DEVIL SURVIVOR 2 With you forever. 作:ルーチェ
「あれが第1のセプテントリオン、ドゥベだ」
マコトが上空に浮かぶ物体を指して言った。
カナデが連れて来られたのは新橋だった。
国会議事堂の地下から新橋駅前まで地下通路で繋がっていて、地上の混乱を避けてスムーズに車で移動できた。
そして地上へ出て空を見上げた時、そこにはアイスクリームのコーンの上にジャガイモのような丸い物体が載っている、キノコに似た形状の怪物を目撃したのだ。
さらにカナデたちの登場に合わせてか、ドゥベの周囲に悪魔が湧いて出て来た。
ドゥベはゆっくりと降りて来て、彼女たちから100メートルほど離れた場所の地面に接したかと思うと、キノコの傘の部分が膨張して爆発する。
半径20メートルほどが爆発に巻き込まれ、そこにあった建物の瓦礫は一瞬にして灰と化した。
規制線を張って民間人を立ち入り禁止にしていたから人的被害はでなかったものの、これ以上被害が広がらないようにここで食い止めなければならない。
「悪魔は我々がなんとかする。だから君はドゥベに専念してくれ」
「わかりました」
マコトとその部下である戦闘部隊の局員たちは携帯をかまえると、それぞれの使役する悪魔を召喚した。
わかりましたとは言ったものの、正直どうすればいいのかわからないカナデ。
ひとまずビャッコを召喚する。
作戦を考えるのはそれからだ。
「ビャッコ、頑張って。期待してるから」
「承知した、主」
ビャッコはそう言うとドゥベに向かって駆け出した。
その間に傘の部分が新たに出現し、だんだん大きくなっていく。
今度は傘の部分から小さなミサイルのようなものが発射され、周りにあるものを無差別に攻撃していった。
当然ビャッコにもミサイル攻撃があるが、ビャッコはそれを上手くかわして近づいて行った。
どうやら傘の部分はある程度の大きさになると爆発し、次の爆発まで数分の時間がかかるようだ。
ならばその間に本体ともいえる足の部分を破壊してしまえばいい。
カナデは危険を承知でドゥベに近づいて行った。
そして標的をビャッコから彼女へと変えたドゥベは傘の部分を膨らませ、その爆発に彼女を巻き込もうとする。
カナデは爆発のタイミングを読み、とっさに近くの瓦礫の山に隠れて爆発の直撃を避けた。
「今よ、ビャッコ!」
カナデが叫んだ次の瞬間、ビャッコはドゥベの足の部分に噛みつき、そのまま喰いちぎって一気に核ともいえる場所を破壊した。
するとドゥベは霧散し、跡形もなく消えてしまった。
「やった…」
カナデは急に足の力が抜けてその場に崩れた。
「カナデ!」
マコトがカナデを見つけて駆け寄って来た。
「怪我はないか?」
「はい…問題ありません。安心して気が抜けちゃっただけですから」
「それならよかった」
カナデはマコトに手伝ってもらって立ち上がる。
ビャッコはひと仕事終えたことで、ネコ特有のドヤ顔で戻って来た。
もしドゥベの残骸があれば、咥えてきて自慢げに見せたかもしれない。
カナデが自分の服についたホコリを払おうとした瞬間、ジャケットの左袖が音を立てて裂けてしまった。
おそらく爆風のせいで生地が傷んでいたのだろう。
よく見ると、袖だけでなく服全体にいくつも穴が開いていたり、裾が引きちぎれたようになっている。
「あーあ、服がボロボロ。…でも身体には傷がない。どうしてかしら?」
「それは君が強い力を持っているからだ。さあ、局へ戻ろう。そこで新しい服を用意する」
「はい」
カナデはビャッコを携帯に戻し、マコトの上着を借りて羽織る。
そしてまたあの地下通路を使って帰還したのだった。
◆
ジプス東京支局に戻ると、カナデはすぐにダイチとイオのいる部屋へと駆けつけた。
「カナデ、大丈夫か?」
「カナデさん、怪我はない?」
ふたりはカナデのことを心配していたらしく、彼女が笑顔を見せるとダイチとイオは笑顔を取り戻してくれた。
「手強い敵だったけど、ビャッコがやってくれたの。わたしは無傷だから心配いらないわ」
「よかった…」
