは人間というもの全体に対してだったはずだが、彼女との出会いによって特定の個人に執着してしまう。この感情は恋というもの。セプテントリオンである私が人間の少女に恋をするなどありえないことだというのに。だがしかしこれも人間の可能性が生み出した奇跡。私は自分の気持ちに素直に従った)
カナデの横顔を見るアルコル。
(いつからだろうか…? 彼女の姿を遠くから見守るだけで満足できなくなってしまったのは。彼女が気づかないのをいいことに、私は彼女の日常の一部始終をすぐそばで見守り続けた。人間の世界ではそれをストーカーというらしいが、私は彼女を傷つけたり苦しめたりする気はない。…ただ私がセプテントリオンであり、彼女が人間である以上、この気持ちを昇華する手段はなかった)
「わたしの顔に何か付いてる?」
アルコルの視線に気づいたカナデが訊いた。
「いいや、何もないよ。ただ君はいつも人生の転換点でたくさん泣いて、ひとりで立ち上がる。これで3度目だなと思っていただけだよ」
「そうね。でももう泣くことはないと思う」
「うん。それに私がいるから、君が哀しむようなことはさせないさ」
アルコルの本心を知らないカナデ。
だからこそ笑顔でいられるのだ。
(私は自分の欲望を叶えるためにポラリスによる人類の粛清を利用した。まず峰津院家に人類救済の手段を与え、ジプス局長として全権を手にしたヤマトとカナデを接触させる。彼女ならあのヤマトを変えることができると信じていたから。そして私は世界を救うための道をいくつか示し、彼女自身に選ばせた。もちろん彼女が管理者になるという選択をするよう誘導したけど。ヤマトの人間性と考え方が変わり、仲間と共に歩めば大丈夫だと考えた彼女に人間の世界への未練はない。彼女は自分で自分の道を選んだと思っているけど、私に選ばされただけ。きっと彼女は私の企みに気づくことは絶対にないだろうね)
アルコルはカナデに気づかれないように黒い微笑みを浮かべた。
(カナデ、君は私だけのものだよ。永遠に一緒にいようね…)
◆
回帰された世界では天の玉座にカナデが座し、アルコルが伴星として常に寄り添っている。
人間の世界から見上げると、それは全天でもっとも明るい星として輝いていて、人間を導く存在となっている。
ただし…その星は人間を滅ぼす存在になる可能性を秘めている。
すべては地上に生きる人間ひとりひとりの選択と行動にかかっているといえよう。
しかし、もしカナデが人間に生きる価値などないと判断することがあっても、その時は彼女の剣であるアルコルが再び人間の味方をすることになるだろう。
「私が人間の味方をするって? フフッ…それは少し違うよ。もしカナデが人間に試練を与えることになったら、私は再び人間にニカイアと死に顔動画という武器を与えるけど、それは管理者を滅ぼすためじゃない。ヒビキに管理者システムからの解放を目指してもらうためさ。カナデが諦めた選択肢をヒビキに選ばせ、カナデには穏便に管理者権限をヒビキに移譲させる。そして彼が新しい世界を創造すると、それは自動的にアカシック・レコードの外にある世界になるから、管理者自体が存在しないことになる。つまりカナデは自らの消滅という手段を使わずとも自由になれるということさ。回帰前の世界でポラリスを利用したように、次はカナデを利用させてもらう。人間が成長すればよし。成長しなくても私にとっては何の不都合もない。私はカナデと一緒にいられるのならどちらでもかまわないのだからね」
HAPPY(?) END
『You changed my world.』より先に書き始めたのに、本作を放置(約1年半)していたので完成に2年近くかかってしまいました。
中途半端で終わるのが嫌いな性格で、時間に余裕がある時にボチボチ続きを書いたものだから、始めの方と終わりの方では雰囲気が違うものになっていると思います。
前作に比べるとシリアス度が20%くらい減ったカロリーオフ仕様になっています。
書き始めの頃はもっとコメディタッチで書こうと思っていたのですが、原作が人類の生存をかけた戦いなので、ハメを外した物語にするのは難しいに決まっています。
…というのは言い訳で、実際はシリアスな内容の方が書きやすいだけですが。
本作ではオリ主が管理者となる道を選びました。
内容はセプテントリオン編ですが、結末はトリアングルム編の3つの道から選ぶことに初めから決めていて、「管理者ルート」を採用することにしました。
主人公が自らの命を犠牲にして世界を救うというよくあるパターン。
これはけっしてHAPPY ENDとは言えず、管理者から解放された世界(ブレイクレコード)こそがHAPPYまたはGOODもしくはTRUE ENDでしょう。
あえて「管理者ルート」を選んだ理由は、ゲームでは「主人公の心の中」がよく見えなかったからです。
彼の心の中ではいろいろな葛藤があったと思われますが、あっさりと事が進んでしまっていて、イマイチ感情移入できませんでした。
本作のオリ主は、自分が管理者になるのはそれが自分に与えられた役目であり、その役目を果たすことに迷いはないという考えで行動しています。
自己犠牲という考えはありません。
管理者になるというのは誰にでもできるものではなく、オリ主だけが管理者になる資格(=大きな力を持つゆえに負わざるをえない責任)を持つ者として扱うことにしました。
ゲームの主人公の彼がどう考えていたのかわかりません。
わからないので、自分で勝手に補完したというわけです。
なお、本作の主軸は人間と管理者との戦いとか、サマナーたちの成長とか、自己犠牲とか、そういうものではありません。
アルコルのオリ主に対する純粋(?)な愛情がパワーとなっているラブストーリーです。
カナデという少女をオリ主にしていますが、陰の主役がアルコルであるのは間違いありません。
そして彼にとってのHAPPY ENDとなったわけです。
オリ主と人間にとってはHAPPY(?) ENDですけど。
最後までご清覧いただき、ありがとうございました。
2017/4/17