「これからわたしはあの局長とこれからのことについて交渉してくる。できるかぎりいい条件で契約を結ぶつもりよ。ダイチは戦力外通告されているし、イオさんも特に期待されていないようだから、ふたりはすぐに解放してもらえると思う。マコトさんがふたりの家族のことを調べてくれていて、わかったらすぐに教えてくれるって言っていたから、もう少しここで待っていて」
「カナデさんはここに残るの?」
イオが不安そうな顔で訊いた。
「ええ。わたしはジプスに協力することにしたから。負けると人類滅亡するらしいから、どんなことをしてでも戦って勝たなきゃ。自分の未来を他人任せにはできないもの」
イオの表情が一気に曇る。
そこにマコトがやって来て、ダイチとイオにそれぞれ携帯を返して説明をした。
「君たちのご両親と連絡がついた。それぞれ自宅近くの小学校に避難しているそうだ」
「ほんと? やったー!」
「よかった…」
ふたりは両親の安否がわかって大喜びだ。
「夜も遅いが、少しでも早くご両親に会いたいだろう。これから出発する。来てくれ」
「「……」」
家族が見つかって早く会いたいはずなのに、ダイチとイオは動こうとしない。
そこでカナデは彼らに声をかけた。
「早く元気な顔をご両親に見せてあげた方がいいわよ。わたしのことは心配しないでいいし、ふたりは自分のできることをやればいい。セプテントリオンのことはわたしに任せて」
「ホントにいいのかな?」
「いいに決まってるじゃない。おじさん、おばさんによろしくね」
「うん」
申し訳なさそうな顔のダイチは小さく頷いた。
「カナデさん、無理はしないでくださいね」
ダイチとイオが自分のことを心配してくれている気持ちがカナデは嬉しかった。
「ありがとう。じゃ、お互いに頑張って生き残りましょう」
そう言って、カナデは部屋を出て行くふたりを見送った。
そして最後に出て行くマコトが彼女に言った。
「カナデ、疲れているだろうが君には局長室まで来てもらいたい。局長が話をしたいそうだ」
「ええ。わたしも話したいことがあります」
◆
「お前には訊きたいことがたくさんある」
ヤマトが先に口を開いた。
疲れて帰って来て、休む間もなく呼び出されるのは誰だって気分悪いが、今はそれどころではない。
「わたしにも訊きたいことがあるわ」
「そこに座れ、久世奏」
ヤマトは自分の向かい側の椅子を顎で差してカナデに席に着くよう促す。
カナデは黙って座ると、正面のヤマトを真っ直ぐに見つめた。
「先ほどのドゥベ戦はなかなか見事だった」
ヤマトの上から目線で横柄な態度にはだいぶ慣れてきたカナデだが、腹立たしいことに変わりはない。
「あなたはわたしとドゥベを戦わせて、わたしの実力を見極めようとしてたんでしょ? これくらいで死ぬようなら役には立たない。逆にそこそこ戦えるなら利用してやろう、って」
「ああ、そのとおりだ。そしてお前は私の期待に応えた。十分に戦力となる逸材だ」
「お褒めいただき光栄です…と言いたいところだけど、わたし以上の力を持つ局長殿がご自身で戦えばよろしいのに」
カナデは嫌味を込めて言ってやった。
しかしヤマトは当然とばかりに答える。
「キングが自ら動く必要などない。駒は命令通りに動けばよいのだ」
「ふ~ん…。わたしの知っている“緑の髪の少女に絶対遵守の力を授けられた”少年は『王が動かなければ部下がついてこない』と言って、自ら先頭に立って戦っていたから、あなたとは正反対よね」
「フン、そいつがどんな男か知らぬが、私は私のやり方でやるだけだ」
「ああ、そう。…で、わたしはあなたの課した試験に合格した。よってこのままジプスに協力してセプテントリオンとかいう敵と戦えってことでよね? そしてわたしにはそれを拒否するという選択肢はない」
「そうだ。お前は聡明だな」
ヤマトは目を細めて不敵に笑う。
「さっきわたしが倒したドゥベみたいな敵はあと6体いるんでしょ?」
「なぜそう思う?」
「セプテントリオンというのはラテン語で北斗七星を意味する。そしてドゥベというのはおおぐま座α星の呼び名。貪狼星とも呼ばれるこの星の名を冠する敵が現れたとなれば、他にあと6体いるだろうと考えるのは自然だわ」
「ほう…なかなか博識だな」
「趣味が読書で、いろいろなジャンルの本を読んでいるから、知識は並の人間より多いはずよ」
「なるほど、それは都合がいい。これからの戦いにおいて、豊富な知識は経験以上に役立つものとなるからな」
ヤマトが感心しているので、カナデはさらに自分の推理を披露した。
「この流れだとラスボスが北極星のポラリスだとか言うんでしょうね。なにしろ天の中心に座する星で、セプテントリオンだってそのポラリスを中心に動いているんだもの。セプテントリオンを倒し、ポラリスを倒す…のが可能なのかわからないけど、とにかくこの戦いの意味やその先に何があるのか教えてもらえる? あなたならそれを知っていそう。教えてくれるなら、わたしは”快く”協力してもいいんだけど…」
そう言って、カナデはヤマトを見た。
ヤマトもやっと彼女のことを対等な人間だと認めたのか、姿勢を正して見つめ返してきた。
「ああ、よかろう。お前にだけは話しておいてやる」
ヤマトはジプスという組織の存在理由、セプテントリオンという敵について、ポラリス ── 世界の管理者と邂逅することで世界を変革できるということなどを話した。
カナデにとってにわかに信じられないような内容ばかりだが、ヤマトが冗談を言うような人間には見えないから真実に間違いないと判断した。
もちろん差し障りのない部分しか教えず、核心部分は誰にも教える気はないだろう。
それでもカナデには十分だった。
彼女はヤマトの話を聞くまでもなくジプスに協力するつもりでいた。
ただ、ヤマトがどのような覚悟でこの戦いに挑んでいるのか知りたかっただけなのだ。
ジプス、というより彼は全人類の未来を背負っているのだからかなりのプレッシャーになるはずなのに、彼自身はそのことを苦に思っていないようだ。
むしろこの話をしている時の彼の表情は楽しげで、神の審判を歓迎しているかのように見える。
7体のセプテントリオンを倒した後にポラリスとの邂逅が待っているというが、彼は何を思い、何を目指しているというのだろうか。
「これで満足か?」
話し終えたヤマトはカナデに訊く。
「満足とは言えないけど、かなりディープなところまで話してくれたということは認めるわ。つまりあと6体のセプテントリオンを倒せば人類の勝ちで、負けたら人類は滅びるってことでしょ。もちろん戦うわよ」
「正しい判断だ」
「でもあなたの命令ではなく、わたしは自分の意思で戦うわ。あなたとわたしの利害関係が一致している間は良好な関係でいられるでしょうけど、わたしの意思を無視したり考え方が違うとわかったら、わたしはここを出て行く。場合によってはあなたの敵になるかもしれない。それだけは承知しておいて」
「よかろう」
「それからジプス内での自由を保証して。もちろん戦闘には参加するし、局内のルールは守る。だから自由時間はわたしの好きにさせてちょうだい」
「ああ、わかった。好きにしろ」
そこまで話した時、ヤマトはマコトを呼び出した。
「例のサイトとアプリの解析は進んでいるか?」
ヤマトがマコトに訊く。
「はい。明日の朝までには終了すると思われます」
「ニカイアと悪魔召喚アプリ、か…。そうなると登録した人間は相当数いるだろうな。そのすべてがサマナーとして適正者であるとは限らないが、訓練も受けていない素人が悪魔を召喚できるほどのアプリであれば、それを利用するという手もある」
ヤマトは腕を組みながら独り言のように呟く。
しかしカナデに意見を求めているようにも聞こえる。
それを感じたカナデも独り言のように言った。
「使える駒であれば、多いに越したことはないということね。でもその悪魔を悪用するサマナーも現れるかもしれない」
「かまわん、雑魚の一匹や二匹などなんの障害にもならぬ。…迫、彼女を部屋に案内してやってくれ」
「承知しました。…カナデ、行こう」
マコトに促されて局長室を出ようとするが、ドアのところでカナデは再度念押しした。
「ヤマト、約束は守ってもらうわよ」
そう言うと、ヤマトは眉を顰める。
「この私を呼び捨てにするとはいい度胸だな」
「だって同い年だし、わたしはジプスに協力するけど、あなたの部下じゃないもの。それに目上の人には礼を尽くすけど、肩書きは立派でもタメの人間にさん付けする気はないのよ。おまけに呼び捨てされたくらいでご機嫌斜めになるようなちっちゃな男に興味もないわ。じゃ、おやすみなさい…ヤ・マ・ト」
そう言って出て行くカナデの背後で、ヤマトの「フッ」という小さく鼻で笑ったような声がした。
◆
マコトはカナデを居住区の部屋へ案内してくれた。
その部屋は狭いながらも機能的で地下とは思えないほど明るくて快適だ。
「ここが君の部屋だ。室内にあるものは好きに使ってくれていい。局内の施設やそれらの利用に関してのマニュアルが机の上に置いてあるので、早めに目を通しておいてくれ。それから後でジプスの制服を用意するので、ここにいる間はそれを着てもらうことになる」
「ジプスの制服を着るんですか?」
「局長命令だ」
ヤマトの命令なら彼女に何を言っても無駄である。
文句を言うならヤマトに直接言えばいい。
そう考えたカナデは頷いた。
「何か不都合があれば遠慮なく言ってくれ。できるかぎりのことはする」
「わかりました」
マコトが出て行ってしばらくすると、彼女の部下らしい女性局員が制服一式を持ってやって来た。
それはジプスの上級局員が着用する黒を基調とした制服だ。
まあ、ここにジプスの制服以外の服が置いてあるとは思えないから当然のことである。
しかしカナデは憤慨していた。
なぜなら手渡されたものの中に、例のコートが入っているからだ。白手袋もある。
ヤマトの着用しているものと同型のコート。
つまり彼女にもあの中二臭い服を着ろと命令しているということだ。
(もしかしたら中二病の意味を知って、わたしに嫌がらせのつもりで着せようとしているのかも?)
カナデは文句を言いに局長室へ押しかけようかと思ったが、疲れていて眠いのでさっさと寝ることにした。
◆
カナデが局長室を出て行ってまもなく、ヤマトのもとに来客があった。
前夜、カナデとヤマトのもとへ現れた謎の人物である。
「やあ」
「…貴様か」
ヤマトは謎の人物 ── アルコルに振り向きもせずに言った。
「久しぶりだね」
「何を今更。もう貴様に用はない」
「そうだったね。…ところで彼女のこと、これからどうしようというんだい?」
「彼女?」
「久世奏のことだよ」
「私のそばに置く」
「…たしかに彼女は可愛らしいから、君が気に入るのも無理はない」
「アルコル、何が言いたい?」
ヤマトはアルコルの方に振り向くと、不機嫌そうな顔をさらに顰めて訊いた。
「君もお年頃だからね。これまで女の子に一切興味を持たなかったということ自体が不健全だ。これはいい傾向だよ」
クスクス笑いながら言うアルコルに、ヤマトは激昂する。
「ふざけるな! この私がそのような軽薄な感情でカナデを手元に置くとでも思っているのか!? 彼女は強大な戦力となる。それ以外に理由などない!」
「戦力、ね…。本当にそれだけかな?…あ、そうそう、君にこれを持って来たんだ。きっと役に立つと思うよ」
アルコルは有〇堂の袋から一冊の本を取り出して机の上に置いた。
『ゼロから始める恋愛講座 モテ男になるための10ヶ条』
そのタイトルを見たとたん、ヤマトはその本を力いっぱい壁に投げつけた。
「こんなもの、いらんわっ!」
「せっかく応援してあげようと思ったのに…」
アルコルが残念そうな顔で言う。
「余計なことはするな」
「そうかい?…でも君は気づいていないようだけど、彼女のことは下の名前で呼んでいるよ。他の人はそんなことしないのにね」
「…!」
「彼女は君にとってそれだけ特別な存在ということさ。私も彼女には非常に興味がある。新しい輝く者に、ね」
「何だと?」
「彼女は地上にある70億の石の中でひときわ輝いていた。かつての君と同じくらい輝いているよ。そして私は彼女に期待をしている」
「期待? カナデに何を期待するというのだ?」
「彼女は君の目指すものとは違う世界…私の望む世界を見せてくれるだろうから」
「フッ…バカバカしい。何を根拠にそんなことを? 貴様はカナデのことをどれだけ知っているというのだ?」
「少なくとも君よりよく知っているよ。…彼女は都内の私立高校に通う2年生。成績優秀、人望もあり、今年の9月から生徒会長を務めている」
ヤマトは身を乗り出した。
「両親を幼い頃に亡くし、頼る身内がいないから経済的に苦しいが、特待生となったことで学費は免除。アルバイトをしながら慎ましく暮らしている。アルバイト先は渋谷駅近くのファストフード店。平日は6時30分起床、8時20分から15時30分まで授業。放課後は下校時刻まで生徒会の仕事をしているか、趣味の読書をするために図書館にいる。土日はアルバイトで、今朝は早番のために4時45分に起床。6時から12時までアルバイトをし、帰宅する途中で地震に見舞われた。それ以降のことは君も知っているよね。ちなみに彼女の寝間着はオーソドックスな綿100%のパジャマで、柄は紺と白のチェック。バーゲン品で安くなっていたからといって買ったのだけど男物だったからサイズが大きすぎてダブダブ。袖口と裾を折って着ているよ。それがけっこう可愛いというか…萌えるんだ」
「なぜ貴様がそこまで彼女の詳しい日常生活を知っている!?」
「私は監視者だからね」
アルコルはあっけらかんと答えた。
「それはストーカーって言うんです!」
もしこの場にカナデ本人がいたらきっとこう叫んだだろう。
「彼女のことを意識しているって素直に認めるなら、もっと詳しいパーソナルデータを教えてあげるよ。スリーサイズとか、他にもいろいろ」
「結構だ!…とにかく貴様が以前からカナデのことをつけ回していたことはわかった。しかし彼女が貴様のような人外の思い通りになるとは思えぬ」
「さあ、どうだろうか。なにしろ私は彼女の最大の弱点を知っているから、そこを突けば彼女を懐柔できるはずだよ」
「弱点とは何だ?」
「フフッ…それは秘密さ。今ここで君に教えてしまったら面白くないじゃないか。じゃあ、ひとつだけ教えてあげるよ。彼女のことを失いたくないのなら…」
「失いたくないのなら?」
「…傲岸不遜なその態度を改めるべきだ。そんな態度だと彼女だけでなく全世界の女子から嫌われるよ。じゃ、また明日」
そう言ってアルコルは勝手に消えてしまった。
ひとり残されたヤマトは忌々しいといった顔で、さっき壁に叩きつけた本に視線をやった。
内容が気になるらしく、本を拾い上げるとパラパラとページをめくってみる。
「なになに…女にモテる男の仕草や行動か。…無邪気な笑顔? 無表情で仏頂面の男は機嫌がいいのか悪いのかわからずに話しかけにくい。なるほどな、見た目の印象は大事だ。…それから、物事に真剣に取り組む姿。まあ、これは当然だな。志島のようなふざけた奴より私のような真面目な人間の方が魅力を感じるに決まっている」
ヤマトは無意識に声を出して読み続ける。
「ビシッと決めた服装を緩める瞬間? ワイシャツのボタンを外して少し胸をはだけさせる、ネクタイを緩める、眼鏡を外す、ベルトを外す、上着を脱ぐ、腕時計を外すなどといった基本的に身につけている着衣・装備品を解除する時に異性は色気を感じる、か…。これは知らなかった。頭をポンポンされる…だと? 女性はそんなことを好むのか?…えっと…憧れていたり尊敬している異性に頭を軽く叩かれることで胸がキュンとするというのか。う~ん…どういうことかよくわからぬが、とりあえず覚えておこう」
ヤマトは夢中になって本を読んでいたものだから、周囲に気を配ることを忘れ、背後に近づく者の気配にも気づかずにいた。
「さっそく読んでくれているようだね?」
「ひいっ!?」
無警戒の状態で背後からアルコルに声をかけられたものだから、普段の彼ならありえないような引きつった声を出し、慌てて本を隠した。
「い、いや、これは…市井の人間がどのような思想や価値観を持っているのかを知ろうとしてだな…」
「それで?」
「愚にもつかぬ内容で呆れていたところだ。それよりも貴様は帰ったのではなかったのか!?」
「忘れものをしていたことに気づいたからね、戻ってきたんだ」
「忘れものだと?」
「うん。おやすみの挨拶をしていなかったから。おやすみ、ヤマト」
そう言って微笑むアルコルに、ヤマトは激高した。
「出て行け! バケモノ!」
持っていた本をアルコルに投げつけるが、それが当たる前に彼はすっと消えてしまう。
「くそっ…」
あきらかにアルコルに弄ばれているヤマト。
ジプスの局長がこんな状態で、神との戦いに人類は生き残ることができるのだろうか…